その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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書籍版の内容は、なるべく省略。
Webでも大体は読めますし、ぜひ買って読んでほしいという気持ちがありますので。
大丈夫!アニメ効果で増版されたから!


正体不明の雑談

 コキュートス、敗戦す。

 

『皆笑顔のデミウルゴス牧場』にいたぬえはエントマからの〈伝言(メッセージ)〉より敗北の報を通達され、ゆっくりとため息をついた。

 いや、敗北は想定内だ。だからこそため息が口から落ちたと言うべきか。

 今回、アインズが打ち出した計画の目的は「成長」にある。

 わざわざ低位アンデッドを中心に構成された痛手0の軍勢を持たせたのもその為だ。

 そして成長が主題だからこそ、コキュートスが途中、デミウルゴスに〈伝言(メッセージ)〉で頼っていたことは減点対象でもある。ぬえが強制的に止めることになったが、果たして彼は反省点を見つけ出すことができるだろうか。

 

「ぬえ様」

「わかっている。すぐにナザリックに帰還するよ、アインズ様にも伝わっているはずだ」

 

 ぬえが椅子より立ち上がると、怖気のような感覚が翼を伝った。

 ずっとコレに押し付けていたのだから仕方ない。皮製の、真新しい椅子。匂いが服などについていないのが救いと言える。

 というか、よく自分はこんなものに座ったと思う。

 いくら精神が変質してるからって、デミウルゴスに勧められて座るまで一切違和感を抱かなかったのはおかしい。ぬえっぽいとも思わないし、生前だったら洒落になってないと泣き叫んだはずだ。

 

 振り向けば、絶望のままに力尽きた()の顔が目に入る。その乾いた瞳は空虚な空間を見つめているばかりだ。

 生前の残滓はドン引きし、妖怪の心は愉悦を覚え、理性はぬえっぽいかを考える。なんとも複雑極まる感情を味わう。素材が本物であることを除けば、ホラー映画に使う皮製椅子と言われれば納得がいきそうな素晴らしい出来なのも確かだった。

 

「本当、自分が変わりすぎて怖いね」

「今なにか仰られましたか?」

「ああ、いい具合に仕上がってて良いねって」

「お褒めの言葉、感謝の極み」

 

 結局ぬえは、悪のRPに興じることで場を流すことを決める。

 デミウルゴスからの贈り物なわけだし無碍に扱うのも嫌だった。

 

「座り心地は、及第点だね。しかし実用性重視では味気ない。芸術と実用の融和は難しいものだ」

「力及ばず申し訳ありません。死の瞬間を保存することには成功したのですが」

「簡単な骨組みを作り、縦に両断した剥製でサンドイッチするようなデザインなら、私の翼も大丈夫かな? 次を楽しみにしてるよ。これは記念品として、美術館に飾っておいてよ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ─数時間後、ぬえの私室─

 

 

「くわー」

 

 カリスマブレイクという表現以外にしようがない光景がぬえの前にある。

 アインズが自分のベッドでごろんごろん転がっているのだから、当然と言えた。くわーとかなんとか奇声まで聞こえてくる始末である。

 

「人の……しかも少女のベッドで子供みたいなことするってどうなのさ……」

「たまには俺だって、ハメ外したくもなるんです……」

「いや、自室でやってよ。なんで私の前で醜態晒してんの」

「ぬえさんが冷たい!」

 

 玉座の間にて、守護者一同が集い各々の報告会が行われた。

 ずっと放置されていたヴィクティムとの挨拶、アウラの建造報告、デミウルゴスの羊皮紙報告、シャルティアへの処罰通達、そしてコキュートスの報告。

 それら全てをアインズはぬえ視点では完璧にこなしていた。

 鈴木悟は幾度も想定して臨むタイプのサラリーマンだったが、コキュートスが放った想定外の質問にもアインズは支配者たる姿勢を崩すことがなく、ぬえは心底感心していたのである。生前の自分なら、こうはいかないだろう、と。

 

「残業手当ほしー、なんで俺にはないんだーくわわー」

 

 その王の姿は今、ない。

 

 私室でちょっと話そうと言われ、着いた途端「ベッドを借ります」等と言われた時は吃驚して「え、は、どうぞっ?」とテンパっていたのだが、今はあの謎の高鳴りみたいなのを返せと言いたくなる。それだけ素でいてくれるのはぬえとしても嬉しいのは事実なのだが、もう意識は女だと言ってるのにまるで女扱いされてないことがよくわかるこの光景にはなんとも言えない気持ちだった。

 

(女としての敗北感を抱いてる今の心境というのも、元男としてどうなんだろう。私は私が正体不明だよ)

「ナザリックはホワイト企業です……」

「おーい、そろそろ戻ってこーい」

 

 槍の柄でアインズをベッドから叩き落す。ビリヤードの要領で突かれたアインズは、ベッドの端から抵抗なく落下した。がすん、と派手な音が鳴ったが落下ダメージはないだろう。

 正気に返ったのか、アインズは頭を振りながら立ち上がるとベッドにそのままぽすんと座る。ちゃぶ台に移動する気はないようなので、せっかくだからとぬえも隣に座る。翼を背もたれ代わりに楽な姿勢をとった。

 いつもの形ではないので新鮮な気分を楽しんでいると、アインズが頭をかくようなポーズで軽く頭を下げてきた。

 

「いやすいません、残滓が悲鳴あげてたんで」

「別にいいけどさ、こう、少しは私がもう女性だって理解してもらいたいなーって……」

 

 悪戯心半分、「『封獣ぬえ』を前にしたらもっと興奮するもんだろ!」という不満半分でぬえは自身が思う、ちょっと色気を見せたつもりの上目遣いを試みる。

 そんな魅惑の視線を受け止めたアインズは、頭を上げるとわずかに真面目なトーンで答えた。

 

「ぬえさん」

「何?」

「ネカマ乙です」

「ぶっ殺すぞお前!」

 

 吠えるぬえに対しけらけらしているアインズ。笑う骸骨はすっかり機嫌も戻ったらしいが、ぬえの気分は若干降下気味だ。

 残滓の疲労も飛んだのなら、とぬえはひとつ咳をする。それで十分伝わったようでアインズも頷いた。

 

「じゃあ今回の会議振り返っていこっか」

「今回最大の成果はやはりコキュートスですね」

 

 100レベルという既に完成された存在であるアインズ達はこの先「成長」できるのかどうか。

 料理スキルがないと肉を焼くことすらできない極端な存在でもある自分たちがこの先何も得られないなら、それは恐ろしい停滞だ。そう考えたからこそ、アインズは今回の計画を打ち立てた。

 結果、コキュートスは知略や軍略面で反省と成長を見せてくれた。リザードマンを占領下に置くという提案などは期待以上の成果と言える。アインズは内心テンパったし、ぬえもその時は目を見開いて驚いたが、2人ともとても嬉しかった。

 

「でも正直、負け込みでも完敗は想定外だったかなー」

「あのリザードマン、リッチを倒したのは映像見ましたが中々良い連携でしたね」

「うん、あの百頭蛇を盾にした吶喊とか懐かしくない?」

「るし★ふぁーさんのゴーレムや私のデスナイトで初撃を防いで、前衛担当が吶喊、後衛担当が詠唱呪文を唱える連携ですね。PKする時は囮戦術が基本でしたが」

「私が前衛の時は当然ばら撒き弾幕!」

「もー、ダメージ期待できない攻撃はやめてくださいってば」

「あはは!」

 

 ユグドラシル時代の思い出が想起され、2人は笑いあう。1人だったら物寂しさも覚えただろうが、2人なら思い出が運ぶ楽しさが圧倒的に上だ。特にぬえのような特異な再会を経験したことで、アインズなどは他の仲間もこの世界に来ていると強く思うようになっている。

 

「あ、そういえばぬえさん」

「なーに?」

「デミウルゴスのネーミングセンスはちと微妙ですよね」

「うん? あ、あー……聖王国両脚羊(アベリオンシープ)?」

 

 あんまり突っ込まれたくない話題にぬえの顔に苦笑が浮かぶ。ぬえにあまり自覚はないが、翼が背もたれ役でなければ感情表現の仕事をしていただろう。だが微妙とはどういうことだろうか、というかアインズが言えた台詞だろうかとぬえが思っていると。

 

「ほら、二脚羊ってキマイラでしょ? だったら山羊だと思うんですよ」

「えっ」

「えっ」

 

 確かにデミウルゴスが牧場の羊たちを聖王国両脚羊と表現した点に、アインズは「山羊の方がいいと思うが」と返していた。しかしぬえもデミウルゴスも「スケープゴート」を皮肉っており、暗黙の了解として受け止めたものと認識していたのだ。

 まさか羊の正体を見当違いにもキマイラと認識しているなど完全に予想外で、ぬえはわかりやすいほど動揺する。

 

「どうしたんですぬえさん」

「い、いや! さすがモモンガさん。デミウルゴスと話し合ってわざと羊ってことにしたのに!」

「やはりキマイラの亜種でしたか……それなら1匹ぐらいナザリックに連れてきても」

「それは御薦めできないかなー、モモンガさんがコレクター性なのは知ってるけど、同種の肉ばっか食べてるような奴だから管理は牧場でやった方がいいって」

 

 必死に笑顔を作って誤魔化すぬえを若干訝しみつつも、アインズは納得したように頷いた。

 骸骨だから分かりにくいが落胆した様子がぬえに伝わってくる。

 アインズのコレクター魂は、こっちに来ても変わっていないようだった。

 

「ハムスケやドライアードとかもいい感じに馴染んでるんで、もっと集めたいんですがね。第六階層にあった朽ちた村とかちゃんと機能させる計画なんで」

「あー、そういや私まだ会ってなかった。命蓮寺の面子も管理に関わってるらしいし、今度覗いてみようかな」

「ハムスターの方はただのでかいジャンガリアンハムスターですけどね」

 

 ぬえが帰還する前に、アインズはユグドラシルにも生息していないレアなモンスターを支配下に置いたらしい。巨大なハムスターに魔法の紋章と蛇のような尻尾をくっつけただけという姿だそうだが、現地の人には森の賢王だの凄い威容だのと評判であり、しかもナザリック内でも結構いい評価を貰ってるそうな。

 ぬえの想像では可愛らしいイメージしか浮かばず、それを告げるとアインズはそれであってると返すのでわけがわからない。現実世界の価値観を持つ2人にはわからない威容がハムスケにはあるようだ。

 

「で、オス? メス?」

「ハムスケと名付けた後ですけどメスでした」

「……モモンガさん」

「そんな目でみないでください!」

 

 気を抜いた状態なものだから、アインズもぬえもすぐに話が逸れてしまう。

 会議の反省会が目的だったというのに雑談がどうしてもやまなかった。

 その後も、ヴィクティムのエノク語についての違和感から1500人侵攻の話題に飛んだり、シャルティアへの罰の相談から、るし★ふぁーとぬえがやらかした事件の罰に飛び火したり和やかな談笑が続いた。

 

『時間だよ、モモンガお兄ちゃん!』

「えっ、はやっ」

 

 あっと言う間に予定されていた時間になり、ぶくぶく茶釜による通知音声が響き渡る。アインズは名残惜しそうに立ち上がった。

 ぬえだって名残惜しい。この世界で、人間だったころの残滓含めて語り合える存在は今お互いしかいないからだ。

 その絆は、より強まっていると言わずとも互いに認識している。NPC達が色々期待している方向ではないが。

 

「では、アルベドとの調整があるので」

「うん、いってらっしゃい」

 

 ゆっくりした足取りでアインズは扉に向かい、忘れていたとばかりに振り返る。

 骸骨なので表情に変化はないが、どことなく楽しそうに。

 

「ああ、次の遠征ですけどね。ガルガンチュアも起動させ、ヴィクティムも連れていく予定です」

「ナザリックの威光をトカゲ男に示すってのもどうなのさ」

「こういうのはノリでしょう。ぬえさんが一番分かってるはずです」

「まぁね。ナザリックが手薄になるんだから私は留守番?」

 

 ちょっとだけ寂しそうなぬえに、アインズは首を横に振る。

 それだけで、ぬえの両目が輝いた。

 

「一緒に行きましょう。俺とぬえさんまだ一度も一緒に外出してないんですから」

「わーいお父さん大好き!」

「誰がお父さんですか」

 

 




フラグ建てる気ないのに、アインズとぬえの距離感が近すぎるんですけど。友情認識も大きいでしょうが、元男という状態に加えアインズはスケルトンであるものがないという都合、ありえないほど無防備になってんですよねこのぬえ。
……アルベドは8巻でアインズ押し倒したけど本当どうやってお情けをもらう気だったんだろうか。

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