東京喰種 【GLF】喰種解放戦線 作:トミナカ・ビル
真戸との待ち合わせ場所に、アリサが選んだのは11区の埠頭だった。
「来ました! 相手は一人です。近くに生体反応は見られません!」
一人の喰種が声をあげながら、タブレット端末を見せてくる。画面にはコンテナの中を歩く一人の男の姿があった。
「おーおー、娘のピンチに一人でやってくるなんて、いいパパじゃん」
隣に立つアリサが、からかうようにケラケラと笑う。
これが罠であることは、どんな素人でも分かるはずだ。にもかかわらず、真戸呉緒はこの場所に足を運んだ。しかも、たった一人で――。
「でも、捜査官としては失格。残念だけど暁ちゃん、君たち親子は2人とも死ぬよ。間抜けな父親のせいでね」
せせ笑うアリサに、しかし暁は落ち着いた声で。
「いや、私の父は天才だよ」
決然と言い切った。
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暁を拉致した喰種たちと対面した真戸は、その中の一人を見つけて驚愕の表情を浮かべた。
「貴様は……」
「お久しぶり、だね。真戸“先輩”」
対して相手――アリサは両手を広げて大袈裟に挨拶をする。
「あれから2年、ですか? 先輩ぜんっぜん変わってないですね。まだ上等捜査官のままみたいですし」
女の方は気さくに話しかけてくるが、真戸は厳しい表情のまま周囲を確認する。アリサの周りには6人の臨戦態勢の喰種がおり、さらにその背後には銃を持った兵士たちまでいる。
(どういう事だ?なぜこの女は父のことを“先輩”と呼ぶ?)
訝しむ暁。その様子に気づいたアリサは、ポケットの中から一枚のIDカードを取り出した。映っているのは高校生ぐらいの少女――2、3年前のアリサだ。
「むかーし昔、ちょっとCCGでバイトしていた事があってさ。真戸さんはその時の先輩なのです」
「なっ……ッ!」
暁は信じかねるような表情を浮かべ、確認するように父に視線を向ける。真戸は思い出すのも不快だと言わんばかりの表情を浮かべ、「事実だ」と端的に答えた。
「私が若い頃には、喰種に対抗する手段が圧倒的に不足していた。当時クインケはまだ試験運用段階で、少数のエリートにしか行き渡らなかった」
増え続ける喰種の被害事件に対して、クインケ持ちの捜査官はあまりに少なすぎた。クインケが支給されなかった捜査官たちの多くは、拳銃など既存の武器で厳しい戦いを強いられていたのだ。
もっと安く、もっと扱いやすい武器を、一つでも多く………現場からそうした声が上がるのは当然の帰結だった。
「CCG本部は早急に対策を打つ必要に迫られた。そうして誕生した対策案の一つに、喰種の協力を得ながら赫子の研究を進めるという計画があった……」
現場とクインケに関する深い知識を買われ、真戸もその計画に参加することになった。
「では、その時の協力者の一人が……」
暁がアリサの方に目を向けると、彼女は肩をすくめて肯定してみせた。
「やだなぁ。そんな心配しなくても、アリサはちゃんと約束を守る女ですよ」
アリサは笑いながら、コンテナの奥に目を向けた。そこには両手を拘束された暁と、見知らぬ喰種の少女がいる。
「貴様らと話すことなどない。――さっさと暁を解放したまえ」
真戸が一歩詰め寄ると、アリサの取り巻きたちが一斉に銃を構えた。真戸もクインケに手をかけ、甲赫[クラ]を起動させる。
もっとも、この人数を相手に正面から殴り合うつもりはない。アリサたちとの距離を測りつつ、最適な間合いを探る。近すぎても、遠すぎてもダメだ。
「先輩、ひょっとしてこの人数相手にガチでやり合うつもりですか?」
アリサが茶化すように笑うと、取り巻きもそれに合わせて愛想笑いを浮かべる。
一瞬の気の緩み――今がチャンスだ。
「勿論だとも」
真戸は右手で素早くクインケを振り回しながら、更に左手で鱗赫クインケ[ナゴミ]を展開。甲赫への構えしかとっていなかったアリサの虚をつき、鞭状の[ナゴミ]を彼女の首に巻き付け自分の方へ引き寄せる。
「っ―――!?」
取り巻きの男たちが気づいた時には、真戸はアリサを盾にしつつ、その首を[ナゴミ]で締め付けた。
「動くな。コイツの首が千切れるぞ」
低い声で言い放つ。やはりアリサがリーダーなのか、取り巻きの喰種たちは手を出せないでいる。コンテナ群が水を打ったように静まり返った。
「聞こえなかったのか?」
締め付けを強めるも、取り巻きの男たちは動こうとしなかった。暁に銃を向けたまま、真戸と睨み合っている。恐らく彼らには判断が出来ないのだろう。
埒が明かないと判断した真戸は暁を解放するよう指示を出させるべく、アリサに向き直る。
「暁を解放するよう指示を出せ。さもないと……」
「さもないと?」
アリサがニヤッと笑うと、一発の銃声が響いた――狙撃銃の弾丸が、真戸のクインケを貫く。
衝撃で真戸が怯んだ隙に、アリサは一瞬で距離をとろうとする。真戸は逃がすまいと再び[ナゴミ]を繰り出すも、振り上げた途端に分解してしまった。
「馬鹿な……銃弾ごときでクインケが……ッ!」
喰種の赫子から作られているクインケは、その性質も元の赫子に似る。鱗赫の場合、柔軟性に優れる一方でRc細胞同士の結合力が弱く脆いという弱点も抱える。とはいえ、たかが銃弾ごときで壊れるほど脆くは無いはず――。
「どう? 自分で開発した武器で、ピンチになる気分は」
嘲るようなアリサの声。
「貴様……“アレ”の研究を完成させたのか!?」
「正解。先輩と私で開発した、新型Qバレット『ピースメイカー』……その試作品だよ」
今のは横流ししてもらった廃棄予定のプロトタイプだけどね、とアリサは付け加える。
『どうですか、ボス? 新型の感想は』
『――悪くない』
アリサが無線機で連絡をすると、低い男の声が聞こえた。
『じゃあ、もう殺しても大丈夫ですよね?』
『――殺せ。確実にだ』
無感情な返答に、アリサは明るく「りょーかい」と返して通信を切る。
「でも、その前に」
おどけながらアリサは、ポケットに指を突っ込む。中から取り出したのは、手術用のメス。それを弄ぶかのようにクルクルっと回転させると、真戸に近づき素早く右手人差し指を切断する。
(っ………!)
顔が一瞬引きつるも、呻き声ひとつ漏らさない真戸に、アリサは感心したように口笛を吹く。
「さっすが捜査官、弱みは見せないって感じ? そーいうトコ、好きだったかも」
まるで日常会話のような軽い調子で。アリサは「じゃあね」という台詞と共にトリガーを引いた。
耳をつんざく破裂音と共に、銃口が火を噴く――。
しかし弾丸は真戸には当たらなかった。
「っ――!?」
突然アリサの隣にあったコンテナが破裂し、その衝撃で照準がブレたためだ。
「ちょっと!? 何があったの!?」
想定外の出来事に面喰ったアリサが叫ぶ。周囲にいる護衛たちもしきりに辺りを見回している。
「――ここだ」
アリサたちをあざ笑うかのように、彼女らの背後に黒い影が差す。
異様な喰種だった――。
全高2メートル以上あろうかという巨体。背中には大量の突起物がハリネズミのように生えている。両肩からは、梟の羽のような嚇子が突き出していた。
もっとも、無骨で重量感のある姿は、梟というより怪物そのものだった。
店長登場?