その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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正体不明の遺伝

 ナザリック地下大墳墓第六階層。

 アウラとマーレが守護を務めるこの階層は全階層でも最大の敷地面積を誇る。樹海と表現するに相応しい広大さはぬえ曰く「ネオ山手線の範囲ぐらいあるんじゃない?」とのこと。要するに呆れるほど広い訳だが、ナザリック地下大墳墓の広大さも課金込とはいえ1ギルドダンジョンで収まってしまうユグドラシルが狂っていた証拠でもある。

 

 そんな第六階層の隅にあるのが命蓮寺だ。

 正直言って通行利便性は最悪な隠れ寺状態となっているが、ぬえ謹製の侵入者用セーフティスポットなのだからしょうがない。本堂内では襲われないというだけだが。オマケにちょっと離れれば蟲毒の大穴があるので、この近辺で無力化されたら餓食狐蟲王による丁重な御持て成しを受けることになるだろう。

 

「ぬえ様!」

 

 そんな命蓮寺へぬえが転移した。突如現れた創造主に命蓮寺の門番(自称)の小傘が驚きの声をあげる。小傘の声が寺内にも響いたのだろう、笑顔で白蓮達も飛び出してきた。東方projectを知る者が見れば違和感しかない光景だ。

 

「小傘、箒で清掃なんかしなくていいんだよ? 傘持とう傘」

「お帰りなさいませぬえ様!」

「やぁ聖。本堂奥に詰めてるはずの貴女がなんでナズより先に私の前にいるの、どんだけ早いの」

「ぬえ様、我々にどのようなご命令を」

「来る度に何か命令期待するのやめようね村紗」

「ぬえ様! またご指導いただけるのですか!?」

「そのキラキラした目を裏切るようで悪いけど今日は違うよ一輪」

「全く……皆、まず忠誠の儀から始めると決めたでしょう」

「星? 私はやめてって言ったよね?」

「ぬえ様がお困りになられてるから、落ち着こうか」

「ナズ冷静過ぎる賢将か」

 

 カオスな会話と光景だが、ナザリックの命蓮寺では日常茶飯事だ。ぬえは定期的にここを訪れるようにしている。彼女たちはぬえが『原作再現』したものだが決して『原作のキャラクター』ではない。あくまでぬえによって作られたNPCであり、今のぬえにとっては娘同然の大事な存在だ。

 一方で至高の御方であり更に自らの造物主でもあるぬえの来訪は、命蓮寺のメンバーにとって至上の喜びだ。来る度に忠誠心が振り切ってしまうのは仕方ないことなのである。それを理解しているぬえは思う。鼻から忠誠心が出るような二次設定を戯れにでも設定しなかった事は本当に良かったと。

 

 

 

 本堂に移動し、不本意ながら本尊を配置する位置の真ん前にて膝を崩す。一番偉いのはぬえなので、ここ以外はよろしくないという白蓮達の意見に押し負けた形だ。

 

「さて。一段落したから要件を伝えるね。聖たちは最近こっちに移住してきたリザードマン達と交流してるでしょ? その報告が聞きたいんだ」

「報告ですか?」

 

 ぬえの言葉に白蓮がわずかに首を傾げる。生前の残滓がガッツポーズをとるほど可愛らしい仕草だ。『封獣ぬえ』が至上の二次嫁にして好みドンピシャだったわけだが、東方projectのキャラクター達だって生前のお気に入りは多かった。『封獣ぬえ』が関わる命蓮寺の面々などは特にそうである。

 

「確かに私達は、新たに作られた小さな村のお手伝いをしております。しかしアウラ様、マーレ様に報告はしておりますよ?」

「その報告書を読んだから来たんだよ。直接、感想が聞きたくてね」

「ぬえ様……!」

 

 感激した様子で白蓮達の目が潤む。少しでも機会を設けて、こうして会ってくれる慈悲深き創造主の姿が彼女達の目の前にあった。当の本人は苦笑交じりではあったが。

 

「私の直属部隊なんだから、報告は私に直接でもいいんだけどね。連絡網に乱れが生じるのは非常に良くないから、白蓮達の判断は正しいよ。それでも紙面と直接ではまた違うものさ」

 

 白蓮達は会う為の口実ぐらいにしか捉えていないが、ぬえとしては結構真面目だったりする。現場情報は現場と上では差異が生じやすい事を痛感する、生前の苦い経験があるからだ。仕事としては現場作業が多く、その労働環境は数字に頼り切った酷いものだった。それらの問題を含めた報告書を纏め上げたのだが、最終的に『順調な報告書』として上が受け取ってしまい労働環境の改善が一向にされなかったことがあった。

 

 守護者の双子を信用していないわけではないが、レベル100の視点と命蓮寺メンバーレベルの視点ではまた違ってくるだろう。何より、白蓮達は皆属性が中立から善に位置している。中立~悪に位置するアウラ、マーレとは考え方は間違いなく違うだろうとぬえは確信していた。

 

「それで、どう?」

「はい、訪れたリザードマンは皆アインズ様を神そのものと崇めておられました。ここも世界そのものを切り取ったようだと。その瞳には畏怖も見受けられましたがそれ以上に崇拝と讃美……自らの意思で服従した者が見せる態度でございました」

「聖たちへの害意もないんだね?」

「ええ、ログハウスや畑の作成を手伝う旨を伝えた際は深々と頭を下げ謝意を示してくれました。とても、良い人達だと思いますよ」

「……ドライアードはどうかな?」

「ナザリックの為の果樹園を作り、リザードマン含め村による自給自足環境を目指していますね。先日加入したトレントとも仲良くされていますよ」

「ああそっか。食事が必要な新参は現状リザードマンだけなのか」

「はい」

 

 報告書では良い人などというリザードマンへの評価は書かれていなかった。ただ、心服した点と活動報告のみだ。やはり直接訊ねたのは正解だったらしい。ぬえは満足げに微笑む。

 

「今後も彼らが困ったら助けてあげるように」

「はい! ぬえ様の教え『人妖の共存』を実行していきたいと思います」

「……」

 

 確かに設定に書いたのは私だけどさ! 違うんだよー!! 

 などとは口には出さない。彼女たちの在り方を完全に受け入れたつもりではいるが、ぬえにとって突っ込みどころはどうしても存在する。

 

「でもぬえ様へは、アインズ様程の敬意を向けてない気がするよね。あれ私腹立つなぁ」

「村紗、不快なのはわかりますがナザリックの序列をはっきりするのもぬえ様のご意志よ。そうですよねぬえ様?」

「うん、私は至高の41人、アインズ様は至高の41人総括。この差はわかりやすい方が良い。だから、私も基本様付けなんだよ」

「それでもあのトカゲ達がぬえ様に不敬を働いたら殺して良いですよね?」

「えっ」

 

 嫌な予感がする。さっき人妖共存だと言ったばかりなのに、真逆のようなことを笑顔でのたまう村紗にぬえの表情が固まった。だが、懸念通りに白蓮が笑顔で村紗に微笑み続け出す。

 

「あらあら、殺すなんて駄目ですよ村紗。ですが、もしいたら磔刑にしましょうか」

「聖? ここ仏教って設定……」

「待ってください聖。ぬえ様に不敬を働く、磔刑ごときで許せますか?」

「星の言う通りね……誠に人面獣心で言語道断である、殺します」

「ちょっ」

「雲山拳で1000殴りとか」

「首から下を地面に埋めて他のリザードマンに鋸引かせよう!」

「駄目だからね!? 恐怖統治しない事が方針なんだから! 報告するだけ、独断禁止! 見せしめも禁止!」

「「「「「「ぬえ様のご意志のままに」」」」」」

 

 一同頭を下げる。彼女達は冗談ではなく本気だとわかっているが故に、上位者として縛らなければ洒落にならない。

 ナザリックNPCには共通点がいくつかある。1つは至高の存在に絶対の忠誠を誓っている事。反逆を狙っていると設定された者ですら、その忠誠が全ての前提として成り立っている。2つ目が、人間種への潜在的侮蔑だ。しかし、こちらは創造者の性格遺伝や、設定で抑えが効いている者もいる。だが人間種に好意的な者は圧倒的に少なく、それらの設定がなければ異形種の本能が顔を出しているわけで。

 

 そしてこの娘達、属性が中立や善のくせに大なり小なり嗜虐性があることが最近分かっている。どうもぬえが中二病で抱いていた悪への執着が一部反映されているようで、村紗や一輪に「ここは愚かな侵入者を一時保護する目的ですが、本堂から出たならゴーレムに任せず後ろから刺殺していいんですよね?」と笑顔で訊かれた時にはさすがに固まった。

 今のやりとりも、生前ネタにしていた嗜虐性が忠誠と異形種の前にガチとなって現れているのがよくわかる。

 

(人妖共存って言うけど、ナザリックに逆らわない人種前提なんだよね。正しい、正しいんだけど原作的には色々とおかしいし私の設定とも乖離してる気がする。いや、原作でも戒律破ったり目を付けた相手を水難事故させてんのは知ってるけどさぁ! ああ、でも彼女たちは原作とは違う娘なわけで……!)

 

 ぬえの内心で葛藤が渦を巻く。

 ぬえ自身も生前の趣味などで『封獣ぬえ』とかけ離れた事(主にデミウルゴス関連)をやってる自覚があるので、決して彼女達を否定することはできない。ネタだったはずの悪徳妄想が、種族性に引っ張られてガチになっているところも同じだ。

 だがそれでもそんな自分の趣味がNPCに遺伝を起こしている事は正直微妙なところであった。デミウルゴスとか他のNPCにみられる遺伝は、寧ろギルドの仲間の想いを感じて嬉しくなるというのに。

 

「そういえば、ぬえ様。ご確認したい事がございますがよろしいでしょうか?」

「え、何ナズーリン?」

 

 葛藤に苦しんでいると、ナズーリンが一歩進んだ形でぬえの前に傅いた。いつもは白蓮が代表してしゃべるのに珍しいなとぬえは思う。ナズーリンは神妙な……というより不安げな表情を浮かべており、ますます珍しく感じる。原作のナズーリンを意識しているからなおの事そう感じるのかもしれない。

 

「……ハムスケと呼ばれるアインズ様のペット。希少故、交配実験も狙っているという話を耳に挟んだのですが」

「そうだね。同種のオスがいるかわからないけど」

 

 話題に出されたのはハムスケだった。ぬえは会ったことがないが、すっごくモフモフしていそうなので機会があれば抱き着いてみたいと画策している。ユグドラシルにはいないモンスターなので、増やせるなら増やしたいとアインズが話していたのは覚えているが、公的な計画としては発表されていないはずだ。

 ナズーリンの情報収集能力に感心していると、彼女は一気に表情を崩してぬえに詰め寄った。

 

「……ウチの子ネズミ達は大丈夫ですよね!?」

「はぁ?」

 

 意味が分からない。何故そこでナズーリンのネズミ達が出てくるのか。視線だけを白蓮に向けるも、彼女はぶんぶんと首を横に振る。彼女もわかっていないらしい。知ったかぶりは愚策、動揺をなるべく抑えながら泣きそうな顔をしているナズーリンに問いかける。

 

「えっと……どういうこと?」

「このナザリックで最も数が多く、レベルが高いのは私や子ネズミ達でございます。私は女性としてぬえ様に創造されましたからハムスケとの交配実験はありえませぬが、私の子ネズミ達は多くがオスです。あれほどサイズが違うとなると解剖を要する実験になるかと思うと……何卒慈悲を!」

「いやちょ、落ち着け!?」

「ナズー! ぬえ様にしがみつくとか無礼でしょ!?」

 

 最初の賢将っぷりどこいった!? 

 ぬえは内心で叫ぶが、とうとう泣きだされては親としてどうしようもない。結局、交配実験に自分の娘が大事にしてる眷属を犠牲にするような事はしないと必死に宥め、10分かけてようやく落ち着かせる事に成功した。

 

 ナザリックNPCの性格は創造者の影響を受ける。そのことをぬえは改めて痛感した。

 感情がはち切れると泣き出して完全に落ち着きを失うという身に覚えがありすぎる行動は、ぬえの心に言いようがない感情を落としたのだった。

 

 余談だが、その日アインズにそのことを話したところ、パンドラズ・アクターも作った当時の意識が透けて見えるということだった。なお、風呂を共にした際、身体を洗う順番から風呂に浸かって一息つく動作まで同じだったことはアインズとパンドラだけの秘密である。




Web版ですと樹海の広さは羽田空港(14.5㎢)なんで、山手線の内枠より半分ぐらいですかね。

白蓮達はぬえが造物主である為、ナザリック外の者がぬえに不敬を働けばその場でキレます。
セバスは言うまでもなく、ユリ・アルファなどは属性善にして人間にも友好的なので、属性善である白蓮があっさりと「ぬえ様に不敬を働く人間は殺します」なんて言うのはおかしいかもしれませんが、ユリが造物主やまいこの影響を受けているように、白蓮達も皆ぬえの影響を受けているので。みんな本当は怖い幻想郷状態。

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