東京喰種 【GLF】喰種解放戦線   作:トミナカ・ビル

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episode9:人質

   

 CCG本部にある休憩室――真戸はそこで本日3本目の缶コーヒーを啜りながら、受話器から垂れ流される愚痴に辟易していた。もちろん、通話の相手は丸手である。

 

『――喰種どもに、ここまで組織的な動きが出来たとは……電波ジャックなんて聞いたことねぇぞ。いったいテレビ局の連中は何をやってたんだか」

 

「11区の警視正が買収されてたことから考えるに、連中はだいぶ我々人間の側に浸透している可能性があるねぇ」

 

 厄介なもんだ、と髪をかき上げる真戸。真戸との電話を終えると、隣にいた二代目パートナーにして准特等捜査官・法寺項介が憂鬱そうに口を開く。

 

「情けない話です。いるかもしれない内通者のせいで、13区の支部が襲撃されておきながら我々は待機するしかない」

 

 現在、CCGは内通者の存在を考慮して迂闊な行動がとれないでいる。初期対応に遅れれば主導権を失うのは明白だが、かといって内部粛清をしないまま動いても情報が筒抜けになるだけだろう。

 

 最初からそれを狙っていたとしたら、敵はなかなかの頭脳派だ。頭も切れるし、それを実現できるだけの組織力もある。

 

 今までに無いタイプの敵にどう対応すべきか、真戸たちには頭の痛い問題だった。

 

 

 **

 

 

 真戸の携帯に再び着信があったのは、休憩のためにロビーで缶コーヒーを飲んでいた時だった。

 

「暁……?」

 

 画面に表示されていたのは、誘拐された娘の名前。そのまま着信ボタンを押そうとすると、隣にいた法寺項介が慌てて止めに入る。

 

「真戸さん、これは犯人からです。逆探知をした方が……」

 

「無駄だよ。ここまで周到に準備している相手が、その程度の対策もしてないと思うかね?」

 

 真戸が電話に出ると、予想通り合成された声が聞こえてくる。

 

『真戸呉緒だな』

 

「そうだ」

 

『一人で1区の埠頭にあるコンテナ置き場に来い。そうすれば、娘は返す』

 

 簡潔に用件だけを告げると、電話は切られた。素人にありがちな、余計なお喋りなどはない。

 

「やれやれ。ここからだと、随分と距離があるな。――法寺くん、丸手くんによろしく頼むよ」

 

 真戸は携帯をしまって歩き出そうとするが、法寺項介がそれを阻むように立ち塞がった。黒い瞳が、まっすぐに向けられる。

 

「どこに行くつもりですか」

 

 いちいち尋ねるまでもなく、真戸にも分かっているはずだ。

 

「もちろん、あのクズ共から娘を取り戻しに行くんだ」

 

「これは罠です。行けば真戸さんは殺されます」

 

「分かっているさ」

 

 暁を拉致した連中は、自分を生かしておくつもりはないだろう。もちろん、暁も……。

 

「でしたら、捜査官を同行させてください。なんなら、私が……」

 

「法寺くん、今のCCGにそんな余裕があるのかね?」

 

 真戸が冷ややかに言うと、法寺項介は辛そうに押し黙った。

 

 真戸の言う通り、解放戦線とやらの犯行声明で東京は大混乱だ。正直な話、真戸のような上等捜査官が一人いなくなるだけでも大変な状況である。ましてや、捜査官を同行させる余裕はなかった。

 

「ただでさえ不足気味の戦力を、これ以上裂くわけには行かない。私の我が儘のために、これ以上の迷惑をかける気はないよ」

 

 法寺項介は無表情のまま、黙って真戸を見ていた。そこにどんな感情が込められているかは分からない。

 

 すまない――と心の中で詫びてから、真戸は踵を返してCCG本部を後にした。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 コンテナの壁に寄り掛かった暁は、小さくため息を吐いた。

 

 周囲を見渡すと、数名の喰種たちがたむろしている。自分を監視するように銃口を向けているが、構えからして明らかに銃を扱い慣れてない様子だった。こんな素人を集めて何をしようというのか。

 

 そこへ、3人の喰種が一人の少女を無理やり引きずるようにして姿を現した。青みが買った黒髪をショートにして、右眼が前髪で隠れているのが特徴的だ。

 

 気が強い性格なのか、自分よりはるかに大柄の男2人に囲まれても怯える様子はない。それどころか彼女がジタバタと暴れたせいで、解放戦線兵士たちの服はしわくちゃになっていた。

 

「放せってんだよ、このクソが!」

 

 騒ぐ少女の瞳は赤く染まっており、背中からは出しかけの赫子が見える。どうやら目の前にいる喰種の少女は、何らかの理由でうまく赫子が出せないようだった。

 

「このガキ、このままじゃ埒が明かないっすよ。――もう一発、あれ打ち込んでいいっすか?」

 

 少女を抑え込んでいた喰種の一人が、アリサに訴える。アリサはやれやれ、と首を振ると、スーツケースの中から一本の注射器を取り出した。それを素早く少女に打ち込むと、徐々に少女の力が抜けていった。

 

「てめぇ……何しやがった」

 

「鎮痛剤だよ。動物園とかで使うヤツ。……これ、結構お高いんだよ?」

 

 そう言うとアリサは少女を縛り付けるように命じ、手錠をかけられた喰種の少女は暁の隣に放り投げられる。

 

「お前、名前は何だ?」

 

 暁が話しかけると、喰種の少女は痛そうに呻きながら睨んできた。

 

「お前こそ誰だよ?」

 

「真戸暁、捜査官アカデミーの生徒だ」

 

「はァ? なんで捜査官なんかがいるんだよ?」

 

 少女が驚くのも無理はない。暁だって、ようやくアリサたち解放戦線の狙いが分かってきたところなのだから。

 

「人質だよ。――お前と同じだ」

 

 怪訝な顔をする喰種の少女に、暁はそっと耳打ちする。

 

「ここはな、連中の人質収容所だ。お前が来る前にも、何人かが拘束されて隣の部屋や上の部屋に運ばれていった」

 

 暁の見る限り、喰種もいれば人間もいた。アリサ達の会話を聞く限り、此処の他にも人質を収容しているようだった。

 

 狙いは恐らく、牽制――捜査官や非協力的な喰種たちの家族を人質にとることで、妨害を受けることなく有利に事態を進めようとしているのだ。

 

「……お前、名前は?」

 

 暁が尋ねると、喰種の少女はしばらく値踏みするように睨んだ後、ぶっきらぼうに小声で告げた。

 

 

「“ラビット”だ」

  




 トーカさん登場。

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