その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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正体不明の結婚

 ナザリック地下大墳墓表層。

 直径200m、高さ6mの巨大な壁がこの死の世界を守護するように囲っている。東西南北中央と5つの霊廟がある他は墓石と彫像、そして死体が一見乱雑に設置されている。だが全体を見通せばそれが薄気味悪いながらに計算された美しさがあることが理解できるだろう。

 

 その不気味で静かな死の気配は今、ない。

 

 ホラー映画をこよなく愛するギルドメンバーが見れば迷うことなくこれはスプラッターを超えてコメディホラー映画だと断言するだろう。アダムスでファミリーな音楽が流れそうな気配すらある。

 

 わざとらしく飾られた哀れな羊の彫刻(生)達はそのままならば見る者に吐き気を与えるだろうが、装飾に『祝! 至高の結婚式』などと書かれた幕もつけられていては作る表情を悩ませる。

 

 結婚を意味する花言葉を持つ美しい花々が墓石の各所に飾られ、霊廟のいくつかからは特殊技術(スキル)もないくせに懸命に演奏するアンデッド達の姿まである。モンスター化してない死霊がいれば間違いなく安眠できないことだろう。

 

 モンスター化した死霊であるレイス達は元気よく飛び回り見る者に恐怖効果をばらまいているが、ぬえのUFO達も一緒に飛び回っており予算も脚本もないZ級映画のような光景が夜空を彩っていた。毒々しく発光点滅を繰り返すUFOの中には、デスナイトをそのボディに載せて、パフォーマンスまで行っている。

 

「おお、彼も楽しそうでござるなぁ」

 

 見た目巨大なジャンガリアンハムスター、森の賢王であるハムスケは共に武技を学ぶ相棒であるデスナイトがUFOからUFOへと飛び移る曲芸を見せている姿を眺めて嬉しそうに尻尾を揺らす。

 ハムスケも殿と呼び敬愛するアインズの結婚式の為に先ほどまで『予定ルート』の飾りつけに勤しんでいた。この後、『アインズ様のペット』として列に参加するのでこうして表層まで上がってきた次第だ。

 

「それにしても、アンデッドである殿は子孫を作れるのでござるか? 確かに子孫を残せぬのであれば生物として失格でござるが……殿は死体でござるし」

 

 ハムスケの疑問に答える者は、いなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ─ナザリック地下大墳墓第九階層、ぬえの私室─

 

「……ね、ねぇモモンガさん。似合う?」

「……カワイイデスネ」

「ワーイ、旦那様ニ褒メラレテウレシイナー」

 

 ユグドラシル時代の限定レア衣装『王族の花嫁衣裳』を着込んだぬえがヤケクソ気味にポーズを決める。

 アインズも『王族の花婿衣装』に着替えさせられているのだが、骨身に染みる衣装というか、着ているだけでスリップダメージが発生している錯覚に囚われていた。精神沈静化の数など数えていない。ちなみに花嫁衣装の1つであるヴェールは投げ捨てた。装備効果に耐性無視で自身に精神高揚系効果がかかることが判明したからである。ユグドラシル運営のお茶目なのだろうが、こっちの世界では洒落になっていない。

 

「てか結婚式始まってないのに花嫁花婿がドレスアップした状態で花嫁の私室にいるってアリなの?」

「俺達がわかるわけないじゃないですか。俺ユグドラシル以外じゃ友達すらいなかったんですよ?」

「どうせならユグドラシルでPL結婚しときゃよかったのに」

「異形種って結婚サービス受けられましたっけ?」

「私、嫁と一心同体してたようなもんだから調べてすらいないよ」

 

 皺などを付けるわけにはいかないので2人とも立ったままでの会話だ。時間になったらセバスがノックする手筈となっている。ナザリックのシモベ達が表層から玉座の間までのバージンロード製作に全力出しているのだから、始まってからのお楽しみということなのだろう。友人たちの息子たちとも言うべき存在はどこまでも健気なのだった。暴走はするが。

 

「『封獣ぬえ』が花嫁衣裳ってのは嬉しいんだけどね~、この衣装背中全開きだから翼ひっかからなくてすごく楽だし」

「俺は文字通りスーツ決めた骸骨だから微妙なんですけど。どうせなら和服の方がネタになったような」

「いいじゃん骸骨紳士」

「最近俺に対して口悪くないですか」

「ぬえ~ん♪」

 

 ぬえのご機嫌な姿は一見満更でもなさそうにみえる。だが、アインズは知っている。誓いの言葉を練習するときに2人してベッドに身体を投げ出した回数を。お互い覚悟を決めての結婚(当人2人にとっては偽装がつく)なのだが、互いに現状に関して巻き込んだ自覚があるせいで罪悪感もひどいものだった。アインズは精神作用無効化がなかったらナザリックを天秤にかけてまで逃走を検討した自信がある。

 

「……なんか、こういうの何かで読んだなぁ」

「何をです?」

「周囲の事情に押されて嘘の婚約関係結ぶって題材の古典作品。そこそこ数があったからどれがどれだか」

「本当にやっちゃったのは俺たちぐらいでしょうね」

「モモンガさん、人類が想像しうる事は現実で起こりうる、だよ。違うのは政略結婚だとか貴族と貴族の家柄としての結婚だとかじゃなく、組織内で勘違いされて結ばされたってぐらいで……」

「俺たちの自業自得、だよなぁ……」

 

「「はぁ……」」

 

 ため息が重なったのも何度目だっただろうか。ちょっと数え直そうかとアインズが現実逃避しかけていると、扉が2度ノックされた。どうやら時間が来てしまったようだ。ぬえが助けを求める視線を一瞬見せたが、やがて覚悟を決めたように自己暗示モードに入る。上位者RPとはまた違う、仲間に見られれば羞恥死必至の、血を吐くようなRPの始まりだ。

 

「アインズ様、ぬえ様。間もなく、儀式が始まります」

「……わかった。これより転移で表層に向かう。行くぞぬえ」

「いこうモモンガさん。大丈夫、2人ならどんな苦難も越えられる」

 

 これも結婚に相応しい言葉なのに結婚に対して使うなんて、というぬえのぼやきは転移の音にかき消された。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ぬえとアインズの婚姻の儀。

 その内容は、アインズとぬえの命令(嘆願)でシンプルな形に抑えられている。本来ならば、15時間を要する段取りだったのだが、そんなにあっては2人の精神がとてもじゃないが持つとは思えなかったからだ。表層から玉座の間まで列を成して進み、玉座の間にて契りを結ぶ。そして最後にアインズが代表して宣言をする。最後に簡単な披露宴と、この形だけになんとか留めた。

 

 今、2人は寄り添って、正確には寄り添うRPで馬車に座っている。アインズは骸骨だから表情にも何も出ないがぬえは羞恥で真っ赤だ。『封獣ぬえ』っぽさを目指すならもっとふざけて抱き着くなどしてアインズを困らせるぐらいしてもいいはずだが、周囲の空気がガチなせいで、悪戯が悪戯にならない。念仏のように(これはRP、これはRP)と唱えている。

 

 列の先頭は守護者アウラ、マーレが“アインズ・ウール・ゴウン”の紋章旗を掲げ歩いている。それに続いてシャルティアが『封獣ぬえ』の旗を、コキュートスが『モモンガ』の旗を掲げている。そして彼ら直属の高位モンスターが列を成し、中央には馬車だ。乗っているのは言うまでもない。馬車の前後にはプレアデス達も控え、馬車引きはアウラのフェンリルのフェンが担当している。

 馬車引きはスレイプニールという案や、アルベドのバイコーンという案もあったそうだ。ところがアルベドが処女な為にバイコーンに跨る事ができず、スレイプニールよりは自分が使役してる魔獣の方が良いというアウラの提案でフェンが代表に選ばれた。ちなみにアルベドはセバス、デミウルゴスと共に玉座の間で待機となっている。

 

(後方にはハムスケとモモンガさんのデスナイトを始めとするアンデッド勢。その上に私のUFO達が浮遊。……エレクトリカルパレードかな?)

 

 ぬえの疑問に答える者はいない。そもそもナザリック式結婚式なんて知らない上に現実世界の結婚式も大した知識を持っておらず、これが正しいのかどうかなんてさっぱりだった。ただ、結婚式の飾り物として、アベリオンシープのエフィジーが並べられてるのは絶対に違うということだけは断言できる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 行列は表層より第一~三階層の陵墓に入る。

 普段は侵入者を甚振り、殺しつくす無数のデストラップが仕込まれている初見殺しの階層も、今は機能が切られて階層のシモベ達が平伏し道を作っていた。アインズはよくここでペロロンチーノとぶっちゃけた会話をしたものだと懐かしみ、ぬえはよくここでるし★ふぁーと悪巧みしたものだと懐かしむ。

 

 第2階層に降りてしばらく行進していると、ぬえの視界に蠢くものが入った。丁度馬車にいるぬえの高さ程の塔になったそれは、あの荒廃した現実世界でも滅茶苦茶元気で活動しているあの昆虫たちだ。生理的嫌悪感を叩きつける彼らを使役しているのは1人……1匹しかいない。

 

「恐怖公!」

 

 塔のてっぺんに、30㎝程の、着飾ったゴキブリがちょこんと二足歩行で立っている。足元にはるし★ふぁー謹製のゴキブリ型ゴーレムもいた。ぬえと視線を合わせた彼は、どうやってるのかわからないがとても優雅にお辞儀をする。見た目はアレなのに、あの気品はなんなのだろうと思う。

 

「ぬえ様……どうかこれからもお幸せに。それが吾輩の願いであります」

「恐怖公……!」

 

 言葉には心からの敬意と愛情が込められていた。彼と彼のゴーレムの足元でうぞうぞと人類の敵が蠢いているが、今のぬえにはそんなのが気にならない程、彼の思いに心を打たれる。ギルドメンバーで41人中28人が彼を恐れていたが、ぬえはるし★ふぁーと一緒にトラップを仕組んだ少数派の方だ。ちなみにアウラ達はドン引きである。列を崩さなかったのは奇跡と言っていい。

 

 なんか見つめ合ってる妖怪と精神的害虫に対し、アインズは空気を読んで黙っている。支柱もなしに、あんな最悪の塔を作ることは難しいと。一瞬だけ見えた人間の手に言及するのは野暮なことだと。恐怖公は、八本指幹部への調教拷問という職務もまたしっかりと務めていたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 朽ち果てた地下聖堂より第四階層に転移し、ガルガンチュアが沈められている巨大な地底湖を眺めながらゆっくりと進んでいく。こうして改めて皆で作り上げたナザリック地下大墳墓を眺める事は、ぬえやアインズにはとても感慨深いものがあった。この行列が周囲に押された望まぬ結婚でも、この行事はやってよかったと思えるほどに。

 

「ガルガンチュアー! 起動ー! ……ってやっちゃ駄目かな?」

「起動してもいいですけど、波被りそうですから」

「残念」

 

 第五階層はコキュートスが守護する氷河。

 数多の氷山と溶ける事のない雪に覆われた極寒の世界だ。本来であれば侵入者用に遭難を目的にした暴風と冷気ダメージ地形効果があるが、今は全て切られている。列を成した面々には元の耐性やアイテムによって平気ではあるが、準備がない者には突き刺すような寒気が全身を襲うだろう。

 

「こう、抱きしめて暖めてくれてもいいんだよ?」

「人肌の温もりとかないんですけど」

「うん、めっちゃ冷たい」

 

 ここまで来ると、ぬえもアインズも心に余裕が出てきた。

 相手への罪悪感が消えることはないが、現状を冗談として口にする程度までには回復している。これも、仲間達の思い出のおかげなのだろうとアインズは心中で感謝した。二人の会話は列にこっそり紛れてる護衛任務中のエイトエッジ・アサシン達や聴覚に優れたハムスケ、そしてプレアデス達が全部聞いているのだが。後戻りできない誤解が更に強化されていることに気付くことなく、コキュートスの住居『大白球』を守る雪女郎達に2人はTVで見るお偉いさんのようなイメージで手を振るのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 第六階層、ナザリック地下大墳墓最大の敷地面積を誇る樹海。

 アウラ、マーレが守護するここを、徒歩の速度で行進するには中々に時間がかかる。それでも皆でああでもないこうでもないと作り上げた円形闘技場を始め、アウラ、マーレの住居である巨大樹、新しく作られたリザードマン達の村などを巡っていく。行列を見たシモベ達が次々と平伏す様はまるで大名行列だ。

 

「命蓮寺は隅っこだから、さすがに回れないか」

「聖白蓮達の姿をそういえば見ないな?」

「多分、玉座の間。パンドラも一緒じゃないかな」

 

 ついでに言えば餓食狐蟲王の姿も見えない。あの大穴から出てきたらそれはそれで今度こそ列が乱れる可能性があったが。そういえば、最近巣が足りないと嘆いている報告書もあがっていた。どれだけ増えているのかは、ちょっと想像したくない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 第七階層、デミウルゴスが守護する溶岩地帯。

 焦熱地獄とも言うべき、熱波と溶岩が侵入者を襲う。当然、侵入者迎撃システムはカットされているし、行列に支障が出ないよう全員は耐性強化の装備をつけている。つけているが旗を掲げるコキュートスは明らかに辛そうだった。風呂でもそうだったが、こういうのは耐性関係なく慣れ不慣れがでてくるのだろう。

 

 デミウルゴスの住居、炎熱神殿が近づくとぬえに懐かしい思い出が去来する。

 ウルベルトが仕組んだトラップや、デミウルゴスの為に用意した様々なものがここには眠っているのだ。悪を成すために必要なものも全て。神殿内であれやこれやを配置していくウルベルトを幻視した。やはり彼に会いたい。この姿は絶対に見せたくないが。そういえばあの神殿の入口にも何か仕込んでいたっけ、と思い出し。ぬえの表情が固まる。

 

「……〈正体不明〉!!」

「え?」

『勝ち組滅べ!!』

 

 怨嗟の塊のような声と共に神殿の紋章から高熱レーザーが射出された。

 アインズを庇うと同時にスキルによって攻撃の無効化を間一髪で成功させる。気付くのが遅れていたら、花嫁衣裳はもちろんだがぬえもただではすまなかっただろう。突然の事態に列がざわめく。デミウルゴスの住居からきた攻撃だけにシモベ達が一番動揺していた。

 

「落ち着け! これはデミウルゴスも知らない隠しトラップだ! ウルベルトさんのものだから気にしなくていい!」

「……だそうだ。仲間達がかつて仕掛けたトラップが迷惑をかけたな」

 

 ぬえが声を張り上げ、アインズが鷹揚に手を振って場を納めた。

 ウルベルト謹製『リア充抹殺レーザートラップ』。ナザリックへの侵入者に『ユグドラシル内で結婚したプレイヤー』を対象に発動する即死効果付きのトラップだ。花嫁衣裳花婿衣装でも作動するギミックが仕込まれているので攻撃対象になったのだろう。ぬえ自身がコレを食らう事になるのは想定してなかった上に込められた怨嗟は不本意の極みだ。だがぬえには隠し切れない笑顔が浮かんでいる。

 

「ウルベルトさん、ボイスだけでも嬉しかったですよ」

 

 でも後でデミウルゴス絶対凹むから、再会したら殴ります。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 第八階層の荒野でヴィクティムを代表に歓待を受け、第九階層では多くのメイド達がアインズ達に最敬礼する。

 ゆっくりと、だが確実に行列は進んでいき、ついに第十階層までたどり着いた。

 レメゲトンの広間を渡り、ついに玉座の間への扉が開かれる。

 

「……終点が玉座の間とは、上出来じゃないか」

「はい?」

「何でもないです」

 

 ぬえがぽつりとつぶやいた台詞に、アインズが怪訝な表情──正確には雰囲気──を浮かべる。現代でも不屈の名作として知られているはずなのだが、このレトロ映画のネタはアインズには通じないらしい。

 玉座の間の最奥には、神官としてペストーニャが正装で立ち、その両脇にはセバスとデミウルゴスがいた。序列で言えばありえない光景だが、この場で最も相応しいのは彼女だと判断されたのだろう。セバスとデミウルゴスという組み合わせも中々面白い。そんな感想をぬえが抱いている間に、列は進むにつれ構成員が両脇に離れる形で解体されていき、5mほどの距離を残して馬車も止まった。ここからは、ぬえとアインズが共に歩くわけだ。目の前には先ほどまで列を作っていたシモベ達と、最初からここでずっと待っていたアルベドを筆頭としたシモベ達。

 

「い、いくぞぬえ──さん」

「う、うん」

 

 完全に(ある意味で嘆かわしいことに)復調したアルベドから、真の正妃に対し未ださん付けは如何なものかと苦言を呈され、呼び捨てするよう強要されているのだが、アインズは明らかに慣れていなかった。これが結婚RPとかでなければ、友情の証としてとかならとても気楽だったのだが。

 ちなみにぬえはモモンガと呼び捨てするなどRP以前に畏れ多いとのたまって逃げている。ただしアインズ様、という表向きの表現はアインズさんに変えることにはなってしまった。

 

 アインズに手を引かれ、馬車から降りるぬえの耳に、息を飲むような音がいくつも聞こえる。見れば女性メイド達がうっとりした目でこちらを見ていた。シモベからしても、やはり最高支配者にこのように扱われる事は不敬としても憧れる夢なのだろう。ぬえの女としての精神も、シチュそのものは喜んではいる。生前の残滓は悲鳴を上げているが。

 

「ぬえ様ッ……!」

「どうか今まで以上の幸せを……!」

「アインズ様……! いえ、父上……!!」

 

 どこからともなく流れる厳かなBGMに混ざる娘達の嗚咽を背景に二人は進む。なんか視界の端でパンドラと白蓮達がすごい空気を一緒になって作っていた。

 あいつらあんな仲良かったか? てか反対だったら最初から素直に言ってくれてよかったのよ? 口実に逃げられたから。ぬえの想いは胸元で封印される。

 

 そしてさらっとパンドラは何を言っているのか。オーバーなアクションを振るいながらアインズに手を伸ばそうとして、周囲から殺意を集めている事にまるで気付いていない。しかもアインズはパンドラの事を窘めるわけでもなく、寧ろ彼に向かって力強く頷いていた。あんたらもどんだけ打ち解けてんだ。ぬえの突っ込みは喉元で封印される。

 

 処刑場へ歩まされる気分を、これはRPで演劇なんだと思い込むことで乗り越える。隣には自分より苦しんでいる仲間がいると奮起する。重くなる足取りを懸命にごまかし、ついに二人は終点にたどり着いた。

 

「至高の存在に対し、神など不要。偉大なる至高の方々が誓いを立てる相手など、お互い以外にありえないでしょう。アインズ様、どうぞ自らの名の下に誓いの宣言を」

 

 ペストーニャの言葉に、背後にいる皆が頷く。

 アインズとぬえの視線が交わる。互いにあるのは謝罪と覚悟。それを確かめ合うと、アインズはゆっくりと皆の方を振り向き、高らかに宣言した。

 

「ナザリック全てのシモベに告ぐ。至高の41人にしてナザリック最高支配者、アインズ・ウール・ゴウンは、同じく至高の41人封獣ぬえを第一妃として迎えることをここに宣言する」

 

 ぬえは気絶していて聞こえなかった言葉をそのままに語る。大事なのはここからだ。

 祝福の拍手が起きるが、アインズはそれを手で制する。まだ続きがあると知り清聴の姿勢を取るシモベ達の前で、打ち合わせ通りの宣言を続けた。

 

「だが、この関係を知る者はお前たちナザリックの者だけに留めよ。ナザリック外に漏れることは許されぬ罪だと知れ」

 

「私の願い、この世界を手中に収めるに当たり、私は王として世に出る事となるだろう。だがその時に封獣ぬえの立場は我が娘『ヌエ・ホージュ・ゴウン』として君臨することとなる。これは、私の計画の一環なのだ」

 

「今は理解できないものもいよう、だが今はそれを語る場ではない。何よりも、これが最善なのだと知る機会は近いからな……そして、彼女を表向きの娘に置くということは、表向きの正妃も必要となるわけだが……お前たちは知っているだろう。私を心から愛する女がもう一人いることを」

 

 シモベ達の困惑と動揺は目に見えてわかる程だ。だが続けざまに紡がれた言葉で、皆が一斉にアルベドを見つめる。皆、同僚の恋慕が共に成就しようとしていることに気が付いた。感嘆、歓喜、そして祝福。そんな表情が次々と浮かぶ。その中でシャルティアが敗北と絶望に塗れた表情を浮かべているが、アインズは心中の謝罪に留める。ごめんなさい、今は無理です。これが今の限界なんです。

 

「アルベド、お前をその対外的な正妃として命ずる。これは表向き……だが偽りなき関係だ。世界掌握の暁には、正式な第二妃としてお前を迎えることも宣言しよう」

「謹んで……いえ、喜んでお受けいたします」

 

 淑女としてではなく、欲望に染まった女としてでもなく。ただ眩しい笑顔でアルベドが頷いた。喝采が起きる。やはり、アルベドの恋慕を気にしていたシモベ達が多かったということなのだろう。白蓮達ですら笑顔なのだから。重婚に対する意識は、本当日本のものとはかけ離れているらしい。

 

「大切な婚姻の儀で、このような計画を挟むことを良しとしない者もいよう。だがこれが私とぬえの総意と理解せよ」

 

 一部、頷こうとしたシモベがいたのをぬえは見逃さなかった。確かに、本当に愛し合う形での結婚でこんなことされたら多分ぬえは拗ねる自信がある。そういう意味では、世界征服の後に純粋な結婚式を挙げるであろうアルベドが羨ましくもあった。

 

「そしてその上で誓う。私とぬえの関係はこれより先永遠だと!」

 

 アインズによる最も力強い宣言。そして今までで一番の喝采が玉座の間に充満した。

 宣言内容に愛してるとか入れてないのはアインズとぬえの精一杯の抵抗である。だが、万雷の喝采はこの違和感を消し飛ばしてくれたようだ。ぬえはほっとする。後は上手く擦り合わせていけば、たまに誤魔化すRPをする程度で、今まで通りの関係を維持できるだろう。それこそ、永遠に。

 ぬえとアインズが再び視線を交わす。労いと安堵。握手したい気分にかられるが、ここは周囲の空気を読んで抱き合うぐらいしようかとぬえが考えた時。完全に失念していた事をペストーニャより告げられる。

 

「それでは、アインズ様、ぬえ様。誓いのキスを」

「「えっ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ぬえは一日私室から出る事はなかったという。




これがオチで最終回でもいいんですが、最後にぐだぐだとした後日談で〆です。
最終回は7巻ネタバレが入ってるのでご注意を。


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