その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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正体不明の決意

 ぬえから説明を受けたアインズは、この妥協案を飲むことを決意した。

 結婚はもう諦めた事もあってぬえの案でも回避はできない。それどころかこじれているが、確かにこれならぬえとアインズの夜伽などという最悪だけなら回避する手段を得られる。それにぬえが求めたのは、アインズが背負った罪の清算だ。いずれ解決しなくてはならない問題を纏めて解決する時が来た。そういうことなのだと自分を納得させる。

 

(でも結局この式は止められないんだよなぁ)

 

 今、デミウルゴス主導の下、ナザリックのシモベ総動員で式場が造られていた。玉座の間の使用許可を受けた彼は、至高の存在が手掛けたデザインを崩すことなく、式場の雰囲気を出すという至難の作業に取り組んでいる。

 

 予め用意していたのだろう、式の段取りに関する報告書もアインズに届けられていた。

 

(地表、第一階層から玉座までぬえさんと2人寄り添って行進していく……地味に大変だぞコレ)

 

 並べられている計画案にうんざりする。使われている費用もどこに消えているのかと思う程高い。とりあえずぬえから没収した剣は希少金属の回収に成功したら換金処分する事を決める。モモンの戦利品となっているが仕方がない。せっかく王都の財産根こそぎ奪ったのにそこからさっそく消費していくなど貧乏性には耐えられなかった。

 説得次第ではご破算にもできるのだが……シモベ皆の笑顔を思い出し、我が身の犠牲を諦める。大丈夫、犠牲になるのは自分だけではない。

 

(さて、デミウルゴスの説得は俺がやらなきゃならないわけだが……)

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層。

 至高の41人の予備部屋、そこにアルベドの私室がある。設定魔のくせにゲームはゲームと割り切る処があったタブラは玉座の間に詰めるアルベドに部屋は不要と与えることがなかった。ニグレドの部屋はぬえがトラウマを作る程凝った癖に、である。だが現在のナザリックはゲームなどではない、現実だ。守護者統括が自室を持たないのはおかしいとアインズが予備部屋を割り当てたという経緯があり、こうして広すぎる部屋が与えられていた。

 

「ああ、アインズ様……とうとう、ぬえ様とご結婚されるのですね」

 

 手作りのアインズ人形を抱きかかえ、愛おしく撫でる。目や口はアップリケで表現したとても可愛らしいアルベドの自信作だ。独り言のように人形に話しかけるアルベドの表情には悲しみが見える。これからは堂々と側室としての地位を狙っていける、アルベドにとって望むべき展開だった。そのはずだった。

 

「駄目よアルベド、自分の罪を忘れたの? この期に及んでぬえ様に嫉妬なんて許されない事だわ」

 

 理性が紡ぐ言葉を自らに言い聞かせ、内で嘆く感情を抑えつける。それでも、アインズの隣にいるのは自分でありたいというのも本音だった。心の底から愛している人の1番になりたい。アインズの寵愛を最も受ける存在でありたい。次善策を目指しておきながら、いざその計画の第一段階が実る処でこれはあんまりだと自嘲する。

 

 急に、涙が零れそうになった。

 だが堪える意味もない。ここにはメイドすらいないのだから。泣けば少しは落ち着くだろうと自分を納得させた時。

 

「アルベド、いる?」

「ぬえ様!?」

 

 扉の方から、最も意外な者の声がした。そして自らの失態に気付く。このような姿は、他の者にはもちろん、ぬえには絶対に見せるわけにはいかないのに、先の反応で在室ということを教えてしまった。

 

「入るよ?」

「す、少しお待ちください!!」

 

 アインズ人形を優しく机に置き、零れた涙をすぐにふき取る。鏡を見て確認する、わずかに潤んでいるが守護者統括の顔だ。何も問題はない。扉まで歩いて取っ手に手をかけ、一瞬だけ悩む。至高の存在であるぬえに対して、恥ずかしくない部屋と言えるだろうか。

 慌てて“アインズ・ウール・ゴウン”の紋章旗を見る。ぬえが帰還するまではドレスルームの片隅に放置していたそれは、今では美しい姿を取り戻している。真実を知った日に幾度も懺悔しながら綺麗にしたものであり、アルベドはこれを自らの罪の証として掲げていた。埃一つない。大丈夫だ。無意識のうちに息を吸い、扉を開く。

 

「至高の御方をお待たせしてしまい、申し訳ございません」

「気にしないで。むしろごめんね、唐突に来ちゃって迷惑だったでしょ?」

「そのような事はありません」

 

 扉を開いた先にいたのはぬえだけだ。いつも連れている八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)2匹は、少なくともアルベドの感知範囲にはいない。そしてアインズがいなかった事に無意識で安堵する。

 

「ちょっと、話したい事があるんだけど入っていい?」

「は、はい。何もご用意できませんが……どうぞ」

 

 断る事などできはしない。アルベドはぬえをそのまま招き入れる。

 ぬえが、紋章旗に目をやった時はビクリとしたが、幸い気に留めた様子はなかった。もしぬえに見咎められるようなことがあったならば、アルベドは迷わず自害を選択したことだろう。ぬえの「女の子の部屋だなぁ」などという独り言が気にならなくなるほど、今のアルベドは緊張していた。ぬえの翼が緊張を意味する形になっている事に気付いていれば、少しは気が楽になったかもしれない。

 

「ぬえ様、此方の席にお座りください」

「ありがとう、アルベドも座って楽にして」

「畏まりました」

 

 メイドが掃除をするばかりで全く使われなかった来客用の椅子が初めて役に立った。ぬえに座るよう促されたのでアルベドもぬえと机を挟んだ位置に座る。立ったままが本来なら正しいかもしれないが、ぬえの勧めは断れない。

 座ってぬえの言葉を待つ。わざわざここまで来たのだから、何か大事な話だというのは理解している。

 

 しかし、ぬえはすぐには語りださず、どこか悩むように視線を動かした。ぬえにとって言いづらい事だと悟り、アルベドの優れた頭脳はある答えを導き出す。

 

 ぬえはアルベドがアインズを愛している事を知っている。アルベド自身が公言し、一度はぬえに嫉妬を露わにするという不敬を働いた事件もあったので、ぬえはアルベドがぬえと同じかそれ以上アインズを愛していると認識しているはずだ。そのアルベドに対し言い淀む内容は、1つしかない。

 

 側室を認めない。独占したいという事ではないだろうか。

 

(そんなはずはないわ、だってぬえ様は、王の義務というものを知っておられる……!)

 

 一瞬で殺意と共に燃え上がった嫉妬を理性で抑え込んだ。こんな推測で、今のぬえにそんなものを向けるのは不敬では済まされない。アインズとぬえの結婚式が迫っている事で、思考狭窄に陥っていると己を叱咤する。アルベドが自分と戦っている中で、ぬえは変わらず視線を動かし、アインズ人形に目を留めた。

 

「これ、すごいね。アルベドの手作り?」

「え? あ、はい。アインズ様を想って……」

「ちょっと触っていいかな?」

「駄目です!!」

 

 ぬえの何気ない提案に、反射で返す。直後訪れたのは後悔。守護者統括として、罪を抱えた者として許されない反応。だが、同時に女としての自分は自己正当化していた。本物を今握っているのはぬえなんだ、アインズ様を想って作り上げたアインズ様グッズは自分以外に決して触らせたくない。

 ぬえは、わずかに驚いた様子で目をぱちくりしていた。叱咤を覚悟し、アルベドは頭を下げる。

 

「至高の御方に対し、許されぬ不敬、申し訳ございません!」

「頭を上げてアルベド。貴方のそれは正しい」

 

 頭の上からかけられた声は、アルベドにとって信じられないものだった。すぐに頭を上げると、そこには嬉しそうに微笑むぬえの姿がある。

 

「アインズ様をここまで愛してくれているんだね。それなのに、私とアインズ様の仲を推し進めた苦悩。一人の恋する女として、その苦しさはわかるつもりだよ」

「ぬえ様……」

「ありがとうアルベド。私が訊ねたい事はね、そこだったんだ」

 

 デミウルゴスに次ぐアルベドの頭脳をもってしても、ぬえの言っている事が理解できなかった。

 

「アインズ様を今も愛しているのか、それが知りたかった」

「不敬を重ねるような発言ですが、ぬえ様も女でしたらわかるでしょう。女の愛の終わりは冷めるものであって、諦めるものではないのです」

 

 何故か苦笑する様子を見せるぬえがますますわからない。何を言いたいのだろうか。疑問符を浮かべるアルベドだったが、ぬえはまだ本題に入る気はないらしい。「ああ、そうそう」と明らかに別の話題の前置きをして、苦笑したまま語りだす。それは、今のどこかしおらしいアルベドを吹き飛ばすスイッチのようなものであり、アルベドが今のぬえに最も訊ねたい事の1つでもあった。

 

「アインズ様に連れられた後なんだけどね、ほら、私気絶しちゃったでしょ? それで、一応言っておくと」

 

 後にぬえは語る。怖かったと。

 

「もしかして……初めてを迎えられましたか!? アインズ様のお手並みはいかほどのものでしたか!? 不敬でしょうができれば余すことなく教えていただければと思うのですが! 何卒、何卒!!」

「はじっ……いやあの落ち着こうアルベド」

「時間は可能な限り設けるべきだとデミウルゴスに従いましたが、そういえば時間は限界まで使われていましたよね!? それだけ長いのですか!? それとも連射されたのですか!? ああ、ぬえ様の技術の方も伝授していただければ無上の喜びでございます! 私恥ずかしながらサキュバスでありながら異性経験がないものでして、将来アインズ様から御寵愛を受けた際に落胆させやしないかという事が恐ろしいのです! シャルティアなんか同性経験しかない変態だしアウラは子供だしで相談できる方がいなかったのですよ! ツアレとかはセバスと寝てる疑惑があるらしいですが、会う機会もなければ人間に頼るというのはやはり敗北感というものが強くてですね! ですからぬえ様にアインズ様を絶頂せしめたテクニックがあればぜひとも」

「落ち着いて────ー!?」

 

 

 

 5分後。

 ようやく落ち着いたアルベドの目に理性が戻る。ぬえが特殊技術(スキル)〈鵺の黒煙〉〈沈静の瞳〉を併用してやっとであった。何度目かもわからない謝罪をぬえはやはり苦笑で流す。「本題を先延ばしにした私が悪い」アルベドに告げ、手を組んで改めて語りだした。

 

「まず私は抱かれてない。ああ、結婚は嬉しいよ。お前たちの気持ちを踏みにじってまで避ける機会じゃない」

 

 婚約宣言までしておいて、感動で気絶までしておいて、至らなかったアインズとぬえに疑問が浮かぶ。アルベドだったら、そのまま孕むまで繰り返し要求する自信があった。可能性として思い浮かんだのは2つ。結婚式を終えてからのつもりだった事、そして今の段階では結婚する気がなかった事。アインズが子作りできないとか、愛し合ってすらいないという線はアルベドの脳内にはない。

 

「今回の御結婚、本意ではなかったのでしょうか」

「本意ではないというよりは、私とアインズ様が建てた計画、その想定では私達が結婚する事が危険かもしれないからだ」

 

 1を話し10を悟るよう要求するアインズが建てた計画。

 その真実がついに告げられようとしていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「アインズ様。婚姻の儀を前に話すべき計画とはなんでございましょうか」

 

 動揺している。デミウルゴスは己の精神状態をそう分析する。

 今目の前には、ソファに腰かける最高支配者の姿があった。そして自分は跪くこともなく、机を挟んで座っているという状態だ。

 まず〈伝言(メッセージ)〉も使わず、直接デミウルゴスまでやってきたというのが彼を混乱させた。しかもぬえを彼女の私室に連れ込み3時間たっぷり使っている。その内容を想像をする事は死しても許されぬ不敬故に、明晰な頭脳によって思考から外しているが、王の務めを果たしたことは疑いようがない。その流れで、こちらに来ている。これが不可解だった。

 

「デミウルゴス……お前は、我が息子パンドラズ・アクターにも勝るナザリック一の知恵者だろう」

 

 アインズの言葉から始まったのは称賛だった。パンドラを比較対象に挙げてまでデミウルゴスを持ち上げる。だが、その褒め称えられた頭脳は理解した。これは称賛などではない、アインズの落胆なのだと。

 

「アインズ様、私は何か大きな間違いを犯したのでしょうか」

「……」

 

 黙した答えが全てを物語る。内なる動揺は自害すら望むほどの羞恥に変わる。式の準備を進めていた時の喜びすら既に思い出せない。だが、アインズはそんなデミウルゴスの心を悟ったように優しい言葉で声をかけた。

 

「デミウルゴス、これはな。私とぬえさんの失態なんだ。私の悪い癖だ、言葉が少なすぎたな」

「至高の存在たる御二方に失態など! 真意を掴めぬ我らこそが至らないのです!」

「落ち着きなさい。今日、第一功を讃えられた者がする顔ではないぞ?」

 

 アインズは朗らかに笑っている。本当に責める気はないとわかりやすく伝えているのだ。だからこそ、デミウルゴスは自身が恥ずかしい。守護者が犯したすべての失態を帳消しにするべく動いたというのに、自らが失態を生んだという事実が耐えがたく伸し掛かっていた。

 

「アインズ様、私が犯した罪は……今回の婚姻の儀を推し進めた事でしょうか」

「其の事だが……繰り返すがこれは私の失態だ。デミウルゴス、言葉足らずな私を許してほしい。実はな……ナザリック建国は我々の計画の内に既にあったのだ」

 

 デミウルゴスが絞り出した己の罪に、アインズは直接的な肯定はしなかった。代わりに返ってきたのは、世界征服の計画。宝石の瞳が見開いた。元よりアインズが自分より遥かに上を行く叡智を持っている事は重々承知のはずだった。だが、建国の案までも手の内だった事に驚愕する。

 思い返せば、どことなくアインズに誘導されている気はしていた。デミウルゴスは悟る。コキュートスの時からそうだった。守護者の成長、功績を望むが故に、アインズ自らが全てを先導することはない。デミウルゴスにもまた、成長してほしかったのだ。並ぶ者がいない叡智に追いつくことをアインズは願っているのだろう。

 

「この期に及んでという話だが、建国までの流れは私から言うべきことではない」

「わかっておりますアインズ様。アインズ様の思惑に適うよう、私共が追いつく努力を致します」

 

 デミウルゴスの誓いに、アインズは困ったような、嬉しそうな、そんな表情を浮かべた。そこまで期待されていては、応えないわけにはいかない。

 

「大切なのは建国後の話なんだ。まずは私とぬえさんの仲を取り持ってくれた事、感謝している。計画の都合、私達は元来結ばれる気はなかったからな」

「婚姻の儀はこのまま実行するということでよろしいのですね?」

「繰り返すがデミウルゴス、これは失態ではない。失態と感じているならば、それこそが不敬と心得よ。なにより、私達の気持ちを悟ってシモベ達があそこまで祝ってくれているのに、つまらん意地で無下にはできない。だが修正は加える」

 

 念を押すようなアインズの言葉によって、伸し掛かった自責の念はようやく軽くなった。だがどのような修正か、デミウルゴスには即座に思いつかなかった。やはり遠い高みにアインズは君臨している。思考に耽るデミウルゴスの耳には「あれ? 俺今もしかして阻止するチャンスを不意にしたのでは……」などとアインズの絶望の呟きなど聞こえていない。

 

「私達が現在警戒しているのはまずユグドラシルプレイヤー、つまり私達と同種の存在だな。シャルティアを洗脳した組織、この世界にもいるというドラゴン……ぬえさんの命を奪った脅威は今は考えないでおく。仲間達が頑張っているのだからな。さて、これから王として表舞台に立つという事は、彼らに“アインズ・ウール・ゴウン”が周知されるということだ」

 

 アインズはそこで一度口を閉ざす。腕を組み、見つめる先は虚空だ。

 その眼窩の奥にある紅い灯火に見えているものは、デミウルゴスの頭脳でも見通すことが難しい。静かに待っていると、アインズは虚空より視線をデミウルゴスに戻し、再び口を開いた。

 

「私はなデミウルゴス。私を殺せる存在などいない、というのは慢心だと思っている。ああ、殺される事はありえないぞ? 私はアインズ・ウール・ゴウンだからな。ありえない、だが慢心は許されない。だから後継者ははっきりすべきだと思っている。その後継者はぬえさんしかいないんだ」

 

 アインズの言いたいことがようやくデミウルゴスにもわかってきた。結婚する気がないとは、ぬえを王妃でも女王でもなく王女の地位に据える事が前提だったということだ。要するに娘扱いにするということである。即座にそのメリットはいくつか思いついた。だがまだ完全には理解できず、それは疑問として口に出た。

 

「アインズ様とぬえ様の御子息では駄目なのでしょうか? アインズ様は日夜ぬえ様の私室に足を運ばれる程ぬえ様を愛しておられることはナザリックでは周知の事実でございます。お世継ぎ誕生も時間の問題かと私は愚考しておりましたが……」

「……んん! せ、世界を完全に掌握した後ならば、それで問題はない。デミウルゴス、私とぬえさんは建国直後で強い後継者がいる状態、それを望んでいるのだよ。そして、私とぬえさんは現状で子供を作る想定をしていない。ここまで言えば、お前ならわかるな?」

「! ……そういうことでしたか」

 

 デミウルゴスは理解した。彼にしては長い時間がかかってしまったと言える。

 アインズが望んでいるのは強固な王政ということだった。もちろんナザリックは初めから盤石である。問題はこれから支配していく国々だ。ナザリックを建国し、世界征服していくならば必ず戦争はあるだろう。敵対した愚かな存在はこう思うはずだ、アインズさえ殺してしまえばいいと。だが、ぬえがはっきりと後継者として君臨していたらどうだろうか。アインズを殺すだけでは終わらない。必ずぬえも殺さなければならない。それどころか──あってはならないことだが──どちらかの殺害すらカードとして機能する。ただでさえ不可能な難易度は必然的に跳ね上がり、さらにナザリックが善政を施すならば、自然と暗殺計画は限られていくだろう。それこそ、デミウルゴスの手に収まる範囲に。

 また、ぬえが王妃の地位にいるか、後継者の地位にいるかも重要だ。王妃でありながら後継者を名乗る事はできる。だがそこに生まれるのは不信だろう。王妃は王女ではないのだ。アインズがなんらかの原因で消滅した際、暗殺の嫌疑が世に出る比は段違いだ。ナザリックで疑うものなどいないが、『アインズの血をひかない後継』は世界征服後の統治を遅らせることになるだろう。これら想定は全て「ありえない仮定」の上に成り立っている。だがそれをも考慮してこそ、知恵者なのだ。アインズはそれをデミウルゴスに諭している。

 そして「ありえない仮定」の上でそれを実行する意思、この構図から見えてくるものがある。

 

「アインズ様は、至高の御方々を待ち続ける為に、永遠にこの地に君臨していただけるのですね」

「……あ、ああ。そういうことだ」

 

 アインズの真意はそこにある。

 デミウルゴスがここまでお膳立てした裏にあった恐怖を最初から見抜いていたのだ。アインズやぬえが再び脅威に立ち向かうためにナザリックを離れるのではないかという恐怖。そしてアインズは『直接の世継ぎの存在』が『ナザリックを置いて仲間の下に向かう理由』足り得ると危惧したのだ。ならば、世界全てを掌握するまで結婚もせず、支配者として君臨し続ける。そうすることで僅かでも自らがいなくなるという可能性をシモベの想定から排除させたい。ナザリックのシモベ達を最優先に考えなければ思いつかない発想である。

 

(愛よりも、戦われている至高の存在よりも、私達を優先していてくださったのか……! いや、私達皆を愛してくれているこそなのか……!)

 

 この真意を見抜けた事で、デミウルゴスの心中に感動と安堵が混在した。アインズの『ぬえと結婚せず、ぬえを後継者とする』という説明はいくらでも代案を用意できる。そしてそれらは自分よりも遥かに優れた存在であるアインズが気付かないはずがない。それでもこれを2人の計画としていた理由。言葉だけでなく、行動によって永遠に君臨し続ける事を愚かなシモベに示そうとしていたからだ。

 

(私達の為に最後まで残っていた慈悲深き御方だというのに、私はまだ見誤っていたのですね……)

 

 だがそれをデミウルゴス達は結局アインズ達の懸念通りにナザリックを去る可能性に怯え、逆に捉え『2人の御子息がいれば離れたとしても、忠義を尽くせる』と手前勝手な理由から結婚を推し進めてしまった。だから、こうして真意を語る機会を設けたのだろう。

 

「お前たちがここまでお膳立てしたんだ、愛する気持ちのままに結婚はする。だが対外的には、ぬえさんを娘……王女にする。外見的にはそれが一番らしいだろ? ぬえさんはあれで(設定上)1000年を生きる妖怪なんだが、な」

 

 わざとらしくアインズは語る。デミウルゴスは至高の真意を掴んだ。言ってしまえばただの前振りだ。ようやく笑顔が戻ったデミウルゴスは予測された言葉がアインズから放たれるまで待つ。同僚への祝福を胸に抱いて。

 

「もう言わずともわかるだろうデミウルゴス。私はな、元より──」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「理解した? 少なくとも、ナザリック外でも私とアインズ様が結婚していると伝わるのは好ましくないんだよ」

 

 ぬえの説明に、アルベドははっきりと動揺を浮かべている。ぬえ自身、思い付きから適当にぬえとアインズが表向きでも結婚している事のデメリットを羅列しただけだから仕方がない。後継者としての方が表でも命令しやすいだとか、至高の仲間を保護した先も考えてたとか。でも政争に利用されるってなんだよ、デミウルゴスがいれば一発じゃねーか。

 

「し、しかし」

「アルベド」

 

 反論しようとするアルベドを言葉で制する。許したら絶対言い負ける自信があった。この話、穴だらけもいいところなのだから。

 多分今頃、アインズの方もなんか適当にアドリブを展開していると思われる。お互い『ぬえとアインズが対外的に結婚表明する事のデメリットをそれとなく話して、ぬえがアインズの娘として振舞うメリットをそれっぽく語って、頭の良い2人に勝手に納得させる』という博打作戦に打って出たのだ。

 

 結婚は諦めた。結婚を拒否して無理に父娘とすると、結果としてアインズの株が暴落する。せめて『ナザリック内、身内向けだけの成就』という形で誤魔化す。少なくともこれで外交などで夫婦として振舞う必要はなくなる。身内では……覚悟するしかない。

 簡単な方針だけ立てて、お互いアドリブという危険極まりない形に出たのも理由がある。それぞれが抱えている真意もまた微妙に違うと思わせたい為だ。そして、それが自分たちを、アルベドの狂愛を救う一手になる。ぬえとアインズで説明が違うのは当たり前。なぜなら。

 

「アルベド、貴方が私の気持ちを想って、ここまでお膳立てしてくれた事本当に嬉しく思ってる。だから、私も貴方の気持ちを立てたい」

 

 一度息を止める。敬愛は抱けど、恋愛ではない自分。本当に愛しているアルベド。彼女の頭脳は、間違いなく此方が言いたい事を理解しているだろう。目を見ればわかる。『貴女がそれを言ってもいいのか』そんな驚きの目だ。悪いが言わせてもらう。そちらのは勘違いによるものだがこちらは本物だ。押し通す。

 

「今だけは、至高の存在とそのシモベではなく、同じ人を愛する女として話し合おう。このチャンスを逃がせば、貴方が得られる寵愛は遅れた分だけ失われる。そんなの、嫌でしょ?」

 

 ぬえはアルベドの愛も叶えたい。そんな立場としてここにいる。

 アインズの罪を清算させる。同じ人を愛する、は嘘だ。だがアルベドの愛を応援したいのも本音。ここからが正念場だと改めて覚悟を決めた。

 

「アルベド、ナザリック国の正妃として君臨してほしい」




突然ですが、私がSSを書くときは簡単なプロットしか脳内にありません。登場人物を配置して方向性を決めたら、後は彼らが勝手に動き出すのでそれに合わせて筆を滑らせる形式をとっています。所謂脳内劇場型ですね。その為、とても書きやすい一方でキャラクターが望む方向に転がってくれないとすごく困ります。

1万字超えるんで強制分割、続きはすぐ投稿します

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