七つ夜に朔は来る【未改訂ver】   作:六六

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第六話 価値

空気が重い。

 

 離れの内部は現在なんとも言えない微妙な沈黙の空気に支配されていた。志貴としては何でこんな目にあわなければならないのかと、内心涙目だったのだが、それは朔にしても似たような状況だった。

 それはそうだろう。自分が世話に(?)なっている相手の子供が、いくら敷地内とはいえ自分の住処に不法侵入しているのである。それが今まで交友のある人物だったら、このような空気にはならなかっただろうが、第一前提朔にそのような存在はいない。得てして指南役である黄理、もしくは使用人の女、それか黄理の相談役である翁ぐらいで、それも個人的な友好関係とは程遠いような関係だ。彼らの内心を知らない朔としてはそれぐらいの僅かで細い関係でしかない。そしてそれ以外の人物と朔は会話を交わさない。だからこの離れにやってくるのは三名のみに限定されていた。

 はずなのだが、なぜか志貴がいる。そもそも志貴とはいままで接触も無い。だというのにである。現に志貴は離れにいて、目の前で正座をしている。

 

 とりあえず戸惑っている、というかひたすら答えを自問自答し続けている朔、そして志貴は互いになぜか正座状態である。

 

 この微妙な空気がそうさせているのかどうか、志貴としては本来の目的である朔本人がいるのだから速く何かしら話をするべきなのだが、なかなか切り出せない。

 朔は朔でひたすらに考え、目の前にいる人物が一体何が目的なのかと観察している。だったら聞けばいいのでは、と思うかもしれないが今まで興味はあったが近づくことのなかった人物が急接近してきたので、やはり朔としても戸惑っていた。

 そして朔の観察をどう間違ったのか、志貴は睨まれたと勘違い、結果漏らしかけるというある意味馬鹿らしいような状況が完成していた。

 

つまりめっちゃ気まずい。ただそれだけである。

 

 互いに緊張しているという前提で見る光景はお見合い会場の二人だと見ようとも思えば見え、ない。全然見えない。残念ながら、何が残念なのかも分からないが兎にも角にも見えなかった。

 

 しかしこのままではどうしようもない、と考えを導いた朔は声をかける。

 ただ、なんて話しかければいいのだろう。そもそもなんて呼ぶべきか。

 呼び捨てはない。相手は当主のご子息。それに対しこちらは預かられている立場の人間である。志貴のほうが立場としては上だ。ならば他の者と同じように志貴様、と呼ぶべきだろうか。

 それが妥当のような気がした朔はとりあえず、

 

「志貴様」

 

 そう話しかけてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 ビクつかれた。

 

 

 

 

 

 

 

 空気は変わらない。

 

 志貴としては話しかけられたのは有り難かったが、なんだろうか、里にいる他の子(自分も含め)とは全く違う雰囲気を持つ朔に正直どのように接すればいいのか掴みかねていた所でのことだった。

 

その声は静謐で落ち着き払い、かつなんとも感情のない無機質な声音だった。

 

いきなり話しかけられ、少しばかりチワワ並みの小刻みな震えを起こしてしまった志貴である。軽くちびった。

やっべちびった、と軽く自己嫌悪しながら志貴は目の前で自分と同じように正座している朔を見た。

 

 朔は話を聞くところ年上。だからだろう背が高い。子供は年齢でだいぶ肉体の成長の差が現われやすいが、志貴と朔は頭ひとつ分以上差がある。おそらく里の同年代の子らと比べて最も高いのではないだろうか。体つきもよく、訓練用として使われる動きやすい服からは筋肉の盛り上がりが薄っすらと確認できる。それもただ筋肉を搭載したものではなく、引き絞られ引き締められた肉体だ。

 さすが自分の父の教えを受けている。おそらく朔は次世代を担う子供たちの中で最も当主の座に近い成長を見せている。それは自分たちと比べて作り上げられた身体の違いや、志貴が目撃する訓練の密度や質などから考えた結果である。

 

それがなんだか悔しかったが、それも当然かと漠然に思った。

なんて言ったって自分の父が鍛えているのである。そうでなければ父が教える意味がないだろう。

 

 次に顔つきだが、やたらと目つきが鋭い。そのくせに瞳は茫洋としていてどこを見ているか把握できない。今でも本当に自分を見ているのだろうか。視線が志貴に向けられているだろうかその判断が出来ない。本当にこの相手は自分と同じような子供だろうか。見かけからも幼さが見られず、少年と言うよりも大人のような顔つきに見える。

 

 そして、志貴にはそれがなぜだか終ぞ分からなかったが。

 

 

 

 

 

 志貴にはその風貌がどこか自分の父と似ていると思った。

 

 

 

 

 

「志貴様。なぜここに」

 

 気付けば目の前で朔がこちらに言葉を投げかけている。これには答えなければならないだろう。だって忍び込んだのは自分だし。

 

 でも何を言う? 

 そもそもこの離れに侵入したのは志貴の衝動的なもので計画なんて全くなかった。しかも侵入した理由は『朔が一体どんな人物か知る』というものだ。それを「君のことが知りたかったから」と馬鹿正直に言えるほど、志貴は頭が悪くは無かったし、人並みの羞恥心も持っていた。

 ただそれをただ志貴の理由と行動のみで考えてみると、まるで志貴が朔を恋い慕ったから故の行動のように見える。恋する人は大よそ想像では飽き足らないものだが、それが暴走することも有り得る。

しかし今回はそもそもそんな理由じゃないし、志貴が抱いたのはそんな感情でもない。また志貴はまだそんな甘ったるい感情を知らなかった。

 

だいたい二人は男の子同士。そんな事は無い。ないったらない。ないんだってば。

 

 しかしなんて答えようか。子供ながらに考えて悩み脳内が熱を持ちスパークするんじゃないかと自分を褒めたくなるほど考えた結果、志貴は、

 

 

 

 「…………」

 

 

 

 だんまりした。

 

 いやいやちょっと待てよ僕。

志貴はかなり焦り始めている内心に困惑しながら自分の声の無い返事にくらくらし始めた。そもそも黙ることを返事とは言わない。

 しかし焦れば焦るほど志貴は口元を固く結んだまま縮こまるように俯く。そしてこんなことをして一体何がしたいんだ僕はと自分を奮い立たせようとするが、志貴の身体と意志はそれとは反対の行動しかとろうとしない。

 

 そして某福音の少年のように「動け動け動け動け!」と内心で叫びどうにかして朔に目を合わせようとするが、沈黙が痛くてどうにかなってしまいそうだった。その沈黙を増長させたのは志貴自身である。最早どうしようもない。

 

 朔は何も言わなかった。何も言わずに志貴を見ている。そのどこを視ているのか分からない瞳が今の志貴には辛かった。

 

 ともすれば下を俯く志貴の目には涙が出そうだった。だって何をしてるんだろう。こんなかっこ悪くて、しかも何も出来なくて。

 

 凄く惨めな気分だった。朔に抱いた悔しさや、自分自身に抱いた情けなさとも違う、棟の中心に重い石を入れたような感覚が身体を苦しめる。しかしそれをどうにかする術を志貴は知らなかった。

 

 次第に潤んでぼやける視界。身体は緊張してがちがちに固まっているくせに震えて俯いたまま。怒られているわけではないのに、なぜだか凄くこの時間が怖くなってきた。

 

 だけど。

 

 

 

「志貴様。理由はないのですか」

 

 

 

 朔の容赦ない追求にぐらりと意識が揺れた。それに答えられずよりいっそう俯く。だって答えられるはずなのになんでこんなに自分は答えられない。それを考えて、ひたすらに考えて。なるべく目の前の朔を視界にいれず考えたくも無いのに意識は朔にばかり向かう。

 

一体沈黙はどれほど流れただろう。生憎時計などない離れに時間を知る術などない。一分か十分か。結局朔の言葉に答えることのできなかった志貴はひたすらに俯いたままだった。実際はほとんど時間も経っていないのだが志貴の体感時間はひたすらにおかしくなっていた。

 

 するとその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽふっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭部に何かの感触があった。

 

 よく分からないが、その感触が温かくて、ふと視線を上げてみると

 

「―――え?」

 

 朔が志貴の頭を撫でていた。

 

「なぜ志貴様がここにいたのか知りません」

 

 そういいながらも慣れていないのだろうか、機械的に志貴の頭を撫でて

 

「ただ」

 

「今言いたくなければ、また次に言えばいい」

 

 そう言った朔は無表情だった。

 声音は相変わらず無機質で温度が無く、鋼のようだ。頭を撫でる手も全く優しくないし。

 でも、それは無骨ながらも、まるで父のような――――。

 

「…………あ」

 

 そして気付いた。この感触は黄理に、父に似ているのだと。

 

 

 

 

 

 しばらく撫でられ続けどうにかして落ち着いた志貴は次第にその心地よさに身を委ねていた。それは内心合点がいったからである。

 この人は黄理に似ている。だからなぜか気になったのだと。

 果たしてそれがあっているのか間違っているかの判別がつくほど、志貴は大人でもない。だが子供心の純粋をそのままに、志貴はなんとなく思った。

 

「(兄ちゃんってこんな感じかなあ?)」

 

                     □

 

 目の前で何も答えず、こちらを何か驚いた顔で見る志貴。

 なぜこのような顔をするのか分からないが、朔はそれを分からないままに志貴の頭を撫でている。なぜ志貴の頭を撫でているのかすらも、朔には分からない。

 何か痛みをこらえるような志貴の姿を見て、自分は何かしただろうかと考えてみた。しかしそれは結局朔には無い答えだった。

 

 ただ、こんなとき黄理はどうするのだろうと夢想した。彼は志貴の父親である。父というものに関して想うこともない朔ではあるが、黄理が志貴を大切にしていることはわかる。それが自分にはない温度の行方を捜索しても追いつくことも理解することも出来ないことであることはわかっている。だが父という黄理は子である志貴になにをしていただろう。

 

 残念ながら二人が触れ合う姿を朔はほとんど見ない。それはタイミングもあるだろう。自分がそうゆうモノとは無縁なこともあるだろう。だがそれ以上に、朔にはその光景が価値あるものとしては映らなかった、という自分自身の壊れ具合を再確認する作業にしかならなかったのだった。

 

 それは尊いのだろう。美しいのだろう。もしかしたら、温かいものなのかもしれない。だが、それを判断する価値観が形作られなかった朔が、それを判断しようとしても人が持つ情や義はたまた悪や邪に価値が見出せない。

 

 

 

 この時。いや、もっと遥か昔、おそらく朔が成長過程のことだ。

 特殊な一族のそれ以上に特殊な扱いを受け、事情を持つ朔は壊れてしまったのではない。壊れるとは、得てして形として一応の完成を成していたものが欠損することである。

 だが、朔はそれがなかった。

 人が当然として持つ倫理や価値観。それが形として作られることもなく成長していった。

 ゆえに。朔は壊れているではない。

 徹底的な欠陥がある。

 それはただ、それだけのことだった。

 

 

 兎にも角にも目の前の志貴にどうするべきかと考え、こんなとき黄理ならばどうするのかと考察し、朔の圧倒的に足りない判断材料から吟味した結果、朔がとった行動は志貴の頭頂部を撫でるというものだった。

 

 それだけでとりあえず行ってみようと考える朔も朔だが、突然とはいえそれを受け入れている志貴も志貴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 しかしこの行為に一体何の意味があるのだろうかと考えた朔だったが、落ち着いた様子で目を細める志貴の姿を見て、これにはそのような効果があるのかと認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ。あの、ね?朔、さん」

「なに?」

「あの、その、えっと……」

「別に何かあるなら今度でもいい」

「次も来ていいのっ?」

「はい」

「うんっ。(やった!)」

「?」

 というやり取りがその後あったとか無かったとか。

 

 

 

 

 

 七夜朔七歳 

 なでポ(仮)体得


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