その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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この勘違いネタやりたくてここまで本作書いてました。


正体不明の王手

 待て。

 

 待って。

 

 待て待て待て待て待て!!? 

 

 この悪魔はなんと言った? 王妃? 私が? つまりモモンガさんと結婚? なんで、なんでそうなった? 私の意思は!!? 

 ぬえの動揺は過去最高調に達し、その思考は停止寸前だ。かろうじてわかることは、シモベ達は心より祝福の視線をこちらに向けているという事。なんでアルベドまで嬉しそうなんだよ!! お前私に嫉妬するほどモモンガさん愛してたんじゃないのか!? 

 

「デ、デミウルゴス……」

「はい」

 

 アインズと違い精神作用無効化がないぬえは動揺を全く隠せていない。それでも、問わねばならない。なんでそうなった? と。

 アインズは時間停止魔法でも使ったのか理科室の骸骨みたいに固まって役に立たない。あれは復活に時間がかかるだろう。

 

「かっ、確認したいんだけど……私の意思は」

「もちろん、ぬえ様の御意志を最大限尊重した上でございます。もちろんこの国における地位とは対外的なもの……」

 

 あ、建前ってだけってことかな? 混乱と動揺の中で、わずかに救われたような気持ちになる。それなら、ぐっと堪えればなんとかなるかも知れない。ぬえは微かな希望を抱きつつ一体これのどこが最大限尊重してるんだという突っ込みも飲み込んでデミウルゴスの言葉を待つ。そして理解する。確かに『最大限尊重』していると。

 

「ですが、私共はアインズ様とぬえ様が結ばれることを心より祝福致します。元来、ナザリック地下大墳墓、その全てのシモベの総意として陰ながら応援するというものでしたが、この機会こそ、御二方が堂々と婚姻を結ぶチャンスかと存じ上げます」

 

 救いは断たれた。

 こいつらガチで私とモモンガさんが愛し合ってると勘違いしてやがる。そりゃ尊重もなにもシモベからすれば至高の存在の願いを叶えてあげられるという喜びしかないよね!! 

 ぬえは助けを求めるようにアインズを見る。精神作用無効化が発動しすぎてフリーズしてたんだと思うがいい加減治っただろう。

 

 

 返事がない、ただの屍のようだ。

 

 

 童貞骸骨は役に立たない。どうすれば切り抜けられるかというぬえの動揺を察知したのか、アルベドまでもが1歩進み出て言う。

 

「御二方がいかに親密な関係であるかは、私共も理解しておりました。状況が状況であり、今も絶対なる脅威を前に至高の御方々が戦われている中で、はっきりとした関係になるわけにはいかない。そのお考えも理解しております。ですが、この機会に婚姻の儀を!」

「ア、アルベド……」

 

 ちょっと泣きそうなんですけど。なんでそうなったの本当。なんでそんな思考回路が生まれたの本当。

 ぬえの涙目を感動の涙と受け取ったのだろう、デミウルゴスとアルベドが深々と頭を下げる。お膳立てはしましたよーというナザリック全体から最大限の厚意を受けた形だ。そんな気持ちが全くないのはアインズとぬえ2人だけである。

 

「ま、まさか……お前たちにここまで想われていたとは、な……」

 

 ようやく再起動したアインズが口元を押さえて言う。

 なにいってんだこいつ? え、真っ先に否定しようよそこは。

 裏切られた思いで、ぬえがアインズを睨むと、秘匿通話〈伝言(メッセージ)〉の思念波が届く。届いた内容は謝罪だ。

 

≪ごめんなさい、とりあえず流しましょうこれ。世界征服計画並みに否定の空気入れられませんって≫

≪このヘタレ骸骨が!! 認めたらやばいぞ! 私達結婚させられるんだぞ!! 政略結婚もびっくりの愛情皆無な奴!!≫

≪ごめんなさい! 後で私室で話し合いましょう! 俺もう逃げたいですもん!≫

 

 逃げたいのはこっちも同じだ。だがせめて拒否の一言ぐらい入れないと詰む。

 ぬえの目の前には、シモベ達の祝福の笑顔。誰もがぬえとアインズの婚姻を願う姿。きらきらと輝いてるそれが今のぬえにはワールドエネミーにすら思えていた。

 なんて強敵だ。これを崩せというのか。子供たちの笑顔を奪えと言うのか。アインズもぬえと同じく折れそうになっているに違いない。だからこそ、ぬえが言うしかないと思うが声が出ない。嫌だと言えば済む一言が出てこない。先に続けたのはアインズだった。

 

「だが、やはり建国の目途が立ってから、改めて決めるべきだろう……ぬか喜びは、ごめんだからな……」

≪おい、それ誤解与えるって!?≫

「そうだね、うん、また後日に……ね」

≪ぬえさんも否定入れましょうよ!? 中途半端にがっかりした感じ与えたら誤解が──!!≫

 

 口では遠まわしながら明らかに受け入れの姿勢を出し、〈伝言(メッセージ)〉ではぎゃあぎゃあと互いを罵る。仲間がこれをみていれば笑い転げるに違いなかった。だがそれでもせめて、せめて話を先延ばしにする。アインズとぬえは一縷の望みをそこに賭けたのだが。ぬえの発言が与えた誤解がアルベドを動かし決定的な一手が放たれる。

 

「アインズ様」

「なんだ、アルベド」

「シモベではなく、女として進言いたします。ここは男らしく、この場で婚約を宣言された方がよろしいかと。ぬえ様の想いに応えてあげてください」

 

 あ、詰んだ。

 自棄になって立ち上がるアインズを見届けながら、ぬえは意識を手放すことにした。ごめんなさいモモンガさん、先に逝きます。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ─ナザリック地下大墳墓第九階層、ぬえの私室─

 

 ちゃぶ台の前にアインズが座り、ベッドの上にぬえが座る。二人の定位置だ。いつもならば楽しい談笑が起こる場だが、今はそれがない。葬式会場のような重苦しさがあった。

 

「……」

「……」

 

 互いに沈んだ表情で何も話さない。先程意識を失ったぬえを、アインズの婚約宣言(ヤケクソ)による感動で失神したと勘違いしたシモベ達が、

 

『アインズ様、ぬえ様をいつもの私室に運ばれてください。4時間後ぐらいにお呼びしますね!』

 

と空気読んでやったぜみたいな雰囲気で押しやったのだ。目覚めたぬえがベッドに寝かされてると気づいて、「裏切者! 封獣ぬえを、私を汚すな!」などと泣きながらパニクった後説明を受けて即土下座したのは即行で黒歴史入りである。

 

「……」

「……」

 

 話さなければ進まない。先程の失態はなかったことにして、ぬえの方から口を開く。

 

「えっと、マジでどうすんのこれ」

 

 状況は詰んでいる。どうしようもなく。

 ドタキャンスキャンダルなど、シモベの忠誠を裏切る行為だ。ぬえだけならまだしもシモベ達を裏切れないアインズには絶対にできない。ようやくアインズも口を開く、どこか遠くを見るような雰囲気だ。

 

「ちょっと、諦めてます……」

「モモンガさーん!?」

 

 諦念のオーラとも言うべきものを発している。こんな情けない姿のギルド長などぬえは生前でも見たことがない。

 

「でも俺ペロロンチーノさんと仲良すぎて『×』とか仲間にされたことありますけど、純然たる異性愛者ですからね? 結婚するにしてもぬえさんはなぁ」

「知ってるよ、てか私男じゃないよ! いや生前は男だったけどもう自分を男とか全く思えないし!」

「でも私にとっては完全にユグドラシル時代のイメージがですね……」

「ですよねー」

 

 アインズから改めて告げられるのは「心情的にはぬえと結婚は無理」というものだった。

 誰もが見惚れる美女がいたとして、転生前が男だと知ってしかも友人としての交流まであったとしたら、果たして恋愛的な好意を抱くことができるだろうか。TSというジャンルが流行ったことを思えば、現実でも受け入れられる人は割といるかもしれない。

 だが少なくとも、アインズには無理な話だ。勿論ぬえが精神的にも女性に変質した、というか若干精神年齢の後退を起こしている事は理解している。あの「封獣ぬえを偏愛する男」は現実世界で死んだという事もぬえの口から聞いている。今のぬえは、文字通り生まれ変わった存在なのだと。それでもアインズにとっては大切なギルドの仲間であることは変わらない。変わらないからこそ、アインズにとっては「彼女」ではなく「彼」なのだった。

 

「ぬえさんには失礼な考えになるかもしれませんけどね……すみません」

「そうでもないよ、元男程度には記録として私も認識してるんだから。てか私の内面ごちゃごちゃしすぎて私でも正体不明だしなぁ」

 

 ぬえはアインズの気持ちだってよくわかる。というか、生前の残滓なんか猛反対してる。残滓が反対するまでもなく、ぬえ自身も答えは出ているのだが。

 

「俺のことはともかく、ぬえさん的にどうなんです?」

「いや、モモンガさんは魅力的な男性だと思うよ。カッコいいし頭もいいし。将来的に惚れるであろう殿方への判断基準にしていいぐらいには」

「つまり?」

「恋愛感情皆無。尊敬を無理矢理愛情に変えろって言われても困る」

「ですよねー」

 

 ぬえがアインズに抱いているのは深い尊敬だ。ナザリックのシモベ達に混ざって忠誠を誓ってもいいとすら思える。

 そして罪悪感。彼をナザリックに強く縛り付けてしまった原因の1人であるという自覚と、彼の最後の願いすら聞かずに死んだ愚行は未だぬえの心の隅にへばりついている。贖罪として、結婚しろなどと言われたら恐らく拒否できない程度には。アインズがそんなこと言う存在ではないというのもよくわかってはいるのだが。

 将来『封獣ぬえ』と結婚させても良いと決断する際は、間違いなく彼が判断基準となるだろう。それでもそこに恋愛的感情はない。ちなみにデミウルゴスは親友の息子という意味で論外である。

 

「「はぁ……」」

 

 お互い、脈なしだと宣言しあってため息をつく。ここまでお互い得をしない結婚があるだろうか。喜んでいるのはシモベ達だけである。ただ結婚するならば、まだ我慢できたかもしれない。だが、ナザリック最高支配者が、王が選んだ女を娶るということは。

 

「何が一番怖いって、世継ぎ作れとか促された時ですよ」

「やめよう? 骨に抱かれるの私? てかないじゃんモモンガさん」

 

 青い顔を浮かべながらも2人の脳裏に嫌でも光景が浮かぶ。ぬえの服を両手の末節骨でビリビリと破きながら、甘噛みしまくる骸骨。舌もなければ唾液もなく、唇もないのでキスマークすらない。生まれるのは歯形ばかり。抱かれるぬえにだけ焦点を向ければ薄い本ぐらいにはなれるかもしれないがぶっちゃけアダルトらしさは皆無だ。エロい展開になるはずなのにこの後ぬえが引き裂かれる結末しか見えない。完全にホラー映画である。

 

「ユグドラシルの魔法にもそんなのないですからねぇ……性的行為制限めっちゃ厳しかったし」

「キャラ転生ぐらい? ……セカンドキャラすら許可無かったしなぁ。ユグドラシルの設定的に、一応妖怪は人間とも子を成せるのは知っているんだけど……ほら、半妖の陰陽師NPCいたでしょ」

「孕みたいんです?」

「骨粉にするぞ童貞骸骨が」

「過去最大の侮辱!?」

 

 会話が弾み、どうにか、らしい雰囲気が戻ってきた気がする。目先には地獄が待ち受けているのは確定だが、2人とも癒しを求めていたのだろう。その後も解決策の話というものが逸れたまま会話を続けていきやっと笑顔が戻ってきた。

 

「シモベ達もとんだ勘違いしてくれたよねー、私とモモンガさんどっちかっていうと父親と娘でしょ?」

「ぬえさんが子供過ぎるせいですよ」

「いや、モモンガさんが良いパパし過ぎてるせいだね」

「散々人を童貞呼ばわりするくせに!」

 

 現実逃避にも近い笑いを上げる中、ふとぬえの脳裏に閃くものがあった。

 

「ん、待てよ? 子供か……」

「ぬえさん?」

 

 考える。上手くいけば、最悪は回避できるかもしれない。子作り問題も、要は後継者の問題に過ぎない以上は一定の効果はあるとみた。問題は説得方法。そしてアインズが納得できるかだ。

 

「ねぇモモンガさん……今妥協案を思いついたんだけどさ、とりあえず、結婚してくれない?」

「えっ!?」




ぬえの発言、解釈次第では将来的には脈ありなんですがアインズは持前の主人公パワーで気付いてません。ぬえ自身も「ねーよ」と思ってるのでフラグ建設はないでしょう。Twitterにて原作者丸山くがねさんが書かれたSugar and spice and all that's niceルート(鈴木悟メインルート)にぬえが転生したケースだと、多分モモンガさんのラノベ主人公パワーで強制的にフラグが立ちます。インベルン(明言されてないけどイビルアイ濃厚)と争うんじゃないかな(適当)

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