せきにんじゅうだい!   作:かないた

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#23

――先達の言葉は素直に聞き入れるべきだと思う。尚更。自分が未熟なら。そういう点で、あたしの父さんは色んなことを教えてくれた。どれもこれも、男の子が喜びそうなことだったけど。私も少しは興味を持てていたのだから、いいことだったと言える。

 現に、父さんとの経験がなければこの生活であらゆる技術と知識が足りなかっただろう。

 

恵飛須沢 胡桃

 

 

 

 巡ヶ丘市役所内にて一人で避難生活を続ける“蓮田 夕日”は市役所を訪れた“佐倉 慈”という教師を名乗る大人の女性とも少女ともつかない生存者の依頼をなんだかんだで続けていた。

 やることが無いのが続けることの大きな理由である。何せ、学園生活部の半数がここを訪れるまで夕日の日常はカメラを眺めて、これまで訪れた生存者のために市内の様子をラジオで流すだけ。それが終われば無気力にただただボーッとしているだけ。

 元々、風来坊なきらいがあった夕日は飽きっぽくてただ生きていることだけに満足してフリーターを続けていたので働かなくていいなら働かなくていいのだ。崩壊した世界でお金という概念はない。あるものを自由に取ればいい。無秩序故に早い者勝ちだ。

 その点、市役所は得体の知れない兵士により生存者が“彼ら”ごと根こそぎ排除されたため、唯一生き残った夕日からすると非常に都合良く大量の食料や医療品が完備されており発電システムや浄水施設、職員用の風呂は何の問題も無く稼働している。

 ホテルとまではいかないが、一人の人間が生活するには過ぎた設備のため世界が終末を迎えていようと、色々と無関心な夕日が自堕落な毎日を生きることが許されていた。

 「(だとしても、退屈は人を殺す)」

 そうだというのにラジオを流し依頼を受けるのは暇だったから。その場に必死に生きている某生活部や某ラジオ局、某大学生たちがいれば愕然とし、怒るだろう。もしそうなったとしても夕日は何も表情を変えないだろう。

 彼女は既に全てを諦めているのだから。

 変えられない、救われない、救えない、未来が無いというのなら今を享受して過ごす。それが夕日の出した結論であり、やる気の無さの原因であった。

 夕日が今いるのは市役所の七階にある資料室で、慈から依頼された巡ヶ丘に過去、存在した風土病に関しての調査だった。類似した病の存在や患者の数。死亡者やその後の市の対応など。階全体にある資料の中からお目当ての資料を探すのは手間であり、そもそも巡ヶ丘に移り住んでからそれほどの年月が経っていない夕日からすれば生活部の慈や美紀のように事前知識もないため有益な情報を見つけてもそこから推量することが出来ない。

 つまり、安請け合いしたのがいいが結局のところ有益な情報を今後まとめて渡せるかどうか非常に微妙な状況なのである。

 更に追い打ちをかけるように夕日は学生時代に歴史などの関する科目は大の苦手であり、憶えたりするのが面倒で調査をしていると僅かにストレスが蓄積されている。

 深刻になる前に調査を完遂するべきか、それとも頭を下げて依頼を中止するべきか。経験的に後者は絶対にありえないし、前者にいたっては可能性が低い。ならばどうするべきか。

 「…………先延ばし」

 ここで彼女を最低だと言うものがいたであろうが、彼女は一人でいることに慣れ過ぎていた。典型的な人に相談出来ず自分一人で物事を進めて自爆するタイプだった。

 今日の調査はこれまでにしようと夕日は棚にファイルを戻すと、資料室から出るために足を出口へと向けた。

 が、電子データが保管されている棚の前を通り過ぎた際に夕日はあるものを発見した。数あるディスクや貸し出し用のノートPCなどに混じって置かれていたソレに気がついたのは偶然だった。

 「フロッピーディスク…………?」

 仕舞い忘れたかのように棚に収められているCDケースの上に置かれた一枚のフロッピーディスクを夕日は手に取った。そのフロッピーにはデータ内容を示すシールが張られていた。

 「…………………計画Ⅲ地下?」

 そう題字されたフロッピー。制作された年は今から四年前のことである。比較的新しいものだが、埃を被っており少々放置されていたようだ。劣化も見当たらず、パソコンに差し込めばすぐに中身を見れそうだ。

 ただ、夕日は見たところで何の意味もなく、何よりフロッピーディスクという時代遅れの記憶媒体を読み込める機器が即座に見つからないと思った。それでも、何かの暇つぶしにはなるだろうと感じて服のポケットに入れると資料室を後にした。

 

 

 

 巡ヶ丘高校の職員室の片付けは基本的に慈の席周りだけで、考えてみれば慈は職員室で何かを話し合うのは由紀を除くと初めてだったかもしれない。悠里、圭との相談は夜中の部室で行っていたからである。

 そして今、零時を回った職員室の中では慈の机にのみ残っているライトを点け机の近くに椅子を用意して会議を行えるようにしていた。この場にいるのは美紀、胡桃、悠里。残る圭とゆきは寝室である放送室にいる。

 ゆきを一人に出来なかったので、今晩は圭がゆきの面倒を見ることとなっており今頃は寝ているゆきの枕元で音楽を聴きながら会議の終わりを待っていることだろう。

 「――それで?めぐねえはどう思うんだ?わたしの案は」

 胡桃がさっそく議題たる“風呂への道の確保”を切り出した。昼食時には悠里と慈双方からあまり歓迎されなかった意見であるが、慈は胡桃に問われて昼間とは少し違う返しをした。

 「そうね。とりあえず、素材の調達に関しては一度おいておきましょう。胡桃さん、私が聞きたいのは一体どうやって作るのか、ということよ」

 「なるほど。そう来たか」

 どう作るか。素材の確保に関しては確かに外に出なくてはならないため危険であるが、どちらにせよ一階の制圧後に活動範囲を広げるとある程度は言っているのでその時期が早まるだけの話である。

 何より、大切なのは得られる“メリット”であり、昼間に悠里と慈が否定的に捉えてしまった“デメリット”を指摘するのは少し早まったかもしれないと慈は思ったのだ。故に、手順。それがしっかりと考えられ、有効であれば素材を集めてもいいのではないかと感じたのだ。

 胡桃は「まだそんなに考えてないけど」と前置きした上で、答えた。

 「このままだと距離があるし、何より設置するのに時間をかけられない。だからまずはロードコーン………まぁ、パイロンだな。それとコーンバーを使って学校裏から仮バリケードを設置。作業場所を確保してから、壁用の杭を打つために地面に穴を開けとく」

 「くるみ。コーンバーって、なに?」

 悠里が首を傾げたがこれはすぐに美紀が捕捉した。

 「悠里先輩。コーンバーというのはよく工事現場とかでコーンとコーンの間にかかってる黄色と黒のバーのことですよ」

 「あぁ、アレね。でも、そんなものは学校にあまりないわよ」

 悠里の指摘は正しく、学校の備品の中にコーンとコーンバーはあまりない。それに関して胡桃も問題を感じていたようだった。

 「そうなんだよな。体育倉庫に幾つかあったから、杭を打って、壁を立てたら次の壁のために仮バリケードを移してって感じになると思う」

 「先輩。それでは効率が……………」

 「どちらにせよ、こういう土木がちょっと出来るのは私ぐらいだから効率は度外視だよ。んで、話の続きだがそんな感じで事前準備をしといて、壁はあらかじめ校内で組み立ててユニット化したのを現場で合体させて建てる。最後の組み立てだけなら私以外でも出来る筈だ。頭の中のだと、今んところは差し込みで上手いこといくように考えてるから」

 胡桃のプランを慈は纏めた。まず最初に仮バリケードを作って作業スペースを確保し、壁を立てるための杭穴を開けておく。杭を打つ準備が終われば事前にユニット化した壁を全員で外に運んで一気に組み立てる。出来たら、次の壁を立てるためのバリケードを作る。それを部活棟に行き着くまで続ける。

 確かに、計画としては悪くはないかもしれないと慈は思ったのだが…………。慈は少し渋い顔で言った。

 「うーん。素材さえあれば確実に出来るだろうけど、やるならやっぱり効率を良くしたいわね」

 「そうくるよな。私も考えながら、一人でこの作業をやってたら年が暮れちまうと思ったよ。でも、道を作ってやらないとゆきが入れないんだよなぁ………」

 「そうね。ゆきちゃんが入りたいから作ってるようなものだし」

 「ゆき先輩のため、でしたね。そういえば」

 「部活棟のことの言い出しっぺは圭だがな」

 問題点を上げるなら効率だけだ。ほぼ胡桃一人でしか作業出来ないことを除けば計画にあまり無理は見えず、人手さえあれば即座に壁を作れるだろう。

 「仮に、道を造らず私たちだけで入るにしても行き来は戦いながらになりますから。お風呂に入った意味が」

 美紀の指摘は確かに、と慈たちを頷かせた。ゆきのことを無視すれば入れることは入れるが行き来のたびに汗をかくので意味が無い。そうなるとやはり、安全な道の確保はお風呂の確保に必須であり本当にお風呂に入るのならばやらなくてはならない。

 「うーん。考えれば考えるほどやる意味が…………」

 悠里はシャワーで事足りているのにわざわざそこまでの手間をかけてやるべきことなのか疑問を持たざるえなかった。慈も同感で、プロセスに問題が無くても却下のほうに意見が傾いて来ていた。ただし、慈はゆきの期待を出来るだけ裏切りたくないという気持ちもある。

 何か他に方法はないだろうかと考えたが、慈はまったく浮かばなかった。

 全員が頭を捻る中、美紀だけは静かに思考を続ける。何かを見落としている気がするのだ。風呂場へと至る道が他にもあるような――と思えば、一つだけ美紀の中にヒットしたものがあった。

 「そうだ…………」

 「どうしたの?美紀さん」

 慈が美紀の呟きに問いかけると、彼女は顔を上げて真剣な表情でそれを告げた。

 「風呂場に繋がる道があるかもしれません」

 「どういうことだ?」

 「お風呂場に水を送っている水道の点検用通路があったんです。何故か。水道管の伸びている方向を建物の向きに合わせて考えれば、校舎の方に伸びているかもしれないんです」

 美紀の仮説は、水道が校舎の地下と繋がっているというものだった。

 「そういえば、市役所のヤツも地下に物資倉庫があったとか言ってたな」

 胡桃の発言に、慈と悠里が互いに知らずのうちに内心ドキリとしていた。

 「はい。ですから、一度地下の探索をしてみるべきかと」

 これは心臓に悪いと慈は顔色を蒼くした。慈が打ち明ける前に万が一地下のことが露見してしまえば、胡桃と悠里がどんな反応をするのか、想像出来ない。

 一方で、単独で地下に侵入しそのことをまだ誰にも言っていない悠里も「そういえばあの地下の床に溜まった水はなんだったのだろう」と考え、美紀の仮説の信憑性を彼女の中だけで高めて行く。

 「どっかの埋め立て地にある地下迷宮かよ。んで、めぐねえ。どうするよ?」

 「えっ、あっ、そうね。探索は」

 思わず素っ頓狂な反応をしてしまったが、さてどうしたものかと慈は困ってしまった。現状、美紀の提案を断る言葉は出ない。反対でもすればたちまち、悠里と胡桃に詰め寄られてしまい“マニュアル”の存在を明かすことになるだろう。

 それだけは避けたい。どちらにせよ、最終的には明かすのだから意味は無いかもしれないが慈はどうしても“マニュアル”を含めた現時点での根幹に関することを自らの手で明かしたいと思っている。

 故に、この提案は――。

 「……………………そうね、美紀さんの案でいきましょう。胡桃さん、探索班の編成は任せるわ」

 許可するほか、なかった。

 慈からの了承得て、美紀が安堵すると胡桃は早速探索班の構成に取りかかった。建造物、水道などのライフライン関連の知識が欲しいため美紀はかならず必要だ。圭に関してはその手の知識が足りないので、胡桃は早々にメンバー候補から外した。

 ゆきは論外で、悠里もゆきとセットで置いておきたいため連れて行くのは少々憚られる。となると残りは慈だが、彼女は巡ヶ丘高校の教員だ。最近は体操服を着たり、魔が差したのか女子用の制服を着ていたせいで忘れがちだが。

 今回の探索は学校敷地内のみなので胡桃は慈も連れて行くことにした。待機組に何か起きた際、対応出来るのが圭のみなので少々心許ないが敷地外には出ない筈なので問題ないと胡桃は判断した。

 「めぐねえ。それじゃあ、探索は私と美紀とめぐねえで行く」

 「私も?」

 「あぁ。残りはゆきの面倒って感じで…………どう?」

 「そうね。それでいきましょう」

 慈は胡桃の提案に頷いた。あえて、同行した方がいい。地下のことを含めて、慈は直前までの躊躇いなどが嘘のように気持ちを切り替えた。

 「んじゃ、日程の方はりーさんたちに任せた今日はもう眠たい」

 「ん…………そうね。佐倉先生、今日はこの辺で」

 胡桃が眠たそうに席を立ち、悠里がお開きにしようと慈に声をかける。美紀も頷き、彼女たちは慈に一言「おやすみなさい」と告げて、先に職員室から出て行った。

 残された慈はため息をつき、普段は絶対に見せない怨念が籠った視線を職員室の窓から見える巡ヶ丘に向ける。地下施設がマニュアル以上のものだとしたら、職員用のマニュアルも信用出来ない。つまり、黒幕は最初から職員たちもモルモットとしか見ていなかったのか。

 抑制不能な殺意が慈には湧いていた。許せない。そんな感情と同時に、世間の衝動殺人の動機が嫌に冷静にわかってしまう。

 だが、裁く者はいない、法を司る者たちもいない。ここでの法は自分自身のみ。律するものも同様に。

 呪術がこの世に存在するのならば――呪い殺してやると言わんばかりの淀みきった心を仕舞いながら慈は自身の席から立ち上がる。そうして、張り付けたかどうかもわからないぐらいの教師としての顔を戻すのだ。

 今の佐倉 慈は人である前に、教師なのだから。

 

 

 

 翌朝。朝食を終えた慈が悠里の手伝いとして屋上で胡桃と一緒に小型のビニールハウスを組んでいると、そこに圭が近づいて来た。

 「んお?圭、危ないから下がっとけ」

 「あ、先輩。ちょっとめぐねえ貸してくれます?」

 「先生は物じゃありません!」

 圭の物言いに慈が抗議するが、彼女の服装は残念ながら作業のために生徒用ジャージとなっている。可愛らしく抗議する慈をスルーし、胡桃は圭に許可を出した。

 「いいぞ。骨組みはほぼ出来上がったからな。あとはしばらく一人でやれる」

 「そうですか。じゃ、めぐねえ」

 手を差し出され、まるで子供のように扱われることに慈はちょっとムッとしたのか頬を膨らませてプイッと顔をそっぽに向けた。流石にからかい過ぎたか、と圭は苦笑し表情を真面目なものに切り替えた。

 「佐倉先生。ちょっとお話したいことがあるので、職員室までよろしいですか?」

 「………いいですよ」

 機嫌が悪いためか不承不承といった様子だが一応、慈は圭に応えて一緒に屋上から降りることにした。屋上から降りれば、三階の音楽室で美紀とゆきがピアノの練習をしているのかつたないながらも悪くはない音が二人の耳に届いている。

 「音楽会の練習、ちゃんとしてるのね」

 「ゆきちゃんは本気みたいですし、美紀も面倒みてますからね〜献身的に。嫉妬しちゃいます」

 悪戯っぽく圭が言う。慈にはそう聞こえたが、圭は半分本気だった。

 「嫉妬って…………」

 「私、とっても一途なんですよ?」

 そう言って、圭は小悪魔的な笑みを浮かべる。本当にこの子は生徒なのだろうか。女としては彼女の方が成熟しているのではないかと慈はなんとも言えない気分になる。

 特別美人というわけではないが容姿は整い、均整がとれている身体。断片的にだが今まで彼女が語った過去の経験から世が世なら傾国の魔性を持つに至る少女なのではないか?そんな少々、頭の悪い想像が慈の中で過ったが馬鹿らしいとすぐにかき消した。

 「風紀委員がいなくてよかったわ」

 「やだなぁ先生。私は今までお世話になったことはないですよ」

 正確にはバレなければ違反にはならないということだが、圭はそこを伏せた。相手は一応、教師である。

 二人が職員室に到着すると慈は自身の席に座り、圭は彼女の前に立った。

 「それで、話というのは?」

 冗談はいらない。教師という顔を置いて、慈は圭に問う。それに応えて、圭も真剣な目で慈を見返す。

 「はい。…………そろそろ“彼ら”の習性も研究するべきじゃないですか?」

 「習性?」

 「今まで、私たちが見つけたのは“水を嫌う”、“光に寄る”、“音に寄る”、“高所に登り辛い”この四つです。でも、これはあくまでそう推測しただけで確定は出来てないかな、と」

 圭の語る四つの習性は“彼ら”から戦い、逃げる際に利用して来たものでありその習性がどこまで適応されるのか、細かく見たことは無い。いや、ほぼ確定してると言ってもいいが観察を細かくしたわけでもないので言いきれはしない。

 慈も手を顎に当ててふむ、と考える。

 「そうね。確かに…………でも、どうして?現状ほとんど対応出来ていると思うけど」

 「いや、昨日の美紀の地下とかの話を聞いてなんだか、なんとも言えない気持ちになったんですよ。本当に黒幕が“彼ら”にするだけなのかな、と」

 圭のそれは言葉は違えど、“彼ら”が亡者。つまりは兵器であることを推測しているものだった。これは慈も以前から思っていたことだったが、他のことを考えて後回しにしていた。

 未だに細かい資料がないため、推測に推測を重ねる形になるが“毒心”なる伝承上のものが“人を操れる”などということから何かが引っかかっている。

 「先生?」

 「…………わかったわ。余裕があれば、“彼ら”の一体を捕獲してみましょう。思えば、知らな過ぎたかもしれないわ。“彼ら”のことを」

 「なら、それはいつに?」

 「今は無理ね。やることが多過ぎるから。一先ずは地下探索、部活棟の調査。後は一階の制圧。その後になるかしら」

 どの時期にやるにせよ、ゆきに隠してやらなくてはならないので捕らえて観察するなら地下のほうがいいかもしれない。人員の逐次投入は効率が悪いので、今は一つの物事に労力を割くべきだろう。

 その旨を圭に伝えると、彼女は素直に「そうですね」と同意した。

 「それじゃあ、そういうことで。このことは後で悠里先輩にそれとなーく、言っておきます」

 「お願いね」

 この件はあまりマニュアルとも関係ないので、悠里にも話すべきだろう。圭が先に慈に話したのは先に上へ、伺いを立てておいたことに過ぎない。

 「それじゃあ、戻りましょう?」

 話は終わり、と言わんばかりに圭が笑顔で告げる。この少女とはもしかしたら、どこかで相性が悪いのかもしれない。慈はそう思わざるえなかったが、自分が持たない部分に少しだけ憧れてしまった。

 圭なりの青春というものが、あまりに慈と真逆で学生時代のことで後悔があったからかもしれない。

 

 

 

 ゆきが寝静まった同日の夜中。地下探索のための装備を整えた慈、美紀、胡桃は部活棟地下の水道点検通路の入り口に立っていた。本校舎三階の放送室には悠里が待機しており、圭はゆきの見張りだ。

 『何かあったら、すぐに連絡してね』

 「おう」

 ヘッドセットについたインカムで胡桃は悠里と通信しつつ、事務員用のヘルメットに付いているライトを点けた。胡桃の今の格好はまるで工事業者のようなもので、上下ジャージに手にはいつものシャベル。今回は慈が物資を持っているので何も背負っていない。

 胡桃の後ろについている美紀は屋上の園芸部ロッカーに入っていた悠里の私物であるライフル型の水鉄砲を右手に持ち、腰には予備の水タンクが胡桃作成の急増のタクティカルベストモドキのポーチに四つ入っている。

 「先輩。………なんか、これ胸と――」

 「急いで作ったからしゃーない。後で調整してやるから今は我慢してくれ」

 サイズが合わないのかちょっと“スレている”らしく、少し居心地悪そうにしている美紀に我慢しろという胡桃に、慈は苦笑する。圭から万が一地下に“彼ら”がいた場合は“彼ら”が水を嫌うので水鉄砲が牽制には有効だと探索組に伝え、美紀が使用する事になった。

 その時に胡桃があり合わせの素材で弾倉を扱い易いようにとベストとポーチを作ったのだった。なんとも後輩想いな子である。

 「二人とも、行きましょう。時間はあまりないしね」

 「そうだな、めぐねえ」

 夜中なのであまり時間をかけてもしょうがない。進めるところまで進んで、今夜は撤退するべきだろう。

 「さぁて、ワニが出るかクリーチャーが出るか………いくぞ」

 胡桃が一歩を踏み出し、校舎地下の探索が開始された。入り口以外は暗く、まるで迷宮のような不気味さを漂わせる点検通路の先に何があるのか。それはまだ三人にもわからない。

 




<ネタとか>
「面倒くさがりな市役所の人」
 はっきり言ってダメ人間です。学園生活部と意識の差が結構大きいので長い時間市役所にいた場合、間違いなく何らかの関係悪化が起こっていた。
 恐らく、生存者の中で一番面倒。

「地下通路探索」
 ワニがいたり、浮浪者がいたりはしない。

「胡桃の大工仕事」
 ほとんど男手代わりな胡桃。が、美紀の装備を作ったりと裁縫上手。

「水鉄砲」
 水を嫌うという設定は雨宿りから拡大解釈。水鉄砲自体はアニメ版から。以前、モール脱出時に圭が使用していたものはモールで無くしてしまっている。

「“彼ら”捕獲計画」
 敵を知り、己を知れば〜という考えから圭が出した提案。どこかのニューヨークのように治す事は出来ない(既に死んでいるため)。

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