東京喰種 【GLF】喰種解放戦線 作:トミナカ・ビル
1200万人以上が住む東京は、その人口に比例するかのように渋滞も多い。
たった2200平方キロメートルの面積に対して、自動車保有台数が800万台。これに他県からの出入りも激しいとくれば、11区から1区までの東京縦断移動で渋滞につかまらない方が珍しいと言えた。
丸手たちが乗るCCGの護送車も例外にもれず、隣の3区で30分以上足止めをされていた。
「チッ……これなら正直にパトカーにでも乗って、サイレン鳴らせば良かったぜ。休日出勤だってのに、まったくツイてねぇ」
退屈しのぎにガムを噛みながら、不平を垂れる丸手。彼らの乗る護送車はいわゆる覆面パトカーで、見た目には普通の大型乗用車二しか見えない。
警察車両でサイレンを鳴らしながら乗用車を押しのける方法を取らなかったのは、石井と通じていた喰種集団の口封じを防ぐためだ。
「それにしても警察幹部が、喰種と協力関係にあったとはね……」
ファイルを呼んでいた篠原が、拘束された石井を横目で見る。あれから何度も話しかけてみたが反応はなく、黙秘を貫く構えのようだ。
「特定の喰種グループの活動を黙認する代わりに、11区の治安維持に協力させる……それが治安向上の真相か」
種明かしをされて見れば、別に驚くような事ではない。
小規模な喰種グループが乱立していると、却って捜査し辛い上、喰種同士の抗争があろうものなら余計に被害が拡大する。むしろ特定グループが支配していれば抗争も起こらないし、彼らに11区の喰種数を制限させることで被害も抑え込める。
つまり石井警視正は協力関係にあった喰種グループに対し、上限を設けた上での襲撃を黙認することで、喰種による被害を一定以下に抑えていたのだ。
協力関係にあった喰種にしてみれば、これほど美味い話はない。節度を保って“食事”をすれば警察に追われなくて済むし、時には支援すら受けて11区の喰種社会を支配できる。
警察にしても一部の犠牲者に目を瞑りさえすれば、被害総数そのものは減らせるのだ。そして何より喰種と戦って殉職する者が減る。
11区は警察と喰種の歪な共生関係の元で、辛うじて表面的な治安が保たれていた……それが11区における治安向上の真実だった。
「ったく、胸糞悪い話だな……結局のとこ、自分の身が可愛いだけじゃねぇか」
丸手の軽蔑しきった悪態に、篠原も静かにうなずく。
(大の為に小を殺す、なんてやり方は「正義」じゃない。賢いやり方かもしれないけど、生贄を前提にした平和なんて間違っている……)
確かに石井署長のやり方は、ある意味では現実的な判断だ。数字上のデータだけを見れば、11区はダントツの成果を叩き出している。それでも――。
「俺たちCCGは、人の命を守るのが仕事だ。その法の番人が、自ら進んで人の命を差し出してどうする」
篠原が静かに独りごちた直後――
前方を進む覆面パトカーが火に包まれた。
「ッ――――!」
「何だぁッ!?」
篠原が息を飲むのと、丸手が悲鳴を上げたのは同時だった。
「口封じかっ!? 派手にやってくれたなぁ、オイ!」
再び、爆音。今度は後ろのパトカーが炎上し、前後を塞がれる。
「丸ちゃん、車内から脱出した方がいい。容疑者と一緒に外に出るぞ!」
クインケをケースから出しながら、篠原が叫ぶ。
オニヤマダ壱――篠原愛用の尾赫クインケで、見た目は大型の鉈に近い。複数の捜査官を殺した危険な喰種を、当時一等捜査官だった篠原が討伐して造られたものだ。
クインケを構えた篠原が周囲を確認すると、丸手も容疑者と共に護送車から降りる。直後に後ろで大きな爆発音が響き、護送車が爆発した。
「ロケット弾だとぉッ!?」
驚愕の声をあげる丸手。再び悪態をつこうと口を開きかけるも、敵はそれを許さず続けざまにロケット弾を発射。丸手たちはそれを間一髪のところで躱しながら、貴重な証拠となる容疑者を守ろうとする。
しかし敵も道を塞ごうと、次々に車という車を次々に爆破してゆく。
「クソッ、日本は先進国なんだ! 紛争はお呼びじゃねぇッ!」
喰種の襲撃に備えて周囲に目を走らせるも、四方のどこからも接近してくる様子は無い。代わりに篠原たちに叩き込まれたのは、各国軍の重機関銃で採用されている12.7mm弾だった。
「気を付けろ。かなり大口径の機関銃みたいだ」
「なんで撃ってくるんだよ!? 嚇子使えよ! 喰種のくせにッ!」
丸手は懸命に炎と車の間を掻い潜り、せめてものお返しにとビルに向けて発砲を繰り返す。見ればそこら中にエンジンの煙や割れたガラス、炎上する車の爆発音に人々の呻き声と鳴き声が散らかっている。
「こちら篠原、誰でもいい! 近くに居たら助けてくれ!」
再び飛んできたロケットをクインケで破壊しながら、篠原は必死にインカム越しに叫んだ。
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旧芝離宮恩賜庭園は、丸手たちが走っていた首都高速都心環状線沿いにある。長い歴史を持つ由緒正しい庭園であり、園内を回りながら鑑賞できる回遊式庭園だ。
その中のベンチに、ひときわ奇妙な2人組が座っていた。
「……いま、何か聞こえたような気がするんだが」
一人目は、真っ白な白髪を長く伸ばした、不健康そうな痩せた男。ギョロギョロと左右で不釣り合いな目を動かす男の名前は真戸 呉緒。CCGの上等捜査官である。
「聞こえたぞ。あっちから、爆音が」
もう一人の方は、薄いブロンドの髪をアップで纏めた、周囲にどこか怜悧な印象を与える美人だった。見た目からは想像もつかないが、隣にいる怪男の娘である。その名を真戸 暁と言う。
「――行ってみるか、暁」
ゆっくりと立ち上がる呉緒。その手には重厚なアタッシュケースがしっかりと握られている。
暁も父に続いて、ベンチから腰を上げた。
そしてこの瞬間から、真戸親子は貴重な休日と分かれを告げることになる――。
汚職警官に上納金おさめれば喰種も生きていけると思うんだ(ハリウッドあるある)……