せきにんじゅうだい!   作:かないた

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こっそり投稿。

大変長らくお待たせして申し訳ありませんでした。


#24

――希望。それは常に絶望と表裏一体だ。いや、希な望みが易々と叶う事のほうがおかしいんだ。結果は積み上げて来たものがあって初めて成る。それは社会に出てから嫌というほどわかっていたはずだった。

 それでも信じてしまうのはあまりに彼女たちが眩しかいから。子供はいつだって無色に輝いている。

 その輝きを大人たちがくすませなければ。

 

佐倉 慈

 

 

 巡ヶ丘という都市についての情報はこれまでの調査であまり多くは手に入れられていない。美紀は生まれこそ巡ヶ丘であるが、一高校生がわざわざ自身の出身地について詳しく知ろうとするだろうか。

 答えは否である。多少、美紀自身も浅く広く知識を持っているがこの土地についての知識はあまりなかった。小学生、中学生などの時は風土史に触れさせられることもよくあるはずなのだが、美紀は今考えてみると一切そういった授業がなく、歴史に関係する授業で巡ヶ丘の“め”の字も出なかったことがあまりに不審で仕方なかった。

 「(ここは一体、なんなのだろうか)」

 前を往く、頼れる先輩が被ったヘルメットのライトが照らす高校地下の水道が通っている点検通路の先に広がる暗闇を見て、美紀はよりこの土地の謎が気になった。

 一方で、美紀の隣を歩く慈は今進んでいるこの通路が、点検用にしては随分と広いと感じていた。それこそ、車が一台は通れそうなほどである。天井も高い。

 非常用の蛍光灯は点いているが心許なく、通路の先を見る為には胡桃のライトだけが頼りだ。

 打ちっ放しのコンクリート壁はいかにも地下通路といった具合で、スチームパンクもののダンジョンに近い雰囲気である。特に、この三人の中ではゲームをよくプレイしていた胡桃は歩き始めてからその印象が強い。

 「地図でもありゃいいんだけど。………あぁ、そうだ。マッピングすりゃいいか。めぐねえ、なんかペンと紙ある?」

 「えっと………」

 ゲーム、というところで胡桃は初めて挑むダンジョンではマッピングが重要であることを思い出し、それを慈にやらせることにした。現場で行動中のため、胡桃には上下関係というものがない。立っている者は上官でも使う。

 何より、戦闘が出来ない慈がこのままただ歩いているのもどうかと思ったためである。

 この胡桃の提案に、慈は正直に言えば助かった。この探索後に明かさなくてはならないことを考えると気が重く、慈からすれば何かをしていないと落ち着かなかった。

 慈は背負っているバックの中からクリップボードと紙、それに消せるボールペンを出した。

 「おっ。いいもん持ってるじゃん。バラ図引くのにはもってこいだ」

 「そうなの?」

 「シャーペンもわるかないが、芯がよく折れるしなー」

 父からの受け売りを胡桃はそう言って慈に説くと、シャベルでトントンと肩を叩く。軽々とシャベルを扱う胡桃に、今更ながら慈は感心しつつ今まで歩いた通路の印象を思い浮かべつつ、コピー用紙に青いインクの線を走らせる。

 「といっても、胡桃さん。まだ一本道よね」

 「だろうな。そろそろ曲がったりしそうだが」

 進行方向に胡桃が目を凝らせば、何かの明かり見えた。赤い小さな光。それは何かの存在を知らせる非常灯に思えた。

 「何かあるな」

 「あの赤い光ですよね、先輩」

 「あぁ」

 シャベルを両手で持ち、一応の警戒態勢を胡桃は取る。美紀も装備したライフル型水鉄砲を構えて、慈の後ろを取りつつ進む。

 数分歩くと、胡桃たちの前に壁に備え付けられた赤いランプ型の非常灯が見え、胡桃はその非常灯が存在する理由を見て納得した。

 「これって…………」

 「コイツはまた、大掛かりなモンを………」

 慈は思わず、現れたものに驚愕し胡桃は呆れたように言う。

 「……………大型エレベーターですか。底は見えますがだいたい9メートル弱。三階分の深度ですね」

 「すごいわね、直樹さん」

 美紀が大型エレベーターの上から下を見て、そう告げる。見ただけで彼女は深さがわかったようだった。胡桃は今まで来た道と、大型エレベーターまでを見て、通路の隅を通る水道管は大型エレベーターで降りる階を通らずそのまま点検用の足場を中空で通している。

 ケージ状のものを天井に吊るしており、胡桃は慣れていてもこれは恐いと苦い顔をした。

 「ふぅ。りーさん、聞こえるか?」

 『感度良好よ』

 「そっか。なら報告するけど、途中で更に地下へと降りるエレベーターを見つけた。それと、水道管は点検用の吊り足場で中空を通ってる。胡散臭くてたまらないんだけど」

 『……………ますます、怪しいわね。めぐねえは何て?』

 「そうだな。めぐねえはこのエレベーターとかどう見るよ」

 「え?」

 胡桃に声をかけられ、慈は少し惚けた様子で返事をしてしまった。慈はこのエレベーターの登場で、嫌な予感がどんどん増していた。エレベーターというよりは昇降機と言ったほうが相応しいこの機構に、三階分という美紀の推測に。

 そう、ピッタリと合うのだ。マニュアルにあった地下構造の説明と。

 「めぐねえ、どうしたんだよ」

 「え、あ、ううん。そうね、こうも思わせぶりだとちょっと………」

 「先輩。先生も言うに及ばずですが、この地下は何らかの役目を持っているのでは?」

 「だろうな。りーさん、この地下あんまりにもキナ臭いから行けるとこまで潜ってみるよ」

 『そう。気をつけてね?』

 「そっちも、ゆきのこと頼むぞ」

 通信を一度切り、そこではたと胡桃は気がつく。そういえばノリで通信機など持ち出して使っているが何故こんな閉鎖空間で通信が通っているのか。

 「(オイオイ。ホントここはどうなってんだ)」

 思わず、胡桃は薄ら寒いものを感じてしまった。怪しい、なんてものではない。地下に通信用の線を埋設したのかそれとも中継用アンテナが設置されているのか。

 そのことを美紀と慈にも胡桃は伝えると、二人とも同様に顔が青くなった。

 「………ここは一体、なんなんですか。本当に、学校ですか?」

 「あぁ。これじゃ、軍事施設って言ったほうがいいよ。案外、地下空間は学校の敷地内だけじゃなかったりしてな」

 ははは、と胡桃は笑うが内心冗談ではなく本当にあり得るのではないかと想定する。だとしたら、この校舎も安全とは言い難いかもしれない。

 その可能性はあり得ると、慈は間違いないと感じた。このテのお話で地表がダメなら地下に潜るのは常套手段ではないか。マニュアルが示す情報は全てではないのかもしれない。

 ひとしきりすると、胡桃はこの昇降機をどうしたものかと考える。幸いにもすぐに操作盤は見つかったので、あまり積もっていない埃を払いのけつつ赤いスイッチを引き起こした。

 だが、操作盤に明かりが点くことはなかった。

 「げっ。電源死んでやがる」

 「ブレーカーが落ちているのかもしれませんね」

 「それか、回線がどこかで切れているのかも」

 昇降機が使えないとなると、三人は昇降機の周りをすぐに探索し昇降機の脇に梯子を見つけたので、それを使って降りることにした。

 「こういう時はだいたいお約束で、降りようとした瞬間に昇降機が落ちたりするが…………」

 「先輩。洒落にならないのでやめてください」

 「大丈夫だろ。仮に落ちても巻き込まれやしないよ」

 胡桃の言う通り、梯子と昇降機の位置は干渉しないようになっており、余程運が悪くなければお約束に巻き込まれないだろう。慈のバッグから懐中電灯を取り出した胡桃はそれを来ているジャージの腰紐で落ちないように巻き付け、下方に照明を当てると最初に降りていく。

 それに続いて慈が、最後に美紀が装備を腰のホルスターに入れて梯子を使う。

 「三階分か。落ちたらお陀仏だな」

 「や、やめて胡桃さん………ちょっと恐いんだから」

 「降りる前にクライミングよろしく三人とも繋いどくべきだったか?」

 「先輩。それでも流石に大人と女子高生の二人分の負荷がかかったら……」

 「大丈夫だろ。むしろ、この梯子が持つかどうかだけどな。どうにも即席っぽいから」

 慈は胡桃の言う通り、妙に梯子が揺れることに気がつき背筋がゾワリとした。

 「ま、保つだろ。………お、めぐねえ大胆な下着だな〜」

 「ひゃっ!?な、何を見て……!?」

 「先輩。ふざけている場合ではないのでは?」

 「悪い悪い。ただこう、ジメジメしたところでホラーするよりは死ににくそうだぞ?」

 「現実にギャグ補正はないですよ」

 呆れたように美紀はため息をつく。あっという間に梯子で更に深い地下に降り立った三人はあたりを見渡す。L字に深く広い空間は真っ暗で胡桃のライトだけが視界を確保する。

 そんな空間には小型のコンテナが幾つも置かれており、胡桃たちは一番近いコンテナに歩み寄った。

 そのコンテナは青と水色のツートンカラーで側面には“機動衛生ユニット”と文字が入っている。

 それを確認した胡桃の顔が驚愕に染まった。

 「オイオイ!冗談だろ!?」

 「先輩、これは……」

 美紀が胡桃にコンテナのことを問うと、胡桃は「クソッ」と悪態を付きながらもコンテナについて口を開いた。

 「コイツは空自で使用されてる機動衛生ユニットだ!」

 「空自………!?胡桃さん、それでこれはどういうものなの?」

 「言わば、飛ぶ集中治療室。このコンテナの中には集中治療室がそのまま入ってるようなもんで、災害の時とかはコレで重症患者を運ぶんだが………」

 それがここにある。慈は即座に察した。これがマニュアルの追記にあった“手術室”に準じたものではないのかと。コンテナの右正面に回り込めば扉があり、ロックされてこそいるが損傷も何も見られず新品同然のようだ。

 もしかしたら、この中にもワクチンなどがあるかもしれない。

 「胡桃さん。これの扉の鍵はあるかしら」

 「わかんね。探してみる価値はあるけど」

 さっそく三手に別れてコンテナがキッチリと等間隔で置かれているこの場を探索し始める。慈ららすればついにマニュアルに書かれていた場所の探索であり、同時に彼女は記載通りなら既に学校の真下に来ているのではないだろうかと考える。

 「(こんな広大な空間が地下にあるなんて)」

 コンテナ群がおかれている現空間の広さは尋常ではない。天井までの高さに横幅も三十メートルは優にある。ところどころ、上層建造物の杭が入っていると思われる柱があったが、大型車両が通れるような造りだ。

 鍵が置かれていそうな場所を探しつつ、慈は周囲の観察を続ける。すると、コンテナの配置がほぼズレなく並んでいることに気がつき、思わず戦慄する。

 その戦慄は胡桃も味わっていた。

 「(こっちはマジモンの自衛隊だな。陸自がテントを均等にズレなく配置するってのは聞いたが、こういう風におけるってことは統率の取れている者たちってことだ。つまり正規の………クソ。やっぱり、この状況は………!)」

 一方、美紀は水鉄砲を構えたまま、注意深く探索を続けていた。

 「(ここに“彼ら”がいるとは思えないけど……ここは地下の、どの位置なんだろう。歩いた距離からして校舎近くだと思うけど…………)」

 物陰から飛び出してくることがありうるとわかっているため、美紀は警戒を怠らない。そうして、しばらくコンテナの間を歩いているとコンテナの列が終わり、ビニールシートが被せられた、恐らくはダンボールの積載された山が二つと、二台の車両と思しき影を見つけた。

 「アレは………胡桃先輩!佐倉先生!来てください!」

 美紀は二人を大声で呼ぶ。慈と胡桃はその声を聞いて、探していた場所から一度離れて美紀もとへと集合する。

 「どうした?」

 「美紀さん。何かあったの?」

 「はい。あれを」

 美紀が、ライフル型の水鉄砲の銃身にテープで巻き付けた懐中電灯の明かりを見つけたものへと向けた。

 「なんだありゃ。資材置き場か?」

 「それと、車…………?」

 電気がついていないため、頼りになるのは懐中電灯だけ。なので、ブルーシートが被せられ積載されたダンボールの向こうに見えた影はいまいち何の車なのかわからなかった。

 「………確認しよう。一応、警戒しとけ。めぐねえもな」

 「え、えぇ」

 胡桃が警戒度を上げ、シャベルを握り直して前進する。美紀も進行方向に照明を当てつつ続く。

 ブルーシートの山を越えて、三人は確認対象である車両に接触した。

 「こいつは…………陸自の高機動車と………なんでこんなものが」

 そこに置かれていたのは、一台は今度こそ本物の陸上自衛隊が使用している高機動車。専用のナンバープレートが本物であることや胡桃の知識にある細部の形状と一致していた。

 こちらも放置されていたのかわずかな埃が溜まっている。

 が、もう一方は明らかにこの場に異質なものであった。

 「ぱ、パトカーですか。しかも、ボロボロで血がフロントに……」

 「いったいどこから………」

 美紀と慈の困惑もそのはずである。もう一台は明らかについさっきまで動いていたと思われるパトカーである。エンジンは止まっているが、何か――“彼ら”をはねていた思われる血の跡や胡桃がボンネットを触った際にまだ暖かいことから誰かがここにいたのだろうと察した。

 しかし、どうやって。何よりどうしてこんな場所にあるのかという疑問が尽きない。

 だが、この車両の存在で一つだけ確実にわかったことがあった。

 「マジでこの地下は別の場所と繋がってんのか…………?」

 「そのようね、胡桃さん」

 慈は胡桃よりも前に出てパトカーのすぐ傍にやってくると周囲を見回し、ソレを発見する。

 このパトカーが突破したと思しき、シャッターを。

 「アレね。あそこから侵入したみたい」

 「い、いったいどこと繋がっているんでしょう」

 「わかんね。でも、美紀。気をつけろ。コイツがこんな場所にあるってことは」

 「誰か、いますね」

 パトカーはあったが、運転手はいない。車両のドアは運転席と助手席の双方が開いており、運転席を調べてみれば少量の血痕が見受けられた。慈が現場の痕跡を調べる。学園生活部内でこのテの推理は一番慈が慣れているからだ。

 「これは………」

 慈は運転席のシートに微量の血痕があり、運転席の血痕の位置から肩に何らかの負傷をしているようである。車内の臭いを嗅いで見れば、わずかな鉄臭さ……血の臭いと、控えめな香水の香りがした。

 「………乗っていた人に女性がいるわ」

 「!?どうしてわかったんですか、先生」

 「香水の香りよ。女性が付けそうなね」

 「この状況下で香水とは度胸あるなオイ」

 胡桃は呆れた様子で言うが、“彼ら”の嗅覚は潰れているため実質害はない。とわかっていたところで、胡桃がそういったものを使うような余裕も必要性もないのだが。

 「とにかく、追うしかないですよね」

 「えぇ………問題は怪我をした人の容態だけど」

 「洒落になんねぇな。同乗者ごとイッちまったら可哀想だ」

 「ですが、一体どこに…………」

 「それが問題ね。こんな時にゆきちゃんがいれば」

 彼女の生体ソナーとも言える耳があれば、この閉鎖空間では無類の感知能力を持っていたのだが、残念ながらこの調査への同行は許されていない。なので、自力で探さなくてはいけないが、血痕は車の席だけで途切れており、追跡しようにも困難だった。

 が、この場の状況を見て、美紀は考える。これまでの道のりでこのパトカーの持ち主たちとはすれ違わず、自分たちの侵入直前にここにやって来ていたこと。また、怪我をしていることや、ボロボロのパトカーという物品の状態を考えれば何かから逃げていたというのは明白。

 ならば、逃げた人間はどういう行動を取るだろうか。

 美紀は周囲を今一度見る。すると、パトカーよりも更に先の暗がりで白っぽい、コンソールの類いが出す光を見つけた。

 「先輩、先生。アレを」

 「なるほどな。あの光り方からして、もう一回上がる用の昇降機か?つくづく、スチームパンク系のRPGだな」

 「胡桃さん、ゲームで例え過ぎな気が…………」

 「こういう例えでもしないとやってらんねーよ!しっかし向こう側は生きてんのか」

 「学校側に近いからかもしれません。佐倉先生、そうですよね?」

 「え?そ、そうね。マッピングした限りでは校舎に近づいてるから」

 「電源が違うのかもしれねーな」

 一先ずの考察を終え、三人は明かりのついた昇降機のコンソールへと近づき、胡桃がそれを操作。大きなを音を立てて、昇降機が降りてくる。まさにその様相は現代都市を舞台としたスチームパンクRPGのようである。

 「(ただこんな前衛役一人で他全部後衛役とかクソゲーもいいとこだがな)」

 胡桃はそんな風に例えの悪態をついて、昇降機に乗る。操作も昇降機上のコンソールを操作することで動かせるようだった。

 「よし、乗ったな。上がるぞ」

 ガゴォン、と音を立てて昇降機は上昇し、三人は再び元の階層へと戻った。

 上がった先は変わらず暗く、美紀がライトで照らす。直線の通路なのか闇は深い。

 「あのボンネットの温度からしてそう遠くへはいってないはずなんだが………」

 「急ぎましょう。地下に奴らがいるとは限りませんが」

 「そうね」

 三人は駆け足で急ぐ。侵入者が何者であれ、確認と必要であれば救助しなければならない。特に、一名は負傷者。下手にゾンビ化されても死体が増えると慈は迷惑感すらあった。彼女たち以外に、信用信頼をおけないのだから――。

 駆け足で急ぎながら、胡桃はふと悠里へ連絡をいれようと思いインカムで通信を飛ばす。

 「りーさん。聞こえるか?」

 『ええ。どうしたの?音からして走っているみたいだけど』

 「いや、詳しいことは省くが地下に生存者がいそうだ」

 『なんですって!?』

 「とりあえずその確認をして、可能なら救助する」

 『わかったわ。なら一応用意はしておくわね』

 「頼むよ」

 言わんとしていることを理解し、すぐに行動に移す。悠里の優秀さに胡桃は感謝しつつ、先を急ぐ。悠里の内心は慈と真逆である。生きているなら助けねば。なんとしてでも。生者のために力を振るうことが胡桃のせめてもの偽善だ。

 二人に続く美紀も胡桃と似たような心境であった。かつては目の前にいて助けられなかった生きている人々。もしかしたら今、危機に瀕している人がいるかもしれない。それを助けられるかもしれない。既に終わっていることに何度も直面した二人からすればこの希望とも言えるものがあるかもしれないという状況は願ってもみないものだった。

 「(間にあえよ……!)」

 走る。走る。間に合えと胡桃はいつの間にか全速で、スイッチが入った状態で。慈と美紀は急激に速度を上げた胡桃についていけなかった。コンクリートの床を叩く音が反響し、いかに胡桃が並外れた脚力で地面を蹴っているのかがわかる。

 「胡桃さん!待って!」

 慌てて慈も追いかけるが、慈は運動が得意でないのがここで災いした。あっという間に胡桃が離れていく。

 「先輩!」

 美紀も速力を上げ、ついていこうとし、慈はただ一人遅れる。いわゆる女の子走りだ。速度はあまり出ず、慈は息もすぐに上がってしまう。運動系の顧問をしたことはほぼない上に、教師対抗の運動会などは出たこともない。

 つまり、現役の鍛えている女子高生についていけるわけがない。

 こういう時につくづく運動オンチな自分が嫌になると慈は思いながら走り続ける。

 「きゃっ!?」

 が、その途中で足をもつれさせ慈は勢いよく転ぶ。なんとか受け身を取るも左腕をおもいっきり擦ってしまった。

 「痛っ……」

 肘を擦り、軽く傷が出来たようで痛みを慈は感じてしまい思わず涙目になるが急いで立ち上がる。生徒たちに置いていかれてしまうからだ。顔を上げて前を向けば、慈が転んだことに気がついたのか美紀が慌てて引き返してきていた。

 「先生!大丈夫ですか!?」

 「だ、大丈夫よ。ちょっと足をもつれさせちゃって」

 「肩を貸しましょうか?」

 「ううん。大丈夫一人で−−−−−」

 立てるから。そう言葉を続けようとした時、慈の声は長らく聞いたことのない音でかき消される。

 パァン、という乾いた音。それが二度、三度、四度。止まずに続き、女性のものと思しき叫び声が後に続く。何が起きた、何の音だ。二人の脳が理解を拒む。何故か。それが意味するところを知りたくなくて。

 「今の音は」

 美紀はいやでもわかる。今のは間違いなく銃声だ。それも連続して。慈は我に変えると慌てて立ち上がり走り出す。最悪の想像が頭を過る。誰が、何をした。私の生徒に何をした。発露することのない感情を表にして、慈は先ほどとは比較にならない速度で疾走する。

 美紀は突然の豹変に驚きながらも、水鉄砲では何もできないとわかりつつ構えて前進する。

 先ほどとは比較にならない速度で走ればすぐに胡桃の懐中電灯が見えた。激しく動いている。何かと戦っているのだ。

 美紀が水鉄砲に懸架したライトを向ければ、何が起きているか即座に慈は把握する。

 「あれは………!?」

 驚愕する美紀の声と共に明らかになった光景は巡ヶ丘高校の制服を着た少女が拳銃を握り、その銃口の先には全身を血に染め死んでいると思しき男性。胡桃は銃を持つ少女の射線から逃れたようだった。

 「あっ、あっ、あっ」

 涙を流しながら少女は弾の無くなった銃の引き金をカチャカチャと引き続けている。放心状態なのか、胡桃のことは一切意識にないようだ。

 「これは、一体」

 「どうしたもこうしたも………!」

 美紀の言葉に、ウンザリだと言わんばかりの声音で胡桃が応える。彼女は放心状態の生徒……よく見れば、金髪を肩のあたりで切り揃えた端正な顔つきの少女で、慈も見覚えがあった。身長も高めだ。

 そんな巡ヶ丘高校の女子生徒、言わずもがな彼女ら以外の初の生存者の存在に感喜すべき場面のはずが、冷え切っていた。

 胡桃が固まっている少女の手にある拳銃をシャベルで弾き飛ばす。

 「このバカ野郎が!」

 続けて胡桃が少女の腹を殴り、殴られた相手は呻いてその場で昏倒する。突然の胡桃の行動に慈と美紀も混乱するが、次の言葉で慈は全てを察した。

 「なんで………どうして、同じことを繰り返すんだ……!クソッ、クソッ、クソッ!」

 同じ過ちを繰り返す。そのことで慈はこの場で何が起きたのか理解し、胡桃に声をかけることなく静かに行動を開始する。まずは死んでいる男性の方に近づき、着ている服を調べる。血で濡れているが水色の警察官の制服。三十代後半の男性で、死因は側頭部から撃ち込まれた銃弾。他にはパトカーを調べた時に確認できた肩口の傷という推測の通り、肩に“彼ら”から噛まれた痕があった。

 おそらく彼があのパトカーを運転して彼女をここまで連れてきたのだろう。ポケットを探れば携帯電話と警察手帳が見つかり、一先ず慈はそれを回収する。いずれ死体は運ぶべきだが、脳を破壊されているので仮に感染しても動き出しはなしだろう。同時に慈はもしかしたらゾンビのサンプルになったかもしれないと少し落胆したが。

 「胡桃先輩………」

 「ッ…………わりぃ。めぐねえ、とりあえずこいつらは」

 美紀の声に胡桃は無理やり自身を落ち着かせ、慈に彼らのことを伝えようとするが慈は首を横に振る。今はいい、という意味だ。こうなってしまった以上は探索を中断し、まずは女生徒を地上に運び出すべきだろう。

 慈は女子のほうにも近寄り、怪我がないか調べる。制服を剥ぎ、服の下まで確認するが汚れひとつない。髪の匂いも厭なものは何ひとつなく、シャンプーの匂いがしている。つまり彼女と彼は恐らくどこか別の場所で避難生活をしていたということになる。

 加えて、胡桃の態度から恐らく良好な関係であったのだろう。

 そうして、彼にあった咬み傷。それで全てを察することができる。

 「………どうして、こうなるのかしらね。二人とも、その子を運んで。今日はここまでにしましょう。胡桃さんは悠里さんに連絡を」

 「あぁ」

 「直樹さんは前を頼むわ。念のために。私がその子をおぶる」

 「わかりました」

 救えたかもしれない命が数秒前までそこにあった。けれど間に合わなかった。この地下にあるはずの薬。それさえあれば、この男は助かったのかもしれない。でも、もう一人が生きていただけでも慈はもうけものだと考える。

 外部からやってきた高校の生徒。有益な情報を持っているか、それともすでに“壊れている”か。なんであれ、貴重な情報源としか慈は思っていなかった。

 己の冷酷な部分が顔を出していることに気がつかずに、慈は少女をおぶる。発育の良い身体は酷く重く、まるで今彼女が壊した命が乗っているかのようだった。

 




<ネタとか>
「地下ダンジョン」
 スチームパンクもので地下ダンジョン。私に一番馴染み深いのは軌跡シリーズ。

「男は死ぬ」
 実はちゃんと男の設定もあるのだが・・・・・・。

「オリキャラ」
 入部はしません(ネタバレ)

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