せきにんじゅうだい!   作:かないた

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#5

――依存。それはいけないことだと思う。でも、もう世界には私たちしかいなくて、ほかの誰もいないんだと思った。

 だから私には圭しかいなかった。

 

私立巡ヶ丘学院高校 二年B組所属 直樹 美紀

 

 

 

 巡ヶ丘高校の生徒である祠堂 圭の“あの日”の始まりは地獄から逃げ延びることからだった。

 「ねぇ、圭。ショッピングモールに寄っていこうよ」

 「え?うーん、そうだね。いいよ」

 あの日、圭はクラスメイトで友達の直樹 美紀にショッピングモールへと放課後に出向いていた。高校生ならば当たり前のような寄り道だった。それが運が悪かったのか、よかったのか。圭は今でもはかりかねている。

 異変が起きたのは美紀と二人で音楽CDを見に行った時だった。

 外から爆発音と悲鳴が聞こえた。慌てて圭と美紀が窓際に行ってみれば、そこには地獄が開かれていた。

 「なにあれ………」

 「人が、人を食べてる………」

 美紀の言葉が嫌に圭は残っている。事実、二人の目には女子供、老若男女関係なく人を襲い、腸に噛りつく“化け物”が大量に生まれていた。逃げ遅れた子供を庇い、もろとも“化け物”に変わっていく悲劇。

 無謀にも立ち向かい、囲まれて食い散らかされる男。その後ろで守られていた女は既に化け物にという悲恋。

 パニックホラーの映画が同じ場所で同じ時に展開されるような狂気に溢れた光景に圭は目眩を覚えた。

 「ッ!圭!」

 「わっ!?美紀!?」

 事態が想像を超えたものになっている中、美紀は圭の手を掴んで走り出す。いつもは物静かな美紀が焦燥にかられているのが一目でわかる表情で。

 「上に!」

 美紀が指差したのは周囲の人たちが乗り込んでいるエレベーター。モール内部でも地獄が始まったのか、階下から悲鳴が響いていた。圭は美紀に引っ張られるままエレベーターの前にくる。

 二人がつくより少し前に怪我をした子供を抱えた母親が駆け込んでくる。その親子が乗り込むとエレベーターはもう乗り込めず、扉が閉まってしまった。

 「いっちゃったよ!美紀!」

 「ど、どこか別の場所から――」

 そう言った美紀の声を遮るように今しがた動いたエレベーターの扉から凄まじい音が響く。まるで何かがエレベーターを揺らしたかのようなドドドドン!という音だ。また、微かに悲鳴が二人には聞こえた。

 「え」

 何が起きたのか二人はわからなかった。

 エレベーターが使用不可と踏んだ美紀は人気の少ない階段で上階へ向かう。圭もそれに続いた。美紀が元々あまり運動神経が強いとは圭は知らなかったが、階段を二段飛ばしていくその素早さに驚いた。

 「最上階、五階だ!」

 美紀の声がそう告げる。少し遅れて圭も五階にやってくると、五階はまだ人が少なかった。エレベーターで先に人が上がってきていたはずなのに。

 「あっ………………」

 美紀が五階に出たところで立ち止まっていた。原因は同じセーラー服を着用した巡ヶ丘高校の女子生徒が“化け物”に襲われていたからだ。

 「ひっ、や、やだ!助けて!あっあっ!」

 皮を剥くように服を裂かれていく、その様を見た美紀が助けようと駆け出したがそれを圭が手を握って止めた。

 「わっ。圭、どうして!」

 「ミイラ取りがミイラになるよっ」

 圭はもうその女子生徒が助からないと見た。五人に取り付かれている。あれを退けるのは女子の力では不可能だ。それはどこかの四人が最初におこなった、助かる者とそうでない者の選別と同じだった。

 「たすけっ、マま………」

 目を背けて、圭は美紀の手を引いてその場から駆け去る。背後でグチャという嫌な音が聞こえたが気にしないフリをする。

 五階でも既に咀嚼されている場面が多数あった。圭は助けられる力はないと、どれだけ美紀が叫ぼうとも、どれだけ助けを求められようとも全て無視して美紀だけを連れて逃げる。

 『正直者が一番早く死ぬんだ』つい先日見た映画の言葉が何度も圭の頭でリフレインする。

 圭は正直者になれなかった。自分が一番可愛かった。でも、美紀だけは手が届くから連れている。

 「こ、こまでくれば」

 五階の再奥までやってきた。“化け物”の姿はない。息は絶え絶えで、美紀も圭も限界に近かった。圭はどこか隠れられる場所はないかと探すが、そのときバチンと音が鳴って電気が消えた。

 「(停電…………!?)」

 「圭、電気が………」

 「わかってる」

 幸いにも窓から夕陽が差し込んでいたので視界は悪くない。残り少ない体力を振り絞って、圭と美紀は服売り場に忍び込み、しっかりとした扉のついている試着室に駆け込んだ。

 なぜか、扉には鍵もついていた。異様なまでに頑強な作りの試着室の扉が圭には奇妙に写った。

 それから数時間、疲れた美紀と圭は体を抱き合わせ不安を打ち消すように試着室で眠りに落ちた。二人にとって、とりあえずのシェルターとして機能する試着室が精神安定剤として機能していた。

 そんな二人に一筋の光が差し込んだのは逃げ込んでから数時間後のことだった。

 「誰かいるのか」

 「…………い、います!」

 「よかった!生存者だ!」

 扉の向こうから若い男と女の声が圭と美紀に聞こえ、二人は慌てて扉を開いた。そしてそのまま、扉の向こうで立っていた大学生と思しき女性に抱きついた。

 「よかった………よかった………!」

 「た、助かった…………」

 まさか生存者がいるとは圭と美紀は思わず泣き出してしまう。その二人をよしよしと大学生らしき女性は撫でていた。

 「女の子二人か、よく生きてたな」

 「そうね。タイミングよく上にこれたのかも」

 後にリーダーと呼ばれる大学生の男子と女子大生の会話は二人に聞こえていなかった。

 

 

 

 圭と美紀は発見した男女についていき、五階の奥、火災用の隔壁が降ろされた向こう側に連れてこられていた。

 逃げ延びたのは全部で十一人。若い男女と一人だけ老婆がいた。状況を理解できず、リーダーと呼ばれた二人を発見した男に尋ねれば、老婆が「バチが当たった」と言う始末。

 改めて聞けば、“化け物”はよく創作の世界で目にする“ゾンビ”といって差し支えない存在だと圭と美紀は聞いた。噛まれればゾンビ化するという点まで同じだ。

 「なんかこの状況ってさ“セブンスマンヒル”に似てるよな」

 「だよなっ!…………いや、リアルに起こるとは思わなかったけど」

 「でもあれって一時期、変な噂が流れてたよな――」

 説明を聞いている間、誰かがそんな雑談をしていたのを圭は憶えている。盗み聞きはちょっと男慣れしていた圭の癖だった。共通の話題があれば、輪に入りやすい。その前の予備動作として。

 残念ながら圭はそんなにゲームに興味はなかったが。

 それから避難生活が始まると、細かい分業や取り決めが作られた。リーダーとなった男性は妙にカリスマ性が強く、いつも彼と一緒にいる男に聞けば大学でサークルのリーダーとして動きなれていると圭は聞いた。

 状況の確認を進め、生存者の人となりを圭が確かめている間、美紀は静かに黙々と避難所の整備を進めていた。人付き合いがそこまで美紀は得意ではない。圭と美紀はそれぞれの得意分野で上手くバランスがとれていた。

 また、いつまでも篭城する訳にはいかないとリーダーや一部の男性が言い、積極的にフロアの探索と制圧を行った。その間、圭や美紀を含む女性陣は家事を行う。制圧が進めば、既に生者のいないモールは全て彼らのものになっていく。

 それが次第にここのモールは宝の山だと、避難民全員の士気が上がり探索はスムーズに進んでいった。

 そんな日常の中、圭はふと老婆の「バチが当たったんだ」という言葉が気になり、周囲の目が別に向いている間に老婆に与えられた避難所の区画に出向いて話を聞くことにした。

 圭の訪問に老婆は驚いたが、バチというものが何なのかと問われると嬉々として語りだした。

 曰く、これは“男土の夜”の再来だと。圭は聞き覚えのない言葉に、首を傾げたが老婆が言うにはかつて巡ヶ丘市が男土市と呼ばれていた頃に起きた怪死事件の俗称で、その時は人口の半数が謎の奇病で亡くなったというのだ。

 その奇病というのが、嘔吐や喀血など何かの伝染病だったようだが、今回のこの出来事はそれと同じではないかと言うのだ。

 それ以外は老婆が宗教家だったようで、ファンタジック過ぎる内容のため圭は聞き流したが、以前にも大量に人が死んだという前例が聞けただけでも、大きな収穫だった。

 この話を美紀にすると、美紀はその話を知っていた。風土史のためあまり有名な話ではないとのことだが、確かに二度も同じことが同じ場所で起こるのは違和感があると美紀も感じた。

 推測の域を出ないため、圭と美紀はこの話を二人だけの間にとどめ、随時影で調査を進めることにした。

 それからの避難生活も順調に進み、余裕が出来始めると男たちが女性に少しちょっかいを出し始めた。せめてもの救いはその場にいる男女が皆、何故か美少女美男子だったことか。自分たちのために命を張る男子たちに女子も心を許していた。

 その一方で、男女の付き合いが皆無だった美紀は圭に守られていた。男たちからすれば美紀の初々しさが琴線に触れたのか“つまみ食い”を企てようとしているのか、夕食で美紀に近づく男子が増えていた。

 圭はこれを危険だと感じだ。生命的な危機に追い込まれた人間の欲がありありと感じ取れたからだ。本気で襲われたらひとたまりもないと思いつつ、圭は美紀に手が出されないように上手く男たちの酌や話し相手になったり、美紀と男の会話の緩衝材になったりした。

 その際に、妙に手慣れていると言われてドキリとしたが圭は上手く話を逸らしていた。

 「圭ちゃんって、なんだかこう、ここぞって時の色気がすごいよね」

 「え?えぇ、そんなことないですよぉ」

 ある日、洗濯物をしている時に圭と美紀を見つけた女子大生からそんなことを言われた。同じ女として、学びたいとその後冗談まじりに言われたが、圭は苦笑いして話を自然にその話題から引き離していった。

 それよりも圭が思ったのは、なんで美紀はガーターベルトなんかしているのかということだった。男経験などまったくなく、加えて文学少女なケがあるはずの彼女がなんであんな男を誘うようなものを着ているのか。

 女の圭から見ても、スカートから見える美紀の僅かな肌が魔性の雰囲気を持っていることは明白だった。考えれば考えるほど、親友のファッションセンスが謎だった。

 「私ね、リーダーのことが好きなんだ」

 「あっ、そうですよね。最初も一緒でしたし」

 「ほんとに高校二年生?圭ちゃん」

 「よく言われます。耳年増だって」

 他愛無い女子同士の会話。圭が交友関係を広げていく中、美紀は黙々と本を読み続け巡ヶ丘のことを探っていた。しかし、進展はあまりなかった。どれもこれも、空想上の飛躍した説しか出てこない。そもそも、美紀は今住んでいるこの国がそんな非人道的なことをするはずがないと、調査の途中で馬鹿馬鹿しいと思っていた。

 更に時は経ち、圭は美紀を連れて探索に加わっていた。最初は反対されたが、一番若い自分たちが動かないのはどうなんだと訴えかけ、女性陣と仲良くなっていた圭は民主主義的な勝利の末探索に加わった。

 探索に加わったのはモール内に何かこの騒動に関与するものがないかというものだった。幸いにも美紀と圭はツーマンセルで動くこととなった。これも女性陣から貞操を守るために提案されたものである。

 調査の一環としてモール内部を探り始めた二人がまず行きたかったのが、ここの店長室だった。職員用の地図を見つけた圭は美紀と共に周囲の目をかいくぐって向かい、ゾンビから逃げつつ辿り着いた。

 こういった商業施設の責任者滞在の場所はたいてい隠されているため、二人以外はこないだろうと踏んで探索をすると圭はこのショッピングモールが“ランダル”という製薬会社の傘下であることを知った。美紀に訪ねれば、ランダルという会社はそれなりに大規模な企業で、この巡ヶ丘の大地主らしい。

 圭はそれを聞いて、大地主といえどこんな事件が起きればただでは済まないだろうし、助けがこないことからそういうことだろうと思った。

 ただ、一番奇妙なものが室内にはあった。それはこの部屋の中で死んでいた男性である。何故か体中に銃創があり、まるで映画にありそうな機関銃で蜂の巣されたような姿だった。

 それだけが異様で、恐ろしいものだった。

 この騒動の裏で何かが動いている。それも手に負えない巨大なものが、と二人が感じるには十分な証拠だった。

 それから細かく調べたものの、出てきたのは燃えた紙クズだけで、何もなかった。

 この調査の内容を圭と美紀は再び秘密にした。とても話したところで解決するものではないと。

 

 

 

 

 そうして、時が過ぎある日の晩。

 

 四階までの制圧を祝したパーティの後

 

 リバーシティ・トロン・ショッピングモールの避難民は

 

 祠堂 圭と直樹 美紀を残して

 

 全滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「燃えてる」

 目の前で燃えている圭と美紀以外の避難民たち。寝込みを襲われたせいか逃げ遅れ、何かの拍子に漏れた灯油に火が回りゾンビ化した者もろとも燃えていた。

 火に焼かれてのたうち回る大学生の女性を呆然と美紀と圭は見ていた。

 原因はわからなかったが、圭はなんとなくだが察していた。リーダーが手を怪我していた。彼は「トンカチでやった」と言い、その手で美紀を抱き寄せようとしたところで圭が介入し、大きな絆創膏で覆われていた手を見た。

 あれはもしかしたら、噛まれた痕だったのかもしれない。だとしたらあの時にリーダーを殺しておくべきだった。

 無事だった親友の手を握り、いつからか心の中に過激なものが潜み始めた圭はそう思った。

 それから数日が経ち、今までは見回りで維持していたバリケードが突破されたため最奥の緊急避難所に逃げ込んだ圭と美紀は生気を完全に失っていた。

 食料も燃えてしまい、残りはそんなに多くなく、毎日固形の栄養食品を食べ、水を飲みほとんどの時間を二人で身を固めて過ごす。退廃的な状況からか二人の関係もあまりいい状態ではなく少々不純になりかけていた。

 そして、とうとう圭はこの状況に溺れることに耐えきれず、一人で外へと行こうとした。勝算もない、間違いなくどこかで食われて死ぬ。それはわかっていても、このまま死を待つことはできなかった。

 だが、出て行こうとしたその時であった。

 「生きてれば、それでいいの?」

 「…………ッ!私はっ、圭が生きてれば………それで!」

 縋るように、圭を美紀は求めた。追いつめられていたのは美紀も同じだった。まるでこの世界に自分たちしか残されていないような感覚が、避難民の燃えた夜から続いていた。

 もう、美紀には圭しかいない。伸ばされた手が震えているのを圭は見た。

 途端に、圭は恐怖のあまり自分の身を抱いた。私は今から何をしようとしたしていたのか。この目の前で縋るように見ている親友を見捨てようというのか。体がガクガクと震えて、圭はその場にぺたんと座り込む。

 美紀は震える圭に近づいて抱きしめた。もう逃がさない、ずっと一緒にいたい。そんな気持ちが伝わってきたのを圭は感じていた。

 

 

 

 

 そうして出来たのが、今の状況。圭は生徒手帳に書いている日記を確認し、閉じた。

 「……………まるで、遺書みたい」

 遠からずやってくる最期の時。もう逃げるのはやめた。最期までこの子と一緒にいようと、圭は決めた。あの時に呼び止められなければ間違いなく、一足先に地獄から更に深い地獄へと落ちていただろう。

 生き地獄と死んだ後に行く地獄。どちらが辛いかなど片方しか知らないため比べられないが、どちらも碌でもないと圭は思った。

 「なんか寒い……ってそっか。全部洗濯してたんだった」

 薄い毛布を被っていたが、圭は自身が裸だということを眠気ですっかり忘れていた。不健全な生活にストレスの蓄積であまり肌色はよくない。そのうち、あいつらに殺される前に栄養不足で衰弱死しそうだ。

 どうか、最期は静かに美紀と一緒がいいな。そんなことを圭は考えながら圭の布団に潜り込んで二度寝するのだった。

 

 

 

 学園生活部。リバーシティ・トロン・ショッピングモール到着まであと15時間。

 




<今回の変更点>

「蠢く影」
 某傘社並に隠滅を徹底している連中。圭と美紀が見つけた燃えた紙はめぐねぇが冒頭で入手したものとほぼ同等の内容。
 ただし、彼女らが見た死んだ関係者をやった人々が無事だとは限らない。
「魔性の女、祠堂 圭」
 原作での「酔っぱらいは初めて?」と美紀に注意するシーンから。まじめに解釈すれば家族で馴れているだけだと思いたいが、作者が原作単行本の扉絵で見た時に「うん、エロイ」と思ったのが美紀のガーターじゃなくて圭のほうだったからしょうが(ry
 男性経験は告白して、しばらくしてから夢を壊す程度。
 オリジナル要素満載ですが、このけーちゃんは水面下でどんどん仲良くなって味方を増やしていき“民主的に物事を進めていく”タイプ。絶対に敵に回してはいけない。
 ここのめぐねぇとの相性はあまり良くない。
 
「物静かな美紀」
 ちょっと文学少女のケが。キャラ崩壊しているかもしれない。
 圭への依存は大変危険な域に。こうなった原因は積極的に圭と共に謎を探っていたせいで秘密の共有が多かったから。
 男性経験は皆無。圭がいなかったら大変なことになっていたがその前に全て燃えた。

「マニュアルの改訂」
 必ずしもその一冊が全てとは限らない。マニュアル通りにやるためには細かな更新が必要だ。

「逃げられなかった圭」
 捨てられた子犬を見捨てられない程度には優しい心の持ち主。

「女子大生」
 細かい描写はされなかった(アニメではされるかもしれない)のでいなかった。強いて言うなら原作でリーダーに抱きついてた子。

「老婆」
 現実でも物語でも、老人は重要なヒントをくれる。土着の詳しいことを知る人が生き残っていないというのは生存者たちにとって大きな壁。


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