七つ夜に朔は来る【未改訂ver】   作:六六

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第二話 父親

人里を遠く離れた太古の森。退魔一族七夜が根城、通称七夜の里。

 侵入者を防ぐ結界によって保たれた、七夜たちの住処である。森の周囲に施術された結界には、一般に生きる人間にはそこにあるのに認識できない暗示がかけられる仕組みとなっており、この森に入るのは必然的に裏の人間ということになる。

 七夜のほとんどはここで生まれ、ここで育ち、そしてここではないどこかで死ぬ。

 生業が生業なだけに、七夜の者は布団で死ぬ者が多くない。混血への暗殺を主とする仕事上、どうしても生還できない者はいる。血なまぐさい世界の住人たる運命だろう。人としての形のまま死にゆく者は稀で、任務に失敗する=死という図式が当たり前のように出来上がったこの世界では、そのようなものも珍しくなかった。

 

 まだ古い時代の話だ。

 使い捨ての超能力者の血を長らえさすことに成功させた七夜は、近親相姦を重ねることでその血を保ち、それと同時に暗殺の術をひたすらに研鑽することで、退魔組織七夜と名乗るに到った。

 しかし、七夜はあくまで人間である。

 どれだけ人間としての限界を極め、また突破し人外の力を得てもなお、七夜は人間だった。それゆえ魔のモノたちとはもともと相性が悪く、専ら混血専門の暗殺を担ってきた。

 七夜の里。危険な仕事を生業とする一族の最後の安息地でもある。

 

 そんな七夜の里の奥、木製の小さな屋敷が点在する空間で一際大きい造りをした屋敷のなか、一人の男が唸り声を上げていた。

 場所は囲炉裏の間。機能していない囲炉裏のそば。そこには鋭いのだか鈍いのだかよく分からない雰囲気を放ちながら苦悶の表情を浮かべる男が胡坐をかいて座っている。

 男の名は七夜黄理。七夜一族の現当主である。

 

 黄理は七夜でも最強と謳われた男であり、混血の者たちからは鬼神と呼び恐れられた存在である。ただひたすらに人体の活動停止の術のみを磨き上げた黄理は、かつて殺人機械として何の感慨も何の感情もなく殺戮を重ね続け、今では名を呼ぶことも憚れる存在と成り果てている。

 それは前線から退いた今でも変わらず、練り上げた暗殺術はなお健在、鬼神の名を欲しいままにした最強はいまだ最強だった。

 

 そんな男が今表情を歪ませ、腕を組んで思考を巡らし、ある問題を解決しようとしていた。

 

 ことの発端は五年前。男に息子が生まれたことにある。

 跡継ぎの問題のためだけにもうけた息子の名は七夜志貴という。

 

 七夜の一族は生業上早くに子供をもうけ鍛えられるのが望まれている。

 それはいつ死ぬかも判らぬ退魔業。次の世代を残すのはとても重要なことである。

 

 ゆえに黄理もそれに習い、子をもうけた。

 確かに七夜の里には他にも子はいた。極めて幼少の頃から七夜として鍛えられたそのなかには、すでに頭角を現し、他の子とは比べ物にならない才をもった子も現われている。

 七夜の当主に求められるのは最強の人間である。それは現当主である黄理の血を引いていようがいまいが一切関係ない。七夜には世襲制など存在しないのだ。純粋に七夜を引っ張るに相応しい存在が求められているのである。ならば競争相手は多いほうが良い。互いに意識しあうことで更なる高みに進む者もいるだろう。そういうわけで黄理も子をもうけたのだが。

 

 殺人機械と化して感慨もなく人体を解体し、鬼神として呼び恐れられた殺人鬼七夜黄理。

 

 

 

 

 

 自分の血をひいた子供がひたすらに可愛くて仕方がない。

 

 

 

 

 

 いや、確かに里には子が何人もいるし、ある事情から黄理は以前から一人の子を育成している。だがその子には何も感じることなく、ただ作業として面倒を見ていたに過ぎない、と思う。

 

 そして黄理は鬼神と呼ばれた殺人鬼。殺人機械。老若男女容赦なく殺害してきた。

 呪詛を吐き出す老人を殺し、絶望に力を失った若人を殺し、自暴自棄となって向かってきた男を殺し、慈悲を乞うた女を殺した。

 

 無論、そこに子供の姿もあった。

なにがなんだかわからず、ただ恐怖に泣き叫ぶ子供を何の躊躇いもなく殺した。

 

 殺して殺して殺して殺して殺して殺し続けて。

 肉と中身の混ざり合った血だまりのなかを、無機質に泰然と立ち尽くす殺人鬼。

 迷いなく、惑いなく、躊躇なく、容赦なく 慈悲なく、恐怖もなく殺す鬼神。

 

 七夜黄理という人間は積み上げられた屍の上に出来上がっている。

 

 だと言うのに、だと言うのにである。

 生まれた志貴はやたらに可愛く、そして愛おしかったのだった。

 

 それからの黄理は変わった。

 それまでの憑き物が落ちた黄理の姿は豹変と言ってもいいだろう。

「志貴がいるのに危ないこと出来るか!!!!」

 と一族ごと退魔組織を抜け出し、

「志貴を危ない目に合わせる気かこの■■■■(聞くに堪えない罵詈雑言)!!!!」

 と叫んで里の結界の強化を開始。本来ではありえないが外の魔術師を招いて結界の強化を重ねては重ね。今となっては魔の存在が近づくだけで森の植物が襲いだすというとんでもな自然要塞と化している。

 これ腑海林じゃね?と思った七夜がちらほら。当主の変貌っぷりに頭を痛めた七夜が続出。そんな彼らの目の前で当主は結界を合作した魔術師と共に、にやりと笑みを浮かべた。

 その姿を見て全員が思った。

 

「「「(だめだ、この当主はやく何とかしないと……っ!)」」」

 

 とにかく黄理は何でもやった。その姿はまさしく子煩悩な父親である。

 息子のために何でも行う姿は世の父親の鏡とも言えるだろう。

 ただもう少し周りのことも考えて欲しいとは一族の言。

 そりゃ結界の影響で森の動植物たちが突然変異を起こしたとあっては笑えない。

 実際ある者は二足歩行のキノコを目撃している。生憎と最近は目撃情報はないが、証言によれば空中を漂いながら横回転するそうだ。

 

 それはともかく志貴が可愛くて仕方ない黄理だが、それと同時にあるひとつの悩みも抱えることとなった。

 

 

 

「翁」

「なんでございましょうか御館様」

 

 すっと、音もなくいつの間にか囲炉裏の対面に男が現われた。

 初老の男である。頑健とした身体を黒装束で包み、掘り深く顔に刻まれた皺がひび割れた大地を思い起こさせる男である。

 翁と呼ばれたこの男。その役割は一族のご意見番であり、黄理が誕生する以前から七夜の当主に尽くした古参の男である。年老い、七夜としての力も衰えているが、長年培われた経験と、幾つもの修羅場を乗り越えてきたその度量は貴重であり、今では黄理の相談役としての顔を持っていた。しかし見かけはただの好々爺にしか見えない。

 

「……朔は、どうしている」

「朔さまは現在里のものによって離れに移されております。私が見たところなかなかに疲労が溜まっているではないかと」

「……そうか」

 

 そうか、と黄理はため息を漏らした。

 

 黄理が抱えている問題。それは現在黄理が育てている七夜朔にある。いや育てているとは語弊が生じる。黄理は朔を預かっているだけだ。世話もしていない。

 七夜朔。身内殺しを行った黄理の兄の息子。七年前に自分が預かった子。

 その存在は別に問題ではなかった。狂ってしまった男の息子ではあったが、当主が名目上預かる事となったため混乱は起きず、表面上は一応問題なかった。

 

 朔と名づけたあの時。夜を終わらす朝焼けのなか、黄理は笑みを浮かべた。

 殺人機械だった男が笑みを浮かべたのである。

 自分はなぜあの時笑ったのか。

 志貴が生まれるまで、結局それがなぜなのかわからなかった。

 しかし今ではなんとなく分かっている。それは志貴が生まれて始めて気付いた。

 志貴と名づけたのも、朔に似せようと思ったり思わなかったり。

 

 

 

 

 ただ、それに気付くのが、あまりに遅すぎた。

 

 

 

 

「御館様も気になるならば自分で行けばよろしいでしょうに」

 呆れながらも微笑み翁は言う。

 しかし、それが出来ないから黄理は困っているのである。

 

 預かっているとはいったが、黄理と朔は同じ住居で生活していない。

この屋敷の離れ、小さく、隔絶されたようなその建物の中で朔はひとり生活している。

 

 あの頃、情もなかった黄理は屋敷の離れに朔を放り込み、世話の一切を使用人に任せていた。志貴が生まれるまで黄理と朔は指で数えるほどにしか顔を合わしたこともなく、会話などありもしなかった。

 

 当時の黄理には朔と共にいる理由もなかったし、それを必要としていなかった。それが当然と感じ、そしてそれを受け入れていた。

 

 しかし志貴が産まれたことで黄理の憑き物が取れ、黄理はだいぶ人間らしくなった。今までの殺人機械はなりを潜め、朔への対応に疑問を感じるようになった黄理は朔と顔を合わすこととなったのだが……。

 

「翁。今の朔をどう見る」

「……すさまじいですな。このままゆけば当主の座もありえないものではないかと」

「……」

「恐ろしいお方です。七夜の鬼才とは朔さまをいうのでしょうなあ」

 

 

 現在朔は七歳。通例に習い、早いうちから訓練を施すこととなった。退魔組織から抜けた現在においてもそれは変わらず、七夜の技は脈々と受け継がれる形となっているが、そこでわかったのは、朔はとても才のある人間だったことである。

 さすがは黄理の兄の子ということだろうか。

 鬼神の兄は狂気に飲まれはしたが、それでも黄理を凌ぐ強かさを練り上げた男だった。

 

 黄理が感慨なく解体する殺人機械なら、兄は圧倒的な力をもって相手を蹂躙する爆撃機だった。

 事実兄が殺した相手は肉片ひとつ残さず爆散し、彼が通った道には死体すら残されない。残念ながら殺人を楽しむ人間になってしまったが、ちゃんとした理性をもっていたならば、間違いなく七夜の当主となるはずの男だった。

 

 そんな人間の子である。

 驚異的な速さで成長する朔は今となっては同年代の子供らを遥か後方に置き去りにし、それでいて更なる飛躍を見せている。下手をすれば大人の者すら凌ぐ強さである。

 朔が掴まり立ちを成功させてから始めた戦闘訓練。七夜の子は幼いうちからその戦闘訓練を始めるが、それでもなお速い。最初それに難色を示す者もいたが、当主命令をちらつかせたことでそれは抑えられた。

 そうして始まった訓練。

 幼すぎる朔には身が重いだろうと思い込んでいた里のものは面食らうことになった。もの覚えよく、文句ひとつ言わず、訓練を受けた朔。

 朔は周囲の予想を裏切りメキメキと力をつけていった。

 今となっては鬼才と称すものも現われ、鬼神の子と呼ばれることも少なくない。

 

 その証拠に先ほどの訓練。

 無論手加減はしていたが、それに喰らいつこうと追随するのである。

 現当主に、七歳ばかりの子が。

 

 最後の交差。あの瞬間朔はこちらを殺そうとしていた。

 刃を重ねるごとに増す殺気。ひたすらに研ぎ澄まされた朔の殺気はただひとつ、黄理の命を狙っていた。通常ならありえないようなことである。しかし、事実朔は最後の最後まで諦めはしなかった。

 結局訓練は黄理が朔を気絶させることで幕を下ろしたが、顎を狙ったあの掌底。それを避けるため、力んだ一撃を撃ってしまった。当主の名は伊達ではない。本気の黄理の一撃は今だ訓練段階の子供に目視など出来ぬ速度で朔の米神を打ち抜いた。

 恐ろしいのはそれを打たせた朔にある。

 顎を狙った掌底。あれは確実に頭部を砕く力を秘めていた。再度言うが朔は七歳。

 末恐ろしいとは朔をいうのだろう。

 

「しかし翁……」

「はっ」

「朔は一体誰に似たんだろうな」

「それはもう、御館様以外の誰と言うのでしょうかのう」

「……」

 

 それを聞き、黄理はため息を吐く。

 七夜朔。七歳の子だというのに、妙に黄理に似ている。

 

 無論顔が似ているとかそんなんではない。黄理と朔は叔父という関係で、どこかに通っているような顔立ちはしているが、問題はそんなことではない。

 

 怜悧に鋭く、無機質な瞳。

 研ぎ澄まされた刃を思わすその雰囲気は間違いなく以前の、志貴が生まれる以前の黄理のものだった。

 今だ小さな子供が、殺人機械と称された男と似ているのはどういうことだろうか。

 

 殺人機械の黄理なら問題ないのだが、今の黄理は父性あふれた父の鏡。

 ほとんど放棄していてが、やはり何とかしたい。

 しかし本当に今更の話である。

 

 とりあえず一緒にいる時間を増やそうと朔の訓練は黄理が全て受け持つことにした。当主が訓練を受け持ち、しかもたったひとりを受け持つなどまさしく前例にないことである。

 だが、訓練中は必要最低限の会話しか交わさず、朔は訓練に没頭して黄理を会話を楽しむ対象として捉えていないし、黄理は黄理で今までのことがありどうにも話しかけづらい。

 そうして朔はどう思っているのかわからないが、気まずい時間だけが過ぎていくのである。

 これではあまりに意味がない、と黄理は頭を抱えることになったが、そこから先どうすればいいかまったくわからない。

 

 なのでこうして翁と相談するのである。

「一緒にご入浴などはいかかでしょう」

「しかし……それはあまりに難易度が高くないか」

「いえいえ何を言いますか御館様。家族として近づきたいなら、四六時中一緒にいるのは当然のこと。事実志貴さまとご入浴などしょっちゅうではありませんか」

「それは確かに、そうだが……」

「ならば何を迷いますか。朔さまとご入浴をすることで親密度を上げ、フラグを立てればよろしいのです。そうすればいずれ朔さまは心をお開きになり、確実に父様発言フラグが発生するかと」

「おお……!!なるほど、さすがだ翁!!」

「感謝の極み」

 

 

 

 しかし、この男。本当に鬼神と呼び恐れられた殺人鬼なのだろうか。

 




憑き物が落ちた黄理が親馬鹿になったら、という妄想。

七夜黄理ファンの方々ごめんなさい。

あとオリキャラが登場。
なにかと登場してくるかも。

アドバイスなどがあったら嬉しいです。

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