せきにんじゅうだい!   作:かないた

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アニメが最終回を迎えて、太郎丸の件でボロボロ泣いて、最後にまさかのトーコさんの登場に驚き二期があるのではないかという。
せきにんじゅうだい!は基本的にめぐねえが生存しているせいで初めから色々とズレているので自堕落同好会などの出番はかなり遅れてしまうのです。


#22

――りーねえは優しくて、あたたかくて。仕事で家を空けがちなお母さんの代わりに私をよく見てくれていました。瑠璃が大好きなりーねえ。りーねえのことは忘れません。大切な、大切な思い出。

 …………でも、少しだけ甘えたいです。

 

若狭 瑠璃

 

 

 

 胡桃と美紀、圭の三人による部活棟地下浴場の調査はとりあえず完了した。その結果、掃除をすれば使える可能性があるという結果に落ち着き、調査の翌日には調査に出た三人のうち二人による掃除が行われた。もちろん、その中には部活棟の地下で亡くなった生徒たちの簡易的な葬儀や埋葬も含まれる。

 古くとも、大きな焼却炉に順次火葬されていく遺体が遺骨のみになるまで胡桃と圭は焼却炉の前に立っていた。

 圭はマスクをしており、極力焼けた臭いを嗅がないようにしていたが胡桃はしていなかった。また、申し訳程度に胡桃は黒いローブを身に纏っており、シャベルも妙に黒い。

 「先輩。いつもこうして、火葬してるんですか?」

 「あぁ。やっておかないと疫病とかが恐い」

 圭を見ずに、胡桃は焼却炉から目を離さない。間違いなく“疫病を防ぐため”だけにやっているようには思えない。

 「………私は何も言いませんよ」

 「そうだな。それでいい。………めぐねえとか、ゆきとか。美紀もお人好し過ぎるんだよ」

 「お人好し、ですか」

 美紀に関しては、圭もわかっている。彼女はあまりに人が好過ぎるのだ。優し過ぎると言っていい。会って間もないゆきに対してあそこまで想えるのはどう考えても過ぎるのだ。

 たとえ、美紀自身の境遇に重ねていたとしても。

 「確かに、出会ったばかりの人に命を懸けたくはないですね」

 「お前さんのそういう俗っぽいところは嫌いじゃないよ」

 「そりゃどーも」

 互いに茶化すように言い合いながら、胡桃はここで初めて圭のほうに顔を向けた。その顔は明るく、はにかんでいる。

 「なんで笑ってるんですか?」

 「気にすんな。たださ、お前が美紀と仲がいいのがなんとなくわかっただけだ」

 「どういうことですか?」

 「さぁな?ほら。そろそろ出してやらんと」

 胡桃は圭の返しに答えず、焼却炉へ歩み寄る。彼女が何を想って戦い、こうして亡くなった人々を弔うのか。圭はまだ理解できていない。もはや、あのような化け物になった時点で“人”だと意識しないようにしていた圭にとって胡桃は酷く異質に思えた。

 それがきっと、圭と学園生活部のメンバーにある大きな差なのだろう彼女は感じてしまう。どこかで利己的な自分を捨てられない圭はそう思えて、酷く自分が汚く見えた。

 だが、圭がそう思っていても胡桃自身はそんな綺麗な想いで弔っているわけではない。この埋葬は彼女が自身の心を護るために行っている非常に利己的な行動なのだ。そうでもしなければ、胡桃は戦い続けられない。彼らのことを殺めるせめてもの償い。殺す事への罪を少しでも雪ぐために。

 「本当はお経でもやれるヤツがいればいいんだが」

 「いないですよね」

 「寺の娘が同級生にいたけど、アイツもヤっちまったし」

 つくづく胡桃は思うのだ。戦い始めた頃は生前の面影をほとんど残していた“彼ら”。最初の頃はそれが何よりも辛かった。仲が良かった友人や教師。それらの顔を見ないで済むようにトランス状態となって暴れるしか無かった。

 だが、時が経つにつれ破損し損壊し腐り落ちて、生前の容姿がわかり辛くなると“彼ら”に対しての躊躇いが胡桃の中で消えていた。気がつけば校舎裏が埋まる程度には胡桃は倒していた。

 青少年の青い妄想ではなく、本当に自分が人から外れていってしまうような恐怖。胡桃が感じている感情の一端を圭は推し量る事が出来ない。

 話題を変えようと、圭が口を開いた。

 「そういえば、昨日のアレは」

 「アレって………めぐねえの?」

 「そうですよ。可愛かったですよね」

 この場では不謹慎かもしれないが、場違いなことでも言わないと気が滅入ってしまうと圭は思い、昨晩シャワールームで見た慈の制服姿の話題を出した。

 胡桃はため息をついた。

 「はぁ。あのな?昨日、わたしたちは何も見てないし、聞いてない」

 「えー。元々、佐倉先生はどうみても年齢詐称してるような子供っぽさですし、全然アレな感じがなかったですよ」

 圭の言うアレな感じが風俗関連を意味していると推測した胡桃は流石に軽蔑した目線向ける。

 「お前さ、もうちょい発言に慎みを持とうか」

 聞いた事の無い冷えた胡桃の声に、冷や水をかけられたように圭は驚いたがすぐに「すみません」と謝った。幾ら場の雰囲気を変えようにも今の発言ばかりはあまりに不謹慎を過ぎていた。

 「まぁ、あたしがちょいとナーバスになってたのはわかってる。だからバカな話もしてくれていい。コイツが終わったらな」

 「なんか、すいません」

 「もう謝らなくていい。めぐねえの話はまた後だ。ほら、手を貸せ」

 シャベルを胡桃が圭に手渡し焼却炉の扉を、軍手をはめた上で開ける。そこにはもう人の形はなかった。残った物を胡桃は掻き出していく。圭も行動に移ろうとしたが、手早く“それら”を手のシャベルを箸に持ち替えた胡桃が不格好な四角い木の箱につめて行く。

 「…………手慣れてますね」

 「そりゃあな。校舎裏の十字架の数をみりゃわかるだろ」

 「倒した全員を?」

 「いや、学校で倒した生徒と教師に限ってな。悪いが避難民は受け入れてないんだわ」

 感慨を感じさせない声音で応える胡桃の顔は無表情だ。圭はその表情を見て、腹芸が苦手な人がよくする感情の隠し方だとわかった。だが、それを指摘するような真似はしない。

 穏やかな風が通り抜け、圭は校舎裏を改めて見渡す。校舎の右翼部分から中央過ぎまで埋め尽くされた無数の十字架。資材の関係で十字架が様々な素材で立てられており、まるで生前の十人十色を表すかのように見える。

 これらをしているのは胡桃だけだと、この火葬の前に胡桃自身が語っていた。

 それをこうして圭には触れさせる。他のメンバーと違ってある種の俗っぽさが精神の大きなセーフティーとなっている圭には厳しい光景も見せていけると胡桃は思ったのだろうか。それはそれで嬉しいのか嬉しくないのか。圭はなんともいえない気分だ。

 そうこうしている内に、遺骨を納めた木箱を胡桃はあらかじめ用意しておいた墓穴に置き、埋めている。

 「ふぅ。とりあえず、これで全員か」

 胡桃が腕で額を拭う。胡桃の言う通り、今の一人で浴室の生徒は全員埋葬が完了した。最後に胡桃は両手を合わせて今しがた埋葬した生徒を拝む。圭もそれに続いた。

 「“死は避けれない。生きる事も同様に”」

 拝み終えた胡桃が呟く。

 「なんです、それ」

 「なんでもない。ほら、部室棟の地下設備を美紀がまだ見てるだろ?応援に行こう」

 ローブをバサリと舞わせて胡桃が取り、一瞬顔がローブの裏に隠れて再び出ると、そこにはいつもの快活な笑顔があった。

 

 

 

 部室棟の地下浴槽が使えるかどうかということを簡潔に纏めるならば『使える可能性がある』と美紀は答えるだろう。結論から言えば浴槽の水道はこの学校のどこかにあるであろう浄水施設と繋がっており、ボイラーなども脱衣所から入れる扉で状態を確認し稼働可能状態であった。

 ただし、長い間放置したため一度水を念のため流しっ放しにして各蛇口や浴槽が問題ないかどうか確かめる必要があった。

 「(確認する限りでは問題ない。清掃すればすぐに使える。でも、ここの水道は一体どこに繋がって……?一応、水道管点検用の通路があるみたいだけど一人で行くのは流石に危ないし)」

 改めて美紀はこの学校の構造が思ったより複雑だと感じていた。これまでのことを考えると、外部と通信可能な施設に拡充できる放送室と機器に加えて高性能な太陽光発電施設に、恐らくは浄水場をそっくりそのまま持って来たレベルの浄水施設を備えている。

 最新設備を揃えた学校と言えばそれまでだが、いささかやり過ぎである。

 「(やっぱり、最初からここはモールと同じで避難拠点だったんだろうか)」

 美紀は時折、あのショッピングモールの持っていた避難設備が不思議と揃っていることに疑問を感じていた。五階。即ち美紀たちが暮らしていたフロアは寝具売り場やパーテーションなどの事務用品売り場。更には保存食品専門店が都合よく置かれており、拠点を築き易すぎていた。

 その状況とこの高校が重なるのである。毎日通っていたはずの学校が、ここまでくるとあまりに不気味だった。

 「(一体誰が、何を想定してこんな風に。巡ヶ丘の都市開発計画にはそんな周到な避難施設なんてなかった。立地的に災害も台風ぐらいで被害も大して……………)」

 そこでふと美紀は浅く広い雑学知識の中にハリケーンや竜巻が多い地域では地下に発電機や避難施設を作るということを思い出した。だからといって、この巡ヶ丘で家屋が巻き上げられるようなものが起きた記録はなかった筈だと美紀は記憶している。

 巡ヶ丘における風土史で重大な災害は獣害による伝染病のみだ。しかも、あまりに古いため脚色が入り伝説になっている。

 そのため、自然災害とは無縁に近い筈の巡ヶ丘で何故地下に施設を建てているのか。風呂場もわざわざ地下に作る必要もないはずだ。

 「(先生なら情報をまとめてくれるかな)」

 美紀は慈ならば、かき集めた情報からある程度は筋の通った推測をしてくれるのではないかと思った。………実際のところ、慈はマニュアルの存在から真実に近い形で推測が可能なのだが。

 だが、それを抜きにしても慈の推測は美紀からすれば十分に心強いものだった。頼れる大人の意見はとても貴重で、モール時代での調査ではそれがなく結論を導きだす事ができなかった。ただ情報を集めてしまうだけで終わっていた。

 やはり、大人がいることによる安心感は大きいと美紀は再確認する。

 「ふぅ。後は………出来れば水質検査キットとかもあればいいけど」

 再び浴室の水について美紀は意識を移し、流れ出る水道水の状態を検査したいと考える。化学関連の準備室か、もしくは保健室に水質検査キットがあればいいのだが、と思うも浄水施設があるのならばそれは不要かもしれない。

 やっておいて損はないだろうが。

 「おーい!美紀!」

 一通りの思考を済ませると、脱衣所のほうから胡桃の呼ぶ声が美紀に届く。脱衣所の方に顔を向ければ、いつものシャベルを持って僅かに血塗れた胡桃がそこにいた。そう、未だに部活棟へ続く道には“彼ら”が幾らかいるのである。

 「先輩。それに圭も」

 「おつかれー、美紀」

 胡桃の後ろからひょっこりと顔を出した圭が調子良くそう言うと、美紀も微笑を浮かべて「おつかれさま」と返す。

 「おっ。もう湯が出てるのか」

 水の確認のために流していた水は既に温まり、お湯になっており浴室には少しずつ湯気が溜まっていた。美紀は胡桃に言われて初めてそれに気がつき、制服が湯気で湿って濡れていることに気がついた。

 「お風呂入りたくなる〜!先輩もそう思いません?」

 「同感。さっさと掃除して入りたいよ」

 「いや、二人とも。掃除しないと…………」

 胡桃と圭は既に風呂に入りたくてしょうがないようだが、残念ながら浴槽の汚れが酷いので掃除するまでは入れたものではない。

 幸いなことにあまり虫の類いはどういうわけか沸いていないので備え付けのデッキブラシなどを使えばすぐに綺麗になるだろう。洗剤なども胡桃が以前市役所に行った帰りに回収して来ているので足りている。

 そのことを加味して、美紀は言った。

 「掃除も時間があれば出来ますし、どうしますか?」

 「丁度、昼飯時だから一度戻ろうか。私も風呂に入りたいし。それに――」

 「それに?」

 胡桃が何故か美紀を見て目を少しだけ逸らす。何かまずいものでもあったのだろうかと美紀は思ったが、胡桃の後ろにいる圭がなんとも妖しい含み顔をしているのでどういうことだと更に首を傾げる。

 そんな鈍感な美紀に対して、圭はふざけるように言った。

 「美紀〜、制服がどんどん濡れて透けて来てるわけだけど。黒のぴっちりしたインナーがよく見えるんだよね〜」

 「ッ!?」

 慌てて身体を抱くように両手を前に回す。言われてみれば美紀の制服の下が僅かに透けてきていた。が、数秒後に美紀は我に返ったかのように「あ」と声を漏らす。

 「あの、圭…………」

 「なに?」

 「そもそも、恥ずかしがったところで……………男の子いないし」

 「いや、そりゃそうなんだけど」

 美紀の純情さをからかおうとした圭だったが失敗したようだと内心舌打ちした。どうやら女子だけの環境で色々と図太くなっているらしい。

 モールにいた頃は初々しくて可愛かったのに、と圭は以前の美紀を思い返して残念に思った。

 「はぁ………じゃれあってないで、戻るぞ。りーさんが飯作ってくれてる」

 「「はーい」」

 「あぁ、その前に水止めとけよ」

 胡桃の言葉に従って美紀は全ての蛇口を閉じにかかる。流石に見ているのもどうかと胡桃は思い、圭と共に美紀を手伝った。蛇口を閉め終わり、三人は地上へと戻り本校舎へと戻る事にした。

 

 

 

 「お風呂入れるかもしれないの!?」

 「っ!?けほっ!けほっ!?」

 バンッとテーブルを叩いて立ち上がり、ゆきが喜びの声を上げたが叩いた衝撃に慈が驚いて昼食のラーメンを変に呑み込んでしまいむせてしまった。

 「ゆきちゃん。マナー違反よ」

 「あっ………ごめんなさい」

 悠里がゆきを叱ると、しゅんとしてゆきが謝って席に座った。慈は“めぐねえ”とゆきによって勝手に名前を書かれたマグカップに注がれている水を飲んで状態を落ち着かせると、ゆきが喜んだ原因を話した圭へと目線を移した。

 「ふぅ。それで、圭さん?改めて聞くけど、お風呂に入れるって?」

 「はい。美紀が言うには掃除を済ませて汚れが酷い脱衣所のマットとか脱衣籠入れを処分してしまえば概ねそのまま使えるそうです。ね?美紀」

 「はい。お風呂は使えますね、あの感じだと。ただ、一応入る前に水質検査をしておきたいです」

 美紀は水質検査をしなくてはならない理由である懸念を部員全員に話す事にした。

 最初に気になるのはお風呂場の水がどこから来ているのか。美紀の予想では本校舎に存在するとされる浄水施設から引っ張ってきているのであろうと思われるが、本当にそうなのか確証は0のため、お風呂に浸かって町を襲っているものとは別の(というのはゆきがいるのでぼかしたが)従来の感染症になるというのは馬鹿馬鹿しく事前に調べておきたいのだ。

 「――ですから、掃除・修繕が終わっても使えるかどうかはわかりませんから。ゆき先輩もそこはわかってくださいよ?」

 「えー…………」

 「我が侭言わないでくださいよ。病気になったらどうするんですか」

 お風呂に入りたいと言い出したのはゆきなので、一番渇望しているのだろうが美紀は、ここは心を鬼にして対応すべきだと考えてそう言った。

 その様が手のかかる姉に言い聞かせるように見えて、慈は微笑ましく感じてしまった。

 「それで、美紀さん?水質検査だけどどうやってやるの?」

 悠里が言い「やるなら園芸部に簡易キットがあるけど」と続ける。

 「簡易キットがあるんですか?この際、それでも助かりますね」

 「なら後で取りにいくわね」

 なら後は、と美紀は思案しそうだと胡桃の方に顔を向けた。

 「ん?」

 「胡桃先輩、その、“覗き対策”についてちょっと」

 「あぁ、そうだった」

 “覗き対策”とは部活棟までの安全路確保の隠語である。ゆきがいるところで話す事も考慮し圭が発案したものである。美紀に話を振られた胡桃はラーメンを一度すすってから“覗き対策”について話し始めた。

 「えっとだな。わたしたちも女の子しかいないわけだ」

 「そうだね、くるみちゃん」

 「だからさ、ゆき。このわたしの乙女の柔肌を見ようと群がるヤツがいるかもしれないだろう?」

 何故か得意げに語る胡桃に、ゆきならず胡桃を除く部員全員がポカーンとする。その反応に失礼な、と言いながら胡桃は続ける。

 「コホン。だから、部活棟までの道を校舎と繋いで隔離しちまおうと思うんだ」

 胡桃の構想はこうだった。校舎裏口、つまりは一階左翼階段の裏から出る場所から柵を部活棟まで立てて一本道にしてしまおうというのである。少し距離があるので時間はかかるがそうしてしまえば“彼ら”に襲われにくいだろうと踏んだのである。

 もちろん、柵も柵の向こう側が見えないようにほぼ障壁のようにしなくてはゆきが道を通れないため、材料の調達が大変だが。

 「――ってわけだ。図面に関しては後で引くけど、問題はアレだ。資材がな」

 胡桃の目算では相当数の木材などが必須で明らかに学校にあるものだけでは足りないのである。悠里は家計簿を握っているものとして、胡桃の大工事案には多少の難色を示す。

 「となると、買い出しに行かなくちゃいけないじゃない」

 「そうなるな」

 「もう一度?」

 悠里が真剣な表情で胡桃に問う。再度の外出となると悠里の危険に対する懸念も強い。幾ら胡桃が強かろうと慢心しては事故が起きる可能性もあり、何より今回の行動の発端はただの我が侭である。しかも、目的を達成したところでただ生活が贅沢になるだけで本当に必要かと言われると悠里は首を傾げざる得ない。

 風呂場の確認を提案したのは圭であるが、悠里の僅かに開いた糸目の迫力に口が開かなくなり何も言えない。

 「りーさん。ダメなの?」

 そんな悠里に何の気後れもせずにゆきが問う。悠里はすぐに顔をいつもの柔らかなものに戻し、困り顔で「そうねぇ」と左人差し指を唇の下に当てた。

 「ん〜。そもそも、こんな大工事をしていいのかという許可と、資材を買う予算が降りるのか。ってところね」

 問題を見事に平時に落とし込んでゆきに伝える。すると、ゆきは慈のほうに顔を向ける。

 「ねぇ、めぐねえ。工事、ダメなのかな?」

 「そ、そうね」

 問われて、慈はさてどうしたものかと考える。胡桃の案に関しては申し訳ないが反対であった。慈も今すぐに外へ行くのは避けたかった。悠里と同じく、そこは危機管理的に。

 ただし、部活棟自体の探索は何度かしておきたいので道の確保は出来るだけしておきたい。そうも思うが、やはり胡桃の案はあまりに力技のため実行が躊躇われる。

 これは腹を割って話すべき事だと感じ、慈は告げた。

 「ゆきさん。このことは後でゆうりさんとくるみさんを連れて上に聞いてみるわね。それで許可が出たら、ね?」

 「はーい」

 不服そうだったが、一先ずはゆきも納得したのかそれ以上は何も言わなかった。

 慈はゆき以外の全員にアイコンタクトし、悠里たちもそれが「夜に職員室に来い」ということだと理解し、話題はお風呂の話から別の事に変わって行った。

 「そういえば、時折わんわんラジオでしたっけ?あれを放送してる人は何者なんでしょうか」

 美紀が次の話題として提供したのは今のところ唯一放送室で流しっ放しにしているラジオ放送“巡ヶ丘わんわん放送局”である。陽気な女性DJと恐らく犬と、DJが言うにはいるという筆談オンリーの少女というラジオという放送媒体でそれはどうなんだと言わざる得ない出演者で構成されている番組である。

 録音したものではなく、生で流しているのか毎回放送の内容もバラエティに富んでおり、この状況下でどうしてそんなにネタが沸くんだと言わざる得ないと美紀は思っていた。

 「いやホントそうだよな。というか、あのDJの声どっかで聞き覚えが」

 胡桃は放送を行っているDJの声に聞き覚えがあったのか思い出そうとするが中々出てこなかった。その様子を見て意外そうな顔をしたのが圭だった。

 「えっ?二人とも、あのラジオ流してるMC知らないんですか?」

 「けーちゃん知ってるの?」

 「知ってますよ、ゆきちゃん先輩」

 ゆきの呼び方にゆき以外がクスクスと笑った。圭はそれを気にせず自身が知っているDJの名前を告げた。

 「あのラジオのMCさんは“赤島 透子”ですよ。先生は知ってるかもしれないですけど、少し昔に“光速ラビッツ”ってバンドがあったじゃないですか。そのバンドの元ボーカルですよ」

 「えっと…………あぁ、思い出したわ。そういえばあったわね、そんなバンド。でも確か、業界最速でインディーズからメジャーにデビューしたけどそこからも最速で解散したっていう」

 「そうです。私、あのバンドが好きだったから赤島さんの次の仕事も追っかけてて、“あの日”前までラジオの名MCだったんですよ。結構その手で有名ですけど……………美紀、知らなかったの〜?」

 茶化すように隣の席の美紀に視線を流し、美紀はぐぬぬと悔しそうな顔をするだけだ。胡桃は「はいはいご馳走さま」と言うだけでラーメンをすする。

 「えっと、それでその赤島さん…………だっけ?その人は元ラジオMCってことよね?」

 「そうなりますね。いや〜、毎日いい音響施設で聞けるとか最高贅沢ですよ?りーさん。ほんと」

 「そ、そうなの」

 圭がラジオ好きという一面に悠里は意外な一面だと思いながら今度はちゃんとあのラジオを聞いてみようと思った。少し振り返れば、朧げに残る記憶の中で悠里は家事をしていた以外は家で勉強漬けの毎日で音楽やラジオすら部屋で流していなかった。

 ――いや、流すと■■ちゃんの声が聞こえないから流せなかった。

 「(あれ?)」

 誰かの顔が思い浮かばず、悠里は不思議に思ったが気にすることもないかと流した。

 会話は続く。

 「ま、ラジオのMCが赤島DJだっていうのは良かったが犬がいたり筆談少女がパーソナリティだったり、出演者の構成が謎だな」

 「同感です、先輩。圭、そこらへんはどう思ってるの?」

 「え?斬新でいいんじゃない?」

 「お前、それでいいのか………」

 そもそも、筆談少女がいるのかすら怪しいと胡桃は思っている。もしかしたらDJが作り出した幻想なのではないかと。そのことをゆきがいるので「あれはネタなんじゃないか?」とボカした伝えたが、なんとそれはゆきによって否定された。

 「ううん。くるみちゃん、文字を書いてる音がしたからいるよ」

 「マジで?」

 全員が周知の通り、ゆきの耳は良過ぎるのである。地獄耳など比較対象にすらならない。なのでわざわざ、慈もゆきが起きている前では重要事項は遠く離れない限りしないのだ。

 そのゆきが聞こえたというのだから本当にいるのだろう。

 「さっすが、ゆきちゃん先輩ですね」

 「ふふーん。これが先輩の力なのですよー。うやまえー!」

 「ははっー!」

 「………コントしてないで、食べねぇと麺が伸びるぞ」

 胡桃のツッコミにゆきと圭が「はーい」と応えると、食事に戻る。六人の食事は楽しく続いていた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、話題に上がっていた透子はというと。“放送局”の機器を調整していたところだった。

 「くしゅん」

 『透子さん、風邪ですか?』

 くしゃみをした透子のことを心配するように瑠璃がマグネット式のお絵描きボードで文字を書くと、透子は「平気、平気」と返した。

 「いやはや、私の事を噂でもしてるんだろうさ」

 『透子さん、有名人ですもんね』

 「だった、だけどね」

 放送席から見える窓の先、広がる町に生者はいない。故に、透子のファンなどほぼ残っていないと透子は思っている。それでも前向きに、ファンが噂をしてくれていると彼女は捉えた。

 鬱屈しないための処世術である。

 『透子さん、お歌を歌ってたんですよね。黒川先生が言ってました』

 「ん。そうだね。まぁ、今はもう遠い昔のことだよ」

 『瑠璃、聞きたいです。透子さんの歌』

 一点の曇りも無い、瑠璃の純粋なお願いに透子は困ったなと苦笑する。歌が好きだった。ただ、夢を追いかけていた少女はどう歌っていたのだろう――それが思い出せないと、透子は歌えないと思った。

 だから、瑠璃には誤摩化した。

 「いや、ほら。私の歌声を聴いてゾンビたちが来ちゃうかもしれないでしょ?綺麗すぎて」

 『その考えは浮かばなかったです』

 「そそ。だから、私の歌はいつかまたってことで」

 話題を続かせないように透子は隣の椅子に座っている瑠璃の膝の上に、いつの間にか乗って寝ていた太郎丸をひょいっと抱っこした。

 「太郎丸〜お前さんはなんか芸できないかなー」

 眠いのか、太郎丸は僅かに鳴くだけであまり動かなかった。既に午前中アグレッシブに散歩してきたため疲れているのかもしれない。

 『先生はまだ何も仕込んでないと言ってました』

 「ふーん。じゃあ、センセに代わって私が教えてあげよう」

 太郎丸は何がなんだかわからないといった様子でされるがまま、透子に抱きかかえられていた。尚、太郎丸の飼い主である黒川は体力がないのか午前中の散歩後に昼食を作ってすぐ昼寝している。

 瑠璃曰く『たまに保健室で寝てました』と養護教諭としてどうなんだと言いたくなる勤務態度が明らかになっていた。見た目は真面目で、まったくそんなことも考えられないというのに。

 「さぁて、お遊びここまでにして………るーちゃん。リハやろっか」

 『今日はどんな内容ですか?』

 「いつも通りさ。お便り流して、リクエスト曲流して、雑談して。さぁ、待ってる人たちのためにもキッチリやろう」

 こくり、と瑠璃が頷く。太郎丸も「わんっ」と反応した。太郎丸もれっきとしたパーソナリティなのである。でなければ“わんわん”が放送に付かないのだから。

 




<今回のネタとか>

「“死は避けれない。生きる事も同様に”」
 #10で胡桃が言っていた“英雄”に関する発言と同じ元ネタの人物が言っていた名言が元。胡桃は生死に関して色々と達観し始めています。

「徹底確認したい美紀」
 考えられる事、やれることをやっておきたい美紀。圭とは別ベクトルに細かい事に気がつき易いのです。

「図太くなった美紀」
 バイオゴリラになることは一切ないのでご安心を。

「ゆきちゃん先輩」
 実はまだ由紀と二人っきりになったことがない圭。呼び方が色々と安定しない。

「有名人だったDJ」
 完全にフレーバー技能。そもそも作者(かないた)は音楽に疎い。

「赤島さんを知ってた圭」
 ラジオに関してはアニメから。というかわざわざラジオ機能付き買おうとしてた時点で少なくともラジオを聞いていたのでは?と思った。

「瑠璃とりーねえ」
 必ずしも生きている事が幸運とは限らない。彼女にとってはあまりに惨い事実である。

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