せきにんじゅうだい!   作:かないた

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#4

 ――あの日、わたしたちはたくさんの人を見捨てた。でも、わたしは不思議と平気だったんだ。

 めぐねぇの言葉に従ったからとか、そういう免罪符じゃない。めぐねぇと一緒にいるから、めぐねぇが生きてくれてるから、わたしを見てくれるから。

 誰もわたしのせいでめぐねぇのことを哀れんだりしないから。

 

ゆき

 

 

 

>マニュアルの改訂について(最高責任者のみ閲覧可)

 以下、変更点

 ・地下二階までと記載したが地下三階に手術室などを完備。

 ・関係者以外には“βⅡ型”を投与し機密を守ること。

 ・予期せぬパンデミックの場合は関与していない、早急な連絡と対応を求められたし。

 ・機密保護処理が終了次第拠点より離脱せよ。離脱後は七冠駐屯所へ。

 

 本書類は閲覧後に焼却処分せよ。処分が認められない場合、発見者は日時、姓名、発見場所を監査部へ報告せよ。発見後はその場を動かずに待機せよ。

 

 

 「なによ、これ」

 遠足の前日の晩。学園生活部が寝静まった時間に慈は今まで鍵がかかっており入れなかった校長室に忍び込んだ。職員室の窓から壁づたいに何故か行けるように短い庇が存在し、慈はそれを使った。

 窓から中を見れば、一人の男性の遺体があり、校長室の机には慈が今見ているとんでもない内容の書類が置いてあった。

 内容は慈と由紀のみが内容を確認した『職員用緊急避難マニュアル』。その追記のようなもので、地下三階の見取り図と緊急時に最高責任者が取るべき行動を記載したものだった。この場合の最高責任者は間違いなく慈が確認した駐車場で死んでいる校長のことだろう。

 怒りが振り切れそうだった。最初からこの学校の人間を生かすつもりなどなかったということだろう。“βⅡ型”ということは以前確認したマニュアルより更に後に作られたものであり、もしかしたらゾンビ化に使用されたものも“Ω型”の改良版なのかもしれない。

 そして、この資料の他にもあった校長室の遺体はよく見れば腐敗が進んでいたがこの学校の教頭だということがわかる。“彼ら”に慣れているからか、慈は死因になっていそうな外傷がないかと探ると、額に指の太さ程度の丸い傷があった。銃創だ。

 「撃ち殺されてる…………誰に…………?」

 間違いなくそれは校長だろうと言ってから慈は気がついた。彼女にマニュアルの存在を教えた教頭。それを撃ち殺してただ一人逃げようとした校長。彼も死んでしまったが故に真相は闇の中だ。

 だが少なくとも、教頭が慈にマニュアルを渡したのは“関係者以外”を避難させて、全員纏めて始末するつもりだったのだろう。ゾッとする。彼らの思惑通りに進んでいれば慈は死んでも死にきれなかっただろう。

 「(でも、そうではなかったということは“想定外のパンデミック”だった?)」

 そして、一つの仮説が生まれる。全てが意図した通りの事件ならば慈を含めた生き残り四人どころか学校教職員と生徒全員が死ぬかゾンビ化していたはずだがそうはならなかった。つまり、元々は巡ヶ丘全体で実験を行う筈が、その実験をしようとしたものが関与しないところでBC兵器がバラまかれた。

 テロ。そんな言葉が慈の頭を過る。思惑通りにならなかったことは運がいいのか、悪いのか。ただ、少なくともこうして慈たちが生きている時点で兵器を作った連中からしてみればしてやったりなので、慈は黒く嗤った。

 これ以上ここにいると腐敗臭が酷いので慈は校長室の扉を中から鍵を開けて職員室へと出る。校長室のマニュアルは自身のデスクの中に入れてあるマニュアルに挟んでおけばいいだろう。マニュアルの存在を知っているのは由紀と慈だけなのだから。

 慈は自身の机の前に立つと、引き出しの鍵を開ける。引き出しを引いてからマニュアルと一緒に奥に仕舞っておく。そのまま静かに閉めて、鍵をかけた。

 「……………はぁ」

 それを終えると、思わず席に座りため息をつく。疑ってはいたが本当に慈の思った通り、この都市は実験用の都市だった。最初から、あの子たちを生かして卒業させる気などなかったのだ。この様子では巡ヶ丘の他の拠点は既に引き払われているか、生存者は始末されてる可能性がある。

 更に問題なのが明確な“敵”の存在が証明されてしまったこと。“彼ら”ならまだしも、生きている人間の相手は流石に胡桃には任せられない。早急に対応を考えなくてはならない。最悪、いや、確実にその時が来たら慈はためらわずに手を汚さないと由紀たちを守れない。

 ただ、テロだとするとこの事態を引き起こした者たちも自爆し“彼ら”のようになっている可能性もある。そちらのほうがマシだ。というより、もう全滅してまえと慈は柄にも無く物騒なことを思っていた。

 慈の隣の席には花が花瓶に入れられ、供えられている。同僚だった女性教師、神山先生のために用意されたものだ。

 学校が扱いかねていた由紀に、他の先生よりも気を配っていた生徒思いの先生だった。慈が巡ヶ丘高校に就任してからは彼女を少し目標にしていたところもあった。

 “あの日”の電話の履歴の最後は神山だった。暗闇の中、慈は通話履歴を確認し、録音が残っていたので再生する。

 『佐倉先生!?今どこですか!?』

 『屋上です!』

 『ならそこは絶対に開けちゃダメ!もう間に合わなッ………ゲホッ!………ガッ』

 『神山先生!?どうしたんですか!』

 悲鳴の聞こえる中、最後に先輩教師として告げた言葉は屋上の死守。そして、吐血したかのような咳き込む音の後、倒れ込み息絶えたかのような短い声。

 今考えれば、彼女はゾンビに喰われたのではなく“βⅡ型”を投与されたのではないだろうか。ゾンビ化すれば、ゾンビは相手に噛み付かなくなる。そうではなく、喰い散らかされていたあの惨状を見ればなんとなく推測出来た。

 思えば、この職員室だけはやたら死体が多かった。生徒が助からないようにまずは大人から始末したのか。

 “あの日”、由紀の補習をしていたことが直接、慈には生死を分けていたようだった。

 推測すればするほど胸糞悪いため、慈はこれ以上の思考をやめて明日に備えようと席から立ち上がった。

 が、振り返るとそこには由紀が立っていた。帽子は被っていない。おかしい。こんな夜中に、何故職員室に。

 「ゆきさん?何をしてるの?」

 「なんでもないよ、めぐねぇ。ただ、明日が楽しみだなーって」

 「えっと、楽しみで寝れないってこと?」

 「そだね」

 由紀なのか、ゆきなのか。慈には判断がつかなかった。ただ、帽子を外して言葉にあまり柔らかみがないことから由紀に近い状態だろう。慈はそう思った。

 「もう遅いから、寝ましょう?」

 「はーい。でも、めぐねぇは何してたの?」

 「え?いえ、ちょっとね」

 由紀ならば教えていたかもしれないが、よくわからないので迂闊に言えない。無理に今言わなくとも戻ってきた時に話せばいいだろう。急ぎすぎてもいいことはない。

 それに、元の人格である由紀に強いショックを与えてしまった場合完全に殻の中に篭ってしまうかもしれない。見せるタイミングも重要だろう。

 今はとにかく明日だ。明確な“敵”の存在が浮き彫りになりつつある中で外に行くのは軽卒だったかもしれないが、いずれ出会うかもしれないのだからその時期が早まるだけだ。

 できれば出会いたくはない、と慈は思うのだが。

 

 

 

 翌日。出発を前に、車を取りにいく胡桃は悠里と共に二階の教室で最終確認を行っていた。出発の時間は“彼ら”が一時的に手薄となる正午。前日に重装備での行動をゆきと共にテストした胡桃は背中にスコップ、そして今回は珍しく包丁と軽金属のパイプで作成した槍を装備していた。

 これは素早い排除が必要になり、リーチを生かして速度を殺さずに前進するためだと胡桃は事前に悠里へと伝えていた。

 「いい?最終確認だけど、ここから降りて車までは約150m。辿り着いたら即座に乗り込んで学校の正面玄関につけて」

 「了解。んで、エンジンがかからなかったら?」

 「中止。逃げて」

 「だよな」

 車を放置していればバッテリーがダメになり、エンジンの発動機がかからない。まず最初の関門である。

 尚、中止となった場合はゆきの説得が面倒だったが悠里は申し訳ないと思いつつ慈にそれを丸投げした。あまり悠里は交渉ごとが得意ではない。つくづく彼女自身、部長というよりは副部長などで補佐のほうが向いてると感じている。

 「にしても……………今更だがこの作戦ガバガバじゃね?」

 「……………否定はしないわ」

 呆れたように言う胡桃に悠里は否定を返さない。そもそも、この遠足で最も必要な車からまず博打である。遠足の骨子を考えたのは悠里と慈だが、少々どころか遠足の各所で賭け要素がありすぎる。

 「運ゲーとか、ゲームの中だけにしてほしいよ。現実は乱数調整なんかできないからな」

 「何言ってるのくるみ」

 「ん、いや気にすんな。それじゃあ、そろそろ行くか」

 「気をつけて。私もこれから降りるわ」

 「わかったよ。そういえば、めぐねぇに予備のスコップ持たせたか?」

 「持たせたけど、めぐねぇに渡さなくても。…………あの人、自分の身を挺しちゃうわよ」

 「親身になり過ぎだよな。前々からそれに助けてもらったけどさ」

 「そうね…………それじゃあ、また後で」

 「おう」

 二人とも、それが佐倉 慈という教師の美点であり欠点だということをこのサバイバル生活で教師と生徒という枠から少し外れて気がついていた。

 現に、この遠足の賭け要素の多さは慈の力の限界が見え隠れしている。彼女は完璧などではない。むしろ逆だ。必死に足掻いてつかみ取るタイプの人間だ。

 「ま、そんな先生のために命張ってるわたしも相当なお人好しだな」

 悠里が教室から駆けていき、胡桃も窓から避難用の梯子に足をかける。背中にはクロスする形で槍とスコップが背負われている。

 既に慈とゆきは正面玄関に潜んでおり、胡桃が車を確保した頃に悠里も合流しているはずだ。後は、車が動くかどうか。それだけだ。

 「すぅ…………じゃあ、行こう」

 スイッチが入る。頭の中がクリアになり、冴え渡る全能感。今の自分なら何でも出来るという過剰な自信が胡桃の恐怖を打ち消し、すべてを置き去りにしていく。

 「よーい――」

 地面に出来るだけ近づいて、

 「どん!」

 壁を蹴って胡桃は飛び出した。

 着地した瞬間に地面を抉るように蹴り、スタートダッシュを決める。足の筋肉が僅かな悲鳴を上げて、弾丸のようなスピードで胡桃は“彼ら”の間をすり抜けていく。

 正面に一体現れ、胡桃は槍を手に取った。

 言葉は発さず、素早く背中から抜き取り走る勢いを生かしてその場で急停止、リーチを正確に把握し刃を振り抜く。スコップとは違う強烈な遠心力に任せた一撃が“彼”の首を撥ね飛ばした。

 さらに、胡桃はその回転を殺さずに、後ろから迫りつつある一体に槍投げの要領で槍を投擲する。

 凝縮された筋肉が爆発的なパワーを生み出し、力強く投げられた槍は額から後頭部まで容易く貫く。人間業ではない。

 「わりぃな、下手くそで。槍投げは補欠だったんだ」

 続けざまに二体を葬り去った胡桃は駐車場まで再び駆け出す、駐車場に後少しというところで再び立ちふさがる者がいたが、それもスコップで突き刺し、突き刺したまま左に腕力のみで退ける。速度を殺さずに突破した。

 幸い、車の位置は駐車用の縁石をバックで乗り越えればグラウンドにいける位置だった。

 「あれか」

 赤いハッチパックの車が慈のものだ。周囲に“彼ら”の姿はない。事前に慈から渡されたキーを取り出す。

 「へぇ、クラブマンか」

 車の型を言いながら、胡桃はドアを開ける。スイッチが入っているため動作にいっさいブレがなく、冷静な動きだった。すぐさまドアを閉めてシートに座ると、胡桃はエンジンキーを差し込んで回す。

 少し長めに回すと、エンジンはかかった。

 「よっしゃ!」

 後方確認なんてものはしないで、胡桃はサイドブレーキをおろし、ギアをバックに入れるとアクセルを全開で踏んだ。縁石を乗り越えて車が跳ねるが、その勢いで迫っていた“彼ら”何体か押しつぶした。

 グラウンドの砂で少し滑りながら、アクション映画さながらの回転で一気に車の方向を学校に向けるとギアを変える。胡桃は動かしながら、まさか慈がマニュアル車に乗っているとは思わなかったと驚いていた。

 正面玄関につくと、三人が待機していた。

 「乗れ!」

 「急いでみんな!」

 慈が助手席に、悠里とゆきが後部座席に乗り込む。それを確認した胡桃がアクセルを踏んだ。

 「荒っぽくなるぞ!掴まってろ!」

 発進と同時にハンドルを切って迫ってきていた一体を撥ね飛ばし、校門まで全速力で車を走らせる。その際に車が“彼ら”にぶつかり少し凹む。

 「く、車に傷が」

 「めぐねぇ!後で謝るから今は許して!」

 「佐倉先生ですぅ…………」

 車と同じく慈の心もちょっと凹んだ。

 校門までくると、ブレーキを一気に踏んでドリフト気味に車を動かす。どこでこんな技術を学んだのか、悠里は実はあまり知らない胡桃の趣味などに興味を持ちつつゆきを左腕で抱きしめ、守っていた。

 そして、ついに四人は遠足へと出発できた。

 「それじゃあ遠足に、しゅっぱーつ!」

 ゆきの明るい声が、車内に響く。

 が、慈は落ち込み、胡桃は運転しているため反応しない。悠里だけが控えめに「おー」と反応した。なんとも微妙な空気の中、学園生活部は学校の外へと出たのであった。

 




<今回の変更点>
「槍投げの補欠」
 この胡桃、実にスポーツ万能である。
 実際にはただ馬鹿力で投げたら偶然当たっただけ。

「ビグクーパー クラブマン」
 ビグクーパーの4ドアのハッチパック車。めぐねぇの趣味ではなく、めぐねぇが実家帰りした際に家族で乗らせてもらおうと彼女の父が企んだ。色はめぐねぇが選んだ。
 結果、学園生活部の乗車がスムーズになった。あとは物も沢山乗る。

「胡桃のドライビングスキル」
 悠里「どこでやり方を習った?」
 胡桃「ゲームみたいにやったら出来た!」
 悠里「(無言のチョップ)」
 ※危険ですので絶対にやらないでください。

「職員室の悲劇」
 こういった話で子供だけ残されて苦労するというのはよくあることだが、実際に起きたらたまったものではない。
 実はめぐねぇが最初からいないというフラグもあったが由紀がへし折っていた。


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