七つ夜に朔は来る【未改訂ver】   作:六六

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本編とは関係ないんじゃよ。


登場人物紹介。(遠野のみ)



遠野志貴:そこはかとないブラコン・シスコン


七夜朔:???


遠野秋葉:あからさまなブラコン


翡翠:想定内なシスコン。いつのまにかブラコンの予定。


琥珀:隠すまでも無いシスコン。


地味:オーシャン・パシフィック・シスコン。


登場しないけど遠野槙久:ファミコン。


短編めるてぃぶらっど! 俺の兄がこんなにずれてるわけがない

 七夜朔は兄である。

 

 

 本人の自覚はさておき、遠野志貴及び周囲の認識上朔は志貴の兄として問答無用に扱われている。

 

 

 血縁で考えれば彼らは兄弟ではなく従兄弟の関係になるのだが、七夜の里が壊滅しているのでそれを証言できる者がいない。叔母残念。

 

 

 更に言ってしまえば遠野の長男として戸籍のある志貴とは異なって、そもそも戸籍がない。社会生活を送る上では個人を証明する諸々の書類等が必要不可欠である。

 

 

 しかし朔は社会不適合者どころではない暗殺者兼殺人鬼。社会に正面切って喧嘩を売っているとしか思えない。

 

 

 そんな訳でつまり何が言いたいのかと言うと、二人が兄弟だという証明は周囲と志貴の認識のみという事なのである。別に書類ぐらいならば秋葉かシエルが違法作製すれば問題ないし、二人としても朔のためならばやらない事もない。しかし、そもそも朔自身がそのような事考えてもいないので問題外である。

 

 

 とは言え、志貴としては折角再会し一緒に暮らしているのである。幼少の頃の記憶はそれとなく思い出してはいるが、それは記憶なのだからどうしても実感足り得ない。

 

 

「つまり、志貴さんは朔ちゃんとくんずほぐれにもっと爛れた感じで触れ合いたい、という事ですね?」

 

 

「……ニュアンスはかなーり違ってる気がするけど、概ねその通り」

 

 

 そう言う志貴は引き攣った頬を隠せないでいた。

 

 

 時は昼前、そろそろ小腹好き始めた頃合である。志貴は少々紆余曲折を経て現在琥珀の下を訪れた。

 

 

「でも、志貴さん大丈夫ですか?なんかお疲れなご様子ですけど」

「え、そ、そう?うーん、最近ちょっと疲れがたまってんのかな」

 

 

 白々しく言うが、それは引き攣った顔を隠す意味もあった。

 

 

 ちなみに何で顔が引き攣っているのかと言うと、二人のいる場所が遠野邸の裏庭に当たる琥珀庭園だからである。

 

 

 琥珀庭園は一言で表せば魔境である。

 

 

 時機とかまったく興味ないらしいひまわり畑の向こうではチョウセンアサガオがこれでもかと言わんばかりに自己主張しており、その側では一輪の彼岸花がひっそりと咲いていた。絶景とはいかないまでも感嘆とする光景である。面白いほど統一されていない。

 

 

 だが、これ位ならばまだまだ軽い。琥珀が遠野邸の裏ボスと呼び恐れられる片鱗は寧ろ此処からである。

 

 

 ひまわり畑やチョウセンアサガオが爽やかに咲き誇っている場所と比べ、明らかに腐海の臭いを放つ地区が広がっていた。

 

 

 天を貫いちまいそうなドリルの如きもみの木が螺旋回転をしながら空に向かって一斉掃射され、それが飛び立った地面には直ぐに天元突破なもみの木が生え始めている。凄まじい成長速度である。

 

 

 その隣には妙に毒々しい胞子を飛散させながら悲鳴を上げている草花が群生し、胞子の向こうは良く見えないが、サボテンがやたらと張り切って蜂のように刺す鋭いパンチを繰り出している。

 

 

 どうやら何かをサンドバック代わりに拳を打ち込んでいるようで、煙立つ胞子の向こうから「ぐはぁ!ひでぶ!やめるにゃー割烹着ー!!」とか声が聞こえるがきっと気のせいである。そうに違いないと志貴は見て見ぬふりした。

 

 

 ついでに「っち!まだ死んでませんか……」とか呟いている琥珀なんて知らない。

 

 

 しかし、ガーデニングと呼ぶにはあまりに世紀末である。

 拳王も裸足で突貫する無秩序っぷりだった。

 

 

 どんな育て方をすればこんな愉快な事になるのか。これで裏ボスの片鱗なのだから恐ろしい。志貴はそのカオスっぷりに故郷の森を思い出した。

 

 

「別にいままでの感じでもいいんだけど、さ。前よりももっと何か一緒にしたいって言うかさ、何と言えばいいのか……」

 

 

 もごもごと恥ずかしいのか、口にしがたい気持ちを志貴は言った。

 

 

「もっと構ってほしいし、構われたいと?子犬みたいですねー」

「……そう、かな。でも、そういうスキンシップとか、良くわかんないし」

 

 

 まるで彼氏に放って置かれている女の子のようである。しかし相談の内容は恋話ではないのであしからず。そもそも志貴は女ではない。ちなみに朔も女ではない、はず。

 

 

 志貴の望みというか願いは至って普通である。

 兄弟らしく接しあいたい、ただそれだけ。

 

 

 離れた時間が愛を育てるとは男女の説であるが、今まで共にいれなかった時間を埋め合わせようと色々したいのは兄と呼び慕っていた弟分にとっては当然なのである。

 

 

「んー、この積極性を皆様に見せてあげれば餌に群がる鯉のように襲われること請け合いなんですけどねー」

「え?」

「……ついでにこのどうしようもないぼんくらっぷりも何とかしないと駄目みたいです」

 

 

 やれやれ、と何気にひどい事を言いながら琥珀はオーバーな仕草で肩を竦めた。しかしその片手間に幾何学模様な葉をむしっている。何の材料にするつもりなのか分からないが、聞かないほうが身のためだろう。

 

 

「まー志貴さんがお困りのようですし、相談に乗ってあげないこともないですよ?」

「っあ、ありがとう琥珀さん!実は琥珀さんしかそういうの相談できる人いなくて断られたらどうしようかと思ってたんだよ」

「いえいえ、私が志貴さんの頼みを断るなんてそんな事あるはずないじゃないですかー」

 

 

 アルクェイドは論外。シエルはお姉さんな人物であるが一人っ子だったようで秋葉と翡翠に至っては志貴自身が兄であるのであんまり意味がない。

 

 

 そんな訳で志貴には兄とどう接すればいいのか分からない弟のそれとない冷静と情熱の間を共感できる人物がいないのである。有彦は弟なので話は出来るかもしれないが、やはり兄と姉では話が変わるだろう。

 

 

 草葉の陰で泣いているキャラ立ちに失敗したピアニストなど知らない。

 

 

 だから志貴は近しい人物で翡翠の姉である琥珀に意見を聞きに来たのである。

 

 

 ここに来る前、この旨を伝えると翡翠から「やめといたほうが良い」と切実に訴えられ終いには涙目で止められたが、それを乗り越えて琥珀の下にやってきたのだから気合の程が伺えるというもの。その上目遣いプラス涙目にキュンキュンした志貴も大概である。

 

 

 その様はさながら味方の制止を振り切って戦いに赴く勇者のようだ。つまり琥珀はラスボスなのである。

「さーて、迷える子羊を導くのはシエルさんのお仕事ですが、将来義弟になる予定な志貴さんのために琥珀も一肌脱ぎましょう!」

 

 

 桃色吐息を噴出させる花を伐採するために装着されたガスマスクの上からその表情は見えないが、まず間違いなく碌な表情ではないのは確かである。しかし、志貴は琥珀の力強い言葉に頼りになる姿を見て、頑張ろうと一人気合を入れていた。

 

 

 取り合えず作戦会議にこの場所は相応しくない、と二人は場所を移動する事にした。どこからか「ま、待て割烹着……!ふ、ふふ!例えアタシが倒されようとも、第二、第三のネコがお前のまえにゲハーーーーーっ!!?」と妙にコミカルな叫びが聞こえた気がしたが志貴は全力で無視した。

 

 

○らうんど わん!

 

 

「やっぱり二人とも男の子ですから、外で一緒に遊ぶのは外せません」

「ふむふむ」

「朝早くから友人を誘いまくるナカ○マ君のように、お外で遊んで汗やら涙やら血を流してその仲は深まる一方です!」

「ほうほう」

 

 

 いつの間にやらガスマスクを外してやけに魔女っぽいフードを被ったアンバーが妙な意気込みでもって己が持論を力説する。そこは屋敷の一階に設置されたテラスである。琥珀は怪しげな雰囲気を醸し出しながら志貴に作戦内容を伝えていた。

 

 

「つまり!朔ちゃんと仲良くなるためにはキャッチボールが一番です!」

「……そうなのか?」

「そうなのです!ボールと共に投げ出される会話は正しく言葉のキャッチボール!投げて受け取りの青春まっしぐらな触れ合いで朔ちゃんとの距離も縮まる事間違いなし?」

「うーん、確かに言われてみればそんな気も……」

「そうですよね、志貴さん!」

 

 

 どこに納得する要素があったのかは不明だが、力説されるとそんな気もしなくもない志貴。すると琥珀はそんな志貴にニヤリと口元をゆがめた。

 

 

 そんな訳でまずはキャッチボールをすることと相成った。

 

 

 とりあえずそのために朔を誘おうとまずは居場所を把握し(琥珀はどこにいようとも必ず朔を見つけ出す。なんだか怖い)琥珀が呼びにいったが、どうやら受け入れてもらえたようで、すぐさま朔は現われた

 

 

 ただ。

 

 

「なんで秋葉がいるんだ?」

 

 

 広い庭を見渡せる遠野邸一階、先ほどまで志貴と琥珀が作戦会議を行っていた外部テラスには優雅にティーカップを傾けている秋葉の姿があった。その側には翡翠までいて、琥珀が楽しそうにそこから眺めている。

 

 

「先ほど朔ちゃんを呼びにいったら秋葉様もいらっしゃったのでお誘いしたのですよー」

「私がいたら駄目ですか? 兄さん」

「……いや、そんなことな、けど」

 

 

 なるほど、と志貴は納得したが、ちらりと前方で佇んでいる朔の姿を見た。

 

 

 相変わらず寡黙というよりも無口と言う言葉がそのまま体現した姿である。藍色の着流しは左袖がはためき、その黒髪の隙間から蒼い瞳が見えた。

 

 

 一体何を話していたのだろう、と志貴は何となく気になった。

 

 

「秋葉もやるか?」

「……誘ってくれたのはありがたいですけど、今回は遠慮しておきます」

「そうか」

「兄さん達の遊びを無粋な事はしません。安心してください」

 

 

 秋葉は秋葉なりにこの場を愉しむようで、取り敢えずは観客となるらしい。その気遣いに感謝しつつ志貴は朔に向かった。

 

 

「取り合えず確認しよう。俺がこれを投げるから、そっちは投げられたボールをキャッチして俺に投げ返してくれ。それで、俺も投げ返す。――――こうやって、さ!」

 

 

「――――」

 

 

 突っ立ている朔の胸に向かって柔らかくボールを投げつけた。

 

 

 しかし少し狙いはそれて左方向に逸れてしまうが、それを朔はその場から動く事なく右手で難なくキャッチ。ちなみにボールは琥珀が持ってきた。軟球のため突指する心配も無い。さすが琥珀、朔に対する考慮に抜かりは無い。

 

 

「これの繰り返しだ。簡単だろ?」

 

 

 コントロールミスとかで見当違いのところに飛ぶ事もあるが、文句を口走りながらボールを追いかける事も、ぽくて良い。

 

 

「朔ちゃーん、頑張ってくださーい」

「いいわね、こういうの。翡翠もそう思うでしょ?」

「はい……そうですね秋葉様」

 

 

 日差しは柔らかく、良い心地である。向こうでは間延びした応援と微笑ましい会話が聞こえるが、頑張るほどのものだろうか。

 

 

 とは言え、志貴はこのシチュエーションに心くすぐられた。

 

 

 夢にまで見たとまでは言わないが、やはり兄弟で遊ぶと言う事に一種の憧れを持っていた志貴としてはなかなかおいしいことである。相変わらずどこかで泣いているピアニストはどうでもいい。

 

 

 記憶の中、あの故郷の森で過ごしていた頃もこうやって遊ぶと言うのは極端に少なく、もしかしたら無かったかもしれない。一緒に過ごしていたはずなのだが、そんな事をしていないと言うのは今思えばちょっと不思議である。

 

 

 だから志貴は過去を懐かしむためにも、こうやって遊ぶ事はとても良い案だと思った。

 

 

 しかし、時間とは残酷である。

 

 

 思い出は時に美化されて結末すらも塗り替えられるのだ。

 

 

「――――」

 

 

 朔は暫くその手に持たれたボールをにぎにぎと弄び、志貴を見た。

 そしてその手に握られていた軟球が押し潰され、指先から徐々に力が込められていく。

 

 

「いやいや、そこまで力込めなくてもいいんだよ」

 

 

 志貴はそれを見て半笑いである。せめて不器用なんだなーぐらいに思ってた。

 

 

 そんな志貴をよそに、朔の筋肉は熱を生み出して髪が不自然にざわざわと揺れる。その背中からは何だろうか変なオーラが揺らめき始めていた。具体的には海皇相手に背中を広げてみせたオーガのようである。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

 流石に半笑いどころでは無くなって来た志貴。その頬に汗が垂れる垂れる。

 

 

「―、――――っ」

 

 

 込められた力に朔の体が限界を迎えようとふるふる震えていた。明らかに生まれたばかりの小鹿レベルの震えではない。

 

 

 元から暴力的に引き締められていた肉体が鋼鉄の如くに絞られて、腕の血管がとんでもない事になっていた。隆起した血管は今にも破裂しそうで、ここまできたら寧ろグロい。

 

 

 そして朔の眼孔に一瞬光が宿った。まるで巨人の星を目指した野球少年のようである。

 

 

「――――」

 

 

 ゆっくりと振り被られた右腕が志貴には断頭台へと設置されるギロチンのように見えた。

 

 

 そして。

 

 

 ――――ぞわり、と志貴は背筋に寒気が走った。

 

 

 あれ、これシリアスじゃねえぞとか関係無しに志貴は命の危機をリアルに感じたのである。そしてこの寒気はいつも志貴を救ったことを志貴は熟知していた。

 

 

「ちょ、ちょっと朔?」

 

 

 しかし流石にここでデッドエンドとかありえねえありえねえと志貴は内心笑った。冷や汗がとんでもない。

 

 

 とは言え、冗談で済まされては朔たる由縁ではないのである。

 

 

「――――っっ!!」

 

 

 志貴が見た事の無い出鱈目な振り被り方だった。そして朔は目視できぬ速さで腕を振り下ろしたのである。その掌に収められていたボールは笑っちゃうぐらい真っ直ぐに飛んだ。志貴の胸に向かって。

 

 

 光線の如きに突破する空気が悲鳴を上げて、巻き上げられた衝撃波に遅れて地面を抉る。

 

 

「ちょ、ま――――!?」

 

 

 転がるように逃げた志貴を誰が責めようか。穿たんばかりに射出されたボールは円形に変わり、志貴の体を型抜きのように貫こうとしていたのである。キャッチボールどころの騒ぎではないその速さに志貴は命の危険を感じた。

 

 

 キャガ――――っっ!!!!

 

 

 瞬きのなんだか戦闘機が側を過ぎ去ったような感覚が志貴を襲った。

 どうにかやり過ごした志貴は瞬時にボールが向かった先を見た。

 

 

「うっわー……」

 

 

 志貴呆然。

 

 

 幸か不幸か、そこは人通りも無い遠野の森であった。

 

 

 嘘みたいな速さですっ飛んでいったボールは群生していた木々を抉って軒並みぶち倒し、ひたすら奥へ奥へと突っ込んだ。メキメキ、とかベキベキとかすげえ聞こえる。

 

 

 砲弾が森に向かって撃たれたらこんな感じになるのだろう。

 

 

 ボールが通った後は地面が抉れて周囲には円形状に何も残されていない。それが奥へと続いてメッチャ環境破壊である。ちなみに撃たれたのは子供や環境に優しい軟球だ。

 

 

 ちらりと見れば秋葉、翡翠は固まっていた。そりゃそうだ。

 

 

 そして肝心の朔は投げきった姿のまま制止し――――。

 

 

「力みなくして解放のカタルシスはありえねぇ……」

「――――琥珀さん、アテレコは結構です」

 

 

○らうんど とぅー!

 

 

「という訳で、キャッチボールは秋葉様に怒られたので禁止になりましたが――――」

「という訳で、って何さ。むしろ琥珀さんアレなんなの!?」

 

 

 軟球がアレぐらいの速度ならば容易く破裂しそうなものである。

 

 

「ふふ、よくぞ聞いてくれました!あれは割れにくく傷つきにくい、かつ柔らかく熱にも冷たさにも強いボールをコンセプトに私が開発した特別製のボールです!私のマジカルパワーと朔ちゃんの力があればアレくらいの環境破壊ちょちょいのちょい、ゴリラが握っても壊れません!」

 

 

 ORTな軟球ボールである。それとゴリラの握力は平均約500kgf。

 それでも割れないボールはまずもって軟球とカテゴライズされるものではない。

 

 

 だからだろう。ボールは既に余裕で秋葉に没収されている。秋葉の説教付きで。

 

 

 取り合えず鬼の如くに怒られた二人と朔である(朔は全くの無反応)。志貴と琥珀は、秋葉や翡翠がいなくなった先ほどのテラスで再び作戦会議と相成った。

 

 

「結局秋葉様には叱られ、朔ちゃんはキャッチボールのほのぼのムードを全然理解できず。前途多難です」

「その一役に琥珀さんも買ってるんだからね!?」

 

 

 怒られたぐらいで済んだのだから上等であるが、思わずジト目で見る志貴。

 

 

 冗談ではなく死に掛けたのだからこれぐらい許して欲しい。あと数瞬避けるのが遅れていれば、今ごろ志貴は愉快な挽き肉と化してた。あまりに憐れなデッドエンドである。

 

 

「しかし、後悔先に立たず。後悔したって意味がありません、次を頑張りましょう!」

「……大丈夫かなー」

 

 

 そこはかとなく不安になり始めた志貴。今更である。

 

 

「まあこれは兄弟のみに通じる事ではないのですが、兄弟姉妹問わず上の人から何かを教えてもらうことは良くあることです。立場を考えれば教師と生徒、老人と孫、親と子と言えばわかります?」

「まあ、何となく」

 

 

 何かを教わるとはそれだけで会話の材料となる。

 

 

「つまり、先人の知恵を借りるという形で接すれば、それがそのままコミュニケーションに繋がるのです!年齢差の近い兄弟といえどもその経験や視点は異なりますから、きっといい刺激になります。私も翡翠ちゃんにお勉強を色々教えましたが、今考えれば良い思い出ですねー」

 

 

 そう言って遠くを見やる琥珀に志貴は内心「何を教えたのだろう」とちょっと不安に思ったり。

 

 

「とまー、そんな感じで、兄弟でお勉強会というのは如何です?」

「……でも、朔って勉強見れるのか?」

 

 

 ちなみに朔は義務教育どころか初等教育すら受けていない猛者である。

 

 

「別に学業のお勉強だけじゃなくてもいいんですよ。物の見方や、経験を語るのも立派な勉強です」

「……なるほど。納得はしたけど……大丈夫かな」

 

 

 そんな感じで勉強会が発足される事となったが、志貴の不安はど真ん中、大当たりである。志貴はあまりの事にオーバーヒート。勉強会は即刻廃止となった。

 

 

とは言えそれっぽい会話はしていたので、以下その内容をダイジェストでどうぞ。

 

 

『――――んなわけで、朔には色々と教わりたいと思うんだけど、実際何話す?――――いや、人体の効率的な解体方法じゃなくてさ。そんな人の油は面倒だとか話いらないし。だったらって、最も早い絞殺の仕方も遠慮するって。後ろから上に向かって、とか絶対使わないから、てかやらないから。……と言うか、もっとためになる話をしようぜ。――――え?ためになる話って何か?えーっと、具体的には何か役に立つ話、とかか?……だからと言って人体の弱点とかはいらないから、大丈夫だから!内蔵を直接触ったら粘膜と痙攣で滑るとか別に聞きたくなし。え?何だかんだでショック死が拷問を除いて一番苦しく殺害できるって?そんなのどうでもいいよ!――――だったらあれは?今までで苦労した話、それはどう?――――、アルクェイドがいるから退魔衝動を抑えられない?……えっと、それは、すまん。俺にも原因の一端はあると言いますか、何と言うか。……ごめんなさい』

 

 

 今まで生きてた世界が全く違うことを痛感する志貴。そして思った。

 

 

 兄は立派な殺人鬼だったようです。

 

 

○ふぁいなる らうんど!

 

 

「志貴さん、なんで諦めるんですか!折角いい雰囲気だったのに、これじゃ朔ちゃんに失礼ですよ?」

「いや、俺のせい!?」

「え、違うのですか?」

「……えっと、どうなんだろう」

 

 

 琥珀に批難された志貴であるが、勉強会とかは共通の認識やら話題がなければ成り立たないのである。殺人講義を開かれても困る一方、解体作業の効率化なら尚更だ。志貴の我慢が足りないと言えなくもないが、しかし正面から批難されたら否定も仕切れない志貴だった。

 

 

「まあ、主に志貴さんが悪いと言う点で朔ちゃんに積極的会話を求めるというのも微妙っぽい話なんですし、あんまり気にする事もないと思いますよ」

「……やっぱり俺が悪いんだ」

「私が朔ちゃんの悪口を言うはずがないじゃないですか」

「ですよねー」

 

 

 これだけ信頼されているのだから、理不尽な理由で毎回ぼこられたり巻き込まれたりする志貴としては羨ましい限りである。

 

 

「そういえば、ちょっと気になってたんですけど」

「何を?」

「どうして志貴さんは朔ちゃんを名前で呼んでるのですか?朔ちゃんがお兄さんなら、そう呼べば良いことなのに」

「……」

 

 

 指摘を受けて志貴はうぐ、と呻く。

 

 

 確かに志貴は朔を兄とは呼んでいない。それは「兄ちゃん」と呼び慕っていた幼少の頃を思えばちょっと不可思議である。志貴は琥珀の問いに誤魔化そうと口元をモゴモゴと動かすが、しかし琥珀の瞳は追及の手を緩めない。志貴が視線を反らしても首だけ動かし見つめてくるのである。

 

 

 そんな訳で志貴は暫くした後、はあ、と溜め息を一つ。

 

 

「…………いんだよ」

「え?」

「恥ずかしいんだよ、正面からそう呼ぶの成れないし。……本当は昔みたいに呼びたいし、そう思ってるけどいまいち踏ん切りがつかないと言うか、今更どうやって呼べばいいのかわからないんだ……」

 

 

 顔を羞恥から赤くして志貴は言うが、琥珀は「何この人、ちょっと可愛い」とか内心思った。しかし、以前の翡翠の相談を受けた琥珀からすれば微笑ましい事この上ない。

 

 

 とは言え、今のところは自分で頑張れそうなので、琥珀は何もしないと決めた。

 

 

「でもどうするんです志貴さん、他に案はないんですか?時間も時間ですし私もお夕食の準備をしなくてはなりませんので、そろそろお暇しなければならないのですが」

「あ、ああ。そうだね、ありがとう琥珀さん。ここからは一人で考えてみるよ」

 

 

 それでは、と琥珀は断りを入れて屋敷のなかに消えた。

 

 

 今現在空は赤く染まり夕暮れが立ち込めている。遠野邸の調理係を一身に任されている琥珀だから、そろそろ動かなくてはならないのだろう、と志貴は了承した。しかし考えようによっては志貴ひとりの方が上手くいきそうな気がするのは、決して琥珀のせいではないと願いたい。

 

 

「しかし、どうしようか……」

 

 

 口ではそういうものの、志貴の中に案が無い訳ではない。無いわけではないのだが。

 

 

「添い寝は流石に無いだろ……」

 

 

 七夜の里で暮らしていた頃は幾度となく一緒に寝たことがあった。アレは確か志貴の特権だった気がする。まちまちな思い出であるが、そんな事は思い出せる志貴である。

 

 

その際叔母の鼻息が矢鱈と荒かったのは気のせいだろう。

 

 

「とは言え、もう思いつくのはこれぐらいしかないな」

 

 

 もうこれしか思いつかない。何とも狭い選択肢である。

 

 

 とは言え、思い立ったら直ぐ行動は出来ない。羞恥やら躊躇が志貴の中をランデブーして詮方ないのだ。踏ん切りがつかぬのも無理からぬ事だろう。志貴にだって人並みの一般常識は備わっているのである。たまにふっとぶが。

 

 

「でも、なあ……」

 

 

 だが、本当にこれをやるのか? と、志貴は自分を疑った。

 

 

 志貴は当年十七、朔は十九歳。幼少の頃を思えば、まずもってそんな事をする年齢ではない。二人とも立派な男性なのだ。同じ布団で寝るとか、正直冗談だろう。

 

 

 秋葉の後輩にあたる瀬尾晶なら涎がとんでもないことに違いない。

 

 

 彼女には里の離れで朔と共に寝た時、眠る朔の頬に舌を這わしていた叔母とは違った危うさを感じる。

 

 

「……はあ」

 

 

 結局志貴は溜め息をついて、テラスから離れていった。内心もやもやが拭えないものであるが、取り敢えずは様子見と安直な考えでもって疲れた肩を回しながら今後への対策を練るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、この私を差し置いて添い寝なんて。志貴さんはイケナイ人ですねー」

 

 

 

 

 

 どこからかそんな声がしたが、姿は見えず、影すら見えない。

 うふふふふ、と寒気の走る声は夕暮れに溶けて消えた。

 

 

「本当、困った人ですねー。―――――そう思いませんか、朔ちゃん?」

 

 

□□□

 

 

 その夜の事である。結局今日は添い寝は諦めた志貴はいつものように自室で一人就寝していた。微妙な疲労感があった志貴は食事を終えて早い時間ではあるが、あっという間に夢の世界へダイブした。

 

 

 夜は深みを増して月さえも空から落ちてしまいそうである。湿気は控えめで心地の良い。志貴が直ぐ眠ってしまうのも頷ける事だった。そしてそんな志貴の部屋に今猛スピードで迫る影があった。

 

 

「ふふ、待ってなさい、志貴――――!」

 

 

 なんかニタニタと涎まで垂らしそうな絶世の美女はアルクェイド・ブリュンスタッド。本編では朔によって出番を奪われ、全く登場できない悲しきメインヒロインである。

 

 

 そして現在彼女は夜の街中を言葉通り飛翔していた。民家の屋根を足場に空を飛んだり、道路に煙草を吸いながら横たわっていた灰色にネコっぽい何かを憐れなくらい跳ね飛ばしたり、兎に角そんな瑣末に彼女の考慮はどこ吹く風。彼女の脳内は今夜起こるであろう志貴との濃密な一時に集約されていたのである。

 

 

 なんで彼女がこんなに息巻いているのか謎である。しかしたまにしかないチャンスをものにしようとするのはとっても正しい事だと彼女は思っている。アーパー吸血鬼と日々呼ばれているアルクェイドであるが、彼女は彼女なりに考えているのだ。

 

 

「今いくからね――――!」

 

 

 月光が照らす宵闇の中、彼女は無邪気に微笑みを浮かべた。

 とは言え彼女を邪魔しようと目論む存在が全速力で向かっている事も忘れてはならない。

 

 

「――――っ、この気配、あのアーパー吸血鬼!また遠野くんのところにっ」 

 

 

 暴力教会のシスターは苛立ちに歯噛みし、その装備を確かめた。何せ相手は吸血鬼の祖である。ならば通常の装備では太刀打ち出来ぬことは疾うに知れており、ドラクルアンカーとして名を列ねる彼女ならば、それは尚更であった。

 

 

 今日も元気に見敵必殺。隠れ潜んでいる死者の掃討を行っていたシエルであるが、戦闘者である彼女に突如として現われた強大な気配を敏感に察知した。嬉しくはないが、最早慣れ親しんだ気配である。

 

 

「っく、こうしてはいられませんね、今すぐ向かわなくては!」

 

 

 後輩であり、好意を寄せている志貴が彼女の毒牙にかかる前にと、シエルは危機感を持って遠野邸へと向かっていった。志貴を守る為である、別にもしかしたらそのまま良い感じになるんじゃねえか、とか思ってない。

 

 

 とまあ、そんな感じで。

 

 

「――――なんで貴方がいるのよ、シエル」

「それはもう、どこかの吸血鬼を退治するため、ですよ」

 

 

 遠野邸内、上に志貴の部屋へと通じる窓が見える庭でアルクェイドとシエルは共に瞳の笑っていない笑顔で相対していた。今夜は月が綺麗だ。殺しあうにはちょうど良い。

 

 

 しかし、途中に見えた森が抉れていたのはなんでだろう。

 

 

「それで、貴方は何故ここにいるのですか」

 

 

「そんなの決まっているじゃない、これから志貴と夜を過ごすのよ」

 

 

「っ、そんなの不可能です」

 

 

「はあ?なんでシエルに否定されなきゃいけないの?貴方には関係ないじゃない」

 

 

 馬鹿にするようなアルクェイドの物言いにシエルの頬が引き攣った。

 

 

「度し難いほどに頭のお莫迦な貴方にもわかりやすく言いましょう。何故なら私が貴方の行く手を阻むからです」

 

 

「嘘ね。シエルの事だから、あわよくば志貴と寝ようとしてるんでしょ?」

 

 

「いらぬ疑いなんて貴方らしくない。さすが出番の少ない女ですね、随分と無様ですよ」

 

 

 今度はアルクェイドの頬が引き攣った。それでも笑顔の表情は二人とも崩さない。正直怖い。まさに一触即発な空気に周囲の空気がぐにゃりと歪む。いきなりクライマックスだ。

 

 

 このまま二人が戦闘を始めてしまえば幾ら遠野邸と言えども多少の損壊は免れない。既にその庭が一人の天然と愉快犯によって破壊されているのである。だから、こんな空気が罷り通るのはこの屋敷の主がいる限りありえないのである。

 

 

「こんばんは、不審者がた。お招きした覚えはないのですが、こんな夜遅くに襲撃をかけるなんて甚だ迷惑です。即刻お帰りください」

 

 

 堂々たる物言いで彼女は現われた。闇であろうとも良く映える美しき黒髪をたなびかせ、白のブラウスに赤いスカートを着こなす遠野邸の女帝、遠野秋葉は眉を顰めて登場した。

 

 

「あ、妹。こんばんわー」

「……夜分遅くにお邪魔しています秋葉さん。ええ、このアーパー吸血鬼を退け次第私も帰りましょう」

 

 

 それまでの雰囲気とか払拭して、気軽にアルクェイドは邪気なく笑んだが、シエルの言葉に顔を顰めさせる。

 

 

「ぶー、シエルだってあわよくば志貴と会おうとしてるのに私だけが悪いなんて良く言えたものね」

 

 

「ええ、私には遠野くんを守らなくてはならないと言う正当な理由がありますから」

 

 

「そんなの言い訳にすぎないわ。貴方は朔と一緒に死体退治でもしてればいいじゃない」

 

 

「……今夜七夜さんは来ませんでした。それと、今この時に七夜さんは関係ありません」

 

 

 朔は遠野邸に厄介となっている一般社会的なニートであるが、その正体は対化物に特化した暗殺者である。戦闘者としてはシエルには劣るが、殺人者としてシエルに勝る生粋の殺人鬼なのだ。

 

 

 そんな朔の腕を忙しいシエルが放っておくはずもなく、個人的契約により三咲町の化物殺しを朔は行っているのであるが、今日は何故か現われなかった。

 

 

 その腕は確かなのであるが、気紛れと言うか掴みどころのない殺人鬼はシエルとしても困っていたりする。せめて悪意や邪悪が無いのはせめてもの救いだろうか。

 

 

「……私は、お二人に今すぐ帰られるように、と言ったんですけど?」

 

 

 明らか無視されて苛立ちを見せた秋葉は腕組みする。隆起のない胸が実に憐れだ。目前にいる二人の胸を睨みつけ、すげえ舌打ちをした。

 

 

「えー、お客はもてなすもんじゃないの妹ー」

「閉じられた門どころか壁を飛んで越えた貴方が言えることではないです、アルクェイド」

「シエル先輩も、でしょう?」

 

 

 いつのまにか構図は三つ巴となっていた。あれ、秋葉は争いを止めに来たんだが。

 

 

 そんな訳でこのままアルマゲドン、もとい最終戦争な三つ巴戦を始めるのかと思われたその時、不意を打って一歩抜きん出た者がいた。

 

 

「まあ、今は私と志貴の問題なんだから、貴方達に構う事も面倒なのよね」

 

 

 やれやれ、とアルクェイドは殺気が充満するこの場に於いても彼女らしく振舞っていた。

 

 

「奇遇ですね、私も同感です。お二方さえいなくなれば私も早々に寝てしまうのですが。執務や土木業者への連絡も済みましたし」

 

 

「……確かに、夜更かしは肌にもよくありませんしね」

 

 

 一瞬秋葉が見せて気疲れの表情を二人はあえて無視した。悲壮感が半端無いのである。

 

 

 しかし、秋葉に対しシエルも何となく察したのか、多少の同情を見せたその時を彼女が、吸血姫が見逃すはずがなかったのである。

 

 

「そんな訳で、一抜けた!!」

 

 

「「――――あ!?」」

 

 

 ゴールは目と鼻の先である。アルクェイドは一瞬の隙をついて志貴の窓へと通じる木を駆け上った。いつも窓は開いているのだ。ウェルカムに開け放たれた窓に許可なんていらない。

 

 

 下でシエルや秋葉の驚愕が聞こえるが、無視である。それよりも今は志貴と触れ合う事が何よりも重要だった。

 

 

 瞬きの内に彼女は駆け上がった。そして最早あと一足でたどり着くと、最後の枝に足をかけようと飛翔したその時。

 

 

「――――あれれ?」

 

 

 アルクェイドが普段腰掛ける特等席にあたる枝に、なんかいた。

 

 

「―――――、―」

 

 

 彼は間抜け面を晒すアルクェイドがとんでもない速度で突っ込んできても静かだった。

 

 

 騒ぐとか慌てるとか無縁そうに静謐な様である。そこで彼はいつも通り、藍色の着流しをはためかせながら佇み、この世のものとは思えぬ夢の湖面を思わす蒼色の瞳で夜を映していた。

 

 

 そして、ダンプカー並みの質量で突撃をかましたアルクェイドに対し、彼はその右手でもって彼女を受け止め――――。

 

 

「うにゃあああああああああああーーーーーーー!!?」

 

 

 ――――るなんて莫迦なことはせず、その手を掴んで一度力を受け流し、基点となった彼により彼女は推進力を狂わされて志貴の部屋には一歩及ばず、ぐるんっと暴力的に振り回されて地面へと投げ出された。

 

 

「――――っく!」

 

 

 とんでもない速度で地面へと叩きつけられたが、彼女もさる者、刹那のうちに空中で体勢を立て直し、その両足で地面へと着地した。だが、衝撃までは殺せず、彼女の足元が陥没する。

 

 

 幾らアルクェイドが弱体化しているとは言え、彼女は吸血鬼。その膂力や質量は人間では支えきれるはずが無いのである。しかしそんな芸当をこなした相手はその場を動かず、みしみしと衝撃に揺れた枝に突っ立っており。

 

 

「ちょっと、なんで朔がここにいるのよ!!」

 

 

 まあ、そんな感じで朔がなんかそこにいた。

 

 

「―。――――」

 

 

「ねえってば、朔聞いてんの!私怒ってるんだからね!?」

 

 

 アルクェイドがぷりぷりと怒っているが、朔はそんなこと知らんと言わんばかりに反応を示さない。

 

 

「七夜さん、……なんでそんな所に」

「朔……よくやったわ」

 

 

 シエルは今夜現われなかった仕事仲間がいる事に目を見開き、その隣で秋葉は不遜に鼻を鳴らした。森をぶっ壊した件については見逃せないが。

 

 

「朔、今なら見逃してあげるわ。……そこをどいて頂戴」

「――――。――」

 

 

 あと一歩のところで邪魔されたアルクェイドはフーっ!と威嚇する猫の如くに毛を逆立てているが、その相手である朔は地上にいる三人を睥睨するように眺めている。この無反応はアルクェイドにとっても歯痒いもので、到底許容できるものではない。彼女は自由なのである。

 

 

 しかし、ゴール目前に遠野志貴の兄である七夜朔がいる。この時点で事態はこう着状態を迎える破目になった。三人は分かっていたのである。常識知らずなアルクェイドでさえもその意味が分かっていたのだ。

 

 

 つまりあの窓を守護する朔を超えない限り遠野志貴の下には辿り着けない事を。これは七夜朔が自分達に与えている試練だと。だが、実力行使は賢明ではない事も分かっていた。何せ相手は一筋縄どころかでは型破りの殺人鬼、そして志貴の兄である。

 

 

 志貴は自覚していないが、かなりのブラコンである。一緒に寝ようかと考える時点でOUT。そんな志貴が慕っている朔を潰すのは志貴に嫌われる事と直結するのだ。

 

 

「――――っく」

 

「―――――っ」

 

「――――はあ」

 

 

 それに志貴に嫌われたくはないアルクェイドは歯噛みし、あわよくばと考えていたシエルは戦慄し、先ほどまで仕事をやっていた秋葉はさっさと寝たかった。

 

 

 秋葉としては朔に任せてもいいが、やはり目前にいる二人を放置して自分だけ眠るのは良くない。それに朔にあまり苦労はかけたくない。森の件は許せないが。

 

 

 そんな訳で三つ巴から一人加わって三咲町の四天王揃い踏みな光景が展開される事となった。誰も彼もが互いを牽制しあって様子を見合う、見ようによっては不毛な光景である。

 

 

「―――――。―」

 

 

 そして、そんな最中に、ふと朔は一瞬開けた窓の中に視線を投げかけた。

 

 

 そこには。

 

 

「………………」

「――――――」

 

 

 黒い衣服を着用している小さな少女、レンが何食わぬ表情で志貴の眠るベッドに近づこうとしていていた。それから二人の視線が絡む。

 

 

「…………」

「――――」

「…………」

「――――」

「…………」

「――――」

 

 そしてレンは朔に向かい、びしっと親指を立てた。無言でグッド。

 

 

 それを朔は無感動に受け取りながら、とうとう動き始めたアルクェイドやシエル、また秋葉に向かって上空から襲撃をかけに行った。

 

 

「…………」

 

 

 朔を見送ったレンはいそいそと志貴の眠るベッドの中に潜っていった。

 

 

 外では乱痴気騒ぎな騒音が聞こえてくるが、志貴は穏やかに眠りっぱなしである。それに満足したレンは志貴の胸の中で、彼の夢の中に入り込んだ。

 

 

 しかし、今も尚なんかコミカルな悲鳴やら、砲撃のような音が聞こえるのに志貴が寝ているのにはそれなりのわけがある。

 

 

「あらあら、幸せそうに眠ってますねお二人とも」

 

 

 いつの間にか二人が眠るベッドの側に琥珀が佇んでいた。寝顔を微笑ましく見つめてはいるが、この部屋には先ほどまで誰もいなかったのである。彼女はいつの間に人間をやめたのだろう。

 

 

「まあ、そうでなくては朔ちゃんやレンさんが考えた意味がありませんよね」

 

 

 そう言って琥珀は外でなんか二段ジャンプとかしちゃってる朔を見やる。人間離れという意味では彼も大概である。

 

 

「志貴さんが疲れてそうだからちゃんと眠らせてあげたいだなんて、朔ちゃんが話を上げなければ全く気にもしませんでしたけど」

 

 

 切っ掛けはふとした事であるが、レンが志貴がちょっと疲れている事に気付き、朔も疾うに気付いていたので、レンは朔に相談してそれが琥珀に知られたのである。

 

 

 琥珀としては朔が気にしているというだけで動くには充分である。

 

 

 そんな訳で志貴のために今回の運びとなり、志貴ぶっちぎり睡眠作戦が始動されたのだ。作戦立案琥珀、実行レン・朔といった感じで。メンバーに不安が残るラインナップである。

 

 

「とは言え、私もそれに参加した一人なんですけど」

 

 

 その懐から幾何学模様な葉っぱを取り出す。

 

 

「人体に毒にならないくらいの睡眠薬なんて作っても面白くないんですけどね」

 

 

 はあ、と琥珀は溜め息。そして再びベッドの中にいる二人を見た。今頃レンによっていい感じの夢を見ているのであろう。志貴の口元はだらしない。どんな夢見てんだこいつ。

 

 

「志貴さんは朔さんと仲良くしたくて、朔ちゃんは志貴さんを心配するなんて、羨ましいご兄弟だなー。ちょっと妬けちゃいますよ、二人とも?」

 

 

 外で今頃安眠妨害を企てていた三人を抑えている朔を琥珀は想った。

 

 

 互いを互いに考えあっているのだから、これ以上ないぐらいに家族な二人だ。長い間離れ離れになった家族の仲が順調に行かぬのは良くあること。しかも、志貴は記憶を、朔は過去を失っているのだ。上手くいかぬ事のほうが普通である。

 

 

 それなのに、多少の支障であろうとも乗り越えようとする志貴と絶えず志貴のために動く朔はそんな事すら感じさせない。きっと互いの血が互いを求めたのだろう。あるいは魂と呼ばれるものだろうか。

 

 

 

 そして琥珀は、ふと思った。

 

 

 

 今眠りについている志貴の首を絞められたらどれほど良いのだろうかと。

 

 

 

「うーん、それは確かに魅力的ですねー」

 

 

 そんな、当たり前のように互いを想える二人を琥珀は羨ましいと思い、また嫉妬しないと言えば嘘になる。

 

 

 琥珀も人並みに女だ。想い人である朔を独り占めしたい。

 

 

 その思考の一片足りも自分以外を考えて欲しくない、と琥珀は一心に思う。

 

 

 挙動の全てや人格を余す事無く琥珀に向けて欲しい、と琥珀は切実に願う。

 

 

 ならば、その原因に当たる志貴を排除できれば、それは凄く素晴らしい事ではないか。

 

 

 無用心に首を晒す志貴を■■てしまえば、朔の全ては自分だけのものになるのに。

 

 

 でも。

 

 

「まあ、そんな事やっても意味がないですけどね。第一朔ちゃんに嫌われちゃいますし」

 

 

 それをやっても朔を縛る事はかなわない。

 

 

 そんな事をやったって琥珀の八つ当たり、自己満足にしか過ぎないのである。

 

 

 そして琥珀は朔のために成らない事はしたくない。

 

 

 そうでなければ、今この時はきっと嘘になるから。

 

 

 それだけは、嫌だから。

 

 

「……では、おやすみなさい志貴さん」

 

 

 琥珀はふっと力を抜いて布団をかけ直す。

 

 

 窓際から見える景色は本当に綺麗な夜空で、月光に澄んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『ざ、残像ですって!?』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暴れまわる三人の驚愕が琥珀の耳に届いた。

 

 

それぐらい朔に出来ないはずがない、と琥珀は楽しそうに笑った。

 




朔が地味に超人化中。なおこんな事できませんから。

でも十傑集走りは出来る。やらないけど。

あと琥珀さんが書きやすくて困る困る。

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