七つ夜に朔は来る【未改訂ver】   作:六六

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 夢を朧に懺悔と捧げ、裁きは血となり、誰も逃れられない。


第五話 人殺の鬼 Ⅱ

 ――――ずきん。ずきん。ずきん、ずきん。

 

 

 頭が、痛む。

 

 

 いや、頭だけではない。筋肉が痛み、骨が軋み、咽喉は涸れ、肌が焼けるように熱い。特に、頭部が割れるように痛む。

 

 

 理由はわかっている。

 

 

 ずきん。ずきん。

 

 

 網上げられた視界。黒い線の這いずり回る世界が、あちらこちらに駆け巡り、まるで眼球そのものに侵入してきそうな威圧を放っているが、それは、異なっている。

 

 

 これが世界の真実。

 

 

 脆くて壊れやすい、世界の死――――。

 

 

 自分にしか見えない、この世を構成する結合部分。眼鏡がなければ、この目が映す世界はあまりに冷酷で、退廃の臭いが侵食し、嗚咽さえ溢してしまいそうになる。

 

 

 ずきん。ずきん。

 

 

『面白ェもんモってんじゃねえかァ、手前。ひひ、ひ……』

 

 

 そして、その世界を根本から崩壊させてしまいそうな金属音の軋む声が、歪な金切り声を上げた。あまりに不快な音は耳を塞ぎたくなるが、耳朶を覆う両手の蓋でさえ貫通させてしまうという未来が、場違いな予想として浮かび上がる。そのような些事なぞ妖刀の声音には一切通用しないのだ、という事実が空間を捩じ切っていくようだった。

 

 

『切れ口を見る、淨眼ッてえとこカね、モノがモノなら不死までぶち殺セそうだなア』

 

 

 揺らめく意識を意地で食い止めながら、凭れかかる頭を上げる。眼鏡を失い、蜘蛛の糸のような視界を映し出す。

 

 

 そこには、亡霊がいた。

 

 

 先ほどよりも短く、鋭利な先端となった鉄撥を握り締める藍色はゆらゆらと揺れている。

いや、本当にそうだろうか? 

 

 

 もしかしたら、自分が揺れているのかもしれない。何せ足元に力は入らず、気を抜けば身体が傾いてしまいそうだった。

 

 

 ――――ずきん。ずきん。

 

 

 内側から犬が食い破ってきそうな痛みが頭部に走る。脳そのものに牙が食い込んでいるような感覚に、吐き気さえこみ上げてくる。

 

 

 痛い、痛い。痛い。痛い。

 

 

 痛イ。痛イ。痛イ。痛イ。

 

 

「―――――。―」

 

 

 亡霊は気遣わしげな眼差しを向けることもなく、あくまで風景を眺めるような眼差しで世界を映している。その蒼い眼差しが、映している世界は一体どんなものなのか、志貴には判別できない。また、そのような余裕もないが、どこかで冷静な己が、こいつは自分の事を見ているのか? と疑問符を浮かべた。

 

 

「は――、は――」

 

 

 けれど、言葉は形とならず、浅く息を吐くことしかできない。

 

 

 おおおおおおおおおおーーーーーーんんんん。

 

 

 どこか、子供を亡くした母親の泣き声を思わす風のうなり声が聞こえた。廃工場の開かれた扉から入り込んだ風がうねりを上げたのだ。

 

 

 それが排熱する身体に心地よささえ与える。

 

 

『これデも修羅場は潜ッてきたが、ここまでの奴ァ滅多にいネえ。斬り払えば如何様なもンでも断ち切っチまうなんゾ、ひひ、ひ……傑作だ。あいツの得物がコの果てだなンてよォ』

 

 

「―――、―。――」

 

 

 鉄分でしか形作られなかった鉄くずたちに紛れて、骨喰の悪意が這いよる。

 

 

 衰弱の一方へと向かう志貴に向かって。

 

 

『喜べ朔。ご同類だァ、こいつア生粋の殺人鬼だ』

 

 

 嘲笑、邪笑が軋み脳髄を侵食する。思考同士が高質化して、磨耗させる。

 

 

 ぞくり、と背筋が震えた。

 

 

 いま、あいつは、あの鉄くずは何を言い放った? 

 

 

『人を殺ス術を生まれナがらに持ッテ、コの世に現われ出でタ。人殺の輩。蝶よ花ヨと持ち上げらレて育ったカは知らネいが、存外に面白エ。元かラこいつハ殺しの才があっタんさ』

 

 

 殺人鬼。人を殺す鬼。

 

 

 妖刀は、どこからともなく確かにそう嘯いた。それはまるで宣告のような重みを持って、志貴の意識を塗りつぶさんとする。

 

 

 背中が冷たくなっていく感触は、脂汗か、あるいは冷や汗か。

 

 

『流石は遠野の長子、とデも言うべきかァ。こいつハ、なルほど道理だ。遠野の阿呆共ガ遠ざけた理由も解せるってェもんヨ。自分らの懐に殺シの鬼は必要ねえっテか。ええ? オい』

 

 

 そう、自分は遠ざけられ、遂には排され追い出された。

 

 

 幼い頃、有間へと向かう車の中で見やった遠野の屋敷は、最早踏み込めぬ居所と化して、あまつさえ二度と敷居を跨ぐなと言う御触れまで言い放たれたのだ。

 

 

 けど、それがショック、だった訳ではない。なんとなく、胸の内が淋しくて、虚しかった。

 

 

 もしかしたら、彼らが己を追い出した理由は遠野志貴という存在そのものが、彼らにとって危険分子だったから、なのだろうか?

 

 

「――――う」

 

 

『あ?』

 

 

 けど、ただひとつ。

 

 

 たったひとつだけ。

 

 

 ただひとつだけ、認められないものがあった。

 

 

「……違、う!」

 

 

 一気に息を吸い込み、眼前の殺人鬼をねめつける。

 

 

「俺は、お前みたいな奴なんかじゃない」

 

 

 噛み締めるように呟いた言葉は掠れて上手く発音できなかった。

 

 

 だから、叫ぶ。

 

 

「俺は、お前みたいに平気で人を殺せる化物じゃないんだッ!!」

 

 

 志貴の叫びが廃工場の塗炭壁に反響する。

 

 

 それは、骨喰の言葉に対する反骨にして、目前で茫洋と佇む七夜朔への宣言であった。

 

 

 例え、非道と呼ばれても構わない。外道と呼ばれても良い。弓塚さんのためならば、どのように呼ばれても構わない。何にでも、何者にでもなってやろう。この忌み嫌う眼さえ、疎まない。そう腹に決めた。

 

 

 だが、ただ人を殺すためだけの存在にはならない。

 

 

 眼鏡がなければぐじゃぐじゃになる世界の断片。黒くのた打ち回るひび割れ。そこをなぞらえば、忽ちのうちに何もかもが切り落とされる事はとっくの疾うに知れている。それはいけない事なのだと、あの草原で教えられたのだから。

 

 

 けれど、せめて先生との約束を破ろうとも。

 

 

 約束を交わした自分だけは、裏切れない。

 

 

『ひひ、ひ……言ウねえ、糞餓鬼』

 

 

 愉快な声音が廃工場に劈いて、夜闇を切り裂いてしまいそうだった。

 

 

 星を落とし、月さえも貶める悪鬼の哄笑。

 

 

 それは、昼にも夜にも属さぬ者しか発せぬ瘴気の嘲いであった。志貴を嘲い、死へと誘う魔眼さえ笑い、あまつさえ志貴の決意そのものを甚振り嘲笑する、凄絶の笑いであった。

 

 

 弓塚さつきへの壮烈な報いの感情は、最早志貴自身気付かせぬ楔となり果てようとしている事は、骨喰は目で見えなくとも容易として知れる。あらゆる負と憎悪によって鍛造された骨喰には、志貴が近い将来、鮮血に染まる結末をあっけなく向かえる瞬間が見えた。

 

 

 血だまりで嘆き、苦しみながらも、壮烈な笑みを浮かべて止まぬ遠野志貴の姿を。

 

 

 だから、骨喰は失笑を溢す。

 

 

 堪えきれぬ滑稽さと、あまりの愚かしさに。

 

 

『ま、手前がそウ思うならソう思えばいイさ。手前だケが、そう思ッていレば良い』

 

 

 その言葉を契機に、朔は志貴に背中を向けた。

 

 

 蒼穹の残像が流れ、藍色の着流しがはためき、宵闇に紛れて溶ける。

 

 

 霞みゆく視界。

 

 

 けれど、ここで意識を失えば、きっと帰れない。

 

 

 家へ。明日へ。日常へ。家族の、もとへ。

 

 

 実感は模糊として雲のようなものだけれども、今はただ、誰かの顔が見たい。

 

 

 だから、眼は逸らさない。目蓋を閉じてはいけないと、疲労に塗れて今すぐにでも倒れてしまいそうな自分を奮い立たせた。

 

 

 そして、志貴は夜にほどける朔の背中を見た。

 

 

 すると、不思議と輪郭がはっきりと捉えられて、細くて引き締まった背中が見えた。

 

 

 ――――ああ、この背中を、俺はどこかで見たことがある。

 

 

 間際に過ぎ行く、映像。雄々しく、しなやかで、まるで豹のような背中を。

 

 

 でも、あれは一体誰の背中だっただろう?

 

 

「……待て」

 

 

 不思議と、声が出た。けど、それは己の意志ではない。

 

 

 根幹の、あるいは魂から噴出した声だった。

 

 

「……まって、くれ」

 

 

 けれど、遠のく背中は決して立ち止まってはくれない。最も、聞き及んでいるかさえ妖しい。 

 

 

 ゆらゆらと揺れながら、やがて空白へと紛れるであろう藍色の背中を追い続ける。その眼差しは睨みつけていると言っても良い。とはいえ、その瞳に悪の象徴を恨む者が放つ狂奔の危うさはなく、あるのは寧ろ追い縋る弱者のそれに似ている。

 

 

 それは安寧と平穏を暗闇に垣間見る儚き者の瞳だ。

 

 

 それは絶望の中に救いを見出す勇ましき者の眼だ。

 

 

 だからだろう。

 

 

 胸の中が熱い。まるで安らいでいるように、温もりを覚えていく。そんな事が己に起こっていると知らず、志貴は焦燥と疲労、そして安らぎの中で立ち竦んだのだった。

 

 

『……ひひ、マた忘れらレるノか、俺ハ』

 

 

 苛立ちを覚える声音の筈が、哀れみさえ誘うような愉悦として聞こえたが、当然知らぬふりをしながら。

 

 

 合掌。

 

 

 □□□

 

 

「―――――。―」

 

 

 郊外の風は工場群の排する臭いと合わさり、鼻腔にさわる。廃工場の屋根に座り、遠くに固まる光源群が眩しく輝く様を、朔は眺めていた。けれど、その瞳に情景は映っておらず、瞳に宿されるのは無情なる空虚のみであった。

 

 

 その右手には、未だ消えぬ感触が掌を伝っていた。握り締められた鉄塊。生命を撲殺するために振り被られたそれが、斬り飛ばされた感触が。

 

 

 いや、正確には斬り飛ばされたという比喩は正しくはない。あれはなぞらえられたと表現すべき軌跡だった。

 

 

 達人の域に到達した人間の中には斬鉄を習得し、鉄を文字通り刃でもって切り裂く術を会得する者もいるが、朔の印象では達人の斬鉄と遠野志貴のあれは異なる現象だった。

 

 

 鉄分によって構成される鉄の塊を裂いた。言葉にすればそれだけの事ではあるが、それが出来る者は限られている。そして、そのためには良く研がれた刀剣が用いられる。

 

 

 しかし、あの場面、正に朔が志貴の脳から背骨まで掻っ捌こうとしたその時、何かが起こった。生命の危機に晒された生物は時として思わぬ行動を為すものである。それは、幾人もの生命を断ち切った朔の経験からも理解できる。

 

 

 とは言え、志貴が為した現象は朔自身も遭遇した事がない未知の一撃だった。

 

 

 窮鼠猫を噛む。追い詰められた弱者が反撃の兆しを見出さぬまま反撃に打って出て、思わぬ痛手を喰らう事である。あの時、遠野志貴は確かに弱者であった。ただ殺される運命に立たされた存在でしかなかったはずだ。

 

 

 だが、あの時、何かが起こった。正確にはわからぬが、遠野志貴自身の雰囲気が変わったと言うべきか、あるいは心理状況に明確な変化が起こったと言うべきか――――。

 

 

 そして、あの一振り。直線ではなく、緩く円を描いた軌跡によって斬られた鉄撥の断面。

 

 

 ざらつきすらなく、まるで切り取られたような鉄撥は、抉られたわけでも、溶けたわけでもないのに、あっけなく切り裂かれた。

 

 

 朔は徐に立ち上がり、ぶんと一振り腕を揮った。

 

 

 それは、あの瀬戸際に志貴が垣間見せた一撃の軌跡だった。死を打ち払った気勢の一振りである。

 

 

 斜に構え、振り向き様の角度。脚部の重心移動。腰の旋回、伝播した膂力が指先まで行き渡る癖までを完全にトレースした――――。

 

 

 一閃。

 

 

 夜の空を裂いて、鈍色の残光を描き、切り上げた鉄撥。

 

 

 天井に積もった埃が舞い上がり、不思議な間となって朔の武技を飾り立てる。その情景はまるで、天空から舞い散る雪のようでさえある。

 

 

 しかし、朔はその光景とは逆さに違和感を機敏に感じ取った。

 

 

 姿勢から力の伝達、標的の距離に入るまでの時間。

 

 

 全てが模倣された一閃だった。

 

 

 けれど、何かが違う。

 

 

 完全に同じ軌道が繰り広げられた、はずだった。

 

 

 しかし、どのように考えても鉄撥を切り落とせるとは思えない。ましてや、それは同じ質量の鉄撥によるもの。丸みを帯びる表面、まして円柱の形を成した鉄の塊が行えるとは思えない。卓越した業という問題ではなく、もっと根本的な何がある。

 

 

 それが、わからない。

 

 

 その正体を骨喰は『切り口を見出す』魔眼だと言いのけた。

 

 

 魔眼の類には本人しか見せぬ世界を映し出すものがある。それは朔もそうだ。『外界干渉意識』を可視化させる朔の淨眼は、本人さえも抜本的には理解できぬ、まさしく感覚で捉えうる領域を繰り広げる。

 

 

 では、あの時見せた遠野志貴の魔眼も同じ類に相違ないだろう。

 

 

 しかし、本当にそうだろうか。あれは切れ込みを映し出す魔眼の影響なのだろうか。

 

 

 珍しい事ではあるが、朔は骨喰の言を無条件に受け入れるのではなく、懐疑の思考がもたげる。

 

 

 仮定として切れ込みを見出す能力の類だと見せても、あの一瞬に見せた志貴の動きがそれを狂わせる。まるで扱いなれているかのような握りこみ、そして一閃。例え魔眼の影響だとしても、果たしてそこまで素人が切れ込み部分を咄嗟になぞらえられる事が出来るか否か。あの動きによって果たされた結末は、あるいは病的とさえ表現してもよい。

 

 

 と、そこで、朔は徐に自らへと問いかけた。

 

 

 ――――何故、己が気にしているのか?

 

 

 気にしている、という言葉も妖しい。寧ろこれは気にかけているとも言うべき事柄ではないか。

 

 

 いや、ありえない。ありえるはずがない。

 

 

 何故なら七夜朔は殺人鬼。殺す対象を気にする理由がどこにあるのだろう。あるはずがない。そもそも、気にすると言う容体すらありえぬはずである。

 

 

 ただ殺してしまえば良い。

 

 

 ただ打ち滅ぼしてしまえば良い。

 

 

 そう、それは今すぐにでも変わらないはず。きっと未だ遠くには行っていないはずの遠野志貴を追跡し、その首を落としてしまえばそれで済む話だ。

 

 

「――、――――。―」

 

 

 だが、動かない。

 

 

 そもメリットやデメリットの概算は骨喰が行うべきであって、朔には何ら関係ないはずであるが――――。

 

 

「――。――――」

 

 

 そこで朔は掌に骨喰がいないことに気付く。どうにも一度手放すと、あっけなくその存在を忘れてしまいがちになりやすい。契約による弊害が出ているのだろうか。朔には分からない。分かろうとも思わないけれど、あの耳障りな雑音が聞こえないと静謐な風音がよく聞こえた。

 

 

 遠野、志貴。

 

 

 七夜朔が殺すべき対象。滅ぼすべき一族の長兄。

 

 

 しかしながら、なぜだか朔にその実感は沸かない。殺すべき対象は有象無象、それこそ反応するがままに殺傷せしめてきた。それは退魔衝動のままに動いた結果であり、また幾重も潜り抜けた修羅場から得た結末によるものだ。

 

 

 魔物がいた。

 

 

 混血がいた。

 

 

 魔性がいた。

 

 

 魔術師さえいた。

 

 

 中には、蟲に心臓を巣食われた少女さえいた。絶望色の眼を彩った少女だった。

 

 

 それら全てに通ずる事象は、朔の退魔衝動が反応した事にある。

 

 

 だが、遠野志貴に対してその閃きはない。魔としての血が薄いのだろうか。時としてそのように魔を薄めて人間生活の営為に溶け込める者も存在する。しかし、朔はそれさえ見逃さないのだ。遠野志貴が遠野である限り、彼の中に脈々と受け継げられた魔性の血脈は決して消えはしない。

 

 

 しかし、朔が未だに無反応なのは事実。

 

 

 あるいはもっと言えば、それは――――。

 

 

『ひひ、ひ……イい加減、戻っテほしいんダがなァ』

 

 

 脳に直接響く金属音が、思考を摩滅させた。

 

 

 嘲り哄笑する骨喰の声音、あるいは要請であった。

 

 

『こンな鉄くせえとコに放置されチゃたまったもンじゃねえ。あの糞餓鬼もドっか消エちまったし、さっサと拾いにコい。……頼むゼ、おいマジで』

 

 

 それを右から左に聞き流し、朔は再び腕を揮った。遠野志貴がいつこの場所から遠ざかったのかは気付かなかったが、それほどまでに己は思考に潜伏していたのだろうか。

 

 

『魔眼殺シに騙されチゃいたが、ありャ人間のもんじゃねエ。ひひ、うまクいきゃあ神代か伝説の再現だァ。一体全体どンな生をうケりゃ、あんなけったイなもんつけられんだカ。……、まアんなモんどうでもいイさ。全てひっくルめたっテどうでもいい』

 

 

 そう言い切り、一息だけの間隙があった。

 

 

 否、生物ではない骨喰に呼吸などありはしない。

 

 

 彼は狂乱と悪意に生み出された概念なのだから。命と言うものさえ存在し得ない。

 

 

『ひひ、ひ……朔。手前ハ今まで通リ何も考えなくテいい。思考観察考察調査研鑽研究、ぜんブ放棄して、ただ殺スためにつっぱシりゃいいサ。そうしタら、もっト上にいく。モっと、もっと高イ場所に、孤高にィ。ひひ、ひひひひひひひひひひひひひひひひ!』

 

 

「――――。―――」

 

 

 嗄れ声が脳髄を冒すように劈いて、そこで朔は考える事さえ煩わしくなり、頭を働かせる事をやめた。元より、耳元で掻き鳴らされる半鐘のように響く骨喰の声は全てをどうでもよくさせる不思議な効力を持っていた。なので、何気ない動作で朔は骨喰を拾いにいこうとして、今一度立ち止まり、遠野志貴の残像を目前に映し出した。

 

 

 ひゅいん、と風斬り音が残される。

 

 

 再び振り被られた鉄撥は、先ほどとやはり同じ軌跡を描いた。

 

 

 鉄撥の断面が斬り捨てた先は、暗闇が支配する工場群とは程遠い光を灯す街並みだった。

 

 

 □□□

 

 

「はあ」

 

 

 溜め息ともつかぬ息継ぎが夜のしじまに溶けて消える。ついでに痛みさえもどこかへと消えてしまえばいいのにと、未だ痛む各部を思いやりながら、志貴は疲労困憊の身を引きずり、帰宅の途へとついていた。

 

 

 通過していく夜の住宅地は、しんと静まり返っていた。

 

 

 あるいは、そういう時間帯、そして場所を闊歩しているからやもしれないが、人気のない夜の闇は光を遠ざけ、生気さえ吸い取ってしまいそうな滑り気があった。不気味、とは違う。もっと、歪で魔的な雰囲気が街中に漂っている。

 

 

 それがこの街のどこかに魔物が潜んでいるからかなのか、志貴にはわからない。

 

 

 ただ、心のどこかでその魔物との会合を切望している己がいる。

 

 

 あるいは、眼鏡もつけずにいるせいなのかもしれない。

 

 

 朔によって弾き飛ばされた眼鏡はどこかへと消え、夜の暗影では見つけることも出来なかった。しかし、それでもよかった。黒い線がのた打ち回り、まるで血管のように走った世界は気を取られてしまえば忽ちのうちに頭痛を催すが、もう、自分は取り返しのつかない場所へと足を踏み入れたのだという真実が、視界として現れたのは、あるいは正しかったのかもしれない。

 

 

 それが、さつきに対するせめてもの償いだった。己が苦痛に苛まれる過程など度外視した、あまりに無謀な行為。

 

 

「は、はは……こんなボロボロでよくもまあ」

 

 

 自嘲気味にあげる言葉も今は虚しい。事実として横たわる身体の疲労は到底無視できるものではないと分かっている。そんな調子の悪い身体で、そもそも不調が絶えぬ肉体で魔性なる者に挑もうなどと言うのだから、笑わせる。

 

 

 いや、もっとも万全な状態であろうとも勝ちを拾えるとは無論思えない。元より志貴の身体は頑丈に出来ていない。八年前の事故によって弱り伏せた身体は脆く、一日に二度も貧血で倒れ伏す頃さえあったのだ。

 

 

「……」

 

 

 脳裏に思い描くはさつきを殺した相手。哄笑高らかに吠え立てる人外の姿。呆然として、どういう姿をしていたのかまるで判然できないけれど、あの笑い声だけは覚えている。憎しみと、歓喜を綯い交ぜにしたような、まるで悪の象徴のような笑い声。

 

 

「……俺は」

 

 

 何も出来なかった。自分は、あの時過ぎ去り行く時の中、残酷に経過する悲劇にいながら、何も出来なかった。

 

 

 それが、じわじわと志貴を苛む。

 

 

 心臓を奪われ、腕の中で冷たくなっていく弓塚さつきの姿が脳裏から離れない。いや、手放したくない。あれこそ遠野志貴の罪なのだから。

 

 

 無力は罪だ。弱さは悪だ。目の前で傷つき、失われていく命、それも明確な感情を抱いた相手が、自らの眼前で襲われた。なのに、自分はそれに追いつけなくて、ただ呆然としていて、思考さえ出来なくて――――。

 

 

 だから、押し潰して報わなければならない。

 

 

「……っ」

 

 

 知らず、奥歯を噛んだ。強く、強く。

 

 

 そんな志貴の苦味を知らず夜は黙々と続いていく。

 

 

 途中、何度か転びそうになった。それは緊張から解放された弛みなのか、それとも疲労のせいなのか判別はつかない。寧ろ、そんな事はどうだっていいさえ気がしている。それほどまで志貴は肉体、精神ともに追い込まれていた。

 

 

 何せ志貴が先刻まで対峙していたのは殺人鬼。シエルさえも注意を促した妖刀を片手に持つ、鬼である。

 

 

 事実として志貴は朔の屠殺を観ている。

 

 

 四方を囲まれながらも、宙を駆け上がり化物退治をやってのけた存在だ。正直、人間かどうかさえも疑わしい。そんな桁違い、あるいは場違いな存在である。

 

 

 その殺人鬼が見せた鏖殺に、志貴は目を奪われたのだ。

 

 

 だからこそ、その恐ろしさは理解していたつもりだった。

 

 

 けれど、実際にこの身に受けて分かった事は数少ない。師事を受ける身としては嘆かわしい事ではあるが、志貴が朔によって得たものなどたかが知れている。

 

 

 それは本気で殺される者の心意気。

 

 

 正直、志貴は最後の衝突にて死んだと思った。痛苦で、殴打で、精神の磨耗によって。ぎりぎりまで引き伸ばされた緊張の糸が悲鳴を上げ、肉体が壊死寸前だった。それら等の要素も確かにある。

 

 

 だが、最後に朔が背後から急襲を仕掛けた瞬間。

 

 

 あの時、自分はまさに殺しの標的と化したのだった。始めて遭遇した時のものとは違う、あるいは路地裏で対面した時とも異なる、殺害対象として本格的に認識された瞬間。殺意だけを煮詰めた瞳が志貴を捉えた。

 

 

 あの時の感覚は、時間を置いてなお志貴の根幹に突き刺さっている。

 

 

 まるで崩落するような感覚が心胆を蝕み、目前が刹那輪郭を失った。

 

 

 あれが、死、なのだろう。

 

 

 死そのものではなく、殺される者しか味わえぬ、喪失の感覚。

 

 

 恐怖。

 

 

 怯えて怯む、弱者の果て。

 

 

「けど、俺はまだ生きている」

 

 

 拳を握り、感触を確かめる。痛み、熱ぼったいが、確かに感じる生命の温もり。

 

 

 それを志貴は潜り抜けた。狭き門だっただろう。あるいは奇跡とさえ形容してもよい確率でもって生き延び、返しの一撃を放った。不思議と、放っていた。

 

 

 その瞬間の事は覚えていない。

 

 

 ただ、無我夢中だったとしか言えない実感。

 

 

 我武者羅とも異なる、自分が自分でなくなったような刹那だった。

 

 

 まるで自分がそのままひっくり返って、反転してしまったような時間だったとも言える。

 

 

 違和感なく揮われた鉄撥が、黒線へと潜り込んで走る。

 

 

 しかし、どのように自分がそれを行ったのか、まるで覚えていない。

 

 

「……どうやったったんだろ」

 

 

 記憶が飛んだとしか思えない空白に、朧気な映像が浮かび上がりかけるが、それは全てが終わった後に対面した朔の姿だった。

 

 

 切っ先を弾き飛ばされてなお、無感動を貫く長身痩躯。見上げなければ表情さえ伺えぬ身長の差もあいまって、項垂れる人形のようでさえあった。

 

 

 精緻な動きでありながら、その実体は暴力そのもののような殺人人形。

 

 

 ざんばらに伸びた黒髪の隙間から覗く蒼い瞳、それが脳裏から離れない。殺意を濃縮し、とぐろの巻いた殺しの意欲を。

 

 

 今思っても、よく己はあの危機を脱したものだと、骨喰の嗜虐的な企みを知らぬ志貴は、恣意的な殺人の可能性を思い、ぶるりと再び身震いをした――――、とそこで住宅地を抜けた道行きで、視界の端に赤色の緩やかな何かが過ぎり、直感的に志貴は立ち止まる。

 

 

 見やる方向は街路地を抜け、複雑な道なりとなる細い道路で、確かあそこは繁華街へと続く道でもあったはず。そこに、赤色の髪が消えていった。

 

 

 しかし、それだけの事が理由で志貴が足を止める道理は無く、寧ろ彼が注意を向けられたのは、微風に運ばれて香る、臭いであった。

 

 

 それは、ある一定の者にしか分からぬ微細な香り。

 

 

 骨喰が発する瘴気とは異なる、まるで魔のような臭いだった。

 

 

「――――っ」

 

 

 気付けば、走り出していた。

 

 

 思うように動かぬ体が悲鳴を上げ、腫れ上がった皮膚が引き攣り、これ以上の駆動を拒み痛みとなって危険信号を促したが、それでも止まらなかった。

 

 

 曲がり角に消えた魔の感覚は未だ行方が分からない。

 

 

 しかし、あの気配だけは逃してはならないと、志貴は必死に足を運んだ。

 

 

 全速力とは程遠い速度である。太ももが着火したように熱くなり、これ以上は限界だと肉体が弱音を吐いている。けれど、止まらない。止まるわけにはいかない。

 

 

 何せ、血潮が騒いでいるのだ。

 

 

 けたたましく、追いかけろと吠え立てているのだ。

 

 

 全身がまるでひとつの意志と化しているように、志貴は走った。稚拙な足並で、疲労を重ねた身体はすぐさま息を切らしながらもだ。さながら肉体は精神の下位と化していた。

 

 

 街並みは姿を変えて、路地は更に暗くなっていく。当方からざわつく音が届くのは、繁華街に近づいているからなのか。狭い路地裏は嗅ぎなれぬ異臭を放っていた。

 

 

 とは言え、志貴にとってそんな事はどうでもいい。全ては瑣末に過ぎない。

 

 

 そして、いざとなって駆けつけてみれば。

 

 

 そこは何時ぞやに彷徨ったあの路地で。

 

 

「兄さん!?」

 

 

「志貴さん?」

 

 

 そこにいるのは、何故か驚愕に顔を染める妹と、黒一色を身に纏う琥珀の姿であった。

 

 

 黒い線が縦横無尽に書きなぐられた視界。そこに佇む二人もまた、あてがえば忽ち崩落してしまいそうな線を身体に刻んでいる。

 

 

 けど、そこにいるあれは何だ?

 

 

 ――――あの、女は一体、誰だ。闇に溶ける事無く輝きを放つ、黒髪の女は、一体何だ。知っている。知っているはずなのに、違和感が拭えない。それでも心に宿るのは安堵。

 

 

 どくん、どくん。

 

 

 心臓の激しい鼓動に頭が破裂してしまいそうだ。

 

 

 どくん、どくん。

 

 

 咽喉は涸れて、肺が苦しい。

 

 

 そして、口内からは血の味。

 

 

 嗚呼、ようやく自分は――――。

 

 

「兄さん、どうしてここに!」

 

 

 女が何かを叫んでいる。悲痛な表情。

 

 

 ――――けれど、その顔にも這い回る、線。そして、この香り。

 

 

 意識が靄をかけられたように薄まっていく。

 

 

 身体が限界を迎えたのだろう。最早、立つことさえ出来ない。

 

 

 まるで氷が解けるように、ここにきて志貴の身体は崩れ落ちそうになる。

 

 

 決して消えはしない死の世界を見るのも辛くて、目蓋が自然に落とされかけた。

 

 

「――――っ!――――――!」 

 

 

 それでも朧な意識を失う寸前まで、志貴の名を呼ぶ女の声だけは消えはしない。

 

 

 何故かその呼び声が、自分はこんな感じなのだったのかな、と弓塚さつきの襲撃された場面が想起させたのは、幾分か納得のいくところであった。

 

 

「ゆみづか、さん……」

 

 

 だって、朧な景色に見える女の顔が、志貴には弓塚さつきに見えてしかたがなかったのだ。

 

 

 □□□

 

 

 埃の臭いに混じり獣臭があった。

 

 

 それはかつてここで何かが起こったことを現し、つまりここに何かがいたことを意味している。

 

 

 だからだろう、散策という手段でもって街を練り歩く秋葉は琥珀を連れ、人の寄り付かぬ場所を重点的に尋ねた。

 

 

 今現在遠野の屋敷は翡翠ひとりしかおらず、女一人と言うのは危うげな予感を伴うものであるが、まずもって安心だろう。防備は備わっているし、翡翠も仮には遠野に関わる人間だ。ある程度の自衛をもっているはずだ。そうでなければ、とてもあの家の使用人など務まらない。

 

 

 けれど普段は寄り付こうとすら思えぬ場所に入り込んだ事から、失敗の兆しはあったのだろうか、と秋葉は目前で呆然と膝を落としかける兄の姿に忘我となりながら、感じていた。けれど、それでも咄嗟に動けたのは幸運としか言いようがない。

 

 

 慌てて兄の元へと駆け寄り、その肩を脇の下から支えようとするが、やはり男性の肉体、しかも脱力仕掛けた身体は女の身では支えきれるものではない。

 

 

 しかし、志貴の身体は秋葉の腕力によって辛うじてだが支えられていた。

 

 

 華奢な肉付きで、筋力など通常の一般女性と変わらぬはずの秋葉が志貴の身体を支えられたのは、ただ単に秋葉の身長が志貴よりも低いと言うだけのことであった。

 

 

「兄さん、兄さん!しっかりしてください!」

 

 

 必死に呼びかけるが、志貴の反応は芳しくない。意識は失っていないが、失神寸前と言ったところか、眼の輝きは曖昧に揺れている。

 

 

「琥珀、兄さんに手当てをして」 

 

 

 見やれば身体のいたる箇所に幾つもの傷がつけられていた。打撲痕、そして擦り傷。そして、眼鏡すらかけられていない。とても全うな状態ではなく、何かに巻き込まれた上での結果だと秋葉は早々に見切りを付けたが、生憎と現代医療の知識を必要以上に所有していない秋葉には、応急処置さえ難しい。故に、秋葉は少なくとも医療に精通している琥珀へと呼びかけたのだが、返事は聞こえない。

 

 

「琥珀! 何しているの、早く治療を……」

 

 

 焦燥と苛立ちに琥珀へと視線を向けた秋葉が見たのは、棒立ちに佇む琥珀の姿であった。その様はまるで動力を失ったゼンマイ人形のようで、微動だにせず、瞬きさえ行われていない。

 

 

「……匂いが」

 

 

「……え?」

 

 

 ぽつりと呟かれた言葉は琥珀自身さえ意識していない、零れた内心であった。琥珀の視線は志貴に向けられているわけではない。否、志貴の傷に向けられているが、そこにあるのは秋葉のようなショックではなく、寧ろ不思議そうな視線であった。

 

 

「なんで志貴さんから、さくちゃんの匂いがするんですか」

 

 

 一瞬の空白があり、ぞわりと秋葉の肌が粟立った。

 

 

「――――あなた、何を言って」

 

 

「どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして」

 

 

 ぶつぶつ、と琥珀は自失したままに呟いていく。

 

 

 そこにいたのは感情の抑制が効かない幼子のような少女であったが、秋葉にはその姿が壊れた機械人形が欠陥により、何度も同じフレーズをくり返すあの妙な不気味さに見えた。背筋に走る戦慄を秋葉は禁じえなかった。

 

 

 そして、何より秋葉には無視できぬ言葉が耳に入ってしまった。

 

 

「朔って、……琥珀、あなたどういう事」

 

 

 それは存外に強い口調であった。無視できぬ恐れを抑えて、秋葉は言葉を紡ぐ。けれど、琥珀は相変わらず「どうして」という言葉をくり返すだけであった。その姿に秋葉は言いようのない薄気味悪さを覚えた。

 

 

「琥珀!」

 

 

「――――……あ。秋葉さま?」

 

 

 路地裏に反響するほどの声音が飛び出て、そこにしてようやく琥珀は、はっと自失の境地から抜け出したようであった。

 

 

「あなた、大丈夫なの?」

 

 

「はい、大丈夫ですよ。どうしたんですか、秋葉さま」

 

 

 秋葉の問いに琥珀はさも不思議そうに小首を傾げた。

 

 

 先ほどの豹変などなかったかのよに佇む琥珀の姿は、まるで秋葉が見ていた琥珀が幻覚ではなかったのではないのかと思わせるほどであった。

 

 

「琥珀、……とりあえずさっきの事は置いておくわ。それより今は兄さんを優先して車の手配をお願い」

 

 

 努めて冷静に秋葉は配車を願い、琥珀は先ほどの様相が嘘のように手際よく電話をかけた。その様をそれとなく観察しながら、秋葉は身近に感じる兄の体温に一時の安堵を覚えた。久しく顔を見る事さえ出来ない状況にいたが、まずもってその命が無事である事を嬉しく思う。けれど、何せ兄は身体が弱い。予断は決して許されないの状況なのは確かである。

 

 

「兄さん」

 

 

 再び呼びかける。しかし、返事が返る事はなかった。どうやら意識が曖昧なようだ。何を経ればこのような状態に陥るのか分からないが、少なくとも厄介な事に首を突っ込んでいる事は確かだろう。そう思うと、心配のあまりに身が張裂けそうになる。

 

 

「帰ったら、色々と聞かせてもらいますからね」

 

 

 だからだろう。兄へと言葉を紡ぐ秋葉の形相は優しさと、少しの強がりが見え隠れしていた。

 

 

 車が届いたのはそれから十分もかからなかった。何せ場所が場所であるため、一先ずは移動が先決であると、琥珀と共に兄を抱え車が入りやすい路地へと向かったのだった。

 

 

 車内。そこで秋葉は気恥ずかしさを覚えながらも、兄に膝枕をした。太ももに感じる頭部の重さ、そして僅かに開かれていた瞳が閉じられ、やがて規則正しい呼吸が聞こえると、どっと身体の力が抜けた。思わぬ展開に自らも知らず緊張していたのだろう。顔が赤いのはきっと気恥ずかしさに違いない。

 

 

 静かに車は遠野への帰路へと向かった。夜の街並が流れて通り過ぎる。

 

 

 少なくとも今夜は終いだ。これ以上の散策は秋葉としても気乗りがしない。それに、折角兄と出会えたのだ。何故か傷ついている兄の治療を行わなければならない。家にも帰らず、日を跨ごうとも姿を見せなかった兄の事を想い苛立ちを覚えたのは数え切れず、それは正しく心配から来る感情であった。だから、今は志貴の身を癒す事が先決であった。

 

 

 とは言え、無視できぬことがある事も事実であった。

 

 

「……琥珀」

 

 

 静かな車内。運転手の気遣いによりブレーキングさえゆったりとした走行は静寂さえ訪れさせ、秋葉の声ははっきりとした意思となり、助手席に座る琥珀へと向けられた。しかし。

 

 

「はい、なんですか秋葉さま?」

 

 

 振り向き様に笑みを浮かべる琥珀の様は、まるで空白であり、中身が空っぽな笑顔は人形のようであったので、そこから先の言葉を紡ぐ事が秋葉には出来なかった。

 




 さて、久しぶりに本日のおさらい。
 志貴、強がる
 骨喰、画策の予感
 志貴、家族が心配してたのに他の女の事を考える
 翡翠、出番が少ない。でした。扱いづらいのよ、翡翠。
 しかし意識失ってばっかりだな、うちのしっきーは。

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