せきにんじゅうだい!   作:かないた

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#3

 ――ただ生きてるだけじゃダメだと言うけれど、もうどうしようもないじゃないか。みんな、私たちをおいていく。もうわかってたんだ、助からないって。

 これは自棄だ。生きることに、未来に、意味を見いだせなくなった私の自棄だ。

 だから、私をそんな顔で止めないで。

 

私立巡ヶ丘学院高校 二年 祠堂 圭

 

 

 

 「りーさん、めぐねぇ!今のうちに!」

 くるみが次々と“彼ら”を倒していく。その動きはカマイタチの如きもので、まるで彼女に触れるもの全てが潰され、斬り飛ばされていくような錯覚をその場にいる慈と悠里は見た。

 彼女ら三人はゆきが寝たのを見計らってここ数日間、二階の完全制圧に乗り出していた。

 基本的に学園生活部の制圧作戦は大まかな流れはこうだ。

 

 1.制圧場所から最も遠い一階の階段の踊り場に音楽を流して陽動。

 

 2.陽動できたらフロアに残っている残党を胡桃が撃破。

 

 3.胡桃が戦っている間に大急ぎで仮バリケードを作る。

 

 この三工程を繰り返し夜間の短い間に仮バリケードを築き上げ、制圧エリアを増やしていく。そして、最後に追い込んだフロアの階段付近まで“彼ら”を押し込みバリケードを設置。これは有刺鉄線を巻き付けた頑丈なものである。

 この行程を生み出すために三階の制圧はかなりの悪戦苦闘が強いられ、噛み傷こそなかったが人体のリミッターが外れた力を振るってくる“彼ら”相手に胡桃も数度負傷した。負傷するたびに慈は表で悠里と、裏で由紀と話し合い効率のいい作戦を考えていった。

 結果、この仮バリケードを複数回にわけて作って胡桃の戦闘時間を減らし、徐々に制圧していこうというものになったのである。

 ただ、それでも胡桃一人への負担は凄まじく一階層の制圧には多く見積もっても三週間はかかる。その上、何も毎日やるわけにもいかないので実際はもっと長くかかった。

 三階は全員が急ぐあまり強行軍で無理矢理制圧したのだが、高所だったせいもあり一階よりは“彼ら”が少なかった。

 「んなろっ!畑から穫れたみたいにぽこじゃが湧きやがって!」

 既に購買部まで制圧しかかっているが思ったより“彼ら”が多く、胡桃も疲れてきている。いつもは容易く相手を破壊する一撃も心無し、キレがない。

 「佐倉先生。そろそろ、今日のところは」

 「そうね。引き上げましょう。くるみさん!」

 悠里がこれ以上の制圧続行は危険だと判断し、慈に言うと彼女も頷いて胡桃に呼びかける。

 「チッ!潮時か!つーか陽動してんのに妙に多いな!」

 悪態をつきながら胡桃は手近な一体の首を刎ねてから仮バリケードまで後退する。胡桃の言う通り想定した数よりも多い。“彼ら”は階段を上るのが苦手な筈なのに。

 仮バリケード乗り越えた胡桃は慈と悠里に合流する。

 「お疲れさま、くるみ」

 「りーさん。話が違う。なんだあの数」

 胡桃がスコップを地面に突き立て、それを杖にする。相当の消耗を強いてしまったようだと慈は今回の制圧を早くも反省する。

 それとは別にここまで数が多いのはなんだと思ったがふと、ゆきが今日の夕方言ったことを思い出した。

 「…………なるほど。ゆきさんが言ったことはこれだったのね」

 「なんだそれ」

 「今日は夕方から雨が降ってたでしょ?彼らが雨宿りしてるって、ゆきさんが」

 「ったく。下校時間過ぎてまで残ってるからこうなるんだよ。めぐねぇ、わたしは風呂入ってくる」

 胡桃は疲れたからか慈にスコップを預けて駆けていってしまった。その場に残された慈と悠里はふぅ、と同時にため息をついた。

 「まさか、雨を嫌がるなんてねぇ」

 「以前一度、くるみが囲まれた時に水が入った消化器を使いましたけどアレも嫌がって下がりましたから。水場を嫌うのかもしれません」

 「…………何が原因なのかしら」

 慈はそんなことわかりきっている。恐らくは彼らをこう変えた“Ω型”のBC兵器の特徴だろう。水を嫌う原理はわからないが。何か、不都合なのだろうか。

 「まぁ、ともかく。これで購買部まで来たわ。これでようやく、しばらくは安定して動けそうね」

 「はい」

 物資をある程度、安全に確保出来るというのはとても大きな進歩だった。これで少しは皆のストレスが減ればいいのだが、と慈は思った。

 

 

 

 夜が明け、一番最初に目を覚ますのは悠里である。鳥類は感染せずに生きているため、朝のテンプレートな鳥の鳴き声は普通に聞こえ、外さえ見なければ比較的さわやかな目覚めだった。

 周囲の布団を見ればまだ全員寝ており、右隣の胡桃に目を向ければ普段の活発さが嘘のように眠っておりスコップを抱き枕代わりにしている。

 左隣は慈だが、何故か顔がにやけていた。何かおもしろい夢でも見ているのだろうか。とても年上の先生には見えず、せいぜい一歳違いの先輩に見えなくもない。

 静かに悠里は立ち上がると、パジャマ代わりのジャージを脱いで制服などが入っているロッカーを開ける。ロッカーの中身はそれぞれの特徴が良く出ており、悠里のものはとても几帳面に片付いている。

 「…………おはよう、皆」

 挨拶の相手はロッカーの中の一枚の写真。写真立てに入れられたもので、枠には『〇〇年度園芸部冬期合宿』と彫られている。あの日に失われた、部員たちの顔。既に胡桃に葬られた者もいれば、“あの日”はもう学校にいなかった者の姿もある。

 悠里は園芸部の副部長だった。元々は部長だったこともある。だから学園生活部の部長になった。実際には顧問が活動的なため負担はかなり減っているのだが…………。

 悠里が朝早く起きるのは学園生活部としてではなく、園芸部の副部長としての務めだった。

 着替えてからロッカー内のクリップボードを手に取り、悠里は静かに寝室である放送室から出る。陽光が差し込む廊下は窓ガラスが割れていたり、黒く変色した血しぶきの跡が残っている以外は普通だった。

 制圧後の掃除は慣れるまでが大変だった。掃除の範囲はまず教室や廊下などに散らばったガラス片の回収や血などで汚れた廊下の拭き掃除。それに加えて、“あの日”に“彼ら”のようになれずそのまま亡くなった生徒の放置された亡骸の埋葬や胡桃が倒した“彼ら”の処分。

 一階裏の焼却炉が大きく、定期的に火葬を行ってきたがやる度に友人や知り合いの変わり果てた姿に全員が心を痛めてきた。悠里はこれもゆきの心を壊した一因だと思っている。

 よくある「グロい」ゲームというものに年齢制限があるのがよくわかる実体験だった。こんなことを実際に続けていたらおかしくなってしまうのもやむなしである。

 「………………」

 三階中央の階段のみが屋上に通じる階段であり、この階段こそが最初の戦いの場所だった。この理不尽に屈したくないという“あの日”に屋上で生き残った四人が初めて一致させた意志のもと、自ら汚れ役を買って出た胡桃が修羅と化した中央階段。

 階段の壁には未だに胡桃のスコップが削った跡が残っていたり、その時に飛び散った膨大な血液が染み付いて凄惨なものになっている。

 だが、これも悠里は自身で怖いものだと思いつつ、既に慣れていた。

 異常な環境に身を置き続けて、それが日常に変わっていくのが嫌でも悠里はわかっていた。バリケードを作り、制圧個所を増やしていく。その際の戦闘も最初は見るに耐えなかったが最近では何も感じない。せいぜい胡桃の安否や周囲への警戒程度の気持ちしか無い。

 時間が流れていくにつれて、以前の学校生活の記憶が薄れてきている。これが心を護ろうとする防衛本能のせいなのか。悠里は忘れそうになる園芸部での思い出を噛みしめながら屋上の扉を開けた。

 昨晩雨が降ったからか、屋上は濡れており天気は快晴。雨のおかげで普段は鼻につく慣れきった異臭もほとんどしない。久々に気分のいい朝だった。

 悠里の毎朝の習慣が、これから行う菜園の観察日誌で“あの日”から唯一変わらない日課だ。篭城生活をする学園生活部にとって野菜などの不足は死活問題であり、栄養バランスを考えれば自給自足は必須だった。

 特に、料理などに関しては慈より悠里のほうが得意だった。聞けば、慈は教師生活の忙しさもあり料理が面倒になっていたという。なんともリアルな話を聞かされて、サバイバル生活初期から悠里がメンバーのお腹を守ることとなっていた。

 菜園のチェックをしつつ、悠里は今日の朝食を考える。この時間が悠里は好きだった。まるで学園生活部が家族のように――

 「っ…………」

 そう思った時に頭痛がする。悠里はその痛みで何を考えていたのか忘れかけるが、すぐに朝食のことだと思い出す。今日は何にしようか。オーブンなどがあればパンなどを作ろうかと思うのだが、それはまた今度にしよう。ならいつも通りにみそ汁と缶詰。ご飯にしてしまおう。

 「とりあえず、問題はなさそうね」

 菜園のほうに何の問題がないことを確認すると、悠里はそのまま屋上の転落防止柵まで近づいて、町の様子を見る。相変わらず校庭では“彼ら”が動いて、住宅地では彷徨う姿が確認できる。

 いつかは、助けが来ると思っていた。映画のように軍隊が介入してゾンビを倒しつつ、ヘリに乗って遠くに。けれども悠里の前にある現実はあまりに非情で、自分たち以外の生き残りが学校に現れなければ、軍隊からの助けなんてものもない。

 それに、こういう時は学校も何らかの秘密基地になっていたりしそうだが巡ヶ丘高校は私立な以外はどこにでもある設備がしっかりとした最近の学校だ。

 少々、しっかりし過ぎだとは思うが。

 「現実は小説より奇なりかな…………」

 「りーさん、なぁーに黄昏れてんだ」

 「きゃっ」

 突然背後から声をかけられ悠里はびっくりして短い悲鳴を上げたが、すぐに胡桃だとわかると安堵のため息をついた。

 「はぁ…………くるみ。びっくりしたわよ」

 「わりぃ」

 悠里の隣に並んだ胡桃は寝間着のジャージと体操服のままで、奇しくも“あの日”と同じ格好だった。まるで悠里と同じようにこの時間帯は陸上部だと言わんばかりに。

 「清々しい朝だな」

 「そうね。雨が降った後はね」

 「こういう日は朝練したいなぁ」

 「いいんじゃない?もう三階は安全よ。二階をあそこまで制圧したから」

 「そうだな。いっそのこと、体力不足なりーさんたちもトレーニングするか?」

 茶化すように言う胡桃に、悠里は「もうっ」と頬を膨らませるが内心そうしなくてはいけないと思っていた。いつまでも胡桃一人に負担をかけるわけにはいかない。慈の責任も胡桃の役目も少しは負担しなくては。

 「さてと」

 胡桃は悠里を茶化してから気分を切り替えて、縛っていない黒髪を揺らしながら屋上にある十字架の前に立つ。この下に埋まるのは胡桃の“初めて”を捧げた相手だ。彼女の手には今でも“あの日”に貫いた感触が残っている。

 十字架の前でしゃがみ、手を合わせる。胡桃のその姿を悠里は後ろから見ていた。この世には悲恋というものが存在するのは知っているが、それを目の前に見るのはたまったものではなかった。

 “あの日”に“先輩”を倒した胡桃は倒れた“先輩”を何度もスコップで滅多刺しにしていた。目の前で大切な人を自らの手で葬り、何かのストッパーが外れた胡桃の異常な膂力はその時から発揮されていたようで“先輩”の身体を容易く何度も貫く様は恐怖そのものだった。

 最終的にその行為は由紀の行動で収まったが、胡桃の身体が“狂った”のは間違いなくあの出来事のせいだろう。

 手を合わせ終わった胡桃が立ち上がり、再び悠里の隣に立つ。

 「ほんと、助かるよりーさん。先輩をここに埋めてくれて」

 「いいのよ…………私たちは何もできなかったから」

 「………いいんだ。もう遅かったんだよ。でも、アレがあったからわたしは皆を護れる」

 「…………くるみ。でも、あなた身体は」

 悠里が胡桃のことで最も懸念しているのは異常な力を発揮してしまっている彼女の身体だ。いくら陸上部だったとはいえ、あそこまでの力を急に使えばどうなってしまうのか。素人でも何かが危険だというのはわかっていた。

 そのことを聞かれた胡桃は困ったような顔をしながら答える。

 「りーさんの心配はあれだろ?戦ってるときの力の話」

 「そうよ。くるみは元々あそこまでの力はなかったでしょ?」

 「あぁ。………まぁ、軽くかじった程度だけど、戦おうとすると何だかスイッチが入るんだよ。脳内麻薬っての?あれがすごい出て、こう、なんでも出来るぞーって感覚がすんのよ。それでその感覚が出ている間は肉体のリミッターが外れてる………らしい」

 「肉体のリミッター?」

 「人間って普段は100%の力が出ないようにセーブしてんだと。出したら身体が壊れるから。でも戦ってる時に何故かそれが外れる。最初の頃は大変だったよ。あいつらに殴られるより自分の筋肉が壊れる方が痛かった」

 返ってきた言葉に悠里は何も言えなかった。自分の身体を文字通り削って胡桃は戦っていたのだ。そして、そんなことを続けていれば。

 「くるみ……………あなた、身体は」

 「慣れた。元々傷が治り易かったからな。今はしっかりと筋肉がついてるよ。おかげで重くなったけど」

 何でも無いことのように言ってのける胡桃に悠里は驚くばかりだ。

 「それに、りーさんがしっかり料理作ってくれてるおかげで鍛えられてるんだ。りーさんが負い目を感じることはないよ。むしろ、こっちが感謝したいぐらいだ」

 「くるみ…………」

 思わず涙が出そうになる。そういえば、こんな風に感謝されたのはいつぶりだろうか。自分の役目が少しは役に立てたと実感が持てた。悠里は胡桃に心の中で感謝した。

 「りーさん?」

 「ううん。なんでもないわ。さぁ、戻りましょう」

 「おう」

 悠里が踵を返し、その場から離れていく。胡桃は去り際に呟いた。

 「先輩、また来ます」

 彼女の心からまだ彼の残した傷痕が消えるには時間がいつまでもかかりそうだった。

 

 

 

 胡桃と悠里が戻ってくると、既に慈が起きていた。実は慈も寝間着は体操着であり、あまり朝が強くない彼女は寝間着のまま部室にいた。

 「先生、おはようございます」

 「めぐねぇ、おはよう」

 「おはよ〜………」

 いつもの姿とはちょっと違う抜けた様子に悠里と胡桃はクスクスとしながら、悠里は朝食作りに。胡桃は自分の席についた。

 「相変わらず朝弱いんだな」

 「どうもねー、昔から朝弱くて。前は学校まで車で来てたから寝坊して渋滞にはまった時とか最悪で…………」

 「へぇ。めぐねぇって免許持ってんだ」

 「くるみさんは?」

 「原付持ってたからすぐ取れた。確かりーさんは………」

 「仮免の途中だったわ」

 そういえば三年生だったと慈は悠里と胡桃が普通自動車免許を取った、取ろうとしていたことを聞いてふと、思った。最近の快進撃や胡桃の戦いぶりなどに気が行き過ぎていたから忘れていた。

 「ウチの学校から夏あたりから教習所へのバスが出てたよな」

 「バスっていってもワンボックスだったわねぇ」

 巡ヶ丘高校とどこかの教習所が連携していたのを慈は思い出した。受験が早めに終わった生徒が免許を取り易いように送迎用のバスが来ていたのだ。

 そういえば、駐車場に置いていた自分の車はどうなったのだろうか。慈は気になったので胡桃たちに一言告げてから駐車場が見える三階の教室へと向かった。

 ゆきが目覚めるまでまだ少しある。それまでに確認して着替えなくては。

 「あった…………」

 教室についてすぐに窓から駐車場を確認すると、慈が通勤のために使用していた赤い乗用車は未だに無事だった。少々汚れているが、少なくとも見てくれは問題なさそうだった。

 その他には恐らくは校長が使用していた黒塗りの高級車が置かれていたが、逃げ出そうとしたのか駐車場の一角で別の車にぶつかったまま放置されており、運転席に遺体が見える。

 「……………(探ってみる必要があるわね)」

 運が良かったと慈は感じていた。校長は間違いなくこの事態に関与している。上手く時間が作れれば、彼の遺体を調査してもいいかもしれない。

 一階の制圧が終わり次第、校長室などの機密がありそうな場所や地下施設の存在を悠里と胡桃に話して本格的な行動に移すつもりだが。

 それだけでなく、慈はもし自分の車が動いてくれれば遠出が可能だと踏んだ。気が早いが、購買部を確保出来たのが大きい。以前より余裕があるのは間違いなく、今なら悠里たちも外への探索を了承するかもしれない。

 と、考え事をしていたらいつの間にか教室の扉のところに由紀がいた。

 「めぐねぇ、おはよう」

 「おはよう、ゆきさん」

 「何してるの?」

 「えっと、車がもしかしたら生きてるかもしれないから」

 「………なるほど。わかったよ。わたしはいいと思うよ」

 どこか含んだ笑みを浮かべる由紀に、慈は首を傾げる。しかし、それ以上の会話は無く、由紀は扉の影へ――学園生活部のほうに隠れてしまった。由紀からゆきに戻ったのだろう。

 「着替えよ…………」

 いつもの服に着替えようと慈は思い寝室に戻ろうとするが、その前に教室に置かれていた手鏡に自分の姿が映った。そこにいたのは体操服を来た女生徒だった。

 それを見た慈はなんだか落ち込みつつも、とぼとぼと放送室へと戻っていった。

 

 

 

 「遠足!遠足に行こう!」

 着替え終わった慈が学園生活部に入ると、ゆきが食事中にそんなことを言っているところに出くわした。

 「遠足…………?」

 「あ、めぐねぇおはよう!そう、遠足だよ!」

 ゆきが言うには遠足の時期らしい。確かに、この時期は新入生の移動教室やなどがあったような気が慈はした。後で暇つぶし程度に年間予定表を確認してもいいかもしれない。

 「遠足、ねぇ。めぐねぇはどうよ」

 「えっ?そ、そうねぇ」

 胡桃から遠足のことを問われた慈だが、ちょっと困っていた。まさかとは思うが、由紀がこうなるようにゆきへ仕向けたのか。まぁ、彼女自身が作り出した幻想の住人たちの主人公だ。無意識にそうさせているのかもしれない。

 そうだとしても、問題は遠足に行くかどうかである。慈と由紀の計画ではまだ先の話にするつもりだったが、三階の完全な安全確保、購買部までの制圧という心的余裕から由紀の中では決行が『可能』と判断されたのか。

 車が無事というのが大きな要因なのかもしれない。とはいっても、バッテリーが上がってしまっていたらおしまいだが。

 「…………とりあえず、許可を取ってこないと何とも言えないわね。明日には結果を言うから、今日は待ってくれる?」

 「りょーかい」

 当然、許可を取る相手はここにいるゆきを除く二人。慈は顧問だが、部活の活動方針を決めるのは部員自身だ。“上”がいない以上は最終的な決定権が彼女らにある。慈は決して、彼女たちを従えているわけではないのだ。

 その後、朝食を四人で取り、ゆきが授業を受けにいくと残された三人の雰囲気が締まったものに変わった。

 「で?ゆきちゃんが遠足と言ってたけど、佐倉先生は?」

 「不可能ではないわね。足も使える可能性がある、あとは物資のほうは?」

 「そろそろ、怖くなってきましたから私的にはアりだと思います」

 「行くのはいいけど、その間学校はどうすんだ?」

 「空けてしまうわね。ただ、この状況で誰かを残すのは危険だと思うわよ、くるみ」

 「それもそうか」

 背に腹はかえられないということなのか、悠里も胡桃も外にいくというのは悪くない提案だと思っているようだ。慈は余計なことをせずに済んだと安堵した。

 「んじゃ、具体的にどこ行くか、どう動くか、決めようじゃないか」

 「そうね。先生、まずは第一に食糧の確保をしたいのですが」

 「そうなると、ショッピングモールなら保存食品も置いてありそうね」

 物資確保もそうだが、生存者の探索も重要な要素だ。だから、生き残っている確率が高そうなショッピングモールを慈は提案した。おおむね、これも悪くないようだ。

 「ここらへんで一番近いモールってどこだっけ?メリコム?」

 「確かそうだったわね。でも、住宅街を突っ切っていかなくちゃいけないから、車でいけるかしら」

 悠里は車でいくとなると最も“彼ら”が徘徊している住宅街を通らなくてはいけないと言う。行く途中で道が塞がっている可能性も高く、そういう時に囲まれたら面倒だと思ったのだ。

 慈からすればマニュアルに書かれていた“リバーシティ・トロン・ショッピングモール”に行きたいため、どうそちらに行かせるか困っていた。

 が、今の悠里と胡桃の会話を聞いて慈は思いついた。

 「それなら、食品が置いてありそうなリバーシティ・トロンに行きましょうか」

 「え?遠くないか?」

 「えぇ、でもこれなら開けた場所を通ることも多いし、住宅地を通るよりはマシだと思う」

 「………確かに、先生の言う通りです。でも、そうなるとそれなりの準備が必要ですね」

 悠里がそう言いながら地図を部室内の棚から出してきてテーブルの上に広げる。リバーシティ・トロン・ショッピングモールは徒歩だと遠く、車なら一時間でつきそうなものだがそこまでに通じる道路の状況によっては相当な時間がかかりそうだった。下手をすれば一日はかかるかもしれない。

 「準備といってもよ、なにを?」

 「…………食糧?」

 「りーさん、最近ご飯のことばっか考えてんな。なるほど、だから胸が…………」

 「くるみ、冗談を言ってないで一緒に考えてちょうだい」

 「ふふっ。まぁ、軽い食糧と後は武器。出来れば途中でガソリンスタンドによりたいわね。くるみさん、簡単な整備がしたいのよ」

 「バッテリーとかか。たしかに、今まで放置だったって言うもんな」

 「そこらのことは先生とくるみに任せます」

 それからはある程度具体的に何が欲しいのかを纏めて、遠足の話は『許可』された。

 「問題は、車を誰が取りに行くかか」

 「三階から降りれば一応、駐車場まで150mってところかしら」

 「それがいいな。玄関は無理だし」

 車を取りに行くために“あの日”以降ほぼ出なかった外へ。玄関から出られないため、避難用梯子を使用して三階の教室から直接降りる案も出されたが、

 「二階からでもいいんじゃないかしら?どちらにせよ、車を取りに行くのと同時に、他の人も乗り込むために下へ降りた時、忍び込んでる時間は短いほうがいいし」

 慈の提案で三階からではなく二階から降りることとなった。これは制圧が済んだことによる如実なメリットだ。

 「流石にわたしも三階から階段で降りるのは怖いな」

 「そうね。なら、そうしましょう。先生、車の鍵は?」

 「持ってるわ。赤いビグクーパーが私のね」

 「へぇ、めぐねぇらしいなぁ。自分で買ったのか?」

 「ううん。父さんが教師になったときのお祝いにね」

 「そっか」

 部室内がしんみりとしかけたが、悠里が話を続けた。

 「じゃあ、取りに行くのは誰にしましょうか?」

 「あれ?わたしじゃないのか?」

 「えっと、それでもいいけど。大丈夫?」

 「もちろん。それに降りたらスピード勝負だろ?聞く限りじゃ。しかも、あいつらを避けるか倒しながらの。そうなるとわたしが適任だ」

 そう言って胡桃は立ち上がると自身満々に自らを親指で示す。その頼もしい姿に悠里と慈は目を輝かせた。

 「一応、直線距離だけどやってみるか?予行練習」

 「廊下でタイムを計るの?」

 「おう。ゆきにでも手伝わせて、後でやっとくよ。まずはその目標タイムの結果でいけそうだと思ったらやるかどうか判断してくれ」

 「わかったわ、くるみさん。そしたら、ゆうりさんは私と一緒に荷物の準備を済ませておきましょう」

 「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――巡ヶ丘港湾部 リバーシティ・トロン・ショッピングモール

 寂れたモールの一角で、二人の少女が身を寄せ合うように眠っていた。周囲には食べたカップラーメンや飲み干したペットボトルが散乱し、見るからに荒んだ生活をしているように見える。

 「んっ…………」

 既に日が昇りきった時間まで寝ていた少女のうち一人が身体を起こす。茶髪にミディアムの髪型の少女は隣で寝ている銀髪の少女を起こさないように布団から出ると、室内の鏡を見る。

 そこにあるのは生気のかけらもない、自身の顔。まるでもはや生きることに意味を見失った生ける屍のようだ。

 「圭…………」

 寝ている少女が寝言で、彼女の名前を呼ぶ。昨日、自棄になって外へと出ようとした彼女――圭を呼び止めた時と同じ、縋るような声。

 ここにいつまでも残るつもりはなかった。いずれやってくる惨い死に、自分は耐えられなかった。ならば、自ら死中に飛び込んで果ててしまったほうがマシだった。そこまで追い込まれていた。

 だというのに、圭は行けなかった。出て行こうとして呼び止めた彼女の声を聞いて。

 

 ――自分が死んだ後、彼女はどうなる?

 

 そう思った瞬間にぞわりと悪寒が、吐き気がした。生きていれば、それでいいのか?圭にとって堪え難いことだが、寝ている彼女からすれば“圭が生きていれば、それでいい”のではないのだろうか。

 こんな地獄みたいな状況で、友を見捨てて楽になろうという勇気は、この圭にはなかった。

 ショッピングモールには、夢も希望もなければ、未来もない。残っていたのは退廃的に残り少ない時間を過ごす二人の少女だけだった。




<今回の変更点>

「若狭園芸部副部長」
 三年生だし、部員が多くなければやっていそう。園芸部だったこと、部員とのお話は原作では一切存在しない。アニメ版だと園芸部だった。

「胡桃の超パワーの原因」
 原作では後々、感染から肉体が強化されましたがこっちでは最初からバーサクかかってるような状態に。
 筋肉ついてるけど綺麗なつき方。

「慈の車」
 漫画だと扉絵で、アニメだと完全にめぐねぇの持ち物だと判明。ここではお父さんからのプレゼントということに。

「免許」
 くるみは普通自動車免許、りーさんは限定解除(AT限定)の仮免許。原作だと持っていなかったけど、普通に運転は出来ていたので仮免ぐらいはあったのかもしれない。

「バッテリー等の車のメンテナンスの話」
 普通だったらバッテリーがあがってて動かなそうだ。

「先輩の十字架」
 平行世界の概念でいけば必ず誰かがそこに埋まっていなければならない。

「圭」
 生存。この圭には美紀を見捨てる(?)ことができなかった。というより、普通は友達があんな風に出て行ったらすぐに後を追う。そう思ってのこと。

「みーくん」
 だいたいは元と同じ。
 ただし、圭に無意識に依存しているため捨てられそうになると大変なことに。

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