せきにんじゅうだい!   作:かないた

13 / 24
#13

――美紀を置いて外へ。まさか本当にそうする日がくるとは思わなかった。でも今度は違う。死ぬためじゃなくて、明日を、明後日を、未来を手に入れるために。

 前へ進むために私は足を踏み出す。例え、どんな危険が待ち構えていいようとも。理不尽なこの世界を塗り替えた相手に負けないように、私は戦う。学園生活部と共に。

 

学園生活部所属 祠堂 圭

 

 

 

 巡ヶ丘市役所に向かう際、もっとも障害になると考えられたのが住宅街を抜ける最短ルートである。このルートは学校の屋上から見ても道が塞がっていることが確認できるので、早々に行軍ルートから外された。

 地図を見ながら屋上で進軍ルートの模索を続ける慈と胡桃と圭はそれぞれが持つ土地感を最大限に利用して議論を重ねる。

 まず、慈が提案したのが学校からすぐ右に出て、モールに行く際にも使用した大通り“巡ヶ丘海岸通り”を通って、大回りして巡ヶ丘市役所のある巡ヶ丘駅前まで行く安全なルート。

 次に、胡桃が提案し既に却下された住宅街突入ルート。

 そして、圭が提案した住宅街ルートから分岐して、障害物が少ないと思われる駅まで続く巡ヶ丘商店街を車で無理矢理突っ切るルート。

 この三つだった。

 問題点があるとすればどれも“時間がかかりすぎる”か、途中で“進行不可能”になるか、それとも“運悪く商店街”が塞がれているかのどれかだ。ハイリスクかローリスクを取るか。決断は慈に託されていた。これは単純に目上の者として判断をあおがれたというだけであり、指揮官として振る舞ったわけではない。

 「んで、どうするよ」

 「そうね……………」

 胡桃に結論を急かされるが、慈は頭の中で出来るだけ吟味する。今度は三人での行軍だ。身軽な分、マンパワーが必要な状況では不利なことも起こりうる。下手をすればモールに行く道以上のハードな行軍にすらなる可能性もあり、そう易々と決める事は出来ない。

 特に、“あの日”は夕方に事件が起こっていた。夏が終わったばかりの夕暮れ。その時間帯は帰宅ラッシュだ。当然ながら駅に近づくにつれて“彼ら”の数は想像を絶する状態になっているに違いない。

 車がワンボックスになったため強行突破も多少は可能だろうが、やはり帰りの事を考えればそれは避けたい。

 なので、そのことを話すと、胡桃が「そのことなら」と言って慈の持つ地図のある場所を指差した。

 「ここにレンタカーの店があったはずだ。強行突破するならそこでトラックでも借りればいい」

 「先輩、でもそれって都合よく残ってますか?」

 「わからんが、なかったらそこらへんのキーが差さったまま、走行可能な状態で放置されてるので突っ込むだけだ。私が先行して突入し道を作れば、その後からめぐねぇがあのワンボックスでついてくればいい」

 なんとも海外のアクション映画さならがらの発想である。胡桃は多少そこらの知識も前々から頼っている。実際に起こらないからまず役に立たないが、これが起こってみると実に役に立つ。多少のご都合を排除すれば、すぐに使える対ゾンビサバイバルの教本の完成だった。

 「SUVがあればそれのボンネットを開けてフロントガラス保護の簡易装甲車に出来るんだが、ここのレンタカーのSUVはダクトがなかったから無理だな」

 「くるみさん、本当にそういうこと詳しいわね」

 「父さんの影響だよ。まったく………女らしくないよな」

 「いえいえ、男の趣味を理解できるんですから十分いいですよ。正直、私も前のカレシが車とかのこと語ってたんですか全然興味なくて」

 「お前、一体何歳のやつと交際経験あるんだよ…………」

 話が脱線しかけたので、慈が「コホン」と咳払いした。それを受けて、胡桃と圭は話題を元に修正する。

 「とまぁ、そんなことは置いといて………結局、どれいきましょう」

 「三人のを比較すれば、一番圭のがいけそうだな。めぐねぇのも、いや、佐倉先生のも悪くないが時間がかかりすぎる。出来るだけ素早く行って、素早く帰りたいところだ」

 「え?そんなに急がなくてもいいんじゃ」

 胡桃は圭がそう言ったのを聞いて、あぁそうだったと思い出したかのような顔をした。

 「圭、そういえばお前にはりーさんがどんなヤツだったか言ってなかったし、知らないよな?」

 「はい?どんな人かなんて、りーさんはあの見たままに優しい人じゃ」

 圭からすれば仲間想いな優しい人物の一人だ。時折、参謀のようなキレるところを見せてくれるが、概ね穏やかな印象を受ける人だと思っている。

 が、胡桃は首を横に振る。

 「あのな、りーさんは確かに見た目は慈母感あふれるヤツだが中身はどこにでもいる普通の女の子なんだよ。多分、ストレスもめぐねぇの次にデカイ。めぐねぇがいなかったらりーさんが学園生活部のまとめ役だっただろうからな」

 「ストレスが?そんな風に見えませんけど」

 「それがりーさんの悪い癖だ。無理するんだよ。めぐねぇのおかげでまだマシだけど、もしめぐねぇがいなかったらりーさんはとっくにどっかで壊れちまってる。……………だから、わたしがめぐねぇを守れてる間は大丈夫だと思ったんだが」

 「思ったんだが………?なんです、何がどうまずいんですか」

 胡桃が圭の言葉の後、しばらく諮詢した後、ハッキリと告げた。

 「ここ最近、りーさんの様子がおかしい。時折、話の途中で頭痛になるんだ。それで、そうなる前にかならず話すのがりーさん自身の家族について。でもな、途中で頭痛が挟まれて、なんでか家族のことだけが話から飛ぶ」

 「……………え?なんです、それ。やばいんじゃ」

 「ヤバイどころじゃない。今まで平気だと思ってたりーさんがあぁなったのが想定外だった。だから、対処が遅れて、もう手遅れかもしれない」

 「ちょっと待って!何が手遅れなんですか!?」

 唐突なことに、圭が酷く困惑する。胡桃は苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。慈は胡桃の告白に、自身の感じた違和感は間違いではなかったと確信を得る。あのモールへの道中、夜中に違和感を感じた会話はその“症状”だったのだろう。

 「何が手遅れか。早い話が、多分りーさんの記憶に何らかの障害が起こってる。これまでの話とかの様子を見れば“家族”に関連した記憶がどんどん抜け落ちてる。そして、そのなくなった記憶を埋めるために、今の記憶をどんどん取り込んで過去に当てはめてる」

 「それって、自分の記憶を改変してるってことですか?」

 「そうだ。その最たる例があの“ゆきを抱きしめた”というりーさんの行動だ。前はあそこまで、直接的なスキンシップをするまでは依存してなかった。せいぜい手のかかる友達だと思う程度だった。けど、今は違う。まるで自分の家族みたいに甘やかすんだよ。ゆきを」

 「……………!」

 ここまで言われれば、圭も悠里の姿がそう見えてくる。慈のほうはより悠里への違和感を強めていた。前はあんな猫撫で声一歩手前の声をゆきに向けていただろうか。いや、向けていない。

 「嫌な予感がすんだよ。このまま放っておいたら、りーさんが取り返しのつかないことになっちまいそうなんだ。だから、出来れば今回の調査は簡単に切り上げてしまいたいんだ」

 悠里のメンタルチェックは早急にすべきだろう。本人が気がつくこともなく、知らず知らずのうちに蝕んで行った病魔はもう、彼女を壊す寸前にまで来ている。

 このままいけば、取り返しのつかないことが遠からず起こる。ただ、そうだとわかっていても慈たちはなんの手だても無い。ゆきのことを直せなかったのだ。由紀の存在を知る慈も、こればかりはどうしようもなかった。

 人の精神というのはあまりに複雑怪奇であり、素人がおいそれと治す事などできない。

 「わかったわ。今回の調査は本当に下見にしましょう。二人とも、それでいいわね?」

 「はい。りーさんのことが心配ですし…………」

 「悪いな、無理言ってもらって」

 「いいのよ。これは当然の理由よ」

 そうと決まれば、慈たちが取る進軍ルートは明らかだ。

 「ルートの案はくるみさんのでいきます。くるみさん、少し無茶をさせてしまうかもしれないわ」

 「今更それを言われても、気休めにもならんよ」

 頭の後ろに手を回して、胡桃がニカッと笑う。無茶などいつものことだ。身一つでこの世界を切り開いて来た彼女にとって、無茶は気の合う友人のようなものだ。

 「私、このことを美紀に伝えておきます」

 「あぁ。りーさんがヤバくなったら実質、居残り組で動けるのが美紀だけだ。あらかじめ知っとけば、何かあった時に対応できるだろ」

 胡桃は美紀の冷静さが生かされる事に賭けた。適切な対応ができれば、慈たちが帰る場所もかならず残されているはずだ。

 「じゃあ、各々出発の準備を。明日の早朝に出ます。持ち物は武器に陽動用の各種道具。万が一に備えて数日分の食料。あとは………」

 「モールでサンダー…………じゃなくて、ディスクグラインダも買っといた。音がうるさいからおいそれと使えんけど、簡単な障害物なら排除できる。それと、今まで埃被ってた火炎放射器でも持ってくか?」

 「火炎放射器って、あれ冗談じゃなかったんですか!?」

 「当然だ。汚物の消毒はアレに限る。ゾンビは汚物だ。燃やして消毒すればいい」

 あまりに真剣な胡桃の表情に、圭は引いた。野蛮の極みである。どこの世紀末だと圭は思った。慈はというと、世紀末側だった。

 「じゃあ、そうしましょう。では、他に何か個人で準備するものがあれば準備して、明日に備えるように。以上、解散!」

 こうして、調査組の事前会議は終了した。数々の不安を残して。

 

 

 

 翌朝、予定通りに出発した三人を美紀は教室から見送っていた。あの人は違い、かならず戻ってくるという確約がある中での圭との別れ。少しは恐怖があったが、まだ大丈夫だった。

 三人が出た事により、ここに残されたゆきと悠里を守れるのは美紀だけである。胡桃から渡されたスコップは今、美紀の右手にあった。

 「(くるみ先輩…………)」

 手にもって、感触を確かめる。これは胡桃の魂が込められた武器だと言わんばかりに。これが、美紀が振るい仲間を守る唯一の矛にして、盾だった。

 胡桃や慈からは絶対にこちらから攻撃をしかけるなと徹底して伝えられたので、自らこの力を振るいに行く事はないだろうがそれでも最悪の事態が起きれば戦わなければならない。未だ感じたことのない、肉を突き刺す感覚を得て。

 「みーくん!おはよ!」

 後ろから声をかけられて、ハッとして美紀が振り返ると帽子を被った由紀がそこにはいた。いつもの明るい笑顔を見せて、美紀へと近づいていく。

 「おはようございます。ゆき先輩」

 「おはよっ!で、そのスコップは?」

 「これはくるみ先輩に貸してもらいました」

 「そっか。頑張ってね!」

 何を頑張れというのか美紀はいまいち理解できなかったが、とりあえず「はい」と頷いた。由紀が言った意味はそのまま「胡桃の代わり」としてなのだが。

 「さっ、りーさんが朝ご飯作ってるから行こう!」

 「っと、引っ張らないでください!」

 美紀の左手をにぎったゆきが駆け出し、美紀は転びそうになりつつもなんとかゆきについていく。悠里の異変は圭から伝えられ、美紀の中に大きな暗雲を立ちこめさせていた。

 だからこそ、美紀はこれまで感じた事の無い責任の重さを感じている。

 

 胡桃が戻るまで、美紀が学園生活部の力だ。

 

 慈が戻るまで、美紀が学園生活部の頭脳だ。

 

 圭が戻るまで、美紀が部の参謀だ。

 

 全ての重みがかかる美紀を由紀は支えてあげたくなった。シンデレラにかけられた魔法は再び時を押し進める。少しずつ、お姫様を元に戻していくように。

 

 

 

 早朝の出発となった慈たちは胡桃の運転するワンボックスによって、まずは学園近くの市街地へと入った。まだここは比較的道が綺麗である。

 が、発進してすぐに問題が発生した。

 「ガソリン、無いんだけど」

 「「はい?」」

 メーターを確認した胡桃が気まずそうにそう言った。彼女の言う通り、ワンボックスのガソリン残量が「E(Empty)」に近いものになっており、そう遠くないうちにガス欠になりかねない。

 そして、おまけと言わんばかりに搭載されているカーナビにディスクが入っておらずカーナビが機能しなかった。

 「モールから帰るときは道を憶えてたからよかったけど、今回はマズイ。つーか、りーさんもガソリンないなら言ってくれよぉ」

 「しょうがないわ、くるみさん。ゆうりさんは初心者よ」

 「りーさんは初心者未満だよ!………ったく、とりあえずどっかで入れないと。行く以前の問題だよ、これじゃ」

 一応、市役所までの道は慈の通勤経路だったので憶えているが“あの日”以降はまだ通っていない。迂回に迂回を重ねるなら、カーナビはあったほうが楽だ。いちいちアナログの地図に頼るのも今の時代となっては面倒だ。

 が、ここまで思って慈はふとおかしなことに気がついた。

 「そういえば、カーナビが使えてたってことはGPSが生きてる………つまり、人工衛星は生きてるってことじゃ」

 「そういえばそうなるな。まぁまだそんなに年月が経ったわけじゃないし」

 「それもそうね」

 あまりの地獄絵図と生者が消え失せた中で生活しているせいで、どこか使えないものの中に衛星通信がカテゴライズされてしまっていたようだった。使えるというのなら、色々と活用方法があるのではないかと慈は思ったが、活用方法が思いつかない。

 技術を利用しようにも知識と技術が足りなかった。

 「せんぱーい。車のガソリンとかはどうするんですか?」

 「ここらへんにガソリンスタンドがあった覚えがない。めぐねぇは?」

 「七丁目の交差点にあるけど、真っすぐいけるかどうか」

 「だよなぁ。…………ま、そん時はそん時だ。ちょっと最初にギャンブルと行こう」

 「思い切りがよくないですか!?」

 「圭、学園生活部では時に思い切った判断も必要となるんだよ」

 「車が止まったらどうするんですか!?」

 「自力で帰るぞ」

 胡桃の発言に圭は言葉を失う。まさか乗っけからこんなガバガバな状態になるとは思わなかったからだ。ここにきて圭は慈の能力評価を一段下げた。自分がしっかりしないと…………という意識も強まった。

 なまじ、胡桃が本当に強いからわりと脳筋プレイでどうにかなってしまっているのだ、この学園生活部という集団は。

 命を預けるには少々どころか色々と危険である。入部という選択肢は、命を預けるのではなく、自ら持って一緒にベットするといった表現のほうが正しいのかもしれない。

 だが、運もまた実力の一つ。彼女らはことごとくそれをどこかで発揮して来た。その結果が圭という一人の存在なのだ。

 「(うーむ。シリアスな面もあるけど、やってることを冷静に並べるとすごいシュールだ)」

 圭が思った事は美紀も思ったことだったが、言わないでおく事にした。これでも彼女らは必死なのである。

 というわけで、まずはガソリンスタンドを探して胡桃の運転するワンボックス車は進む。まだまだ先の道は険しく、目的地までは遠い。無事に帰って来れるのか。これはやっぱりダメかもしれんと圭は先行きに不安を感じるのだった。

 





<今回の変更点>

「りーさんの異変」
 この生活が始まって一番りーさんの近くにいた胡桃はやっぱり異変に気がついていた。
 彼女がエライことにならない?はて、なんのことやら(すっとぼけ)

「圭の男性け(ry)」
 男性経験:付き合ってから夢を壊す程度(二回目)

「のっけからガバガバ」
 この世界線の学園生活部は一部を除いて運にパラメーターをガン振りしています(特にめぐねぇ)。

「生きているGPS」
 かならずしもそれがプラスに傾くわけではない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。