東京喰種 【GLF】喰種解放戦線 作:トミナカ・ビル
「げほッ……はぁ、はぁ」
炎に熱された空気を吸い込み、丸手は真戸の傍へと駆け寄った。傷だらけの頬を片手で擦り、近くで倒れている喰種の方を見た。
「……なんで生かしたんだ?」
「勘違いするな、生かしたわけじゃない。尋問で情報を聞き出して、その後で殺す」
真戸は倒れている喰種の襟首をつかんだ。
「地下3階にあったスーパーコンピューターで、何をするつもりだ?」
「……革命だ」
倒れたまま、口から血を吐きつつも清水は応じた。
「あれでCCGの裏側を暴くのさ。貴様らの信用は失墜する」
クインケに関する情報は政府関係者の間でも極秘扱いとなっている。データには幾重にもセキュリティがかけられ、高度に暗号化されている。
対して、清水がとった方法は実にシンプルだった。
世界最高峰のスーパーコンピュータの演算能力を使って、「総当たり攻撃」と呼ばれるサイバー攻撃をかける。理論的にありうるパターン全てを入力すればいずれ正解に行きつく、という単純な方法だ。
「すでに暗号は解読済みだ。もうすぐ公開される」
相変わらずの不遜な態度だが、真戸は憤るより先に違和感を覚えた。
「“公開”だと……?」
何かがおかしい。丸手はポケットの中から遠隔操作用の送受信機と大容量ハードディスクを取り出した。
「これで何をするつもりだったんだ?」
「……?」
不気味な沈黙があった。嫌な予感がする。
「これがサーバー群にいくつも付いていた。何のためにだ?」
「……何を言っている?」
清水は怪訝な顔をした。
「俺たちがスーパーコンピューターを乗っ取ったのは、CCGのサイバーセキュリティーを丸裸にして誰でも機密情報にアクセスできるようにするためだ。ダウンロードはマスコミや個人が勝手にやってくれる」
「ッ……!」
真戸の動きが止まった。
たしかに、清水の話には筋が通っている。個人でもダウンロードできるように暗号鍵を破壊したのだから、わざわざ清水たちが手間暇かけてデータをダウンロードする理由は無い。
では、何のデータをダウンロードしていたのか?
「って……おい! どこ行くんだ真戸!?」
喰種の見張りを丸手に任せ、真戸は急いで部屋を出る。幸い、研究所なだけあってパソコンはすぐに見つかった。
急いで立ち上げ、何がダウンロードされていたか確認する。履歴を見るにつれて、真戸の目が見開かれた。
「金融情報……連中、スーパーコンピューターで銀行にもハッキングをかけていたのか!」
だとすれば、狙いはひとつしかない。真戸は八つ当たり気味に近くあった椅子を蹴りつけると、吐き捨てるように叫んだ。
「結局、最後は“カネ”かッ!」
**
「ハードディスクの回収、終わりました」
「おっ、ありがとねー。さっすがぁ♪」
そう答えたアリサはいつになく上機嫌だった。ハードディスクのうち一台を選んで、自らのノートパソコンに接続する。
「――来た」
画面を見ていたアリサの顔つきが徐々に変わり、やがて薄い唇がにっと笑みを作る。
「カネだ……」
アリサの両目が見開かれ、眉が釣り上がる。しばらく閉ざされていた唇がやがて静かに震え始め、押し殺した笑い声が漏れ出る。
「くくっ……、くっくっくっ……。金、正真正銘の大金ってね。これでやっと……、自由になれる」
「おめでとうございます、アリサさん」
「ふふふ……、ふふっ……」
肩を震わせ、静かに笑う声が部屋に不気味に響く。
「ははは、あははははッ!」
やがて大声で笑い出すとアリサは勢いよく立ち上がり、顔をもたげて天を仰ぐ。
「はははははッ! あははははッ! 金さえあれば何でもできる! 自由だ! これで私は自由なんだッ! あはははははッ! ははははッ!」
アリサの笑い声は塔の壁に反響し、まるで大勢の悪魔が笑い転げているかのように鳴り響いた。
**
瀕死の清水にトドメを刺した後、丸手と真戸は残る敵を探していた。
「クソ喰種どもめ、一体どこに隠れていやがる……」
廊下を通り、敵の本部があるであろう制御室へと足を踏み入れた丸手は思わず足を止めた。
清水の連れていた喰種達の死体が、折り重なるように倒れている。
(おいおい、何があったんだ……?)
今更、守衛たちの生き残りが反撃したという訳でもないだろう。衛兵達は、別の何者かによってなぎ倒されたのだ。
丸手は拳銃を握り直し、制御室へと進む。衛兵を殺戮した犯人が潜んでいるとすれば、屋敷の内部以外考えられない。 制御室に人の動きは見えず、機械音だけが響いていた。
「おい、誰かいるか!」
挑発しようと声をかけるが、返事は無い。試しに2,3発撃ってみるが、やはり何の反応もなかった。
丸手は釈然としない思いのまま足を進めると、部屋の奥に椅子に座っている喰種の姿が見えた。
(見覚えのある顔だな。たしか指名手配犯のキムとかいう喰種だったような……)
こんな奴も仲間に入れていたのか、と解放戦線の人材豊富さに舌を巻くやら呆れるやら。
「おい」
もう1度呼び掛け、 丸手は喰種の肩の辺りに手を伸ばす。
反応は無く、丸手の指が喰種の頬に触れた。
「ッ……! こいつは――」
驚きに手が止まる。その頬は血でまみれ、額にはくっきりと銃で撃ち抜かれた跡があったのだ。
「まだ温かいな……」
死んだ喰種たちに手を触れながら、真戸が言う。
「この温度なら、殺されたのはつい先ほどだ」
「真戸、そりゃどういう意味だ?」
丸手の問いに対する答えは、思ったより早く出た。2人の後ろにあったモニターが突如起動し、映像が映し出されたからだ。
『――おやおや、何処にいってたんですかぁ?』
人を小馬鹿にしたような、ねっとりした女性の声。2人が振り替えると、いつの間にかPCの画面にアリサが映っていた。状況から、彼女何をしたのかは想像がつく。
「……清水を殺したのは貴様か?」
「そ。もうこいつらは必要ない」
そう言うアリサは背後に複数の男を従えていた。清水の護衛たちとは違う、迷彩服に身を包んだ白人の喰種たちだった。
「乗っ取りか。相変わらず喰種ってのはやる事が前時代的だな」
「別に乗っ取ったわけじゃないよ。リーダーとか興味ないし、喰種の独立がどうとか正直どうでもいいし」
芝居がかった口調で話を続けるアリサ。
もともと、彼女は本気で清水の言う「革命」が出来るとは信じていない。彼女は自分以外の誰も信用するつもりは無かった。
大事なのは自分「アリサ・ローザ・ニコラ―エフナ」が生き残って成功すること。
他の喰種のことなど知った事ではない。たまたま清水の喰種解放戦線は利用しやすかったから、使わせてもらったまでだ。
「私はただ、堅実に暮らすというささやかな幸福が欲しいだけなのです」
「ささやかな幸福だぁ? 偉そうなこと言って、結局はカネじゃねぇか」
鼻で笑い飛ばす丸手に、アリサはむっとしたような顔になる。
『……ただのカネじゃない。 国一つが買えるぐらいの大金』
アリサにとって、それは大きな違いだ。
『それだけのカネがあって初めて、貴方たち人間が当たり前のようにしている事が出来るようになれるんです……!』
喰種は人間では無い。だから人権もない。人権がないという事は、人間であれば当たり前のように受けられる行政サービス――教育、医療、社会保障、口座開設から携帯電話契約に至るまで制限を受けるという事だ。
人間が羨ましい、とアリサは思う。華やかな都会で堂々と遊べて、美味しいものを食べて、人並みであれば平穏に暮らしていける。ちょっとぐらい社会のレールを逸れたって裁判も受けられるし、害虫駆除のように殺される事は無い。
すべて、喰種に生まれたというだけで得られない贅沢だ。
『私、こう見えて喰種って嫌なんですよね』
だから頑張って手に入れようとした。そのためなら何でもした。それだけのこと。
「喰種が嫌なら勝手に一人で死んどけ。人様に迷惑をかけるなって学校で教わらなかったか?」
『……だから、その教育を喰種は受ける事が出来ないんですよ』
アリサはそう言って、はぁと大きくため息を吐いた。
自分と目の前の男たちでは、住んできた世界が違う。価値観も、生活も、能力も、すべてが別なのだ。
(まぁ、端から別に分かり合おうだなんて思っちゃいないですけど)
内心でひとりごちた後、「ああ、それから」と思い出したように手元のタブレットを操作する。
すると画面上に新たなウィンドウが映し出され、両手を縛られている女性――真戸暁が映し出された。
「暁――!」
真戸が悲痛な声を上げ、暁も蒼ざめた表情で父親を見つめる。
『っ……』
『ほら暁ちゃん、感動の2度目の再開だよ? ほら、「パパ助けてー」的な保護欲そそるカワイイ系の胸熱展開とか無いんですかぁ?』
アリサの挑発を受けた暁は苦々しげな表情になり、やがて意を決したように口を開く。
―――そして。
『父よ、コイツらは羽田から飛行機で逃げる気だ』
落ち着いた声で、暁はしっかりとそう告げた。
理想主義的な清水に対して、アリサは革命の混乱に紛れて金を掠め取る程度で満足できるぐらいには現実的。ダイハードとか言わない。