七つ夜に朔は来る【未改訂ver】   作:六六

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番外話 とある女性の一日

東の地平から太陽が顔を出し、日差しが里にかかりだす頃に目覚めるのが私の習慣で、それはもうずいぶんと長く続いてる。

 

 鶏が鳴くのと同じ時刻に起きてしまうのは少し眠い。だがそれも馴れてしまえば早くに起きないほうがもったいないと思い始めた。だって寝ている時間よりも、起きている時間のほうが楽しいことはきっとあるだろう。

 

 起きて先ず私は布団の上へ立ち上がって背伸び、全身の血のめぐりを良くする。こうすることでスッキリとした目覚めとなるらしいと聞いたが、それは本当だろうか。曖昧なことだが、なんとなくこれをやらないと一日が始まらないような気さえしてしまうので、最早日課だ。

 

 数箇所の関節から小気味よい音が小さく鳴って背伸びをやめる。全身に脱力感。だけど、少し身体が温かくなった気がする。

 

 布団を畳んで押入れの中にしまい、庭先に向かう。木製の屋敷、言うなれば武家屋敷のような造りをした屋敷の中を移動し、縁側へ。私の部屋は屋敷の端にあるので、縁側は近い。

 

 縁側から見える光景は密かに私が好きな場所だ。この屋敷は里の中で一番に高い場所、と言ってもそこまでだが、開けた視界が見える。そこから見えるのは里に点在する屋敷や平屋、その向こうには深い森が広がっている。

 

 東の木々の隙間から太陽が昇り、日差しが里を明るく染めていく。私は目を細めて暖かくなっていく地と澄んだ空を眺めた。

 

「今日もいい天気になりそうだ」

 

 くぅっ、と再び背伸び。

 さて。身支度を済まし、食事の準備を開始しよう。

 

 部屋の中に戻り、寝巻きを着替える。

 

 下着を着けている以外では何も着けていない状態で私は、ふと部屋の中に設置してある姿鏡の前に立った。

 

 女性にしては高い身長。肉付きの少ない身体。そして引き締まった肉体。良く言えばスレンダー、悪く言えば男性的な身体の私が鏡に映る。

 

 その顔つきも色気が無く冷たい印象を受ける。更に目は若干鋭い。ここらへんは私の家族(まだ私は未婚なので夫や子ではない)の血を色濃く受け継いでいるようだ。その顔つきは私の兄様(あにさま)と似ているような気がする。

 

 兄様は七夜の当主であり、七夜としては最強の座にいる男。そんな人間に似ているのは女性としてどうだろう。出来れば私は義姉様(あねさま)のような姿に似たかった。

 

 義姉様は兄様と夫婦の契りを交わしたお方で大変女性的なお方だ。朗らかで身体も女性らしい。豊かな胸など見るたびにため息が出る。私とは比べるまでもない。七夜としては別に問題ないのかもしれないが、女性としては少し、いや少々、いやいや結構考えものだ。

 

 内心、なんで見てしまったんだろう、と思いながらさっさと着替えも済ませ、台所場に向かった。

 

 今日の朝餉は昨日の晩に食した川魚が余っているので、これを焼いてほぐす。しかしそれだけでは寂しいので、汁物と漬物を添えて彩りを増そう。あ、あと米も炊かなくてはならない。

 

 身支度を済ませた私は台所場に向かう。

 

 まずは米を炊く。あらかじめ井戸から汲んであった水で米を研ぎ、そのまま釜の中に。竈に運んだらさっさと炊いてしまう。火をつけるのは面倒だが、それも手馴れたもの。少しばかりの藁に火打石で火種を点ける。僅かな時間で火種がつき、それを竈の下に敷き詰めた藁に投入。そのままでは消えてしまうので火吹き竹を使う。

 

 暫く息を吹き続けていると火が点いたので、更に強く吹いていく。目に見えるほど火が安定してきたのでそのまま少しの時間放置しておく。

 

 七夜の里は人里離れた森の奥にあるので電気が通っていない。なので電化製品が使えない。これは少し面倒かも知れない。生まれた時から七夜にいる私にはあまり関係ないのだが。

 

「~~~~~~~♪」

 

 料理をしているうちにちょっと機嫌がよくなってきたので鼻歌交じりに竈で川魚を焼いていく。昨日採ってきたものだが、まだまだ鮮度はよく、取った直後にしめてもあるので味は大丈夫なはずだ。あ、ちゃんと下ごしらえはしたぞ?

 

 焼き加減を確かめながら、汁物を作ったり漬物を小皿に盛ったり。ちなみに私は白味噌が好きなのでいつも白味噌。今日はほうれん草や甘い人参を入れた野菜汁だ。肉は入っていないが野菜のほのかな甘みが絶妙だ。

 

 ま、私だけが食べるわけではないのだが。

 

 用意する食事は二人分。魚は二匹だけ。川魚はこれで終い。この料理を食べるのは私と、私が世話をさせていただいているお子。いつも無表情で無感想。おいしいともまずいとも言わない。一度試しにとんでもなく苦い食事を一品用意したが、その時も何も言わずに食べ、むしろ作ったのは言いけれど食べられなかった私のものも食べてもらった。反省。

 

 と言うか私の話をちゃんと聞いているのかも怪しい。だからその子においしいと言わせるのが私の密かな目標だ。

 

 そうしているとちょうどいい時間となった。釜から炊き立ての米の香りが漂ってくる。魚もいい感じなのでそろそろだろう。釜の蓋を除くと蒸気がふわっと登ってきた。それもまた良い匂い。お米の甘い匂いが食欲をそそる。だからだろう。

 

 お腹から音がなった。

 

 くぅ、と小さな音。

 

 恥ずかしくて思わず辺りを見渡す。ちょうどよく人もいなかったのでちょっと安心。これが義姉様に見つかったら微笑みながら「早く食べましょうねえ」と言うに違いない。少し顔が熱い。

 

 落ち着いたところで、米、川魚、野菜汁に漬物を盛って朝餉を完成させる。今日の朝餉もおいしそうに出来上がっている。密かに料理を得意としている私としてもまあまあな出来ではないだろうか。見た目は少なめにも見えるが、朝の食事なのだからそこまで大目でもきっと食べられないだろう。

 

 それらを大き目の盆に二人分乗せる。では運ぼう。台所場を抜け、目的地を目指す。玄関に一度向かって草履を履き、無作法だが足で引き戸を開ける。場所はこの屋敷の敷地内にある離れ。小さい建物だ。この屋敷が大きいからか余計にそう思う。

 

 今、時刻で言うところの六時前ぐらいだろうか。いつも台所場から私が立ち去った後で義姉様が朝餉の準備を始める。

 

 どうせなら一緒に調理すればいいと思われるかもしれないが、私が早起きすぎるのと義姉様が朝に弱いので合わせることが出来ない。決して義姉様のマイペースに巻き込まれるのが嫌だとかそんなわけではない。

 

 離れには縁側が小さいながらもついているので、そこに越し掛け一度盆を置いておく。

 

「失礼します」

 

 襖から声をかけるが返事はない。これはいつものことだ。なのでそのまま襖を開く。

 

 するとそこには壁に寄りかかって座る子、朔がいた。

 

 目つきは鋭いのに茫洋な瞳はどこを向いているのだろう。天井あたりに顔を向けているが果たして天井を見ているのだろうか。私には判断できない。

 

 布団はしまわれているようで畳みの上には何もない。朔は大変早起きらしく、私が朔を起こすなどほとんどなかった。なので朔の寝顔などレア中のレアだ。

 

「朔さま、朝餉をお持ちしました」

 

 話しかけても朔は無言。しかし無反応ではない。いつも食事を取る自身の定位置へと移動する。

その動きの何と滑らかなこと。重心がどの位置にあるか把握できない。私も七夜として幼少から訓練を受けてきた身だがこんな何気ない動きの中で訓練の成果、朔の才が見えるのだから凄いことだと思う。

縁側に置いてあった朝餉を室内に入れ配膳。朔が座るのは部屋の中心。朔の目の前に一人分を配膳し、その対面にもう一人分、私の分を配膳した。

 

「では食しましょう」

 

 配り終わり、食事を開始する。ただ私はまず手をつけない。目の前で朔が食事を口元に運んでいく。それはほぐされた魚。食べやすいようにあらかじめほぐしておき、絶妙な塩加減と焼き加減をした今日の会心の朝餉。それを食べ、朔は反応するのだろうか。

 

「……」

 

 個人的な目標で内心緊張する。ただそれを悟らせるのは愚の極み。見かけは装い、朔を見守り続ける。ただ、悟らせたとしても朔が何かするとはとても思えないが。

 

 徐々に運ばれていく魚の身。それに合わせ少し開く朔の口元。ただそれだけの事だというのに時間が遅くなっていく。スローな時の中で朔の姿だけがリアル。無表情な朔。淀みの無い動き、そして―――――――。

 

「っ!!」

 

 はむ、と朔が魚を食した。そのまま味わっているようなわけでもなく咀嚼していく。口をもごもごと動かす仕草は無表情ながらに子供らしく少し可愛い。

 

 しかし、今は朔が反応をするのかが肝心だ。名残惜しい気もするがいったん我慢しよう。結果が肝心で、朔が反応を示すかどうかが重要だ。そして朔がおいしいと、その口で言ってくれるだけで、私には充分だ。

 

 そして嚥下。

 

 魚を飲み込み、そして朔は。

 

 美味いともまずいとも言わず、そのまま食事を進めていった。

 

「(……わかってた、わかっていたさ)」

 

 密かな挫折感があった。

 

 悔しいがそれを表に出すわけでもなく、二人は無言のままで食事を進めていった。うちひしがれるのは慣れている。

 

□□□

 

 食事を済ませ、朔が兄様との訓練に向かった後、私は家の家事を行っていた。その時ふと思ったのだ。食器をかたし、洗い物をして、掃除。普段と変わらない、私の時間のことだった。

 

「(そういえば、もう七年経つのだったな)」

 

 竿に洗い物を干しながら、私はなんとなく思った。

 

 私が朔の世話を行って七年経つ。思えば随分と早い。

 

 兄様が連れてきた時など、生まれたばかりの赤子だった。世話をする人間がいないと知った私はすぐさま朔の世話係を名乗り出た。それが長兄の子であることに関係ないと言えば嘘になるだろう。

 

 七夜朔。

 

 私たち三兄妹の長兄の子。生まれた時には親を亡くした子。

 

 長兄は一族の掟を破ったことで名を排されており、その名を呼んではならない。私自身長兄に対し肉親だった感情はない。

 

 長兄は強かった。圧倒的な力量で、単純に言えば暴力で蹂躙する様を強かったと言うのは少し語弊があるかもしれないが、それ以上に私はその存在が恐ろしかった。

 

 七夜の者は退魔衝動を色濃く特出させる。そして長兄は通常の七夜より遥かにそれを継承し、その影響で長兄は本人の気質と交じり合い殺人に快楽を見出す人間だった。その姿、その在りかたが、私には長兄は魔物に見えた。私たち七夜に存する異物。人間のようなナニカ。私と血をわけるはずに人間を、私はそう思った。

 

 だから私は長兄からはなるべく離れて生きていた。長兄が死んだ一年前には気がおかしくなっていたため余計に遠ざかっていった。だからだろう、長兄が粛清されたと兄様から聞いた時、私は安堵した。

これには私自身の気質も影響していると言えなくもない。

 

 私は七夜でありながら魔を殺せぬ七夜。色濃い退魔衝動は反転すれば、それだけ魔へ過敏ということだった。

 

 アレが恐ろしい、アレが怖い、アレは嫌、アレは死。

 

 そんな認識が脳髄に叩きつけられ、とてもではないが前線で活躍することは出来なかった。

 

 例え認識を克服しようとしても、本能的、あるいはこの身体、もしくは魂が恐れを抱く。ゆえにだろう。私は魔的なものに排他的だ。もとより私は七夜。それは最早本能に近い気質。

 

 しかし、私は許すことが出来ない。魔的なものがいる事も、生きていることも、呼吸をしていることも、地に立っていることすらも。思考の隅に過ぎっただけで、私は耐え切れなくなる。

 

 そんな私を七夜は当然のように受け入れた。七夜全てのものが退魔として生きれるわけではない。ゆえに私は七夜として活躍することも、女盛りでありながら誰かと契りを行うこともしなかった。跡継ぎの問題は自分には関係ないことだと、考えていた。

 

 そんな私に変化があったのは、朔の世話を始めた頃。

 

 そもそもなぜ私が朔の世話を名乗り出たのか。

 

 世話をする人間がいなかったこともある。当時の七夜に朔を世話する人間がいなかった。そして死した長兄の子、というものに興味を覚えたのかも知れない。狂気に飲まれた長兄が、手にかけなかった子。ただひとり生かされていた子が朔だった。

 

 もうどのような理由で名乗り出でたのかは正確には覚えていない。だが、一ヶ月経ち、半年が過ぎ、一年を跨ぎ。

 

 朔に目立ったことはなかった。いや、何もなかったといえば嘘になる。

 

 何も無かったということがあった。

 

 離れに放り込まれ、そこで世話を受けていた朔。だが、朔と関わる人間は私を置いて誰もいなかった。朔を連れてきた兄様でさえ離れには近づかず、存在を忘れているのではないかと思えるほど話題にすら上がらなかった。推論したところ、朔の存在は当時施行令が敷かれていた可能性がでた。ゆえに朔は当時存在していなかった可能性がある。

 

 ゆえに朔が関わるのは私一人。この里の中で朔は誰にも知らされず、存在していない子。

 

 私が朔の歪みに気付いたのは直ぐだった。

 

 笑わない。泣かない。喋らない。

 

 たった一人で世話を行っていた私だったから分かったのかもしれない。あるいは、側に兄様という殺人機械がいたからかもしれない。

 

 子は訴える。生きるために訴え、そして生かされる。それは七夜の里の赤子も例外ではない。生まれえたばかりの子は生きようと反応する。

 

 だが、朔にそれはなかった。

 

 訴えようとしない。時折どこかを見ているのは知っているが、それはどこだったのかわからない。少なくとも私ではなかった。

 

 そして気付いた。この子は異常だ。

 

 だが、処理とは違うだろうとわかっていた。

 

 異常だ。確かに異常ではあったが、害はない。

 

 ただ、憐れだった。

 

 誰も側にいない子。誰も守ってくれない朔。

 

 そして何も訴えず、ただ在るだけの赤子。

 

 恐らくこの時、私は朔の側にいようと決めたのかもしれない。

 

 七夜ではない七夜の私が、始めて自分から進もうと決めた。

 

 朝になれば起こして食事を共に食べ、昼も夜も同じく。最初の頃は共に風呂にも入っていた。そのような生活がもう七年以上。朔は私をただの使用人としか考えていないだろう。いや、朔の思考の隙間に私がいるのかと不安に思うこともある。

 

 だが私が感じた七年は、朔と共に過ごした七年であると言える。

 

 そう思うと、少しだけそんな自分が誇らしい。

 

 干し終えた洗い物を見渡す。暖かな日差しにあてられたそれらは緩やかな風に踊っている。

 

 その中に一着だけ干された藍色の着流しが、ひときわ軽やかに揺れていた。

 

□□□

 

「どうすれば朔と食事をとれるのだろうか」

「知りません。そうしたければ、そういえばいいのです」

「っぐ、それが出来ないからお前に聞いているのだ」

「それこそ知りません。そのようなことを意識したことなどありませんので」

 

 そう言うと目の前で当主、兄様は苦虫を噛み潰したような表情をし、私を睨む。ただそれはお門違いだと直ぐに考えたのだろう、兄様は落ち着きを取り戻したようだ。

 

 昼になると兄様との訓練が終了するので、朔との昼食を済ませた後(もちろん朔に反応はなかった)、母屋の囲炉裏の間で朔の持っている着流しにほつれを見つけた私は裁縫を行っていた。長いこと家事を行っているので裁縫などお手の物だ。チクチクと裁縫を行っていると、その場に兄様が現われた。

 

「だいたい、今こうしている間に朔に会いに行けばいいのでは?」

「だが……私は朔と何を話せばいいのだろうか」

「(うざいぞ、こいつ)……兄様、別に無理に話さなくてもいいのですよ」

「何?」

 

 ほとんど補修が出来上がっていた時のことだった。ゆえに兄様に視線はほとんど向けず、手元のみを注視する。しかし応答は行っているので問題はないはずだ。

 

「何かを話そうとしなくても、共に過ごす時間が多ければそれだけで変わるものもあります」

「なるほど……」

 

 私のそれとない提案を受け、兄様は思案を深め、言葉を止めた。

 

 その思案顔を見て思う。兄様が変わったのは兄様のお子である、志貴が生まれたからだった。それから兄様は憑き物が落ちたように豹変し、その影響で七夜は退魔の生業から離れることとなった。

それはいい。退魔業から抜けた七夜は平穏そのもので、実に穏やかな日々を私自身過ごしている。それを得難いものだと気付いたのは、私自身の進歩だろうか。元から事情により前線に出ることの出来なかった私には、あまり関係ないことと思われるかもしれない。だが、七夜の雰囲気が変わってきていると肌で感じている。里に生きて戻らぬ者も在り、日々暗澹と殺人術を磨き続けた七夜とは一変し、実に安穏とし、温もりのある里になりつつある。これは、素晴らしいことだろう。

 

 しかし、懸念するのは朔のこと。

 

 朔はこの七夜が過ごす平穏とは隔絶された場所にいる。朔は人とのかかわりをほとんど持っていない。兄様、翁、私、そして最近になってそこに志貴が加わったが、それだけだ。温もりがわからず、温度の有難みがわからない子。それは一体どうしてかと、考えた時、要因が目の前にいる兄様にあるのではないかと思いついた。

 

「(ただ、それも今更なのかもしれないな……)」

 

 確かに要因かもしれない。だが、それを考え始めたのが最近。動き出すには遅すぎたのだろう。根付いた習慣は拭えず、朔は以前の兄様のような性格になりつつある。

それをわかっていても朔を変えることの出来ない自分が腹立たしい。

 

 ……そういえば。

 

「以前翁と話し合っていたご入浴の件はどうしましたか」

「……」

 

 兄様が固まった。いつだったか朔と一緒に入浴したいと兄様は言っていたが、今ではすっかり話を聞かなくなっていたのを思い出した。

 

「それが、なあ……」

 

 硬いままに兄様は私に視線を合わせず妙に動揺していた。

 

「私が提案してもだいたい朔は既に入っている状態がほとんどでな……」

「それで、本当は?」

「いや……、一度断られてから、全く聞いてもいない……」

「(このへたれがっ)」

 

□□□

 

 どんよりとした空気を纏い始めた兄様を無視し、修繕の完成した朔の着流しを離れに持っていく。この時間帯、兄様との訓練が終わり食事を済ませた朔はだいたい離れの中にいることが多い、というかほとんどだ。それは朔自身が用もないのに外出することを理解していないかもしれない。しかしそれ以上に兄様の訓練が厳しいことに尽きるだろう。

 

 兄様はあれでも七夜で一の強さを誇る七夜の当主。その力量は折り紙つきで、七夜の鬼神とは兄様を指す。混血の天敵として恐れられ、前線を離れた今もなおただただ強い。その強かさはほとんどの七夜では対応が出来ないほどのもの、なのだが、それに朔はついていっているとのことだ。しかも、時たま兄様を凌駕しようとさえしていると聞く。

 

 それを聞いて、少し嬉しくなり、そして悲しくなったのはいつの日か。

 

 朔には才があると知り、嬉しくないはずはないだろう。私が朔を今まで育ててきたと考えるのならば、自分の身内が褒められるのはいいことだ。

 

 だが、今の七夜でその訓練が必要なのだろうか。退魔組織から抜け、人里離れた場所に住まう七夜に、必要はあるのだろうか。外敵から身を守ると考えればいいのかもしれないが、それは大人の仕事であって、朔のような子供には訓練もまだ早いと感じる。

 

 ただでさえ朔は訓練を開始するのが早かった。未だ歩けたばかりの子供に課すには疑問を抱く事態。だが結局兄様の当主としての命令で、朔は訓練を行わされた。

そして兄様の訓練は苛烈。ただの子供が行うにはあまりに厳しい。それに朔は追随していると言うのだ。

 

 もう七夜は退魔ではないのだ。だからそれだけ鍛えられても、ほとんど意味は無いのではないのかと、私は思い、そして過酷なことをさせている朔が文句を言わずに過ごしていることが、悲しかった。

 

「おや?」

 離れにやってくると、離れの中に朔以外の気配を感じた。襖の中を覗いてみる。堂々とすればいいのかもしれないが、ちょっとした好奇心だ。

 

 ……あとで気付いたが、襖を覗いている私の姿はなんと間抜けだったのだろうか。

 

 そして中を覗いてみると、なんとそこには横になって眠りについている志貴と朔がいた。

 

 志貴が朔と距離を縮めたのは最近のことだった。理由は結局わからずじまいだが、朔が誰かと仲を結ぶのは大変いい事だ。ただでさえ人との関わりのない朔に近しい人間の有無は微妙なところだろう。私は言うに及ばず、兄様や翁に繋がりの情を感じているのか。

 

 だから志貴の存在は稀有だ。得がたい存在だと思う。従兄弟という関係ではあるが、今まで近づいていったこともなかった。それに歳が近い。ほとんど同い年同士だ。志貴にはぜひとも朔とより仲良くなって欲しいと思う。

 

 二人はお互い近づいて眠っている。志貴が近づいているだけかもしれないが、志貴に手が朔の着流しを掴んでいる。その光景は微笑ましく、温かみのある絵だ。

 

 ただその光景は少しばかり私には刺激が強い。

 

「(おっと、よだれが)」

 

 使用人と思われている女性。

 クールビューティー。

 七夜黄理の妹。

 少年嗜好者。

 密かに朔を喰ってしまおうと目論んでいる。

 

 七夜黄理。

 七夜黄理は『へたれ』の称号を手に入れた。




六です。またまたオリキャラです。申し訳ありません。

ただ一言。

朔逃げて。超逃げて。

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