東京喰種 【GLF】喰種解放戦線   作:トミナカ・ビル

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episode25:窮地

 暗い倉庫の通路を、一人の女性が這うようにして歩いている。顔は血と泥に塗れ、ぼさぼさになった髪の毛が汗で肌に張り付いていた。

 

「ちくしょう……完璧な計画を立てたのに、どうして……?」

 

 ジェット機が突っ込む直前、アリサは部下の一人を盾にすることで何とか生き延びた。

 

 

 とはいえ、状況は最悪だ。30人以上いた部下は5人までに減り、空港から脱出するプランはもう使えない。

 急がないと、すぐにCCGの増援が来る。その前に出来るだけ遠くに逃げなければならない。

 

 ――せめてもの幸いは、人質の真戸暁がまだこちらの手の内にあるという事か。

 

 爆発の衝撃で暁は気絶しており、今は部下の一人が抱えるようにして持っている。アリサはちらりと横目で彼女を見た。

 

 

 いざという時は、彼女をカードに交渉をすればいい。

 

 

 そう自分に言い聞かせつつ、急いで離れようとするアリサだったが、喰種捜査官のしつこさは彼女の想像以上だった。

 

 倉庫に足を踏み入れた瞬間、アリサは己の運の無さを呪った。そこにはあの忌々しい――何度も自分の邪魔をした中年オヤジがいたからだ。

 

 

 **

 

 

「動くな!」

 

 

 丸手はアリサを見つけるなり、迷わず発砲した。しかしジェット機が突っ込んだ際に丸手もまた負傷しており、弾はわずかに逸れてしまう。

 

「散開して!」

 

 アリサの号令と共に、彼女の部下も散らばる。

 

「チッ――」

 

 思わず舌打ちし、続けて残弾をありったけ撃ち込む。だが、アリサには初弾のミスだけで十分だった。残りの弾をすべて躱すと、自らの嚇子を展開させた。

 

 種類は尾嚇……いささか器用貧乏のきらいはあるが、汎用性が高くて安定した性能を誇る嚇子だ。

 

 しかし丸手を驚かせたのは、アリサが展開した別のモノだった。

 

 

「クインケだとぉッ!?」

 

 

 アリサの左手には銃を連想させる羽嚇タイプのクインケが、右手には甲嚇タイプのクインケが盾のように展開されていた。

 

「なに驚いてるんですか? 喰種がクインケ使っちゃ駄目なんて決まってませんよ」

 

 碧かった虹彩を朱に染め、アリサはせせら笑った。尾嚇をアンカーのように撃ち出し、立体機動を駆使しながら羽嚇クインケで発砲する。

 

「アクロバットかよ!」

 

 丸手の言葉通り、アリサはサーカス顔負けの器用さでパイプやらホースをすいすいと伝って翻弄する。

 

「使うのは初めてですけど、これイイですね! 威力の大きいクインケで敵を追いつめるのって爽快です!」

 

 興奮で色白の肌を上気させながら、アリサが嬉々として叫ぶ。

 

 

 一方で、狙われる側の真戸たちにとっては堪ったものではない。

 

 

「喰種捜査官がクインケで死ぬなんてシャレにならんぞ!」

 

 

 たまらず丸手が叫ぶ。敵から奪った自動小銃で乱射するも、アリサは上下左右を自由自在に移動して狙いが定まらず、逆に発砲されて転げまわる始末だ。

 

「なるほど、嚇子は機動に特化させて、攻撃はクインケで行う――確かに厄介だねぇッ!」

 

「おい真戸、アイツ本当にBレートか!?」

 

「それは間違いない。が、レートはあくまで戦闘時の指標に過ぎんよ。戦わない奴や、逃げに徹して嚇子を移動手段にしか使わない喰種の実力までは図れない」

 

 基準設定ガバガバじゃねぇか――真戸の説明を聞いた丸手は、生き残ったらレートを見直そうと心に決めたのだった。

 

 

 **

 

 

「それで丸手君、敵をどう倒す?」

 

 陰に隠れて銃撃を躱しつつ、真戸が問う。

 

「厄介なのはアリサだけだ。残りはせいぜいBレートかCレート。ここは二手に分かれて雑魚から始末した方がいいと思うが」

 

「上等だ!」

 

 作戦は決まった。片方がアリサを適当に牽制している内に、残りの敵を始末する。掃討が完了したら、二人がかりでアリサをフルボッコ――完璧な計画だ。

 

「では丸手君、アリサは任せたぞ」

 

 そういうが早いか、真戸はアリサの相手を丸手にぶん投げてザコ喰種へと突っ込んでゆく。

 

「了解……って、おい!?」

 

 俺がやるんかい!丸手は大声で突っ込むも、既に真戸はクインケを振り回しながらザコ喰種たちの中で無双中だ。

 

 追いかけてる暇もなく、アリサの持つクインケから自分目掛けて嚇子が射出される。

 

「ちくしょぉッ!」

 

 羽嚇を多連装ロケット砲か何かのように、手当たり次第に周囲のものを破壊していくアリサ。

 

 対して丸手の手元にある武器は護身用のナイフと、マガジンが2つしか残っていないAKS-74Uだけだ。

 

 せめてもの救いは新型Qバレットを装備している事ぐらいか。新型Qバレットを使えば、Aレートクラスの甲嚇でも易々と貫通させる事ができる。

 

 だが、AKシリーズの宿命として命中率が若干低いことが難点だ。

 

(っても喰種ナイフでやり合うのはバカのやることだ――AKでやるしかねぇ!)

 

 丸手は覚悟を決めて、一気走り出した。すぐに敵が反応し、羽嚇クインケを乱射してくる。嚇子が地面に、あるいは倉庫の壁に次々に穴を空けていく。

 

 

「へぇ……クインケもなしに自分の射撃を躱すなんて、CCGにもなかなか腕の立つ職員がいるじゃないですか。驚きです」

 

「だろ? 惚れてもいいぜ」

 

 軽口を返しつつも、丸手は気を引き締める。

 

 距離は20mほど。拳銃では当たるかどうか微妙な距離だ。丸手は懐にしまっていた閃光手りゅう弾を取り出す。

 

 

 ――無論、このままで勝るとは思っていない。足を止め、しっかり狙ってアリサに銃弾を叩き込む必要があった。

 

 

 とはいえ、雨のように嚇子が降り注ぐ中、止まることは死を意味する。

 

 

 だが、丸手には勝機があった。

 

 

 ――アリサは頭がいいが、まだ若い。経験が不足している。そこに、丸手が付け入るスキがあった。

 

「弾切れでも狙ってるんですか? それとも銃身加熱ですか?」

 

 アリサが挑発する。対して、丸手はみっともなく逃げ回っている。

 

「生憎ですけど、センサー付けまくってるから無駄ですよ!」

 

 それでも丸手は逃げ続ける。時に滑り込み、時に転がり、さらに障害物を徹底的に利用しながらその銃撃を躱していく。

 

 そして――。

 

「っ――!?」

 

 さっきまで丸手に向けて次々に羽嚇を打ち込んでいたアリサが、急に動きを止めた。連続発射により、ジャム(弾詰まり)が発生したのだ。

 

「嘘!? クインケは嚇子で出来てるのにどうして――」

 

 丸手はその隙を逃さず、足を止めてAKをアリサに向ける。

 

 

「筋肉疲労だ」

 

 

 Rc細胞によって構成される嚇子がしばしば「液状の筋肉」と例えられるように、その特性は機械というよりむしろ生物に近い。休息も与えず酷使すれば、疲れるのは道理。

 

「お客様の銃ですが、修理に出すことをお勧めしますってな!」

 

 丸手がトリガーを引くのと同時に、5.45x39mmQバレット弾が発射され、アリサの体を貫いた。

 

 丸手がふっと息を吐いたのも束の間、視界の隅に点滅する光が目に入った。

 

 ――右側に何かある!

 

 振り返ると、大型クレーンの陰に起動済みのプラスチック爆弾が仕掛けられていた。丸手がアリサに隙が出来るのを伺っていたように、向こうもまたトラップを仕掛けていたのだ。

 

「あの腐れビッチ!」

 

 回避に入ろうとした丸手だったが、それより先にプラスチック爆弾が爆ぜた。強烈な衝撃波が丸手を襲い、勢いよく地面に叩きつけられた――。

 




丸手「喰種捜査官がクインケで死ぬなんて!」

元ネタはとあるサメ映画。今作における丸手さんと同じく、オモシロ黒人枠の方の名言から。

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