東京喰種 【GLF】喰種解放戦線   作:トミナカ・ビル

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episode12:再会

 

「その様子だと、こちら側に付く気は無さそうだな」

 

 ポカンとするアリサの横を過ぎ、清水は旧友に再開するように親しげな態度で異形の喰種に近づいていく。

 

「――清水」

 

 梟、と呼ばれた異形の喰種の声に、初めて感情らしいものが混じった。

 

「清水、お前は変わったな」

 

 かつては清水も「あんていく」の従業員として働いていた事がある。しかしある日を境に、清水は「あんていく」を辞めた。

 

「仕方がない。我々のような弱者は、変わらないと生きていけない。それを成長とも言うが」

 

 清水は皮肉っぽく返した後、アリサと生き残っていた部下たちに武器を下ろすよう合図した。

 

「梟、お前の目的は分かっている。あそこにいる、喰種の少女はお前のところのか?」

 

 清水が縛られているトーカを指さすと、梟――芳村は小さく頷いた。それを見て清水は溜息を吐き、アリサに解放するよう命じた。

 

「アリサ、人質を解放してやれ。向こうの実力は分かっただろう」

 

「しかし、ボス……」

 

「アリサ、命令だ」

 

 清水が落ち着いた声で静かに告げると、アリサは渋々といった様子でトーカの拘束を解く。トーカはアリサを睨み付けた後、じりじりと梟のところまで後ずさった。

 

「お嬢さん、手荒な真似をして済まなかった。部下が勘違いしたようだ」

 

 じろり、と清水はアリサの方を一瞥すると、彼女はバツが悪そうに眼を背けた。ぶつぶつと小声で「魔猿かブラックドーベルの関係者だって聞いてたのに」とか「ここ10年近く誰も見てない梟の正体なんて分かるわけない」などと不平を垂れている。

 

 

「清水――彼女は、もしやセルゲイの……」

 

 芳村が口にした言葉に、アリサがびくっと反応した。

 

「セルゲイなら死んだよ」

 

 芳村の言葉を遮るように、清水が答えた。

 

「そうか……」

 

 芳村が嘆息する。

 

(セルゲイ・ニコラ―エフ……)

 

 その名を口にするのは6年ぶりだった。ロシアの喰種対策局から逃れて日本に渡ったロシア人で、彼の率いていたグループ『喰種自由軍』は有力な組織の一つだった。

 

 セルゲイ率いる『自由軍』は、従来の喰種グループとは何もかも異なっていた。ソ連崩壊の際に大量に横流しされた武器を格安で買い占め、その買い占めた武器兵器を元手に一気に勢力を拡大した。

 

 セルゲイのグループが日本に密輸する武器は、瞬く間に日本の闇ルートにおける武器市場を独占した。軍の正規品の横流しなだけあって、威力も性能も高く、しかも種類豊富で、おまけに為替の関係で値段も安かったからだ。

 

「セルゲイが自分たちの組織を『喰種自由軍』と名付けたのは、その頃だった。思えば、あの時が絶頂期だった。『自由軍』に入れば、それまでの喰種じゃ想像もつかないような大金を手に入れることだって出来た」

 

 清水もまた、セルゲイのちらつかせた高額の報酬につられて「あんていく」を辞めた。

 

 その後は武器商人として成功したセルゲイを支え、武器売買で得た資金を元手に売春や麻薬といった非合法ビジネスを拡大した。人員も大幅に増強し、彼の率いる喰種グループ『喰種自由軍』は国際テロ組織としての指定を受けるほどにまで成長した。

 

 

「だが……『自由軍』は急拡大し過ぎた。だから6年前、CCG北海道支部の掃討作戦を受けた時に統制が取れず、裏切り者が続出した。セルゲイは辛うじて生き延びたが、すぐに『自由軍』残党同士の内部抗争で殺された」

 

 清水が淡々と独白する。当時セルゲイの部下だった清水は、組織があっさり崩壊した理由を誰よりも理解していた。

 

「結局、『自由軍』には金目当ての風見鶏しか集まらなかったって訳だ。だが、私はその愚を繰り返しはしない」

 

 清水はぐっと拳を握りしめると、再び芳村に向き直った。

 

「店長、一緒に新しい夢を見てみないか?」

 

「夢……だと?」

 

「そうだ」

 

 困惑する芳村に、清水は自信にあふれた口調で返した。

 

「我々喰種が、堂々と大手を振って生きられる世界――俺はそれを創るためここにいる」

 

 力強く己の夢を語る清水の立ち振る舞いに、芳村は驚きを隠せなかった。手応えを感じた清水は畳み掛けるように続ける。

 

「店長、貴方はかつて私に、『人間と喰種は共存できる』と言った? だが、私に言わせれば貴方の言う共存は『負け犬』の負け惜しみだ」

 

「……どういう意味だね?」

 

「貴方のやり方で生きるには、『喰種であること』を隠さなければならない。人間の振りをして、自分を騙して、他人の顔色を伺いながらコソコソと生きる……それを負け犬と呼ばずして何と呼ぶ?」

 

 清水の言葉に、トーカの額がぴくりと反応した。

 

 これまで自分の事を、そんな風に考えたことは無かった。だが、己の置かれている状況を考えれば、その表現もあながち的外れではない。

 

 生まれながらにして存在を否定され、自分で自分の存在を否定しながら、それを隠して周囲に合わせる――。

 

 喰種という存在が「悪」であるというのは、全て人間の理屈だ。人間が喰種を否定するのは仕方がない。

 

 が、喰種が自らの存在を肯定してはいけないのか? 自分は喰種である、と堂々と胸を張って生きてはいけないのか?

 

「私は、堂々と生きたい。自分を肯定して、生まれ持った個性を隠すことなく生きられる社会を、作ってみたいんだ」

 

 それは、喰種として生まれた者が、皆一度は考える“夢”だ。

 

 だが、皆すぐに現実の前に「どうせ実現できるはず無い」と諦めてしまう。

 

 ――清水という男は、それを本気で叶えようとしているのだ。

 

 ひょっとしたら、自分は清水という人物を見誤っていたのかもしれない――今の清水には卑屈だったかつての面影はなく、組織のトップとしてふさわしい貫禄が備わっているように思えた。

 

 一度は壊滅したセルゲイの組織が大きな混乱も無く、瞬く間に復活・拡大できたのは彼の存在ゆえなのかもしれない。

 

 

「……私に何をさせたいんだ?」

 

 絞り出すような芳村の声に、清水は間髪入れずに返答する。

 

 

「革命だ」

 

 

 ――革命だと?

 

「そんな事が本気で出来ると思っているのか?」

 

 たしかに恨みはある。だが、それを変えるためには大きな力が必要だ。自分一人が喚いたところで何一つ変わらない。それが世界で、それが現実だ。

 

「テロを繰り返したところで、世界はひとつも変わらんぞ」

 

「だから『革命』だといっている。連中に教えてやるんだよ。我々の本気と――真実を」

 

 清水の口調は、自信に溢れていた。

 

「歪んだ世界を正すために、力を貸してくれないか?」

 

 清水は真摯な間ざしを芳村に向けた。純粋で力に満ちたその目は、自分が遠い昔に失ったものだ。

 思わず彼の言葉に引き込まれそうになる。だが、しかし―—―。

 

「無実の者を犠牲にしてでも、か」

 

 芳村の声には深い悲しみがあった。清水たちの理想は、すべての喰種が希望とするものだ。

 

 だが、彼らのやり方では人間の怒りを煽ってしまう。その先に見える未来は、混乱と破壊の世界しかない。

 

「欺瞞を晒し、犠牲の果てに勝利を得ようとも、そこに生まれるのは憎しみだけだ」

 

 かつて世界では様々な形で革命が行われてきたが、血塗られた革命は必ず将来に大きな傷跡を残す。だから流血をいとわぬ清水たちの『革命』には賛同できない……それが芳村の答えだった。

 

「そうか」

 

 どこかで、清水もこうなる事を予想していたのだろう。芳村の拒絶を、清水は当然のように淡々と受け止めた。

 

「やはり貴様は負け犬だ。その犠牲を恐れる考えが、多くの喰種たちを社会的弱者に追いやった」

 

 清水はきっぱりと言う。

 

「私は日陰で愚痴るのでは無く、おかしいと思った事は正す。そのために必要な力を手に入れて、実行に移す」

 

 

「何をする気だ?」

 

 芳村が問うと、清水は笑顔を浮かべた。自身に満ち溢れた、凄絶な笑顔だった。

 




 和解とか共存とかは理想なんですが、それには長い時間がかかります。そんな悠長なことしてたら殺されちまう、なんて場合には実力行使がおススメ。

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