東京喰種 【GLF】喰種解放戦線 作:トミナカ・ビル
(いかん、対喰種戦闘のセオリーが通用しない……)
赫子は大きい分、筋肉や視線の動きから次の行動が分かる。だから先読みより、観察のほうに重点が置かれている。素早い羽赫といえども、弾速そのものは速くないから意識を集中させれば避けることが出来る。
だが、本当に強い喰種はほとんど予備動作が無い。気づいた時には相手の攻撃が迫っている。そんな状況なのた。
当然、防御も回避も遅れがちになる。
そしてアリサの場合、元の頭がいいのか読みがやたらと当たる。丸手の動作や思考を当たり前のように察し、どれほど早く攻撃しても、そもそも攻撃する前から対処されているという有様だった。
――やばい。こいつ、本当に強ぇな!
自分の現場キャリアなど、所詮は天才の前には無力なのだと思い知る丸手。
アリサは無理をせず、二手三手の攻防で、丸手の形成を悪くしてから、徐々にダメージを蓄積させていく。
「く……」
負傷が増えるたびに、体が重たくなっていくのを丸手は感じていた。
アリサが攻略本を片手にダンジョンを最短ルートで攻略しているのに対して、丸手は字幕も吹き替えも無い洋ゲーをプレイしているような、圧倒的な差。
今はなんとか気合と根性で追いついているが、ロスが多すぎて資金もHPも無くなりかけ。対して、相手は無理せずジワジワと体力を削りに来ている。
(となれば、仕切り直しの直後しかねぇ!)
手数を重ねるごとに、打ち合いを繰り返すごとに、状況が悪化してしまう。あちらは丸手の攻撃を読み切っているのだ。
―—なぜ読まれる?
相手の攻撃が当たらないよう、無意識に動きに制限を加えているからだ。
「当たったから、なんだってんだ!」
丸手は息を止め、渾身の一撃を放った。
「どぉりゃあああああ――――—―ッ!!」
「無謀だよ、おっさん」
やはり、読まれていた。進路上に尾赫が構えられ、そのまま突撃すればバーベキューの具みたいに串刺しだ。
「それがッ! どうしたァアア――ッ!?」
男の人生には、逃げてはいけない時がある。そして単純に、逃げられない時もある。今回はその両方だ。
「うそっ!?」
アリサが目を見開く。丸手の狙いに気づいた彼女が逃げるより早く、さらに踏み込む。
尾赫が、丸手の脇腹に刺さった。熱を帯びた鋭い物体が、腹部にめり込んでくる。
それでも、丸手は走るのを止めない。
「顔面、もらったぁ!」
拳を顔面に叩き込む―—―—鼻の骨が折れたような嫌な音と一緒に、血が地面にこぼれた。
「がッ……あぐ……っ」
アリサは唇も切ったのか、鼻と口からダラダラと鮮血が流れている。歯も何本か折れているようだ。
もっとも、腹に赫子の刺さった丸手の方が被害は大きい。もっと派手に血がこぼれている。
しかし最初から予想していた丸手と違い、不意を突かれたアリサは痛みに対する覚悟が出来ていなかった。完璧だった構えに、僅かだが隙ができる。
――今しかねぇ!
間合いを取ろうと後ずさるアリサに、丸手は更に踏み込んだ。そして再び殴る! 蹴る! ぶん殴る!
「やっぱ痛てぇッ!」
二度目の顔面パンチが炸裂した。耳元で、聞いたこともないような嫌な音が響く。アリサの小奇麗な顔を構成するパーツが、崩壊した音だ。
だが、そこでアリサも反撃に出た。素早く尾赫を丸手から抜き取る。
丸手は右手で逃がすまいと掴むも、喰種との力の差は歴然。丸手の腹に刺さった尾赫の先端が抜けた直後、アリサは引きざまに丸手の右腕を斬り付けた。
「ぐぅ――!」
これで丸手の右手は使えない。あとは距離さえ離せば、丸腰の丸手に勝ち目はない。
「おぉぉおおおおおおおッ!」
丸手は左拳を握りこむ。アリサと丸手の視線が交錯した。
離れようとするアリサを逃がすまいと、地面を蹴りつけ、前のめりに突撃―—―倒れこむようにアリサの腹部目がけて、三度目の拳を叩き込んだ。
「ッ――!?」
アリサはとっさに腕で受け止めたが、バランスを崩してしまう。丸手斎38歳の全体重と、渾身の力を振り絞ったダッシュ―—―それが質量×速度の2乗となって重い衝撃をアリサに与える。
「寝てろや!」
アリサは第2撃が来ると思い、とっさにクインケで自身を庇う。
「なっ―—!?」
だが、地面に倒れた丸手が最後の力を振り絞ってしたことは、アリサの足を掴んで引っ張ることだった。
「きゃぁッ!」
体勢を崩し踏ん張りの利かなくなっていたアリサは、嫌がらせのような単純な手によって無様に転倒した。
―—―そう、エレベーターの昇降空間に。
「かかったなッ!」
最後の力を振り絞り、丸手は残った弾をありったけ油圧シリンダーに打ち込んだ。銃弾の開けた穴から油が漏れだし、カゴ室を持ち上げていた圧力が下がっていく。
「俺の、勝ちだァァァアアアッッ!!!」
ついに耐えられなくなったカゴ室は自重で落下――アリサ目がけて落下していく。
「クソッ――こんな所でぇぇえええッッ!!」
とっさにアリサは手を伸ばすも、血まみれの指が滑る。そのままカゴ室はアリサは道連れに、勢いよくシャフトの底へと落ちていった。
「ひっ――――――!!」
アリサの断末魔の悲鳴は、骨と肉が潰れるグシャッという嫌な音によってかき消される。その後には、後味の悪い静寂だけが残った。
**
「終わったか……」
決着がついたのを見届けると、真戸呉緒は崩れるようにその場に倒れ込んだ。娘の暁が慌てて傍に駆け寄ってくるのを見て、真戸は痛みを堪えて弱々しく微笑む。
「よくやった。暁」
その時、ようやくCCGの増援がクインケを手に取って部屋に殺到してきた。白髪が目立つ有馬貴将を先頭に、篠原と法寺が後に続く。
「おい撃つな!こっちは味方だ!」
丸手は慌てて手をあげ、制止する。
「俺は特等捜査官だ!上司にクインケなんか向けるんじゃねぇ!」
その後、すぐに3人は応急手当を受けることになった。暁はたいしたことはなかったが、問題は2人の中年男性だ。
「真戸さん、命に別状はありませんが今度こそ絶対安静ですよ」
静かに、しかし強い口調で法寺が釘を刺す。真戸は大人しく頷くと、近くの縁に座っていた暁の隣に腰かけた。
「父よ、大丈夫か?」
「死にはせんよ。そのうち慣れる」
「そうなのか……?」
暁の視線が治療を受けている丸手に注がれる。そこには年甲斐もなく治療にビビりまくる中年男性の醜態があった。
「痛っ! 待て、そこは慎重にだな……」
「落ち着くんだ、丸ちゃん。ここは医者の言う事をよく聞いて」
「やかましい!麻酔なしで我慢してられるか!」
「……まぁ、人それぞれだ」
真戸は、わざと大げさに深いため息をついてみせる。
(とにかく………やっと、終わった)
体中が悲鳴を上げているのに、不思議と真戸は穏やかな気持ちだった。
なんにせよ、事件は終わった。喰種の反乱は鎮圧され、黒幕は死亡。娘もこうして無事に取り返した。
「さて、帰るとするか」
終わり良ければ全て良し。 真戸は娘を見据えると、優しく微笑んだ。
今回をもって、本作は完結です。
ここまで読んでくださった読者の皆様に感謝しいたします。粗の多いストーリーと文章でしたが、こうして最後まで走り切ることができたのは、ひとえに読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございました。