せきにんじゅうだい!   作:かないた

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#14

――ゆきちゃんはとても大切な子なの。どう大切かと言われると、なんて言ったらいいのかしら。妹みたいな。そんな子。今の生活で私に日常をくれた大切な人。

 でも、最近なんだかおかしい。ゆきちゃんは妹のはずなのに、クラスメイトのはずなのに。あぁ、どうなっているんだろう。記憶が曖昧で、るーちゃん/ゆきちゃんは妹だっけ。

 父さんと母さん、誰、だっけ。くるみと、めぐねぇだっけ?いや、めぐねぇは……………。

 

若狭 悠里

 

 

 

 

 「どりゃあ!」

 ガンッ、と大きな音を立てて胡桃の持つスコップが正面の“彼ら”一体を破壊した。ドサリと倒れるのを見届ける間もなく、胡桃は目の前にある扉の開いたある販売店に突入した。

 そこはカー用品店。カーナビ用のデータディスクがあると踏んで胡桃は単身突撃していた。幸いにも“彼ら”の姿は然程無く、ある程度の余裕を持って探索が可能だった。

 入り口付近の買い物かごを胡桃は手に取り、左腕にぶらさげる。

 懐中電灯のスイッチを入れ、口でくわえて周囲を探す。店内は血みどろな以外はあまり荒らされておらず、商品もほとんど無事だった。

 「(洗車用の洗剤とかは今後使うから拝借っと)」

 そんなせいか、本来の目的とは別のものも胡桃は手にしていた。右手にスコップ。左手に買い物かごというあまりに異質な出で立ちである。

 目的のディスクを胡桃は探そうとするがなかなか見つからない。致し方ないので代用品はないかと探すと、カーナビそのものがあった。助手席の足下にある電子回路に直接配線をつなげば使えるタイプのもので、GPSではなく初期位置を合わせたら後は車両自体の速度を元にカーナビ内の地図を動くものだった。

 少々セットが面倒だが、使えればなんでもいいと胡桃は思い、それをかごに入れた。そんな時、彼女の背後に“彼ら”が現れた。数は一体。服装からしてここの女性店員だったようだ。

 「(邪魔だ!)」

 背後からの奇襲に反応した胡桃が右腕一本、全力でスコップを身体の前から背後に振り、見事に相手を殴打して転倒させるがスコップの先端が後ろの商品棚を切り裂いて、途中で金属製のタンクに突き刺さってしまった。

 「いっけね!?」

 即座に抜こうとするが抜けず、胡桃はタンクが刺さったままスコップを引きずった。その際、慌てた時に声を出してしまい懐中電灯を落としてまうが、どうにか落とす前にかごでキャッチした。

 出口に向かえば、慈が運転手となったワンボックスが待っていた。

 「先輩!」

 「いくぞ!」

 後部ドアを明けた圭が声をかけ、胡桃は車に飛び乗った。即座にスライド式のドアを閉めた。それを確認して慈が車のアクセルをベタ踏みして急発進する。

 駐車場を駆け抜け、僅かに減速した慈はハンドルを大きく切って公道へと飛び出す。対向車などいないのだ。確認はおろそかだった。

 「ふぅ〜。まったく、ダイナミックな買い物だったよ」

 「お疲れさまです」

 「おう。疲れたよ」

 ひとまず、最初の関門を抜けた胡桃が一息つくとそれを圭が労う。慈も無事に胡桃が戻って来た事に安堵した。

 慈たちが走行中の現在地は学校からもほど遠く、目的地の市役所からも離れている場所だった。これはカーナビのディスクがありそうな場所が以前訪れたショッピングモールか、もしくは先ほどまでいたカー用品店にしか無さそうだったからである。

 結果としてカーナビそのものを持って来てしまったが、胡桃は父が以前同じもので車にカーナビを付けていたのを見ていたので、説明書を見れば使う事ができるだろうと考えていた。

 「くるみさん、それでカーナビは?」

 「ディスクがなかったんでちょっと古めのを持って来た。後で車を止めたら付けてみる」

 「わかったわ」

 慈も多少はその手の知識に詳しいが、胡桃の方が詳しそうなので任せる事にした。

 カーナビの回収が完了した事により、慈たちは次の目的を達成しなくてはならない。そう、車の燃料の補給である。近場にガソリンスタンドがあったはずなのだが、やはり中心部に行こうとすれば行くほど道が険しくなる。

 車道を横転した車などが阻み、大型のワンボックスでは通る事ができない。

 後部座席でカーナビの箱を開けながら、胡桃は慈に言った。

 「めぐねぇ、ガソリンはあとどんぐらい持ちそう?」

 「二目盛り」

 「……………まだ少しは走れるけど、出来るだけ早めに見つけたいな」

 「そうねぇ」

 と言うものの、道の険しさは増していく。速度を緩めた慈が障害物を避けつつ車を進ませていると、次第に周囲の景色が少し変わってきた。

 「これ、燃えたんじゃ………」

 圭が言った通り、周囲のビルなどは火災があったのか燃えて黒くなったり崩壊していたりと、かつてのオフィス街の様相はなかった。他には妙に“彼ら”の姿が少ない。“あの日”に炎に巻かれていくらかは消滅したのか。胡桃は周囲を見つつ、そう考える。

 慈は想像したよりも荒れている町に絶句していた。

 郊外、というより港にほど近いショッピングモールへの道はほとんど“あの日”と変わっていなかったが、この差はなんなのか。あの日の状況を知れそうな何かがあればいいのだが………慈はそう考えて、ふと昔見たドラマのことを思い出した。

 「…………監視カメラ」

 「ん?めぐねぇ、どうしたんだ?」

 「監視カメラ!そうよ、町中に仕掛けられたカメラを見れば“あの日”のことがわかるかも!」

 「なるほど、そういうことか。なら尚更、市役所には行かないとな。防災とか、防犯の関係上市内の防犯カメラが幾つかは市役所にあるかもしれない」

 「え?どういうことですか?」

 慈の言葉をすぐに理解した胡桃が同意するが、圭は困惑する。それを見た胡桃が「いいか?」と言って説明した。

 「わたしたちは“あの日”に何が起きたのかを完全に理解してない。わかってるのは全員が共通して“人がゾンビになる”ことだけだ」

 「それがどういう………?」

 「じゃあ原因は?なんでこうなった。………何が起きてこうなったのか、わたしたちは知らないじゃないか」

 「あ」

 このパンデミックの原因となった出来事は確かにわかっていない。慈と圭は黒幕たちを知っているので人が起こした事は間違いないと思うのだが、どうやって起こされたのかはわからなかった。

 それを知ったところで何が変わるかはわからないが、今はとにかく情報が欲しい。直接の力が弱い慈は戦略で完勝した上で戦術を無為にしなくてはならないのだから。情報から得た知識と作戦が慈の最大の武器だ。

 速度を落とし、歩道に乗り上げて障害物を避けると、数十メートル先の道路が完全に塞がっているのが見えた。

 「げっ。10トンが横転してる………」

 「セブンスマンヒルみたいね」

 トラックが横転している事に顔を苦くする胡桃と、以前プレイしたゲームのことを思い出す慈。ふと圭は、今の慈の言葉であることを思い出した。

 それはモールでの避難生活で男たちから聞いたある言葉だ。

 

 ――なんかこの状況ってさ“セブンスマンヒル”に似てるよな。

 

 “セブンスマンヒル”。一体どういうゲームなのか。

 「めぐねぇ、ちょっといいかな?」

 「圭さん?めぐねぇじゃなくて、佐倉先生よー」

 「先生。セブンスマンヒルってなんですか?」

 バックミラーに映る圭が妙に真剣な顔で慈を見ていた。

 「えっとね、私も忙しいからそこまでやれてなかったんだけど“あの日”までは流行ってたオンラインゲームよ」

 「オンラインゲーム?どういうやつなんですか?」

 「簡単に言うと、NPCのゾンビを従えて、相手プレイヤーを全滅させることが勝利になる“ドクター”っていう勢力と、ゾンビを倒しつつ“ドクター”側のフラッグ………まぁ、拠点を占領すると勝利になる“ハンター”の二勢力に別れて戦うFPSっぽいゲームかな」

 FPSというのが今いちわからなかったが、おおまかなことは圭も今のでわかった。胡桃もプレイヤーだったのか「そうそう」と頷く。

 「先輩もやってたんですか?」

 「おう!これでもサーバーのトップ5だったんだ」

 「え?もしかしてくるみさんって、PN(プレイヤーネーム)がウォルミだったりしない?」

 「あっ、バレた」

 「やっぱり………………白兵戦武装が死に装備だったのに、あんな風に一人で突っ込んでキルされない動きがくるみさんにそっくりなんだもの」

 「あはは………いや、意外とゲームの立ち回りが参考になってだな」

 ゲーム感覚の感覚が現実でも通用するというのはどうなんだろうかと圭は思った。

 「先輩、陸上部だったんですよね?どこにそんな暇が」

 「バランスボールとかでトレーニングしながらやったりとか、筋トレのノルマが終わって暇な時にな。元々、ゲームは好きだったからあの集団で無双しながら斬り込んでいくのがたまらなくてな」

 「わかるわぁ。でもあれって、指揮するのも楽しいのよねぇ」

 「めぐねぇ、コマンダだったの?」

 「そうよ。たまーに前衛もやってたけど」

 話が深くなり始めて圭はついていけなくなりそうだった。このままだと二人の思い出話、趣味話になると思った圭は「そ・れ・で!」と割って入って強引に話を戻す事にした。

 「実際、何が似てるんですか?そのゲームと」

 「えっと、そうね。光景が、かな?セブンスマンヒルだと、“ドクター”側がバリケードとしてあぁいう風に車を設置したり、逆にハンター側も同じようにしてゾンビをせき止めたり出来るのよ」

 「流石に現実だと完全にとはいかないし、あのトラックはぶつかった衝撃でひっくり返ったんだろうな。前が潰れてるし」

 「そうですか…………」

 現実がゲームに重なる。重なっては行けないジャンルものだが、こう起きている以上、その似ていること自体が何か違和感を持っていると圭は思ったのだが、どう考えてもゲームと現実が似ていることで起こる結果がわからない。

 これはただ偶然の結果、今はそう思うしかなさそうだった。

 「ま、セブンスマンヒルは一応、オフラインもいけるし学校に戻ったらやってみるか?」

 「え?」

 「実はな、美紀とお前さんを助けにいく前にわたしの家から回収したんだよ。パソコンとかゲーム機の類いを」

 つい最近まで忙しくて手を出せなかったがな、と胡桃は付け加えるように言った。現物があるなら早い。徹底的に検証すべきだ。疑わしきは容赦せずに、些細な事が大きなことに関わる可能性があるのだから。

 「そうですね。美紀もインドア気味だったし、やったことあるかも」

 「圭、おまえって美紀にわりと容赦なくないか?」

 「あ、いや。あの子とかなり長くいるのでついオブラートに包む事を忘れて」

 「遠慮なくもの言えるほど仲いいってことか」

 「それに美紀だって私の音楽趣味が古くさいとか言うんですからおあいこです」

 「可愛い奴らだなぁ」

 胡桃はあんまりに血なまぐさいことをしていると自分とつい比較して、圭と美紀のことをなんとも華のある女子高生だと思ってしまった。が、“先輩”を追うために努力を惜しまなかった胡桃は彼女自身が意識しなくとも相当に女の子らしいこともしていた。

 余談だが、当然のように胡桃は女性向けの雑誌も読むし休日はオシャレをして遠出をしたりもしていた。また、胡桃の母親が時折、胡桃の髪を解いて無理矢理“清楚なお嬢様”風に彼女を魔改造していたので女の子らしさという点では胡桃は美紀と圭に劣っていない。

 そんなことを思い出しつつ、胡桃はカーナビ本体のコード類の準備がひとまず完了した。

 「うっし。これで後は付けるだけだ」

 「すごーい」

 「わたしを誰だと思ってる。………そういえばめぐねぇ、道任せてるけど大丈夫?」

 「とりあえずは………歩道を通ればなんとかいけそうね。この調子ならガソリンスタンドに辿り着けるかも。なら、状況を見て今夜はそこで休憩だな」

 既に陽が落ち始めている。アポ取りで一日以上かかるというのはどうなんだと圭は思い、ゆきが心配して美紀が大変な目に遭わないだろうかと不安に駆られたが、圭たちが知らないところでゆきが由紀として正常に一時戻っているためいらぬ心配だった。

 

 

 

 慈たちが市街地で悪銭苦闘している頃、学校では何の問題も無くいつも通り放課後の時間となっていた。慈、胡桃、圭がいないことで少し学園生活部の部室は静かだが、由紀はまったく動じていなかった。

 「みーくん!なんの本を読んでるの?」

 「これですか?えっと、ラノベです」

 「ラノベ?なんかかわいい女の子の絵が描いてあるね」

 「えぇ。薄っぺらいなんて言われてますけど、こういうのも悪くないですよ。私は本ならなんでもいけるんで」

 「へぇ〜。みーくんは文学少女だ!」

 本を読んでいる美紀に由紀はちょっかいをかける。由紀としてはラノベはもちろん知っていたが“ゆき”は知らない。由紀はなんとなくしか憶えていないが、ゆきの時の由紀はどうにも由紀自身の過去の姿をベースに作られているようで知識がそこで止まっている。

 なので、いつものゆきのように由紀は自らを演じていた。自分がかつて慈に向けていた声を美紀にかけている。自己を省みればあんまりなものだった。

 「(ちょっとだけ、大人になれたのかな)」

 この生活が始まったことで由紀も多少は成長したのかもしれない。それとも、彼女の悪口を言う人々が根こそぎこの世からいなくなったから心に余裕ができたのか。

 そうだとしたら随分と最低な人だと由紀は自身を嘲る。こんな人、避けられて当然ではないかと。

 「ゆき先輩?」

 「え、あ、ううん。なんでもないよ」

 美紀は人の心に敏感だ。うかつなところは見せられない。だが、悠里は別だ。

 悠里は今、部室内で夕飯の準備をしている。今日はシチューのようで鍋を引っ張りだして全力で料理をしている。料理は彼女の生き甲斐の一つなのだ。

 鼻歌を歌いながら料理をする悠里の後ろ姿が、自分には無かった家庭の母親という後ろ姿を由紀に幻視させる。幻想を見なくとも、あまりに今の生活には由紀が欲しかった幻想が、夢が詰まっているのだ。ただ、大切にしてくれる人たち。悠里はその最たる一人だ。

 ただ、由紀も最近は悠里が妙にゆきとスキンシップを取りたがるので違和感を感じているが。

 「ゆき先輩は、本とか読まないんですか?」

 美紀が本を閉じて由紀に問う。由紀は読む。そうすることが必要とされていたから。でも、ゆきは読まない。教科書も読まない。したくないから。

 だから、今の由紀は“読まない”と答えるしか無い。

 「読まないよぉ。本、キライだもん」

 「ゆきちゃん、だめよ?本を読まないとお勉強できないわよ」

 甘ったるい声で由紀にそう言うのは悠里だ。まるで姉のような、諭す意味合いもありそうなそれはとても元クラスメイトに向けられたものではない。

 美紀は悠里の声に、内心かなり動揺するが抑えて表情には出さない。圭が言った通りだ………悠里の“違和感”に美紀も気がつき始めていた。

 

 

 

 ガソリンスタンドで一夜を明かした慈たちは、早朝には行動を開始していた。車内には新たに胡桃がカーナビを取り付け、現在地も正確に設定されている。

 「えっと、ガソリンスタンドの地図と照らし合わせると、駅まではあとちょっとね」

 「渋滞ってレベルじゃねぇな」

 「まぁ、アイツらもいますから迂闊に歩けませんし」

 夜間の見張りを交代で行っていたが、その際に襲撃は十回を容易く越えた。その度に胡桃が瞬殺して何事もなかったが、これが連日続くのは体調に響く。

 多少の強行軍などは若さと屈強さでどうにかなると胡桃自身が思っているが過信しようものならどこかで全滅する。危険だと思ったら即時撤退を考えるようにと胡桃は慈に忠告した。

 「さて、次はレンタカーか。このカーナビ古いから載ってるかな」

 胡桃がコントローラーでカーナビを操作し、車の周辺を探すが載っていなかった。データがかなり古いらしい。

 「先輩、ないですよ」

 「よしっ、道端のを借りるぞ」

 効率を考えた結果、胡桃は方針を即座に切り替えた。スコップを取り出し、胡桃は助手席から降りると慈に周りに注意しつつ、自身についてくるようにと言い走り出す。

 彼らの姿が妙に少ない。都市部故に昨晩は徹夜かと覚悟していたが、そうでもなかったことに胡桃は疑問を感じていた。

 しばらく走ると、胡桃は明らかに異質なものを見かけた。それは深緑に塗装された四駆の車両だった。

 「これって、自衛隊の高機動車?でも、なんか微妙に形が違うな」

 形状と色から胡桃は自衛隊で使用されている“高機動車”だと推測したが、細部の形状が微妙に違う事に気がつく。マイナーチェンジされたという話は胡桃も聞いた事が無く、何かが不審に見えた。

 状態は放置されて長いのか埃を被っている。ドアが閉まっているため、開けてみようとするが鍵が閉まっていた。

 使えれば人員の搭載数と頑丈さ、走破性からすぐにでもワンボックスから乗り換えたいが鍵が開かないためどうにもならない。胡桃は一通り外装を確認して、他に何かおかしな点がないかと探る。

 「……………これ、普通のナンバーついてる」

 まずおかしいのが自衛隊専用のナンバープレートではなく、普通の自動車用ナンバーがついていること。この時点でわざとやっていると考えなければこの高機動車モドキは自衛隊を騙る偽物の持ち物である。

 他には車体に番号がかかれていない。

 あとはやはり、細部の形状の違いだろうか。

 胡桃の見分が気になったのか慈と圭が車で近づき、降りてくる。

 「くるみさん、どうしたの」

 「いや、どうにもキナ臭い。この車、自衛隊の高機動車を真似てるんだ」

 「自衛隊の車の真似…………?」

 慈はそう言いわれて、この車の異質さに気がつく。周囲の車は血塗れたり、ドアが開け放たれて放置されていたり、運転手が車内で死んでいたりと、どう見ても綺麗な状態ではない。

 だが、この高機動車モドキだけは道の真ん中で埃を被っていることを除けば概ね良好な状態である。

 つまりは――

 「これ、騒動の後に来たってことじゃ………!」

 「そうだな、圭。多分間違いない。でもこの状態からして、“あの日”の直後だろうな。使ってたヤツが死んだのか、それとも帰りは使う必要がなかったのか……………」

 「……………いずれにせよ、警戒はしないとダメね」

 あらゆる意味で危険度が最大にまで上がった。この状況で自衛隊に偽装した相手など厄介どころの話ではない。しかも、装備まで偽装することから武装も用意している可能性がある。

 「危ないけど、一旦ここの周辺を探索してみようよ、めぐねぇ。まとまってな」

 「そうね」

 一度、胡桃はここで探索を行う事にした。何かあるかもしれない。そう思って。

 すると、すぐにおかしなことがわかってくる。

 「先輩、車の窓ガラスとボンネットにあるあの穴って」

 「…………ッ!銃創かよ、まいったな。中身の仏さんは」

 圭が指差す車に三人が近づき、車内の様子を胡桃が見る。運転席には男性と思しき腐乱した死体があった。それを見た慈が息をおさえつつ、服のポケットから使い捨てのゴム手袋を出して手にはめる。

 「準備いいな」

 「もしかしたら、って思って」

 慈は出来るだけ臭いを嗅がないように注意しつつ車内の遺体を見始める。胸部、頭部に銃創。間違いなく撃ち殺されている。

 「…………銃殺、かな」

 「ってことは、あの車に乗ってた連中がやったのか」

 「そんな、どうして銃で…………」

 三人に与えたショックは大きい。間違いなく生きている敵がいたのだ。罪の無い市民が何故銃で殺されるのか。そんなもの、考えればわかるではないか。

 「口封じか。何か見てはいけないものを見たのか。じゃあ、それはなんだ?」

 胡桃はスコップを両手に持つ。気配がした。そんな胡桃に気がついて、慈と圭は銃撃された痕跡のある車から振り向く。

 すると、十数体の“彼ら”がいつの間にか寄って来ていた。

 「せ、先輩。もしかしなくても、見てはいけないものって」

 「めぐねぇ、ゾンビモノでよくあるのはさコイツらが生物兵器なんてフザけたことだよな」

 「そ、そうね」

 なら、決まりではないか。胡桃は可笑しくてしょうがなかった。まるでゲームのようなベタな展開が。

 「見てはいけなかったのは“この巡ヶ丘”そのもの。妙にアイツらがここらへんで少ないのもその偽の自衛隊が退治したんだろうさ。コイツらを見た民間人もろともな」

 あくまで仮定の話であって欲しかった。慈はそう嘆きながらも、やはり現実は最悪の方向で進んでいく。これで相手の規模が少なくとも軍事的な武装集団を保有出来るレベルであることが確定したのだ。

 滅茶苦茶だ。

 「……………めぐねぇ、圭。車に戻ってここを強行突破する。そのまま市役所に突撃だ」

 「了解よ」

 「はい……!」

 “彼ら”に刺激を与えないように小声で指示を伝えると、胡桃は返事と共に地面を蹴った。

 「お前ら雑魚に構ってられるか!そこを退けェ!」

 吼えて、胡桃は突撃する。所詮、そこにいたのは有象無象のノロマだけ。胡桃たちの敵はもっと上にいる。それを知ってしまった。

 「(………………許せない)」

 慈の中でジクジクと怒りと黒い感情が湧いてくる。もはや外道すらも通り越している。この事態を引き起こした連中も、BC兵器を作った連中も人間ではない。目の前にいたらすぐにでも生きている事を後悔させてやる。穏やかなはずの慈でさえ、そんなことを思った。

 圭はより悪くなっていく状況に恐怖していた。ほんとうにこんな相手から女子供だけで逃げ切れるのか。いや、やらねばならなのだろう。

 

 目的地の市役所までは後少しだ。

 

 

 

――And before many days.

 地獄が開かれた巡ヶ丘の中央部。巡ヶ丘駅では一晩が明け、駅周辺では死体がいくつも転がっていた。それらは全て“彼ら”に食い殺されたのではなく、銃撃を受けて“人”に殺されていた。

 「…………隊長。付近の“オメガ”及び感染したと思しき負傷者、目撃者の抹殺が完了しました」

 「ご苦労。市役所のほうは?」

 「完了しております。市長以下、秘書、職員、抵抗した避難民。全て処理しました」

 「そうか。僅か五名のみで火消しだが、これだけやれば後は放置するだけで終わる」

 駅前の広場で、緑の戦闘服を着た男性二人が会話をしていた。彼らが構える自動小銃はこの国の正式採用品。つまりは正規の部隊が使用している物と変わりなかった。

 彼ら二人と残り三名。五名がこの巡ヶ丘の火消しのために派遣された最精鋭だった。

 「しかし、何故このような装備を?」

 「カモフラージュだ。スケープゴート、ということだろう」

 「国をスケープゴート扱いですか。末恐ろしい」

 「たかだか一国の一地方の企業が、何を企んでいるのかは知らんが、我々のようなロクデナシに居場所を用意してくれたんだ。感謝ぐらいはせんとな」

 「ですな」

 彼らの正体は誰も知る事が無い。だが、彼らに殺された者たちはその姿と装備から別の何かを思い浮かべたことだろう。本来なら助けてくれるはずの人々を。

 だが、無慈悲にも彼らの持つ武器は逃げ惑う民衆を撃ち殺し尽くし、化け物と同様に死体は積み上げられた。そこには幼い子供も、若者も、老人も全てが平等に、価値がないとでも言うかのように。

 「さて……………これ以上は生存者も“オメガ”に食い殺されて、食べるモノがなくなった“オメガ”が自然消滅するまで待てばいいだろう。我々がこれ以降、ここにくる事もあるまい」

 「流石につまみ食いも出来んほどの仕事は嫌ですな。あーあ、あの秘書、良さそうだったのに」

 「次の任務ですればいい。今度は南米の――『隊長!応答願います!』なんだ。どうした?」

 唐突に、男のうち指揮官らしきほうに通信が入る。相手は随分と狼狽した様子の女性だった。彼の部下だ。

 『死体の始末をしていたら突然何者かに奇襲を受けました!既にスレーヴ2と5が殺られた!』

 「なんだと!?敵の姿は、装備は!?」

 『わかりマッ』

 「おい!どうした!?スレーヴ3!応答しろ!」

 通信の途中で、相手先の言葉がまるで喉でつまったかのように止まり大きな物音が響く。通信先の相手が殺された。そう思うに十分なものだった。

 「何が!?」

 「敵だ!くそっ!俺たちを殺れるなんてどこのどいつだ!?」

 「正規軍はこちらに来るはずが無い!七冠は既に」

 「わかっている!だからッ――あ?」

 急に、男の喉に鋭い痛みとつかえたような感じがして声が止まる。そういえば、部下の現在地はここから近かった。ならば、問題の敵はすぐ傍にいるはずだ。

 何が起きたのか、男が自分の首を見るために視線を下に向ければ、黒い何かの柄があった。

 刺さっている。何かが。

 「がっ………!?がぎがっ!?」

 声をまとも出せず、もがき苦しむ。そんな仲間の姿を見て、残された最後の一人は見た。まるで車の屋根をトランポリンのように飛び跳ねてこちらに向かう影を。

 「な、なんだぁ!?」

 慌てて自動小銃を構えたが、引き金を引くと同時に彼の視界は銀色に潰された。

 「ガァァァァァァァ!?」

 乱射された銃が暴れ、持ち主を撃ち殺す。ついでと言わんばかりに喉を潰された男も巻き添えを受け、銃にトドメをさされた。

 スタンッと音を立てて倒れた男二人の前に立つのは一人の少女。長い髪をポニーテールにして、くたびれたシャツとくたびれたジーンズを着ている。

 彼女の身体はがくがくと震え、二つの死体に嘔吐感を憶えるがもう出す物がないため咳き込むだけだった。

 偶然訪れた巡ヶ丘、しかし来たのが運の尽き。こんな地獄のような状況に巻き込まれ、加えて人を殺す兵士。少女に手段を選ぶことはできなかった。生きるために殺す。そうすることが出来るだけの力が彼女にはあった。

 「ケホッ…………ハァ……ハァ……サーカスのバイト……しといて、よかった」

 その場で踵を返して、ゆらゆらと、まるでゾンビのように歩き出す彼女が向かう先は駅前の大きな建物。巡ヶ丘の市役所だった。

 




<今回の変更点>

「家族が増えるよ!」
 やったね、りーさん!

「セブンスマンヒル」
 通称「七男丘」。FPSゲーム。サービス当初はマンネリ化した「クッソ早い生物兵器」「ゾンビというよりは不死のモンスター」などといった化け物ではなく、数だけはやたら多いノロマなゾンビを大人数で倒していくことで人気だった。
 
「高機動車」
 メガクルーザーをベースに先祖帰りした偽装車両。偽装が色々中途半端。

「謎のナイフ投げ少女」
 敵の敵は味方か。それとも敵か。その正体は………。

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