せきにんじゅうだい!   作:かないた

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#6

 ――私は生徒に近い、彼女らの味方として教師になりたかった。だから、あだ名も緩く注意するだけで済ませていたし、教頭からの注意も神山先生の助言で聞き流していた。

 でも、それは期間限定だ。彼女らの味方でいられるのは学校が学校として機能している間だけ。今の私は教師を騙るただの大人に過ぎない。

 

佐倉 慈

 

 

 

 学校から出発してから、運転手を数度交代し今は車の所有者である慈が運転していた。実に“あの日”から数えて久しぶりの運転であり、なんだか懐かしい気分を慈は感じていた。

 ちなみに、これまでの道中で“彼ら”相手に体当たりを数度敢行したため車のフロント部分にはところどころ凹み傷がある。これは全て胡桃によるもので、慈はしくしくと助手席で泣いていた。

 「うぅ…………外車だから修理代高いのに〜」

 「巡ヶ丘のメーカーがあればそっから貰ってくればいいじゃん」

 「くるみさん、私、さすがにそこまでの修理はできないわよ」

 「わたしも手伝うよ」

 車のことで悲しみを背負った慈を面倒くさいと思ったのか胡桃が辟易した様子で言った。慈は「約束よ」と言ってようやく道が開けて来たため速度を上げた。

 車内は実に静かなもので、原因はゆきが寝ていたからだった。

 「ゆうりさん、ゆきさんは寝てる?」

 「えぇ、よく寝てます。ふふっ、寝顔が可愛いですよ」

 悠里は寝ているゆきの頬をつんつんとつつく。元々かなり童顔なゆきだが“こうなって”からは余計に幼い。とても高校三年生には見えず下手すれば中学生である。

 そんなゆきが悠里には妹のように見えて――頭痛。後輩のように見えて、とても愛でたかった。

 「まるっきり子供だな。車に乗ったらすぐ寝ちまったし。昨日は寝てないんじゃないか?」

 「まさか。遠足が楽しみで寝れない子供…………っぽいわよねぇ、今のゆきちゃんは」

 胡桃の指摘はごもっともだが、昨晩寝ていない由紀を部屋に戻したのは慈である。ナチュラルに核心をついたりする生徒たちに慈は心臓に悪い思いをしていた。

 「それにしても、道が思ったより綺麗だな」

 「えぇ。“あの日”の時間的に混雑したのがそのままで大変なことになってそうだったけど」

 「……………逃げ出す時間すらなかった、ということかしら」

 三人の視線は今走っている道路に向けられる。確かにこれまでの道で大破した車や障害物で溢れている場所があり、迂回路を利用することもあったが一度幹線道路まで出てしまえば道はスッキリしており、多少は走りやすい状態だった。

 それが胡桃と悠里からすれば不思議でしょうがなく、慈はやはりテロだったのでは?と余計に思う材料になっていた。

 「ま、突然あんな状況になれば誰も逃げられないよな」

 胡桃が「私たちは運がよかった」としみじみと呟く。それだけは間違いないと、慈と悠里はうなずいた。

 車を走らせつつ、慈は車をどこかに止めて野営する必要があると考える。既に時間帯は夜で、何故か未だに機能している街灯が道路を照らしているためまだ走っていられるが。

 「先生、あの」

 「ん?どうしたの?ゆうりさん」

 「私、街灯で思ったんですけど、もしかして一部の“彼ら”がいなくなるのって」

 「なるほどな。街灯におびき寄せられてたのか」

 街灯が生きているということは発電施設や自動で稼働しているであろうシステムが生きているということだが、それよりも悠里は夜に“帰宅”している“彼ら”がただ明かりに誘導されているだけということがわかった。

 「…………思えば、確かに一部の街灯がまだ生きていたわね」

 「周りが暗いから余計に引きつけられてたわけか。まったく、夢も希望もねーな」

 元々、体に残された習慣で動いている側面があるとゆきを除く学園生活部のメンバーを“彼ら”の生態を推測していたが、どうやら“帰宅”に関しては違うのかもしれない。

 では、明かりを求めるのは何のために?悠里と慈は全く互いに気がつかず、同じことを考えていた。

 「(仮に兵器だとすると、敵の元への誘導………?)」

 慈はそんなことまで思ったが、言い出さないでおく。考えれば考えるほど、“彼ら”ほど厄介な兵器はないのではないかと慈は思い始めていた。材料は倒した敵の兵士、感染しウォーキングデッドとなった兵士が味方を襲い、混乱したらもう手遅れ。気がつけば全員がゾンビになり、制圧する手間が省ける。

 もしこれを敵国にばらまいたら?軍隊の兵士より数が多い国民が全て敵となる。精神的にも、物量的にも圧倒的で恐ろしいことは間違いない。

 そして自国は損害ゼロ。考えていて寒気がするシナリオだと慈は思った。

 「佐倉先生。そろそろ今日の野営場所を」

 「そうね」

 「なら、カーナビに表示出てるし、このガソリンスタンドでいいだろ?」

 「周りにアレがいなければいいけど」

 「いたら車で轢くか、わたしが全滅させればいい。それにここは周りにガソリンスタンド以外あんまり建物がない。いても数が少ないだろ」

 「くるみ、だんだん脳筋になってるわよ」

 「うっせぇ」

 悠里の言葉に胡桃は傷ついたのか拗ねたポーズをとるが、すぐに切り替えて遠くに見え始めたであろうガソリンスタンドのほうへ目を向ける。

 スイッチを密かに入れた胡桃は夜目が多少効く。目を細めてみれば、ガソリンスタンドの周りは視界が良好。“彼ら”の数は五体。やれると胡桃は判断した。

 「五匹確認。めぐねぇ、一体轢け」

 「え?また?」

 「相手はただの死体で、人を喰らうバケモン。人権も法律も適用されない」

 「胡桃、さっきの気にしてる?」

 「りーさん。喧嘩売ってんの?」

 「冗談よ」

 ちょっと今日のあたりは強すぎやしないかと胡桃は思いつつ、準備する。慈はもう諦めて、ガソリンスタンドの近くで徘徊しているゾンビに体当たりをかけた。

 「ゆうりさん、ゆきさんを!」

 「わかってます」

 ぶつける直前に悠里へ、ゆきの保護を任せた慈は一気にアクセルを吹かして、一体をはねた。勢いよく突き飛ばされたゾンビは彼方へ飛ばされ、胡桃はその衝撃で相手が大破、散けたのを確認した。

 「うっし、出るぞ」

 ドアを勢いよく開けて、胡桃は外に出た。その際の衝撃で車のフロントグリルが外れた。

 「く、くるみさん…………」

 まさかまた壊れるとは思わず、慈は嘆息した。悠里はそんな慈を見て、苦笑。ゆきはまだ眠っていた。

 「こんばんは」

 いつものように挨拶してから胡桃はスコップを構える。徘徊していた彼らはその声に反応して胡桃のほうを向いた。

 それを確認して、胡桃は口を笑わせた。

 「そして、さようなら」

 いつもとは違う、外用に購買部から購入した体育館用の運動靴がアスファルトを掴む。いつもの廊下とは違う、力がダイレクトに地面から跳ね返る感覚が胡桃は心地よかった。

 正面の一体を捕捉した胡桃が強烈な突撃を加え、スコップの先端が相手の口に直撃。そのまま力のままに先端が突き進み、骨ごと相手の顔を切り裂いた。

 更にのろのろと背後から接近する一体に振り向き様の一撃を与え、首を飛ばす。腕へ明らかな負担がかかるが胡桃はお構いなしに次の目標へと目を向ける。残りの二体は胡桃の足音に反応して近づいてくるが、胡桃隙など一つもありはしない。

 「ふっ」

 一息吐いて、胡桃は短い助走で高く跳んだ。曲芸にも近い動きだが、その原理はいたって単純。脚力が人間の出せる100%を発揮しているからだ。

 その跳んだ勢いのままスコップを喉元に突き、地面に叩き付けた衝撃で首を切断する。最後の一体はその場から胡桃がスコップを投げつけて頭にスコップが突き刺さりKOだった。

 数十秒で四体の“彼ら”は胡桃によって破壊された。胡桃は最近どうやったら素早く倒せるのか研究しており、今回の相手の破損具合も最小限に止められていた。具体的には頭だけ。

 悠里と慈のように端から見れば単なる時間短縮のためだと思えるが、胡桃自身からすれば悠里には誤摩化したが脳内麻薬を異常分泌する時点で自身の肉体への影響は計り知れないため、戦闘時間の短縮は急務だった。

 まだ自分は壊れるわけにはいかないという、戦う者としての責任があった。

 戦闘を終えた胡桃に、悠里が車の中から出て、胡桃を弔う。慈は車のフロントグリルを拾ってからガソリンスタンドに車をつけていた。

 「すごいわね、くるみ」

 「まっ、こんなもんだろ。あんだけバトルロワイヤルやってればこれぐらい余裕」

 それに胡桃は開けた場所での戦闘は実は二度目である。今までは囲まれやすい閉所での戦闘ばかりだったので位置取りが非常にシビアだった。しかも、大抵は後方に守るべき仲間がいる。

 今回はそれが取り除かれた状態だったためいつもより胡桃は戦いやすかった。つまり、この移動中は絶好の練習機会なのである。

 「(いって)」

 表情には出さず、胡桃は足に鈍い痛みを感じていた。曲芸のような動きはより上下方向も意識した練習だったが、やはり身体が耐えきれない。胡桃はこれが限界だと知るとともに、後のことを考えなければここまで人間離れが可能なのかと少し驚いた。

 これが選手だった頃に発揮できていたら世界も夢ではなかったと、冗談めいたことを胡桃は思った。

 

 

 

 ガソリンスタンドに車を止めた慈は夜間の見張りを胡桃と悠里に頼み、自身は車の整備を行っていた。まずガソリンがなくなりかけていたため、セルフサービスのガソリンスタンドだったので補充しつつ、それが終わればバッテリーに精製水を足してバッテリー液を補充する。

 これまた運がよかったのが、ガソリンスタンドにはカー用品が豊富だったのだ。慈はついでに初心者マークも用意した。胡桃のためにである。

 車の損傷具合も外装が凹んだりしている程度で致命的なものは何もなく、学校に帰るまでは問題なさそうだった。慈は車を買う際に軽自動車にしようかと考えていたが父に「死にたいのか」と言われ、この車を買わされた。強度的なことからの父の言葉だったが、こんなところでそれが役に立つとは慈も思わなかった。

 「――思ってたんだ、もしかしたらヤバいのは学校の外だけだって」

 整備をしていた慈に、胡桃と悠里の会話が聞こえきた。

 「それ、私も思ってたわ」

 「こう、国連とか自衛隊がヘリとかで来てさ」

 普通だったら、そのようにすぐ救援が来ていたはずだった。だが、慈は知っている。その助ける側もこの事件に関与していることを。

 「でもさ、そう現実は甘くないよね。結局、わたしがヒーローみたいなことをやってる」

 「……………くるみ、最近なんだか思考が残念ね」

 「りーさん、今日なんかキツくない?」

 なんともいえない空気がすぐにぶち壊されたのはいいことなのか。明るいのはいいことなのだろうが。

 「自分でやっててアレだけど、身体能力全力全開とかどういう中二病だよ」

 「だから、事実は小説よりも奇妙なものなのよ」

 「まー、否定できないけどな。世の中には牛乳飲んで寝て起きて戦ってたら魔王になった人もいたし」

 「誰よそれ」

 「どっかの飛行機乗り」

 くすくすと慈は静かに笑う。ゆきが日常の支えなら、こうした逆境での支柱は間違いなく胡桃だ。その手で皆を守って、前進をし続ける彼女に慈は心の中で感謝する。その姿は確かに、一種のヒーローだった。

 「まぁ、残念なことにもう待ってるのはやめたんだ。ヒーローがこないならなった方が早い」

 「いっそのこと、戦隊モノにでもなる?」

 「意外だな、りーさんがそんなことを言うなんて」

 「そりゃあ、私だっていも――いたっ」

 「?どーした、りーさん」

 「いいえ、ちょっと偏頭痛が」

 「大丈夫?まさかりーさんも昨日寝れなかったのか?」

 「そんなわけないでしょ」

 思わず慈は手を止めていた。悠里が偏頭痛持ちなど聞いたことがない。担任だった以上、健康診断の結果はある程度目を通す必要があった。これはもし異常があった際は担任も対象の生徒に気を配るためためである。

 だが、慈の記憶に若狭 悠里が偏頭痛持ちというものはなかった。

 何かが、おかしい。今の会話に大きな違和感を感じた慈は再び作業をしつつ、胡桃と悠里の会話に耳を傾ける。

 「さっきの話に戻るけど、戦隊モノならわたしは戦隊のリーダーだな」

 「何言ってるの?くるみは悪の戦闘員じゃない?」

 「はぁ!?」

 「だっていつも戦ってる時だって悪そうな笑顔だったり」

 「い、いや、あれはあいつらを相手にしてるとつい」

 「完全に悪役ね」

 「おいおい。ならりーさんもこう、目をくわっとさせたら………」

 「いやね、くるみ。私があなたたちにそんな顔を見せたことがあるかしら」

 「してる!してる!なんか糸目じゃなくて今、怨念ですごい顔になってる!」

 影になっていてどういう顔をしているのか慈にはわからなかったが、これ以上聞いていても先ほどの悠里の頭痛は起こらなそうだった。

 しかし、これは気にかけておかなければいけない案件だ。今のいままで、もっとも正常だと思っていた悠里の異変。由紀を抜けば学園生活部の運営は慈と悠里の存在が大きい。その片方が欠けることは部の安定を大きく崩し、そのまま全滅に繋がる可能性がある。

 特に由紀の精神を完全に破壊してしまうには十分過ぎる爆弾だ。彼女を護るために、しっかりと対処を考慮しておかなくては――

 「めぐねぇ、修理はどう?」

 「わひゃあ!?」

 またしても、突然に由紀が現れた。帽子を外していつの間にか慈のすぐ近くに立っていた。

 が、驚いた声に胡桃たちが反応し「どうした!?」と慌てて立ち上がって慈のほうに顔を向けていた。だが、それが由紀のせいによるものだと二人は気がつき警戒を解いた。

 「って、なんだ。ゆきか」

 「いつ起きたの?ゆきちゃん」

 「いまおきたよ〜」

 まるで猫を被るように由紀は間延びした声を出す。幼い口調なのは由紀もゆきと共通だが、違うのはやはり表情だ。

 「なぁ、ゆき。お前眠いのか?なんか機嫌悪そうだな」

 「え?あー、ちょっとまだ起きたばっかりだから」

 「明日も早いから、難しいかもしれないけど早めに寝た方がいいわよ、ゆきちゃん」

 「ん。そうするね」

 鋭い胡桃は由紀の違和感に気がついたようだが、流石に由紀であることは見抜けずにそのまま再び悠里と共に車に寄りかかって話を続けた。

 「………それでゆきさん。どうしてここで“起きた”の?」

 「わかんない。………でも、めぐねぇがいると最近“起きれる”んだよね」

 小声で言葉を交わすが、由紀の言ったことに慈は上手く原因が考えつかない。一つあるとすれば慈自身が“安全地帯”と由紀に判断された場合だが、それだけではないような気もする。

 「とりあえず、わたしは寝るね。りーさんに心配かけたくないから」

 「うん。おやすみなさい」

 二人がいる場で込み入った話はできないので由紀は車内に戻っていく。慈は出来るだけ早めにマニュアルの追記について由紀と話したかったがやはり、戻ってからになりそうだった。

 修理もあらかた終わり、慈は車のボンネットを閉める。閉めた衝撃で今度は左のフロントライトが割れたため、泣く泣く慈は修理に戻るのだった。

 尚、修理を手伝うと言っていたはずの胡桃は見張りがあったため手伝わず、悠里もその交代のため手伝えず修理すればするほど気になる箇所が増えた慈はほぼ夜通しで作業することになった。

 

 

 

 「なんか車きれいだね」

 「車内清掃もされてて。サービスが行き届いてんな」

 夜が明けた時の胡桃とゆきの第一声がそれだった。フロント部分の傷は残っていたが、埃だらけだった外装は綺麗になりタイヤやホイールも新車同然なまでにピカピカ。内部も拭き掃除が丁寧にされており、何故か車内に芳香剤が置かれていた。

 そして、それをしたと思われる慈は運転席で眠っており、起きる気配がない。

 ゆきはともかく、胡桃は何が起きていたのか知っているが、これ以上迂闊に喋ると彼女の後ろにいる目元を暗くした悠里に何を言われるかわからなかったため、口をつぐんだ。

 「はぁ………くるみ、とりあえずめぐねぇを後部座席に運んどいて。行きは私が運転していくわ」

 「え?大丈夫?」

 「どこかの誰かさんみたいにゲーム感覚での運転はしないわよ」

 「うぐっ。わーったよ。ゆき、手伝え。めぐねぇを運ぶ」

 「はーい」

 ゆきを呼んで胡桃が運転席から慈を引きずり出し、二人で肩を貸して運ぶ。慈の身長は実は悠里と然程変わらない。それは悠里のスタイルがいいのか、それとも慈の体つきが幼いのか。

 ただ少なくとも、慈はとても若く見える。彼女の綺麗な長い髪に、柔らかい物腰は学生時代にさぞモテたことだろうと胡桃は思った。

 後部座席に眠る慈を乗せ、その隣に胡桃。助手席にはゆきがナビゲーター役として座り、悠里がハンドルを握った。

 「ゆきちゃん、昨晩は寝れた?」

 「うん!」

 「なら大丈夫そうね。それじゃあエンジンをかけて」

 悠里がキーを回してエンジンをかける。そこからサイドブレーキを下し、ギアに手を付けて、

 「あら?ドライブがないわね」

 「どらいぶ?」

 「……………りーさん、何免許を取ろうとしてたんだ?」

 「普通自動車AT限定だけど」

 「チェンジで」

 胡桃はまさか悠里がマニュアル車の運転が出来ないとは思わなかったが、発進寸前で気がつけてよかったと安堵した。

 そして、運転をかわった胡桃が改めて車を発車させる。

 「よかったよ、走り出す前で」

 「くるみちゃん、おーとまとまにゅある?って違うと運転しちゃダメなの?」

 「詳しいことは省くがダメだ。………めぐねぇには悪いけど帰りは別の車のほうがいいかもな。今後もし活動圏を広げた時とか、荷物を運ぶ時とかはワンボックスとかのほうがいいかもしれん。もちろんATで」

 「そうは言うけどくるみ、当てはあるの?」

 「リバーシティ・トロンはここらで一番デカいモールだ。大地主が経営に関わってるらしくて、わたしも一度、パパが……じゃなくて父さんが車を買うのについていってな」

 パパと言った胡桃にゆきと悠里がニヤニヤとするが、胡桃は無視した。

 「だから、確か敷地内にクルマ屋があったはず。そこにいけば無事なのをもらっ、じゃなくて買えるだろ」

 ゆきが起きているため直接的な言葉を胡桃は避ける。悠里も一瞬ひやっとしていたが、ゆきは「どんなのにするの?」といつも通りの反応をしたのでホッとした。

 「じゃあ、めぐねぇが起きたらそれを相談しましょう。………でも、この車はめぐねぇがめぐねぇのお父さんにプレゼントされたものだから」

 「流石に捨てるのは可哀想だよな。アレだったら新しいのはわたしが運転してくよ。あぁ、それともりーさんが練習がてら運転してくか?わたしが横に乗って」

 「えー、わたしもりーさんの運転みたい!」

 「ゆき、そうなるとめぐねぇがひとりぼっちになるだろ」

 「ぶー。くるみちゃんのケチ」

 「あのなぁ、運転経験がないと仮免のヤツの隣に乗っちゃいけないの」

 「え?でもくるみは初心者じゃ」

 「りーさんも混ぜっ返さないで!というかそこまでわかってるならMT乗っちゃいけないの知ってるよな!?」

 ゆきが起きているだけで学園生活部の会話は弾んでいく。そのことをいつの間にか目を覚まし、寝ているフリをしていた慈は心の中で喜び、悲しんだ。

 由紀が時折目を覚ましても、それは何の免罪符にもなっていない。慈はいくら由紀自身が許そうとも、自分のことを赦そうとはしなかった。止まりかけの時計が止まる度に、慈の心を罪と逃げが蝕んでいく。

 ゆきに、本当に依存しているのは悠里でも胡桃でもない。教師であり続けるために彼女の幻想を見る姿に縋る、慈自身だった。

 




<今回の変更点>

「りーさんの頭痛」
 これまで度々なっていた、りーさん。えぇ、もちろんただの頭痛なはずがない。

「ダイジェストどころか流されかけた恵飛須沢家」
 家庭訪問しようかと思ったがグダグダになりそうなのでカット。その代わりに胡桃がパソコンとゲーム機&ソフトを回収。
 ……まぁ、ほら、その代わりにくるみパパの掘り下げが(小声)。

「胡桃の抜刀特格(Z)」
 実際には前宙返りするほどまでは人間離れしてないが、反動を無視すれば可能。後がどうなるかはしない時点でお察し。

「慈の未練」
 めぐねぇだってお父さんやお母さんがいたんです。二十中盤で、アニメの電話をみると仲は悪くなかったはず。

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