――どこかで、許してもらえると思っていたのかかもしれない。でもそれは浅はかな考えだった。
甘んじて受けよう。これが、報いというのなら。
佐倉 慈
「「「学園生活部へようこそ!」」」
パパン、とクラッカーの音が学園生活部の部室に鳴り響いた。仮入部という形で新たにメンバーとなった圭と美紀の救出祝いと歓迎会を一緒くたにやってしまおうというのが悠里の案だった。
パーティーといっても資源の無駄遣いは避けるべきであり、主役は腐るほどに余っている乾パンをクラッカーのように、乾燥させたフルーツなどを乗せたものや屋上の菜園で育てられている糖度の高いトマトなどが甘味として用意され、料理に関してはレトルトのカレーになっている。
だが、こういったものは雰囲気が重要だと胡桃が準備中にフォローを入れたため、見てくれだけは非常に良く、発案者である悠里は納得できていた。
「すごいですね………この料理、全部ゆうり先輩が?」
「そうだよみーくん!りーさんなんでも作れちゃうんだよ!」
「りーさん!あとで作り方教えてください!」
「いいわよ、けいちゃん」
どうやら、概ね美紀と圭はお気に召したようで笑顔が輝いていた。慈は、ここは生徒同士のほうが盛り上がるだろうと少し隅にいる。
料理に手を付け始めた、ゆきと美紀に圭、それを見守る悠里。その姿を一歩引いて見ている慈に胡桃が近づいた。彼女の手にはパーティー開始時のクラッカーがまだ握られている。
「隣いいか?」
「いいわよ、くるみさん」
「んじゃ失礼」
壁に寄りかかる慈の隣に、胡桃は立つ。
昼間に美紀と追いかけっこした後、悠里に「安静だと言ったはずだ」と指摘され、無理矢理寝間着を着せられた上に髪の毛までツインテールから解かれ(動く際に邪魔になるからそれを胡桃が嫌がるため)、見てくれはとても可愛らしい、黙っていれば大人しめの女の子といった姿を今の胡桃はしている。
「くるみさん、可愛いわね」
「かっ………!?わ、わたしが可愛いとか、めぐねぇもゆきと同じことを言うなぁ」
「誰でもそう思うわよ。今のくるみさん、本当に可愛いもの」
「ったく。人を可愛いだとか」
恥ずかしいのか頬を赤くして、ぷいっと顔をそっぽに向けた胡桃に慈は余計に感情を昂らせ頭を撫でたくなったがやめた。悠里ならわりと容赦なくやりそうだが。
ただ、実を言うと胡桃と慈の身長はあまり変わらないので、やったとしても端から見ると大人が子供の頭を撫でているようには見えない。
「はぁ。………んで、めぐねぇはまざらないのか?」
「ここは、生徒たちだけのほうがいいかなって」
「変に気を利かせてんな。ま、あの四人は相性良さそうだけどな」
「あら、くるみさんもそう思う?」
「りーさんと圭はお互い参謀タイプ。特に、圭の目はりーさんとは別のところで鋭い。まるで生態センサーみてぇだ。りーさんは人となりとかそういうのを見る圭とは違って状況把握に特化してるし、互いに補える」
胡桃の分析がわりと的を得ているように慈は思えたのでそのまま聞き続ける。
「そんで、ゆきと美紀は単純に仲良くなれそうだ。美紀は優し過ぎるからな。あぁいうタイプだとゆきはコロッといっちゃいそうだ」
「くるみさん、よくそんなに見ているわね」
「どっかの誰かさんが脳筋とか言ってたからな。わたしなりに分析してみた」
まだ根に持っていたのかと慈は笑いそうになったがこらえる。忘れてはならない。胡桃の把握能力も悠里や圭とはまた違った方向で特化されているのだ。
戦っている際にはきっと、全力で思考し力を使っているはずだ。思えば、最初の中央階段突破後には既に実戦に慣れた兵士のように判断をし、味方以外の動くものは全て排除していた。その動きは誰に命令された訳でもないだろうに。
「今後は指揮官をめぐねぇ、参謀に圭とりーさん。で、戦闘員がわたしで良いと思う。あと、美紀が望めばあいつも連れてく」
「戦いに?」
「…………わたしだけでやり続けるつもりだったけど、限界だ。正直な。左腕が使えない今、無防備だし………何より、皆を護れないのが怖い。それに、後のことまで考えとくのがその責任者の仕事だ」
まるで誰かに言われたことをそのまま言っているかのような胡桃。慈は彼女の“責任”を感じた。その負い方がとても少女らしくなく、慈はこれが彼女の父から受けた影響なのかと思った。モールの一件で彼女の家族仲は良好なものだとわかっていたから。
「………わたしだって死にたくはないけど、さ。どうしようもない時っていつか出てくると思うんだ。そん時に皆を護れるヤツがいて欲しいんだ」
儚げな微笑を浮かべた胡桃が言う。まるで、もう後が無いような彼女の物言いに慈はキツく胸を締め上げられたかのような感覚になる。死なせたくないと思った自分、でも戦力の一つと割り切って戦わせた自分。
ただの国語教師だった慈にとって、冷徹な司令官と友達のような教師の二つの立場はあまりに維持が難しいものだ。
冷静な思考が「それでいい」と言い、情の強い思考が「もう戦わせるな」と訴えかける。どちらが正しいのか。いや、正しさとはまた別の話だろう。
「そんな顔しないでくれ。見ろよ、あいつらの顔。あんなに笑っちまって。楽しそうじゃないか」
「えぇ………」
胡桃の視線の先には笑い合う四人の姿。あの中に胡桃の姿は無い。まるで、自分はもう違うと言わんばかりに。
「誰かが言ったな“一人殺せば殺人者だが、百万人殺せば英雄”って。でもそれは周囲からの評価であって、わたし自身はそう思わない。どこまでいってもわたしは殺人者だよ。これから美紀にそれを背押せちまいそうだが、出来ればさせたくない。じゃないと“あたし”は“英雄”じゃなくなっちまうからな」
倒す度にどれほどの葛藤が胡桃の中であったのか。それを慈は知ることが出来ない。
彼女の英雄という定義が誰かからの評価であって、彼女自身は殺戮をしていると思っているようだがそれは違うと言いたかった。それは彼女の背負うべきものではないのだ本来は。
大人たる慈が、責任者である慈が、胡桃という“兵士”の“司令官”である慈が、佐倉 慈が背負うべき意識なのだそれは。
だが、胡桃からすれば“英雄”であるための護るべきものの中に慈も入っている。彼女を“英雄”たらしめるために、それを証明するための存在が胡桃以外の者たちだった。
悲観的な慈だったが、胡桃自身はそこまで悲観的ではない。皆がいるから戦える。皆がいるから自分は殺人ではなく、化け物を倒していると思える。
赤く染まるの夕闇の中、一人の少女に罪を肩代わりされてから胡桃は身体だけではなく、心のどこかがヒトから逸脱し始めている。
優しすぎる美紀はそれを無意識のうちに感じ取っているのかもしれないが、美紀はそのままでいいと胡桃は思った。英雄は二人もいらないのだ。
美紀の手まで赤く染めて、群雄となる気は胡桃にはなかった。
「ま、そう易々とわたしもやられるつもりはないよ。皆を置いてくのはわたしもヤだし」
「………………約束、できる?」
「どうだろうな、車の約束は破っちまったし………次は絶対に護るよ」
そこにいたのは少女ではなく、戦士だった。いつしか、頭を撫でようと思っていた手と彼女との距離が遠く、遠くなっているような気が慈にはしていた。
なんでだろうか、ここで慈に何かを言わないと取り返しのつかないことになる気がする。でも、何も浮かばない。話すことはもうないのか、優しげに四人のことを見守る胡桃。すぐ隣にいるのにどこかに行ってしまいそうな不安な気持ちが慈を襲っていた。
だけど、その不安は破壊された。
「あっ!めぐねぇにくるみちゃん!こっちに来なよ!」
慈と胡桃が離れていたのに気がついたゆきが駆け寄ってくると、遠慮もなく二人の手を取った。まるで、手を引かれた瞬間に明るい舞台の上に立ったかのような錯覚が胡桃と慈にはした。
いつかゆきが言っていた「学校は舞台」という言葉。役者ではないと思っていた慈と胡桃にその手が差し伸べられ、引き上げられた。
手を引っ張るゆきに、慈はあぁそうだったと思い出す。
彼女の本質はその全てを包み込むような、共に分かち合える心の持ち主だと。歪んでしまっていたが、その歪みから解き放たれた幻想の中に生きるゆきと、歪みを矯正しつつある由紀にはそれがある。
慈という大人の罪を共に背負う覚悟が。
悠里の心を満たす身体が。
胡桃の悲恋を共に悲しむ慈愛が。
そして、圭と美紀を見捨てなかった諦めない強さが。
ゆきのために作ったはずの学園生活部に、いつの間にかゆき以外の全員が助けられていた。
胡桃はふと思った。敵を倒したことでなる“英雄”よりも救ったことでなる“救済者”のほうが遥かにいいと。だからこそ、胡桃は一層決心する。この救済者のための力になろうと。
この六人の中でリーダーといえば慈と悠里になるかもしれない。
しかし、中核は誰もが迷わずにゆきと言うだろう。彼女たちは丈槍 由紀の願う世界に含まれているのだから。
パーティーはその後順調に進み、夜中までとりとめの無い会話が行われて自然とお開きになっていた。そのパーティー後、ゆきが屋上で涼みたいと言い出て行ってしまった。
上階の安全は確保されているため、胡桃も護衛をすることはなく、ゆきは一人で屋上へと出ている。
美紀はようやく彼女と二人きりで話せると踏み、トイレに行くと言ってから実際にはトイレに行かず屋上へと上がる。おどろおどろしい階段に辟易しつつ、辿り着いた屋上の扉の前で美紀はなぜだか緊張した。相手はゆるふわな先輩というよりは年下っぽい女の子だ。何を緊張する必要があるのか。
「…………よし」
意を決して、美紀が扉に手をかけて屋上へと足を踏み入れた。
瞬間、目を奪われた。
「あ…………………」
光が消えた町の上では、今まで黙殺されていた星たちが燦然とし、半月が明るく夜を照らしていた。そんな夜空の下で、佇んでいる少女がいる。
いつもの黒い猫のような帽子を外して、美紀の侵入に気がついた彼女の顔は年相応の女性と少女の中間に位置するその時しかない美しさを垣間みさせた。
その姿に何故か慈が重なり、美紀は頭を振ったがそこにいるのは間違いなく学園生活部の“丈槍 由紀”だった。
少し困ったような顔をする由紀に、美紀は思わず呟いた。
「誰………ですか?」
「やだな。みーくん。わたしだよ」
柔らかいけど、どこか垢抜けた年上らしい雰囲気。周囲の環境のせいでそう見えるのか。美紀はそう思った。見返り美人なんて言葉があるぐらいだ、それがきっとゆきに適応されただけだと。
「そ、そうですよね。ゆき先輩ですよね」
一歩、一歩と近づく度に鼓動が早くなる。今まで小動物だと思っていたものが唐突に巨大な何かに変わったかのように妙な気分。こんな色気が彼女にはあったのか。
親友である圭のここぞという時の色気とは格が違う。目の前に立つことすらくらりと来てしまう不思議な魅力を今の由紀は持っている。
ようやく彼女の隣に来た時、美紀は何を話すのか忘れていた。緊張で心臓がバクンバクンと音を立てて、いろんなものを吹き飛ばしてしまった。
「それで、どうしたの?」
「い、いえ。ただ、先輩が屋上にいったので私も涼もうかと」
「そっか」
あたり触りの無い言葉を選んで答える。
美紀は思い出す。彼女と何を話そうとしたのか。それは――
「先輩」
「ん?」
「先輩にこれから失礼なことを言うかもしれません」
「失礼なこと?」
「はい」
わからないだろうけど、美紀は問いたかったのだ、ゆきに。
「先輩」
「なにかな?」
「もう、終わったんです。ここには何もないんです。なのに、どうして先輩はそうなれたんですか。そういられるんですか」
慈や胡桃との対談を通し、美紀はゆきが自らを犠牲にしているかのように思えていた。まるでこれでは人柱だ。
それを美紀は目をつむって見ていることができなかった。
「ゆき先輩だって、誰かに寄りかかりたい時だってあるはずです。なのに、どうして!どうしてあなたは一人でいられるんですか!?」
そう、ゆきは一人だ。彼女の中の幻想は彼女の分身でしかない。故に、いつも彼女は一人。誰もいない校舎の中を駆け続ける。
納得もできた、理解も出来た。でも、それでも美紀には放っておけなかった。おせっかいだとしてもいい、余計なことを、と思われてもいい。ゆきが優し過ぎるから、美紀も優しすぎたから。
美紀の問いかけに、由紀は本当に困ったような顔をする。優しい子だと、思う。彼女のような人がもっと早く現れれば。いや、待っていてはダメなのだ。
前に、前に、自ら進んで行くこと。そうしないといけなかった。
だから由紀は、両手を広げて踊るようにくるくると回って、美紀から離れた。それはきっと、美紀の差し伸べた手を払いのけたのかもしれない。
そうして由紀は、彼女と向かい合うように立つ。
「最近の学校が好き!友達がいて、お母さんがいて、お父さんがいて、後輩も出来て!放送室や音楽室、実験室に図書館!家も、道具もなんでもあって、まるで一つの世界みたい!」
「せ、先輩………!?」
唐突な由紀の動きと言葉に美紀は驚くことしかできなかった。
「全部が全部、私は大好き!だから――」
きっと美紀はこの時のことを最期まで忘れないだろうと思った。それほどまでに由紀の笑顔が明るく、真夜中の太陽のように煌めいて。
その太陽の光を受けて、流星のように僅かに流れた涙を忘れない。
「だから、わたしは!皆のことが大好き!」
まるで告白のような言葉。出会って数日と経っていないのに、由紀は圭も美紀も既に学園生活部の一員として迎えていた。由紀はもう贅沢だと思いたかった。
たったの五人。それだけかもしれないけど、自分の傍にいてくれる人たち。それだけで幸せだった。だから、いつまでも塞ぎ込んでいる訳にはいかなかった。前に向いてもらうために。前へ進んでもらうために。
自分は最後でいい。皆が歩き出せたら、最後にそれを追って行けばいい。間に合うかどうかは、その時の自分次第。
その時が来るまで、由紀はゆきで在ろうと思う。だから、美紀から離れた。きっと今、美紀の手を取ったら由紀は再び現実と対峙しなくてはならないから。それは、まだ早い。
卒業するまでの時間はいつまであるかわからないが、それまでは夢を見続けていよう。壊れた時計が、最後の一つになるまでは。
「(ごめんね、みーくん)」
由紀の意識が遠のいて行く。時間が来た。馬車の時間だ。自分はシンデレラじゃないし、ガラスの靴も履いていないけれど。
ゆきの手が、猫を被らせた。
「さっ、戻ろう!」
最後にそう告げて、美紀の手を取った。同時に、由紀がゆきへと変わり、時間は止まった。
美紀と由紀が屋上で邂逅していた頃、慈はトイレへと向かい用を足してから出て来ていた。美紀の帰りが少々遅く、トイレにいなかったのが気がかりだったが、もしかしたら屋上にいるのかもしれない。
さて、部室の片付けをしようと足を進めた時である。
「佐倉先生」
声が後ろからかけられた。誰の声か、圭のものだった。
「………けいさん?どうしたの?」
「いえ」
振り向けば、圭がそこには立っていた。その手に、スコップを持って。
「………!?」
なぜ、彼女がソレを持っているのか。一体、何のために使うのか。慈は想像だにしない事態に理解が追いつきそうも無い。そんな混乱の極致である慈に圭は告げる。
「何者なんですか、佐倉 慈先生は」
自分が何者か。それは迷うはずも無く、言える。
「私は、学園生活部の顧問で、私立巡ヶ丘学院高校の国語教師。佐倉 慈」
「本当に?」
「それ以外に、何が」
自身はそれ以上でもそれ以下でもない。少なくとも今のところは。なのに、圭は疑う。何が彼女を駆り立てたのか。慈の記憶の中に、該当することはない。
「…………なら、ランダル製薬の関係者しか持てないあのマニュアルがなぜ、先生の机に入っているんですか?」
「!?」
頭の中が一瞬、真っ白になった。なぜ、彼女があのマニュアルの存在を知っているのだろうか。鍵をかけて、仕舞っていたはずなのに――待て、最後に由紀と密会をした際、私は鍵をかけただろうか。
「私たちを助けようとしてくれたこと、あの時の涙と抱擁は嘘だと思わない。でも、それでもアレを先生が持っている。それだけで、それだけが、信頼を裏切った」
「ま、待って。違うの」
「何が違うの?」
「私は、何も知らなかったの………!あのマニュアルも、緊急時に開けと言われて、こうなってから………………」
「本当に?」
「本当よ!私は何も、何も知らなかった!」
「………………本気で私たちのことを生かそうとしているは認めるよ。でも、何のために。どうして?そもそもなんであのマニュアルを隠すのか。見せてしまえばいいのに、見せれば役に立つかもしれないのに。まるで先生は知らないようなフリをするんですね」
圭の言葉に容赦はない。圭は決めたのだ、逃げないと。美紀のために、疑わしきは探り、障害を取り除いて行く。美紀が前へ進む道を均しておく。
そのために、違和感のあった慈を探った。そうしたら、彼女の机から出て来てしまったのだ。あのマニュアルが。
「何より、最高責任者向けのマニュアルがあるのが信用を損ねてる。私はまだあなたを良く知らない。だから信用できない。証明してください、今、ここで。先生が学園生活部の顧問なのか、それともこの悪夢を作り出した一人なのか」
スコップが構えられる。おそらく、証明できなければ圭は間違いなく慈を殺す。それから、胡桃も、悠里も。由紀も。彼女の行動原理の奥底は全て美紀のために。逃げ出そうとしたことからくる、償いの想いから何でもやってしまうだろう。
証明できるもの。今の慈にそれはあるだろうか。いや、無い。状況証拠を覆せるほどのものはない。
「………………証明、出来ないわね」
「なら、敵ですか?」
「それは違う。祠堂さん、聞いて」
「………………………いいですよ」
圭がスコップを持つ手の力を緩めた。
「あのマニュアルは教頭が私に渡したもの。内容からして恐らくは生存者を纏めて避難させて、避難先で始末するためのものだと思う。そして、その教頭はあの追記の“最高責任者”である校長に撃たれて死んでいるの」
「なんでそれを?」
「あの追記は校長室の机にあった。そして、校長は駐車場で死んでいるの」
「……………それら全ては先生の推測ですか?」
「えぇ。状況証拠から全て推測したものよ。私もマニュアルを回収するまでは何がどうなっているかわからなかった。少なくとも私は、この状況を作り出した人を、あのBC兵器を作った人たちを許せない。祠堂さんを含め、皆を生かす気がないあのマニュアルが憎い」
「…………燃やすように指示された追記。モールの燃やされていた紙くず。関係者は始末される。逃げるはずが逃げていない。確かに、これだけあれば先生を疑うのは何となく違う気がします。でも、あのマニュアルを隠してどこに私たちを連れて行くつもりですか?先生は」
圭は学園生活部の行き先も、ある理由も、部員全体の人となり、想いも素早く理解していた。だからこそ、マニュアルを隠す慈が信用できない。大人は怖い生き物だ。笑顔の裏で平気で人を貶めようとする算段を整えていたりする。
どれだけ少女に近い姿でも、彼女は大人だ。圭には慈という大人を読み切ることは出来なかった。
「私は皆を助けたい。この先、明らかな“敵”と対峙する前にこの巡ヶ丘を脱出し、生きてここから卒業させたい。それが私の、教師としての役目と責任と、覚悟」
「……………本気なんですか?きっと、フィクションのものとは比較にならない相手かもしれない。弱点なんてないかもしれない。それでも、立ち向かうの?」
「本気です。私は、そのためだけに生きているのだから」
皆とここを卒業する。生きて彼女たちを未来に届ける。それが佐倉 慈の生きる理由で、走り続ける理由。この息が止まるまで、彼女は足を止めてはいけない。
慈の目が圭の目と交差する。互いに、護りたいものがある。向かうべき未来がある。
言うべきことは言った。とても信用を得るには足りない言葉だが、その判断をする圭に全てが委ねられている。
「そのためだけに生きている、か」
まるで教師よりもそれ以外の組織のリーダーのようだ。いや、事実、彼女は教師の、と言っているが実際は学園生活部のと言った方がいいだろう。
「…………………先生は人が好すぎますね」
「よく、言われます」
「でも、だからこそ、この状況でそれだけの責任を負えるんだね、めぐねぇは」
圭がスコップを降ろした。
「まだ、信用できたわけじゃないけど、今は信じてみようと思う。めぐねぇの人の好さを」
「ありがとう、けいさん。あなたも、私は絶対に卒業させます。責任を持って」
「はい。お願いします」
わかっているのだ、圭も。このお人好しがそんな大それたことが出来る人間ではないと。でも、世の中には彼女のような皮を被った人がいるから。
これから先、この学園生活部を見極めていけばいい。自分たちが助かるための場所なのか、それとも――それを知るのはこれからだ。
<今回の変更点>
「英雄」
胡桃の中に、英雄はいない。あるのは介錯を行っている処刑人の姿だけ。
「由紀の告白」
決して『あら^〜』というわけではない。家族愛といったほうがわかりやすい。
「由紀の拒絶」
実際は足踏みしてるだけ。手を取ってくれる人の手は一体誰が取ってくれるのか。
「マニュアルが見られた」
本気モードのけーちゃん①。美紀のためならなんだってやれちゃうのが彼女の怖いところ。深い愛は狂気と紙一重。
「アニメ版の圭との相違点」
総じて圭が普通の女の子(?)でしたが、こっちだと前にも言った通り、頭がキレます。ただ、そこは元々普通の子。今回のように感情で暴走することもあります。
それにここの圭は事件の背後関係を調べようと考える程度には前向きで、知った時に余計な混乱を避けようとするなど配慮も出来る。美紀の外付け式外交能力や戦闘時の指揮担当。