その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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元来1話で収める予定が長くなったので分割した結果がこれです。というわけで連続投稿


正体不明の懺悔

(なんかよくわからん内に納得された件について)

 

 アインズは滝のように流れる汗を拭いたい気持ちでいっぱいだった*1。ずっと神妙な表情を浮かべていたデミウルゴスが微笑みを取り戻し、都合のいい解釈をしてくれたのは奇跡と言っていい。あの適当かつ思わせぶりな発言でどういう結論に至ったのかアインズは見当もつかないが、子作りを是としない意思が伝わったなら此方の作戦は成功だ。後は、式の段取りに宣言を組み込むだけ。

 

「デミウルゴス、お前には本当に苦労を掛けるな」

「滅相もございません。アインズ様の叡智に少しでも追いつけるよう日々邁進する所存です」

 

 これ以上頭良くなるってなにそれ怖い。

 

「アルベドは、受け入れてくれるかな?」

「彼女でしたら、かつてない歓喜で賛同することでしょう。それに、ぬえ様が御説得に向かわれたのでしょう?」

「うん、正直……アルベドだったら真っ先に承諾してこっちまでダッシュで走ってきて抱き着いてきてもおかしくないとは思っているな」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ぬえの説明を受け、アルベドは罪悪感に囚われていた。言葉が半分も耳に残らないが、その言葉に含まれた想いは十分に伝わっていた。

 

 もう疑いようがない。ぬえは、アルベドの想いを成就させる為にここに来ている。

 

 アインズを本当は愛していないのかとすら疑うほどの衝撃だった。一人の殿方を愛する女として、ぬえの提案はありえない事のように思えた。確かにアルベドだってぬえとアインズが添い遂げるように勧めてきた。だがそれは自らの燃え滾る恋を成就させる為に他ならない。その作戦でも、ぬえに一番を奪われたという事実がどうしようもなく辛かったのに、どうしてぬえはこんなことが言えるのだろうか。

 

(いいえアルベド。これが頂点に座する女の一つの形なのよ)

 

 独占欲に支配されるアルベドとは全く違う。溺れるような愛を乗り越えた、より大きなものをぬえから感じた。支配者の地位にいるものの責務と、神愛にも似た深い愛情だ。ぬえは、アインズからの寵愛が減るなどと言った事をまるで恐れていない。愛してもらっている絶対の確信があるのだろう。至高の姿が、とても眩しい。

 

「ねぇアルベド。受けてくれないかな、私は、アルベドと一緒に彼を愛したいよ?」

「私は……」

 

 ぬえが笑顔で優しく語りかけてくる。同時に腕をさするような仕草には少し違和感を覚えたが、アルベドは天才だ。そこはアインズが掴んだ場所なのだと確信するのは容易だった。抱いてもらってはいないとの事だが、抱擁は受けたに違いない。

 

(ぬえ様が言う通り最大のチャンスよ。はいと頷けばいいのに何故貴方は悩んでいるの!)

 

 いつもの自分ならば迷わず飛びついたはずなのに、ぬえの言葉に肯定で返せない。言葉に詰まるアルベドにぬえはきょとんとした様子だ。

 頷けないのは、ぬえが原因だ。この人の愛情の前では自分が恐ろしく醜い女に思えてくる。表向きだろうが、アルベドが望んだ一番、正妃の座を用意できるこの至高の存在が恐ろしい。

 

(アインズ様の隣にいたい、アインズ様に愛されたい。そうよ、この御方は最初から私を応援してくれていた)

 

 このような存在に、自分は筋違いな憎悪を向けていたのか。アルベドは罪の意識に押しつぶされそうになった。

 紋章旗に目を向ける。今でこそ、埃一つない美しい姿だが、ぬえが帰還する前は憎悪の余り投げ捨てて放置してしまったアルベドの罪。その紋章旗が今は罪人を追及する地獄の裁判官のような錯覚を覚えた。対外的だろうが、お前に正妃の座に就く権利はないと。それが自責からくるものと理解していても、責められている感覚は拭えない。

 

「ぬえ様、私には資格がありません……」

「えっ」

 

 アルベドは辞退を決めた。ぬえがわかりやすいほど動揺する。受けてくれると確信していたのに裏切られたといった様子だ。アルベド自身、張り裂けそうな想いに耐えられず頭を下げる。涙が零れそうだった。

 

「り、理由はあるの? 私は、アルベドこそ資格がある。そう思ってるんだよ?」

 

 平静を装う声が頭の上から聞こえる。当然だろう、アルベド自身は女のプライドとしてアインズの寵愛を固辞するなどありえないしぬえだってそれを理解しているはずだ。1時間前の自分ならば理性を失う勢いで同意した、間違いない。やはり、語らねばならない。アルベドは覚悟を決め、席から立った。そのままぬえの前で跪く。

 

「愛する女同士として語ろうというぬえ様の提案を無下にする事、まずはお許しください。至高の41人、封獣ぬえ様。守護者統括アルベド……この愚かな女の懺悔をどうか聞いてくださらないでしょうか」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 想定外だった。ぬえは内心で頭を抱えた。

 今、ぬえの目の前には涙を零し続け、震えるアルベドの姿がある。ぬえは、アルベドなら二つ返事で自身の欲望そのものな愛情を成就させるに違いないと思っていた。

 

 ぬえの前で、涙ながらにアルベドが語った懺悔。

 アルベドは、アインズを除いた全ての至高の41人は自分たちを見捨てたのだとぬえが帰還するまでずっと思っていたのだという。なによりアルベドが許せなかったのは、愛するモモンガを見捨てたことだ。最後まで残った慈悲深き君主、それも心から愛する方をあろうことかナザリックごと見捨て、帰ってこない至高の存在達が憎かったと。

 だがそれはぬえの帰還により、とんでもない思い込みだったのだと叩きつけられた。捨てたのではなく、ナザリックの為に今も戦い続けているのだと。憎悪はそのまま罪科となり、アルベドを苦しめた。第一妃の座を諦め、ぬえがアインズの正妃となったあと、側室として愛してもらおうとも考えていたが、いざぬえから正妃の機会が与えられると締め付けられるように苦しい。その想いが今は罪としか認識できず、自分を許せない。

 嗚咽交じりで、一部繰り返しもあったが、概ねそんな内容だった。

 

(……逆恨みの罪ってことかな? 正直、アルベドの憎悪は適切でしかないんだけど)

 

 アルベドの憎悪はアルベドの罪ではなく、モモンガを見捨ててしまったギルドメンバーの罪だ。ぬえは今でも、モモンガの最後のメールを無視したことを悔いている。アルベドがもし自分を殺しにかかったとしても、その殺意を受け入れられる程度には。もちろん、殺されるのはごめんだが。

 

 自分の罪だとわかっているからこそ、アルベドに伸し掛かる自責の感情を排除するのはぬえの責任だ。そしてこれ以上の無言もまずい。なんか勝手に自害しそうな予感がする。ただ、帰還の話は嘘でしたなんて言えるはずもない。ぬえは慎重に口を開く。

 

「アルベド」

 

 びくりと彼女の羽が震える。

 

「一度だけしか言わないからよく聞きなさい。貴女の懺悔、その罪は理解したよ」

 

 話しながら考える。ぬえはアインズ程頭の回転は良くはない。アドリブ力なんてないも同然だ。だから話せるのは、素直な気持ちと、上位者としての責務のみ。『ナザリックの封獣ぬえ』なら、『私』ならどうするか、だ。

 

「まず、組織の上位者として……アルベド。お前が過去に抱いていた憎悪は、将来ナザリックで内乱を起こしかねなかった危険思想だ。ギルド“アインズ・ウール・ゴウン”の法に従えば、ギルド崩壊誘発罪……最高刑である『除籍殺害』に値する」

「!」

 

 とっさに言えたのは裁定者としての言葉。気の利いた言葉が最初に出ないとは、所詮己も生前童貞にすぎないということかと自嘲する。

 スパイギルドが壊滅させられた事件を受けて、ギルド“アインズ・ウール・ゴウン”は41人から先が増えることがなくなってしまった。その際、多数決で悪のギルドらしく「裏切者は殺す」という悪ノリでそんなギルドルールを作った覚えがある。スパイなどいないとわかってるからこそ、みんな無駄に重い刑罰を用意したものだ。一応それに照らせば、アルベドはギルド除籍処分の上でリスポーンキル複数回になる。

 

「だがお前はそれを自ら認め、改めた上で懺悔としてここに報告した。積み上げた功績から考えても極刑は相応しくないな」

 

 自分で言っておいてすぐ自分で訂正する。時間稼ぎの常とう手段だ、わかっている。

 アルベドはばっと顔をあげるが、期待する表情はそこにはなかった。既に裁きの内容を受け入れる被告人のそれである。ごめんなさい、そんなつもりなかったんです。

 

「だが無罪にはさせない。私はアインズ様ほど優しくはない。信賞必罰を是とする」

「ぬえ様からならば、どのような罰でも、この身甘んじて受け入れます」

 

 ほう、どのような罰も。

 アルベドの言葉でピンと閃いたものがあった。迷わずぬえはそれに飛びつく。一瞬脳裏に浮かんだ可愛いペットのロー君で秘密を共有するなども考えたが、エロ最悪の方と誤解されそうなので忘れることにした。ぬえは生前得ていた女性に対する知識と自らの女としての精神をフル活用して閃きを言葉に変える。

 

「アルベドとアインズ様の婚姻の儀は、世界征服後まで延期!」

 

 ……静寂。アルベドは一瞬、言われたことがわからない様子だった。涙も止まった様子で呆けている。まずい。ぬえは慌てている事を悟られぬよう、笑顔をキープして続ける。確か、結婚は女の幸せ、結婚式は全ての少女が夢見る憧れ。そんな話をTVドラマかなんかで見た。そんな曖昧すぎる記憶を頼りに、ぬえは罰が妥当であると口にした。

 

「正妃の地位に就いても、結婚式はいつになるかわからないほどのお預けって女として最悪の罰でしょ」

「……」

「アルベドは予定通り表向きの正妃としてアインズ様の隣に立つ。だが、2人の結婚式は世界征服完遂まで行う事を私が絶対に許さない」

 

 言ってて最悪の女だなとぬえは思った。現代日本の価値観からして一夫多妻のイメージがどうしても上手く定着しないせいで、変な罪悪感に襲われる。

 

「ですが、私は──」

「素直になろうかアルベド」

 

 もう叩き込むしかない。ゴリ押しだ。

 ユグドラシル時代に幻覚魔法ぶっぱした後只管に槍振るいまくった脳筋なめんな。

 ぬえは椅子から降り、アルベドの両肩を掴んで魅惑的な両目を睨む。目を逸らさぬよう、全力で集中して。

 

「女として聞くよ? アインズ様の事、私達至高の41人を殺したくなるほどに愛しているのに、貴女はそれに嘘をつくの?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「アインズ様ああああああああ!!!」

「ごっはぁ!!」

 

 凶悪な肉食獣が豪華な服着た骨格標本を押し倒した。ダメージはないはずだし、アンデッドとしてはありえない動揺の様子だが鈴木悟の残滓が影響しているのだろう。一仕事終えたぬえは、大量に作り上げた恥ずか死ぬ台詞に苦しみながらゆっくりと彼らの下に向かう。

 

(アインズ様を愛する女として~とか言ったとき、モモンガさんへの罪悪感がやばかった。そして恥ずかしすぎて腕に鳥肌が……ええい! タブラさんGMのTRPGで、るし★ふぁーさんのキャラに告白した時より恥ずかしいぞ!!)

 

 当分、ベッドで「あー!」とか言いながら苦しむだろう未来の自分に合掌していると、デミウルゴスがぬえの下まで歩いてきた。いつものように最敬礼をし、ぬえの足を止めないように流れるような足取りで、ぬえから1歩下がった右隣に立つ。

 

「ぬえ様、よろしいのですね?」

「ん、嫌ならデミウルゴス達のお膳立てのままにしてたよ」

 

 目の前には、完全に火が付いた様子のアルベドが周囲の目も気にせず服を脱いで危険な行為に走ろうとしている。アルベドが自ら背負っていた罪は外してはならないストッパーだったのではないかと今更ながらに考えるが、これもアインズが設定を歪めたのが発端だからしょうがない。ちゃんと責任をとってもらうことにする。

 骸骨に縋りつくサキュバスを微笑ましく見守っていると、背後でデミウルゴスが頭を下げる音がした。

 

「ぬえ様の博愛には、このデミウルゴス歓喜の涙を禁じえません」

「博愛か……ちょっと違うな」

 

 足を止め、振り向く。アインズが八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)らにアルベドの拘束を命令しているが無視した。そして笑顔で続ける。

 

「デミウルゴス。私とアインズ様はね、非常に我儘なだけなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

「ところでぬえ様。シャルティアには声をかけなくてよろしかったのでしょうか」

「えっ」

*1
(当然骨なのでそんなものはない。内心にのみ存在する汗だ)




言う事聞かなかったキャラクター、アルベドお前だよ!
特典小説読むまでは、ぬえの提案は本当二つ返事で引き受けて、デミウルゴスへの説明終わった段階でぬえの説得シーン端折って飛びつく流れだったのに。
あれほどの憎悪を反転させたら、ゴール目前で壁になっちゃうよなぁと。おかげでヒドインじゃなく恋を押し込めようとするヒロイン化しました。作中時間で30分も持たなかったけど。ちゃんとぬえも頑張って説得したという回になったということで…脳内劇場型の欠点です、はい。

後はアインズとぬえが結婚(処刑)される回と、後日談で最終回となります。後日談があとがきメインに近いため、明日も連続投稿ですね。
続き希望の感想は大変嬉しく思います。時系列不明で用意したネタや7巻構想等はありますが、こういうのは当初予定した終着点の通りにまずは完結させないと、その、高確率でエタりますので…

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