その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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正体不明の見学

 

 ─ぬえの私室─

 

「駄目です」

「えー」

 

 何言ってるんだこいつはといった様子で、アインズはぬえの外出許可申請を却下した。

 シャルティアがワールドアイテムで洗脳された事態は聞いているはずなのに何たる軽挙な提案だろうか。デミウルゴスの誘いだと聞かされた時は耳を疑ったものだ。

 

「シャルティア洗脳の犯人はわかってないんですから、もっと慎重にですね」

 

 オマケにぬえはネタビルドの都合、アインズよりずっと弱いプレイヤーだ。初見殺し特化ではあるが、情報を持ち帰られ解析されたら最後、対策可能な相手には勝ち目が消える。心配性なのも自覚しているが、やっと帰ってきた仲間なのだ。過保護で何が悪いと思う。

 

「モモンガさんの言ってることはわかるよ? でもデミウルゴスの出張先に遊びに行くだけなんだからいいでしょ?」

「デミウルゴスにも十全な警戒を敷かせています。しかし、優先度が違うでしょう」

 

 アインズは守護者と仲間だったら仲間を選ぶ。

 つまり、場合によっては守護者が捨て駒になるということだ。

 復活に必要な金貨は5億枚。宝物庫には余裕はあるが、避けられる犠牲なら避けるべきだろう。

 

「いいじゃんケチだなぁ! 見学するだけだよ! ちょっと人間脅かしにいくかも知れないけど……」

「おいコラ」

「はい、門限守ります。守るからいいでしょ聖~」

「聖じゃないですモモンガです」

 

 ここぞとばかりにRPする仲間に頭を抱えるが、アインズだって軟禁はしたくない。そもそも自分だって冒険者モモンとして王国の都市であるエ・ランテルを拠点にしているのだ。ぬえへの説得としては力不足というものだろう。だが妥協ラインを敷くにはまずは極端な位置から始めるべきだ。それで引いてくれるなら最善なのだから。

 

「じゃあ嫌だけどナズーリン連れてく! あいつの探知スキルはナザリック有数でしょ」

「ワールドアイテムを前提に考えるならば、厳しいですね。ぬえさん神器級まででしょ装備」

「じゃあ貸してよ! 精神支配対策の奴。えーっと桜花聖域の巫女が持ってたはず」

「あれは今シャルティアに貸し与えています。二度狙う可能性の方が高いので」

「ギルドメンバー多数決! 私賛成!」

「はい、反対。過半数に満たないので却下されました」

「うー、うー!!」

「それぬえRPじゃないですよね? 知らないけどなんとなくわかります」

 

 2時間ほど経過して、アインズとぬえの折衷案が決まる。

 外出時はナズーリン、影の悪魔(シャドウ・デーモン)八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)2体を共につけること。

 更に75レベル以上のシモベ5体以上を配備するという案は、ぬえが「私そんな信用してないの!?」と泣きかけたので諦めた。

 門限はナザリック時刻18時とした。帰還しない、連絡がない場合はナザリック全軍が出動する。

 

「じゃあこれでいいねお父さん」

「誰が父親ですか。納得したならいつまでも不満気な顔しないでください」

「はーい、準備してくる」

「私もエ・ランテルで資金稼ぎしてきますね。留守はアルベドに任せましょう」

「……本当ずるいわ~」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ─1日後・アベリオン丘陵─

 

「すごい……!!」

 

 場所が見たことがなければ転移はできないが、デミウルゴスの〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉にくっついていけば問題はない。聖王国の拠点だという場所についたぬえは、初めての外出もあってテンションが高まる。視界に飛び込んだ景色は、現実世界では決して望めない自然の姿だった。

 

「空が明るい! 空気が美味しい! すごい、すごい!!」

 

 ぬえは跳ね回るように周囲を瞠って、感動の波に身をゆだねた。

 長い時を『ナザリックを滅ぼしかねない脅威が跋扈する世界*1』で過ごした事を知っているデミウルゴス達は、ぬえの歓喜に貰泣きする。至高の41人であっても苦難に満ち、ぬえなど殺される世界だったのだ。ぬえの感激は、脅威の世界がいかに恐ろしい場所かの証左でもあった。

 

 そんな同情を受けている事などいざ知らず、数分に渡って青空を見上げ深呼吸していたぬえは漸く落ち着いたように肩を下げた。

 

「ごめんね、初めてだったから」

「何を謝る事がありましょう、ぬえ様の幸せに勝る優先度などこの世界にありましょうか」

「あ、うん。ありがと……」

 

 違和感しかぬぇよ。喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 名前はナズーリン、見た目もナズーリン。声色は知らないが、見た目にあっている。態度、台詞が致命的に似合わない。慣れることはないのだろうと、ぬえは苦笑する。

 ふと、本物も毘沙門天の前ではこういう態度なのだろうかと脳裏をよぎったが、だとしても自分がその立場にあるのは解釈違いでしかなかった。

 

「では向かいましょうか。プルチネッラも準備を終えている事でしょう」

「私は周囲に鼠を散らせ、私自身も巡回にはいる。脆弱な人間程度なら私の子ネズミたちの良い餌になるだろう。子ネズミらが返り討ちにあったら即座に撤退を」

「ああ、ナズーリン。私が命令するのはどうかと思うが、できれば生きて捕縛してくれたまえ」

「デミウルゴス様、お気になさらず。あの子ら食欲旺盛だから四肢の1本や顔面は自信ないが、生きてれば治癒できるから大丈夫だろう」

 

 ああ、ナズーリンの使役する眷属鼠達は原作通り人肉を好むのか。

 うん、設定通りなのはいいことだ。デミウルゴス相手でも、敬語最低限にしてるんだね。だったら私への態度もなんとかしてくれ。

 これも口には出さない。一部でも設定通りだったことを喜ぼうとぬえは意識を逸らすことにした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 アベリオン丘陵の支配区画だという説明を受けながら、ぬえは案内された天幕をくぐる。入ったのは先導していたデミウルゴスとぬえ。ナズーリン達は外で警戒の為待機している。

 

「これわこれわ*2、封獣ぬえ様、デミウルゴス様! おお、おお! 私めなどにこれほどの幸福が訪れてよろしいのでしょうか!!」

 

 歓迎の声をあげながら両手を広げ、実にオーバーなリアクションを見せるのはプルチネッラだ。純白の衣装にカラスの嘴を模した仮面、世界中の皆を幸福にするために生きている道化師。

 こいつ作ったの誰だっただろう。大仰な動作を前にぬえは思案するが思い出せない。

 ウルベルトかタブラ、どちらかな気もするが、こいつのモデルが登場する『コメディア・デラルテ』はイタリアの風刺劇だ。どちらも意向にそぐわない。

 

「牧場視察に来たのだけど」

「おお、なんと慈悲深き御方。私めがこれ程の幸せを享受しているのです、彼らもぬえ様の慈悲にわ感涙することでしょう! 私も涙が、止まりませぬ」

 

 泣いてないじゃん。という突っ込みは無粋だろうか。

 デミウルゴスやナズーリンの前でもぬえRPは大丈夫だった。影の悪魔(シャドウ・デーモン)は単なる肉壁だし、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も空気扱いだ。こいつは、特に上位者としての姿を求めている雰囲気は感じない。

 封獣ぬえとして振る舞う事に問題はないだろうと、ぬえは判断した。

 

「じゃあさ、さっそく見せてくれる?」

「私は羊皮紙の確認をするので、プルチネッラ。ぬえ様をご案内するように。ああ、交配場はさすがに見苦しすぎるから駄目だよ」

「デミウルゴス様、御拝命承りました。至高の御方を案内するという栄誉を私めに譲られるとわ、本当にお優しい……感謝の念に堪えませぬ!」

「えっ……あー、わかった。よろしくねプルチネッラ」

 

 デミウルゴスが案内してくれると思ってただけに、ぬえは少々落胆を覚えた。

 しかし、ここでデミウルゴスが良いとわがままを言うのもどうなのだろう。『封獣ぬえ』は不満を隠さない妖怪だと思っている。だが、仲間想いな妖怪のはずだ。こんなに喜んでるのに、それを無下にするなんてぬえらしくない。なにより、アインズにばかり支配者の面を押し付けるのも良くない。最低限の上位者意識は保つべきだ。

 

「でわ、まず最初に小屋の方よりご案内致します。捕えたばかりの者がございますので」

「おねがーい、デミウルゴス後でね!」

「はい、ぬえ様でしたらお楽しみいただけると確信しております」

 

 深々と一礼するデミウルゴス。ぬえはその台詞に違和感を覚えた。

 そんな動物好きに見えるのだろうか。鵺は和風混合獣なのだが、動物愛などは存在しない。思えば、シャルティアの一件で厳戒態勢だというのに、こうして誘ったというのもおかしい気がする。アインズの過保護が自然なぐらいだ。

 よほど見せたかった、ということなのか。首を傾げながらぬえはプルチネッラに付いていき……

 

 

 たどり着いた先で、『羊』達の恐怖と絶望に歪んだ表情が視界一杯に飛び込んできた。

 

*1
(嘘は言ってない)

*2
(演技口調の強調の為か、原作でプルチネッラの台詞では「は」を「わ」と表記されている)




残酷描写はオーバーロードレベル以下のつもりです。多分。

影の悪魔(シャドウ・デーモン)
影や闇に潜む、隠密行動特化なモンスター。原作ではだいたい監視役や偵察役の任務に就いている。レベルは30未満なので護衛としては期待薄。

・アベリオン丘陵
聖王国(東)と法国(西)の間に位置する丘陵地帯。
様々な亜人族が勢力争いしていたが、デミウルゴスがやってきたことですべて塗り替えられてしまった。

・聖王国
ローブル聖王国。王国の南西に位置する。
隣接地帯が亜人族戦国状態なのもあって、ひたすら長い城壁を築くことでなんとか国土を防衛している。だいたいアベリオン丘陵のせいで、国家交流もまともにできないという中々きつい状況。それでも王国とはなんとか交流があった。

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