事は2時間ほど前に遡る。
「上位者……うわぁ、このぬえってキャラクターはそういうものじゃないんですけど」
「大妖怪じゃないですか。おまけに百鬼夜行主なんて職業ですよ?」
「いや、それはぬえは鵺なんで……うーん……上位としての鵺か……それもひとつの正体不明……」
アインズによる説明を受けて、ぬえは頭を抱えた。
自分たちギルドメンバーは『至高の41人』としてとてつもない評価を受けているのだという。評価が高い事は嬉しい、嬉しいが分不相応が過ぎれば胃痛の種にしかならない。それを受け止め、上位者としてRPしているアインズには改めて尊敬の念を抱く。
何よりの問題として、封獣ぬえは原作におけるEXTRAボスであっても上位者向けの性格ではない。設定では悪戯好きで人間を恐怖させることを愉悦とし、仲間思いだが独断専行で空回りすることが目立つ。そういう性格であって、言動も調子に乗ったものが目立つ、ゆえに愛おしい。そんな立場だ。
何をどうすれば上位者として君臨できるといえるのだろう。大妖怪としての一面として、納得するしかないのだろうか。しかめっ面を作るぬえに、アインズは話を続けることにした。問題は山積みなのだ。
「ぬえさんがRP至上主義なのは理解しています。しかし、私としては万一でもナザリック配下が貴方を認めない場合が怖い。なにより……どうなんです今のそれ。ぬえさんって私の記憶通りなら男ですよね?」
「あっ」
呆けたような声をあげるぬえに、アインズは苦笑する。やはり、肉体に合わせた精神の変容が起きているのだろう。
「身体に違和感なくなってるから、気付くのが遅れましたね。私がアンデッドへ完全適応している事を考えれば性差ぐらい問題なく適応している、とは思いますが」
「本当頭の回転早いですねモモンガさん。ぬえ的には『性別変更』も可能、というRP設定だったのですが……男であった事実が記録のように他人事です。なにこれこわい」
「……精神作用無効がない事が痛いですね。ぬえさんの精神が心配です、私は鈴木悟の精神が残滓レベルになっていますが」
アインズの言葉に、ぬえも唸ってしまう。
自意識の上では、既に過ぎたことという不可解なレベルで受け入れているのだが。性別転換の現実どころか、今では死亡した事すら恐ろしいほどに受け入れている。寧ろぬえRPできるかどうかが今のぬえにとっての最重要事項だと言えるほどに。こういう問題は無意識下で爆弾と化す可能性もあるわけだ。アインズのいう、残滓が悲鳴をあげるのだろうか、と怖くなったその時、ひとつの事実に気が付いた。
「……実戦使用しないまま男としての人生を終えるとか……」
「……ぬえさん、ご安心ください」
「まさか……モモンガさん!?」
「今度、一緒にクリスマスツリーを作りに行きましょう……」
「(´;ω;`)ブワッ」
男(骨)と男(元)の友情が強く結ばれた瞬間であった。
友情を再確認したところで、アインズはぬえの帰還とRPについての話を始めた。現状確認されている問題を解決するには、やはり一度NPC達の意見を聞かねばならない。
「ではまず、ぬえさんには
「最初に配下の意見を聞いてから、RPしていくんですね。わかりました」
「ええ、あと万一を考えて、先にぬえさんのアイテムと武装を全返却します」
ナザリックのNPC達がぬえに危害を加えるとは思えない。
だが時折、至高の方々に見捨てられたと感じている節があることはアインズも理解していた。仮に怒りを抱いていたとしても、アインズの一言で抑えが利くのは間違いない。それでも想定できる事態に備えは必要だと考えていた。
アインズが真剣に色々想定している一方で、装備アイテムの返却を聞いたぬえは破顔して喜んだ。
「ありがとうございます! やっぱこの蛇とリストバンド、妖槍がなくてはぬえとは言い難いですから!」
(シャルティアの時、まとめて持ちだしたから手間が省けてよかったよ)
アイテムボックスより、ぬえがかつて所持していた武装が返却される。腕装備である蛇とリストバンドは、外装こそ封獣ぬえのそれだが、スキル効果を大幅にブーストする神器級装備だ。トライデントにも似た槍は、対プレイヤーにおいて凶悪な効果を発揮するぬえの主武装である。この3つの神器級装備こそがぬえの切札であり、基本装備だ。かるく槍を振るい、アインズに確認をとる。問題なく機能しているようだ。
「ふっふっふ、ぬえの構え!!」
「テンションも高まったようなので、配下集めますね」
「あっ、ちょ……秘匿チャットでサポートしてくださいよ!? お願いしますお願いします!」
「一瞬でRP崩れてますよ。てかこの世界でそれ機能するのかなぁ、NPC相手だと通じなかったけど」
「えー!?」
そして時系列は玉座の間に戻る。
ぬえはアインズとさらにいくつか取り決めをして(その際、〈
アインズは本人が語っていた通り、上位者としてNPC達にふるまっており、その一挙一動はどこから学んだのかと感心するほどカリスマに満ちていた。自分がレミリアだったら、あれでもイケただろうなぁとぬえは考える。だが、自身が惚れ込み、再現したのはぬえだ。ぬえっぽく、かつカリスマっぽく。
懸命に思案してる間にも話は進み、守護者各員がぬえへの心証を語る場となった。これを参考にして、覚悟を決めなければならない。不安が渦巻いて逃げ出したくなるが耐える。大丈夫だ、あの圧迫面接より怖いものなどこの世にない。
「シャルティア」
「ぬえ様は、全てを惑わす妖魔の頂点、その美貌も随一でありんす」
≪シャルティアわかってるじゃないか。このぬえ様は原作で一番可愛いんだ!≫
≪俺の嫁が一番とか言い出すと、暴動起きますよ。ユグドラシルでも鯖1つ巻き込んだ事件ありましたし≫
アインズの素早い突っ込みに思わず、ぬえは振り向くが、彼は毅然とした態度のままである。見事なまでの使い分けに、ぬえは感心する一方だった。参考にせねばならない。
≪本当に嫁そのものになるなどこのリハ≫
≪ぬえさん本当1世紀前のネタ好きですね≫
むしろ捨て去られた現代がおかしいんだとぬえは心中で叫ぶ。サルベージすれば、一生を費やしても足りぬほどの娯楽が歴史に埋まっておりそれが現代において大半が断絶しているのは非常に不可解であった。現代でも伝わっているのは名作中の名作としてリメイクが繰り返されているものぐらいだ。
「コキュートス」
「至高ノ41人ニシテ、戦場ノ支配ニ極メテ優レタ御方。百鬼ノ主ニ相応シキ方カト」
≪うん? ああ、正体不明のスキル活用法か。考えてくれたのぷにっと萌えさんなんだけど≫
≪それまでは、ちょっかい出しては看破スキルで撃ち落とされてましたよね≫
≪ぬえーん≫
「アウラ、マーレ」
「敵に正体を掴ませず、魅力に溢れた御方です」
「す、すごく頭が良くて、かっこいい御方、です」
≪マーレの評価おかしくない?≫
≪闘技場での処刑を覚えているのでは?≫
NPC達は、単なるNPCだったユグドラシル時代の記憶もあるという。しかし、頭が良いとはどういうことか。ぬえは首を捻るが、心当たりは結局思い浮かばなかった。
「デミウルゴス」
「自由奔放であられながら、その行動の全てがナザリックの貢献へと繋がる。英雄欺人の体現者とはぬえ様の事かと。そして、ウルベルト様と刎頸の交わりを結ばれた方です」
≪あ、泣きそう。ちゃんとぬえのRPわかってる評価だし、ウルベルトさんとのことわかってくれてるんだ≫
≪RP剥がれてますよ≫
≪だって今までの、ぬえの性格に言及なかったから……≫
一番心を打ったかもしれない。
帰還の資格がないとは口実ではあるのだが、罪悪感は未だぬえの心にある。だからこそ、自分をはっきり覚えていてくれたとわかる評価がぬえはこの上なく嬉しかった。2時間前に枯れたはずの涙腺が強く刺激され……
≪あとぬえさん、貴方るし★ふぁーさんとつるんでいる時は幾度も迷惑かけてましたからね?≫
≪知らぬぇ≫
アインズの突っ込みの前に沈静化された。
涙もろくなってる自覚があるので助かったとも言えるが、水を差された気分になる。
「最後に、アルベド」
「至高の41人の中でも、行動力に極めて優れた御方、何卒、ナザリックへの御帰還を」
≪想定してましたが、やはりぬえさんも高評価ですね。RP大丈夫です?≫
≪ちょっと泣いたけど、多分いけます。フォローお願いしますね……ぬえらしくいける気がしない……≫
≪では、予定通り隠遁の部分解除からお願いします≫
緊張で翼がふるふると痙攣を起こす。
だがやりきるしかない。颯爽と降臨しよう。
そして、封獣ぬえの魅力を、この世界にも広めるのだ。
決意を固め、ぬえは自らの
自分の思うぬえRPができずにアインズに〈
・百鬼夜行主
独自設定。妖怪系職業を突き詰めるならば在ると思われる。
・鈴木悟の残滓
本人がそう述べているが、時間がたつごとにどんどん摩耗し消えていってる節があって怖い。ギルドメンバーがいないままの原作だとアインズはこうなるという変質の様子は明確です。
・〈正体不明〉〈完全隠遁〉
独自設定。妖怪系職業の特殊技能。正体不明は防御系、完全隠遁は隠蔽系。初見殺し技や不意打ちとして使う際は基本併用する。
使用回数制限がある分、第9位階魔法〈完全不可知化〉より一部性能において上位に位置する。
ただし陰陽師系統には容易く看破される。