その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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正体不明の視察

「ぬえ~ん♪」

 

 ご機嫌なぬえが空を飛ぶ。

 特殊技術(スキル)〈正体不明〉〈完全隠遁〉を併用して完全不可知状態での飛行で邪魔するものは誰もいない。ここはカルネ村上空。ぬえにとっては大遠征以来の久々の外出だった。

 渋い顔して許可したアインズの前で子供のように喜んでしまったが、RP関係なしにああいう行動に出たのは正直今では恥ずかしい。精神や性格が大規模な変質を起こしているのは自覚していたが、外見少女だからといって精神年齢まで後退してないかと我が事ながら本気で疑っている。

 

「~♪」

 

 それでも内から生じる喜びに身を任せ、ぬえは大空を自在に飛び回るという至福を堪能していた。ナザリックでも第六階層で飛び回って羽を伸ばしたりしていたが、外は格別の心地よさがある。空気は美味しく、風は心地よく、太陽光は優しい暖かさを感じる。皆、現実世界では失われた歓びだ。

 

「あ、ルプーだ」

 

 眼下はカルネ村から少し離れた森。そこで「ぬえ様ー! お願いですから御尊容をー!!」などと言ってるルプスレギナをみつけた。

 アインズの指令でお目付け役にいつもの八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)やカルネ村監視役のルプスレギナがついているが、今は自分を探してわたわたしている。ぬえRP的にとても美味しくて、さらに機嫌が良くなっていく。

 本気でステルス化したぬえを探知する事は、ナザリックではニグレドやナズーリンといった探知特化の者だけだ。2匹と1人には悪いが、シャルティア洗脳した要注意団体にバレる心配も低いししばらく遊ばせてもらうことにする。

 

「ブループラネットさんも来ないかなー。絶対あの人この世界気に入るよ」

 

 自然を深く愛していたギルドメンバーをふと思い出す。しかし、実際多くの人間がこの世界に永住したがるのではないだろうか。現実世界にしかないものももちろんある。しかし、この世界はユグドラシルですら経験できなかった喜びがいくつもあるのだから。

 

「……ウルベルトさんやるし★ふぁーさんにも会いたいな」

 

 アインズはこの世界のどこかにギルドメンバーが来ているかもしれないと思って、名を変え、世界に“アインズ・ウール・ゴウン”を広める事を始めたのだと言う。自分がこうしてナザリックに帰還することが叶ったのだ。可能性は絶対に0ではない。

 あの友人達に再び会えるのなら、世界だって征服してもいいかもしれない。一番再会を欲する生前の残滓はそこまでの犠牲を払おうとは思ってないようだが。それでも『封獣ぬえ』なら、仲間を守る為にいくらでも独断専行しておかしくない。探す為でも、無茶はするはずだ。

 

「そっか。私、あっちに本気の未練なんてないんだ」

 

 そこまで考えて、自分が現実世界に帰るという選択を欠片も抱いていないことに気が付いた。家族に友人同僚、趣味のサルベージに誰かに見られたら間違いなく切腹物の『俺の嫁』HDD。これらは十分未練と言ってもいいはずだ。事実、生前の残滓はHDDを思い出して悲鳴を上げている。

 だがそれらを意識しても、本気で帰りたいとは全く思わない。否、戻る権利がない。

 

「やっぱり、死んじゃったからなぁ」

 

 自分で、元あった人間を『生前の残滓』と言い切っているのだから権利がないのは当たり前。あっちではぬえは既にゲームオーバーなのだ。コンティニューなんてできるわけがない。

 アインズはまだ権利があるかもしれない。しかしナザリックへの執着から考えて、現実世界への扉みたいなのが現れたら問答無用で爆破する気がする。自分もそれを止めることはないのだろう。

 

「むぅ」

 

 気が付けば、あれほど高かったテンションもすっかり通常のものに戻っていた。気分転換に空を舞っていたのにもったいないことをしたと思うが、自分を見つめ直すいい機会だったと前向きに受け止める。

 半泣きになってるルプスレギナがいい加減可哀想になってきたので、ぬえはここで降りることにした。

 

 

 生前への、現実世界への思考を途中で打ち切った本当の理由にぬえは気付いていない。ぬえは現実世界に未練がないのではなく、むしろ忌避していることに。

 

 己の命を奪われた恐怖、奪った存在への恐怖。今自覚している程度の比ではない其れを思い出してしまう事を、本能が避けた事にぬえは気付けなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ぬえ様、本当にこのような戯れは御止めになってください」

「許せ、こういう機会が中々ないからつい飛び回りたくなったんだよ」

「御自身の立場を理解なさってくださいよ……」

 

 合流した時に完全に泣かせてしまったルプスレギナからの懇願に、やりすぎたかなと反省する。ちなみに口調は上位者意識RPだ。ルプスレギナも素だったら「ぬえ様酷いッスよ!」ぐらい言いそうなものだが、至高の存在である自分にはそんな砕けた発言はしてくれないらしい。

 

(ぬえっぽくやりたいし、ルプーにも砕けてほしいんだけどな……)

 

 ちょっと残念に思いながらも演技設定なら順応してくれるかと考える。

 アインズがやっているモモンみたいな仮想の身分を作るというものだ。試す価値はあるかもしれない。思いついた時にはもう口に出してしまっていた。

 

「ルプスレギナ、これより私はカルネ村を視察する」

「畏まりました、ぬえ様」

「そこで、だ。私は背中の翼を〈正体不明〉で隠し人間として擬態するので身分を偽る。ルプスレギナもそれに合わせてくれ」

「……どのような身分を騙られるのでしょうか?」

 

 ここでぬえは悩んだ。思い付きだったのでどういう身分に偽るとか全く考えてなかったのだ。無意識に翼が右往左往した末、とっさに決めたものがこれだった。

 

「アインズ様の娘」

「えっ」

「今から私はヌエ・ホージュ・ゴウンだから。合わせた形で私に接するように」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 失敗だった。

 ぬえは己の軽挙妄動を呪う。アインズ・ウール・ゴウンの名を出して救ったカルネ村。今も村の要塞化の為にルプスレギナがストーン・ゴーレムを幾体も運用して着々と建設作業をしている。さらに持前の明るい雰囲気で村にもすっかり打ち解けている。

 

 では、そんな村に救世主の娘が来たとなったらどうなるか。

 

「ゴウン様にはいつも驚かされますが、今回は納得がいくもので安心しました。御息女様がおられるのは当然でしたね。ようこそカルネ村へ」

「ゴウン様の御息女様ですか! ルプスレギナさんにもお願いしてましたが、いつも感謝していますとお伝えしてください!」

「ゴウン様の娘!? ……よかった、じゃあエンリが憧れたとしても……いや待って、貴族なら多妻は普通だし……あ、すみません! ポーションの開発はまだ経過途中です!」

「ゴウン様の娘さんなんだね。だからルプーさんが珍しく大人しいんだ」

「……エンリの姐さん。その御方、ルプーの姉さんよりもヤバい強さバリバリ感じる」

「やっぱり、娘さんには色々教えてるのかなー」

 

 こうなる。

 一部発言は直接言われたのではなく、聴覚感知で拾ってしまったものだが。

 瞬く間に村中に、アインズ・ウール・ゴウンの娘が来たと騒ぎになり歓待の態度を取られてしまった。当然、ルプスレギナはそれに合わせた形となっているので砕けるわけがない。陽気な態度はますます鳴りを潜めて、プレアデスのメイドとしての職務に従事してしまった。

 

(いつも悪ふざけでモモンガさん父親呼ばわりしてたから、ついやってしまった……!!)

「どうかされましたか?」

「いえ、此方の都合です。それより急な来訪で迷惑をかけてごめんなさい」

 

 アインズにバレたら絶対怒られる。

 あの表情変化のない骸骨が怒気を露わにして迫ってくると滅茶苦茶怖いのだ。ぬえでビビるのだから、NPCだと恐怖のあまり死んでしまうのではないだろうか。

 露見時の恐怖から、村長への謝罪が自然と気持ちが籠ったものになったようで、村長側は両手を振って恐縮した様子をみせていた。

 

「とんでもございませんよ! 満足な御持て成しも出来ず此方が申し訳ないぐらいです」

「ですから、ですよ。村長殿に恥をかかせてしまいました。私は父の威光を笠に着ているだけですから、持て成される理由はないと思っていますが……次からはルプーに言伝しますね」

 

 目当てのぬえRPすらできず、ぬえは心の中で泣く。

 なんとかして打開策を取りたいが、「さすがはゴウン様の御息女」などと称賛している村人の声が耳に入り下手な発言がますますできなくなってしまった。何故かルプスレギナも感心したように目を輝かせている。一体何が彼女からの評価を上げることになってるのか皆目見当もつかない。

 

「ルプー」

「はい、ヌエお嬢様」

「……ッ! ……父上はこの村の繁栄を望まれているのですから、今後も要望があれば応えるように」

「アインズ様、そしてヌエお嬢様の御意志のままに」

 

 村長たちが感激し、ルプスレギナがぬえに傅いたのに続いて頭を下げてくる。

 

(やめて、違う、違うんです。ぬえRPしたかっただけなんです!)

 

 ぬえの心の叫びを聞いてくれる者など、いるはずもなく。

 その日の夜、アインズがぬえの私室に訪れると完全にふて寝状態で枕を濡らしてるぬえを目撃したという。




アドリブスキル アインズ様>>>(越えられない壁)>>ぬえ

ルプスレギナは一瞬でアインズが築いた信頼と同等のものを獲得したぬえに感心しています。さらに娘という立場を取ったのは何かこれからの計画にその立場を使う時があるという伏線に違いないとも考えています。

だから、ちゃんとアインズ様にこの日の事は報告してます。

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