その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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正体不明の歌唱

 

 ─ナザリック地下大墳墓第九階層─

 

 リザードマン集落占領の事後処理も終わり、一段落したナザリックは実に平和だった。

 しかしアインズはモモンとしての仕事が積もっており、ぬえは今日も今日とて最高支配者代理としてナザリックに待機中である。

「アインズ様の帰りを待つ、これぞ新妻ですよね!」などとアルベドが同意を求めてきたのには曖昧に返しておいたが、何故こっちに振るのかがさっぱりわからなかった。

 仕事としても報告書読めば終わりというぶっちゃけ暇な状態なので、ナザリックを巡回と称して散策するのが日課となっている。

 

「カラオケルームか……」

 

 今、ぬえの目の前にあるのは懐かしいネオンランプが灯った看板。

 入口はなんとも安っぽいが、扉を開ければ中はナザリックに相応しい煌びやかな廊下が通っている。左右併せて6つの扉。最奥には存在感を放つ両開きの扉がある。6つのカラオケボックスは12名ほどを想定したものだが、最奥は41人……いや、42人を想定した大きなカラオケステージだ。

 

「どんな内装だったかなっと」

 

 一番近い扉を開ければ、そこは『高級』をテーマにした一層煌びやかな部屋が広がっていた。ゴールドを基調としながらも上品なソファ。銀毛の絨毯は光沢に反してとても柔らかく、寝転がっても快感を与えることだろう。大理石の壁は防音加工されているのか疑問だが、雰囲気として申し分ない。黒曜石の机も細かな装飾が施され、その上にはなつかしさすら覚える歌の目録が鎮座している。

 

「ネイルアートショップもそうだけど、世界観的にこの辺思いっきり技術革新起こしてるよねぇ」

 

 歌いたい曲のコードを入力すると、マスターソースのように壁に歌詞が表示され歌も流れる仕組みのようだ。さすがにTVは備え付けられていない。点数マシーンもないのは少々残念だが、機能に問題は一切ない。

 

(ユグドラシルのサービスの一環だったとはいえ、本当あのゲームなんでもありだったよなぁ。拡声器の役割果たす木の実ってなにさ、100年前のグルメバトル漫画になんかそんなのあったぞ)

 

 課金次第でいくらでも自由度があがったゲームなので、世界観がどうこうと突っ込むのは野暮かもしれない。だが、ちぐはぐな技術や文化にはゲーム故の非現実性が感じられた。今はそのおかげで、こうして有意義な娯楽を確保できるのだが。

 

「守護者とか誘って歌ってみようかな? いや、聖たちでも悪くない……あー、でも歌唱スキルの反映ってどうなってたっけ」

 

 ぬえは一応歌唱スキルは獲得している。鵺が保有するスキル効果上昇の為が1つ、2つ目は封獣ぬえは歌が上手いに違いないという生前の『俺の嫁設定』の為だった。東方二次創作(歌、アレンジ曲)のサルベージだって最低限はこなせているのである。

 しかし、守護者のスキル割り振りなんてデミウルゴスや恐怖公ぐらいしか覚えていないし、娘達の内で歌唱スキルを得てたのは白蓮と星ぐらいだった記憶がある。カラオケに連れてってもスキル反映でナズとかが音痴披露させてしまったら申し訳ない気がする。ぬえからの誘いは絶対なのだから拒否すらできないわけで、その悲劇は避けたかった。

 

「……こういう時は」

 

 実験しかない。歌唱スキルがあるのはぬえ。そして、どう考えても歌唱スキルを保有していない奴が2匹、この場にいる。透明化しているが、ぬえの感知力ならば意識すれば捉えられる。

 

八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)、降りてきて」

「「ははっ」」

 

 返事と共に気配が天井から床に音もなく移動する。

 実に優秀なこの護衛に対し、ぬえはいい加減ちゃんとした名前を与えるべきだろうかと悩むが、はっちゃんだとかえっじ君ぐらいしか思い浮かばず、保留することにした。

 

「お前たちはカラオケを知っているか?」

「申し訳ありません、ここがそう呼ばれている事しか把握しておりません」

「まぁそうだろうね。清掃員……エクレアは間違いなく知ってるかな」

 

 上位者としての意識を持った振る舞いを見せるぬえだが、正直この2匹のエイトエッジアサシンに対してはあんまり意味がないとも考えている。散策中のマッサージの声聞かれたり、るし★ふぁー謹製ドッキリゴーレムに驚いた様子を目撃されたり、色々知りすぎている護衛だ。ぬえRP全開でも問題ないのではとどうしても思ってしまう。

 ちなみにぬえ本人にあまり自覚はないが翼が感情表現豊かであることや、独り言のせいで元人間であるということもこの2匹は知っている。後者に関しては脆弱な人間から脱却して偉大なる妖魔王となられた恐ろしい御方などと都合のいい解釈がされているが。

 

「この部屋の機能を確かめたい。協力してくれないか」

「「ぬえ様の御意志のままに」」

「褒美は、そうだな。この私の歌を最初に聴く栄誉を与える」

「「!?」」

 

 ぬえからすれば、実験に無理矢理協力させる為の誤魔化しとして提案した報酬だった。だがぬえは相変わらず自覚が足りていない。至高の41人が直接与える褒美という意味がナザリックのシモベ達にとってどれほどの価値があるかわかっていなかった。

 称賛だけでも上がる一方の忠誠。それが未だかつて誰も聞いたことがないぬえの歌唱。それも最初にというオマケ付き。エイトエッジアサシン2匹は今が最上の喜びとばかりに震えていた。

 

(あー……やっぱ気付くか。うう、歌えない同僚を無理に二次会カラオケに同席させた罪悪感が……)

 

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)の身震いを、緊張によるものと認識したぬえは翼を若干しおらせながら木の実マイクを手に取る。扉を閉めるように2匹に命令し、ソファに座って選曲に入った。

 

「お前たちも座っていいよ。歌ってもらうのだから」

「至高の御方を前に同じ椅子に腰を降ろすなど、畏れ多く」

「我らは護衛。任務中故このままの姿勢をお許しください」

「いや、選曲……ああ、知らないって言ってたね」

 

 無理強いも悪いかと思い、ぬえは話を続けることにした。

 エイトエッジアサシン達は未だ恐縮と言った様子で家臣としての姿勢維持に努めている。

 

「まず、ここは歌を歌うための部屋だ。この本にはいくつもの曲名とコードが記載されていてね。その番号を、この場で唱えると曲が流れる仕組みだよ」

「音声入力、でございますか?」

「色々(運営サポートによる)魔法が展開されているんだよ。宝物庫のロックなんかも音声入力機能が備わっている、ナザリックは技術の結晶だと心得るといい」

「さすがは至高の41人が手掛けられた至高の場所でございますな」

 

 さて、何を歌おうか。

 ぬえはぱらぱらとページを捲る。某一般社団法人日本音楽著作権協会にケチをつけられないようにする為、ここに載せられている歌のすべてが著作権切れのものだ。プレイヤーが使用料を支払うことで最新楽曲も歌えたはずだが、カラオケルーム作成に満足したのかギルドメンバーに使用料払ってまで目録を充実させた者はいなかった。

 

「確か……ちゃんと私の持ち歌はねじ込んだはず……」

 

 数曲だけだがサルベージした東方projectのアレンジソングを登録していたはずだ。結局ここで歌う機会は一度もなかったのでコードまでは記憶していない。ジャンルからの50音でページを捲っていき、やがてやっと目当ての曲にいきついた。

 

「あった! コードは……」

 

 音声入力を受け付けたのか、機械的な音が室内に響いた。ピロリンとか久々に聞いたぞとぬえが呆れていると曲が流れ出す。慌てて立ち上がり、『拡声する木の実』を改めてしっかりと握った。マイクというよりは無線機のそれだがあえて気にしない。

 

「まず私が歌うから、こういうものだと学べ」

 

 流れてくるのは『平安のエイリアン』のアレンジ。『封獣ぬえ』に思い入れが深かったからか、ぬえはこの楽曲も大好きだった。アレンジのサルベージに成功した時ガッツポーズしたのはいい思い出である。

 

「~~~~♪」

 

 下手すると数年ぶりのその歌は、流れる歌詞を読まずとも記憶の通りに歌う事が出来た。

 このアレンジは『封獣ぬえ』が恋心を抱くといったテーマでつくられたもので、思い入れも深い。自分を対象にする妄想をしていたという、誰かに話せば死にたくなる事必至の黒歴史だが。

 音を外すこともなくぬえは歌い続け、テンションも高まって手を広げたりポーズをとったりとアクションも決めていく。脳内はレトロ音楽ゲーム状態だ。頭の中に流れる○×△□をタイミング良く押していく、そんな高揚感がぬえを支配する。

 

「~♪ よしっ!」

 

 曲が終わればガッツポーズ。個人的には80点は固い。

 採点モードが搭載されていないことを心底惜しみながらぬえはエイトエッジアサシンに目を向ける。

 

 拍手の一つもなかった。その8本足は全て固まっている。

 

「……」

 

 ぬえのテンションは急降下する。

 音痴だったとは思いたくない。選曲が悪かったのだろうか。

 いいじゃんアニメ曲とか知らずに歌ってた同僚だっていたし、こういう二次創作楽曲だって歌ってもいいじゃん! ぬえは心中で必死に自己正当化するが、拍手がないのはさすがに堪えた。

 

「ごめん、下手だったかな……」

「「……いえ! 違います! 素晴らしい歌でした!!」」

 

 正気を取り戻したように平伏す八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)2匹。

 その間が余計にぬえを傷つけたのだが、この2匹は決してお世辞などは言っていない。ぬえの歌唱力に感動してトリップ状態に陥っていたのだ。もしあの歌詞が自分たちに向けられてると確信したなら、死刑覚悟で抱き着いていたかもしれないほどに。

 2匹は確信している、あの歌はアインズに向けたものに違いないと。

 

(これを我らに歌うことで示した真意はなんだと思うか兄弟)

(おう兄弟、我ら頭脳は虫けら同然だが、なんとなくわかるぞ)

(教えてくれ兄弟)

(アインズ様への恋路の応援要請ではないか。サポートを欲しておられるのだ)

(合点がいったぞ兄弟! だが、どういった協力をすればいいのだ)

(常に護衛として張り付く我らに対しての提案など決まっている。私室以外で2人きりの場を設けたいときは察しろってことさ。邪魔しない範囲で張り付く算段になるな……)

(さすがだな兄弟)

 

 インセクト族特有の言語で意思疎通しているエイトエッジアサシン。

 ぬえは内心落ち込んでいて、ヒソヒソ話をされていることすら気付いていない。

 

「次は普通のにすればいいんでしょ……はぁ……好きな歌でハジけるにはヒトカラしかないのか……」

 

 余談だが、ぬえが八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に指定した歌は、八つ当たりとしか言いようがないほどの難度曲であり、当初意図した実験の意味が吹っ飛ぶほど2匹は苦戦することとなる。





・カラオケルーム
独自設定。けど多分ある。
ナザリック第9階層の全容はまだわかっていませんが、おそらく思いつく娯楽は全て入っていると思われます。ムービーなんかも撮れるので映画館すらあるのではないでしょうか。どんだけ課金すればそんな容量得られるんだって話ですが。
ぷれぷれぷれあです設定ですがオートマトンはジ○ングに改造可能なので、ナザリックの科学技術は結構高いんでしょうね。ゲーム故にちぐはぐなのでしょうが。

追記
不死者のOh!では劇場だの忍者屋敷だの教室だのマジで節操なく色んな施設や部屋が登場していた。なのにカラオケルームはまだ出てこない。何故だ!

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