その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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正体不明の模擬戦

 

 マーレは自らに襲い来る感情を抑えることができなかった。

 

 それは驚嘆。

 

 至高の41人、封獣ぬえが持つ特殊技術(スキル)はマーレが観客席に張った状態異常阻止の防御魔法を容易く貫通したのだ。

 ぬえが闘技場で暴れた姿をユグドラシル時代より知るマーレは、命蓮寺のメンバー程ではないがぬえの得意戦術ぐらいは知っている。だからこそ、自身の耐性を倍加する防御魔法を展開し、観客席にも防護魔法を張ることを忘れなかった。

 それでも観客席は阿鼻叫喚の様相を見せ、マーレ自身も倍加していなければ確実に恐慌状態に陥っていたと確信する。なるほど、これは至高の御方の威光を示すデモンストレーション。シモベすら巻き込むぬえの特殊技術(スキル)は十分な効果がある。

 何故このタイミングでともマーレは疑問に思っていたが全て氷解した。おそらく最初から観客席を巻き込むことは決めていたのだ。だからこそ、シモベの犠牲を少しでも減らす配慮だったのだと。録画映像ならばスキルの影響もないのだから。

 至高の41人は全てを畏怖させ、また慈悲深い。まさしく、その通りの存在だ。

 

 ちなみにスキル効果阻害の防護壁を二重に展開すれば、ぬえのコンボはまだ防げただろうが、マーレはぬえが闘技場で暴れた記憶は所有していてもスキルまで詳しく把握していない。

 要するに観客席の惨状は、単純に事前連絡がロクに構築されてなかった不始末に過ぎず、ぬえが調子に乗った結果である。

 

 今、マーレの目の前では最後のモンスターが肉片となり飛び散っていた。

 ぬえがすぐに終わらせると言っていたが、30秒も経過していない。

 

「〈非のない慧眼(パーフェクト・エキュメン)〉以上でやっとぬえ様が何かするかわかるなんて、知らなきゃ絶対無理だよ」

 

 司会役として、観客席まで効果範囲を拡大してもいいのだが、そうするとアンデッドの方まで影響する可能性があった。ある意味でマーレだけに見せてくれるショーと言ってもいい。

 

 正体とは即ち実体であり、正体不明とは、未知であり、無知であり、捉えられない実体である。

 ぬえは別に避けても防いでもいない。文字通り無効化している。

 それがわからないと、幻術にかかったと思い込み攻撃は闇雲に空を切る。避けるまでもなくなった攻撃を放つ相手など隙だらけもいいところだ。

 正体不明のスキルはぬえの行動をも感知させない。マーレは、ぬえが飛び上がりながら槍を振るってアンデッドの首を絶ち、降りる勢いで残る肉体を両断した姿を看破していた。観客席では、本当に何が起こったのかわかっていないだろう。

 

「終わりー」

 

 軽快な声調と共に、ぬえは槍をびゅんびゅんと振るってこびりついた、アンデッドの体液を掃う。

 上機嫌といった様子で、ぬえはマーレと目を合わせた。

 思わず見とれていたマーレは慌てて声を上げる。危うく司会を放棄するところだった。

 

「しょ、勝者! 当然ながら封獣ぬえ様!!」

 

 拡声魔法を用いて声を張り上げる。

 呆然としていたシモベ達がマーレの言葉で我に返るのに数秒。

 万雷の喝采がぬえへと降りかかったのはそれからだった。

 

 観客席のシモベ達は、最後はぬえが何をしたのかもわかっていない。

 だがマーレはそれこそぬえの狙いだったと思う。最後は実力をも正体不明にして掴ませない。

 前菜と称された舞台でぬえは目的を果たしたのだと。

 シモベ達の表情を見れば丸わかりだ。極限まで高められた感動と同席するのは畏怖。

 恐怖と絶望を餌とする古の大妖怪が望んだに違いない顔がそこにあった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……ねぇ、これもう帰っていいんじゃないかな」

 

 シモベ達、特にマーレからの評価が鰻登りであることなど、いざ知らず。

 ぬえは、狩場のチェーンが途切れたような気分で、落ち着きを取り戻していた。

 ぬえっぽく振舞えた自信もないのにテンションあがって、調子に乗った事言ってた気がする。

 私室の枕をまた濡らすことになるだろうな、と他人事のように考えるのも、現実逃避だ。

 

「さすが、ぬえ様でございます」

 

 うん、わかってた。メインだもんね。掛けられた声にぬえのテンションは降下する。

 通路奥より新たに現れた対戦相手……命蓮寺部隊。

 白蓮を筆頭に一輪、村紗、ナズーリン、星、小傘。小傘は癒し枠なんだから帰れと思う。お前レベル16だぞ。

 設定上ぬえの親友に位置付けて、マスコットな気持ちで低レベルに抑えたのになぜいるのだろう。

 

「やぁ聖。私としてはさ、別にここで終わりでもいいんだよ?」

「ああ、目的を果たされました事は周囲を見れば想像がつきます。しかし、それは御無体な提案ではございませんか?」

(目的? ああ、スペルや完幻の威力確認か。わかってんなら引いてよね)

 

 ぬえは内心でため息をつくが、白蓮はにこにこと笑顔を崩さない。

 臣下の礼を尽くす白蓮というのは違和感をぬぐえないが、造形だけならぬえが望んだ白蓮だ。

 いや、この場のメンバー全てぬえが造った傑作達だ。

 原作再現とはいえ、娘のようなものと言われてもぬえは否定しない。

 否定しないが複雑な思いがむくむくと沸き起こる。

 

(童貞なのに子沢山……いや、処女か? 性交経験ないまま転生してるからこの身体処女だよね?)

 

 実戦使用の機会は永久に葬られたので、童貞の方は諦めるほかないが。

 ぬえの各種欲求は妖怪のそれへと変質しているとはいえ、アインズのように食欲睡眠欲が消失、性欲の大幅な減退などはしていない。悪魔同様飲食不要ではあるが。

 正直自分の身体であると同時に『嫁の身体』でもあるので、性欲に関しては複雑な気分だ。今の自分は女性だ、という自覚はあるのだがどこぞの男性に惚れて身体を許すなど考えたくもない恐怖を感じる。かといって女性相手も認識が拒否している。

 

(せめて、モモンガさんぐらい凄くないと……生前の残滓が相手の査定をするってどうなんだ)

「ぬえ様?」

「えっ、あっ、ちょっと考え事をね」

「私共の実力をご心配されているのですね、ありがとうございます」

「そ、そうだよ! 大丈夫なの? 私の槍は防げないの知ってるでしょ」

「ぬえ様。私たちは他ならぬ封獣ぬえ様によって造られた存在。勝つことはできずとも、楽しませる程度の事はできますよ」

 

 皆の纏う空気が変わった。ぬえは戦闘が不可避であることを悟る。

 どうやら娘たちは、どうしても造物主と戦いたいようだ。

 その意図までは読み取れないが、子供の希望を叶える努力をするのは親の務め。

 ぬえも覚悟を決めて切り替えた。泣くのはベッドに飛び込んでからだ。

 

 白蓮の身体から陽炎のような揺らめきが漂う。闘気を纏った証拠だ。

 同時にナズーリン達が散開する。なるほど、これは確かに楽しめるかもしれない。

 ぬえが笑みを浮かべる様子をみて、白蓮も微笑みを一段と深めた。

 

「参ります」

「おいで」

 

 白蓮が吶喊をしかける。

 初速から最高速に達する白蓮の動きは、モンク特有の高速移動だ。

 ユグドラシルでのモンクはレベル3を超えた段階で格段に強化される人気職だ。

 レベル10ともなれば気の打撃、精神耐性、病気の完全耐性など強大な力を持つ。

 そこからの派生職は更に恐ろしい性能を誇る。セバス・チャンのように種族と職業適性が最高に噛み合っていると完全にチートであった。

 

 勢いのままに放たれた拳の一撃を、ぬえは『神槍・完幻』の柄で受け止める。

 衝撃を受け流した影響でぬえの背後に爆発的な砂埃が発生した。

 身体能力をスキルで相当に向上させているのがわかる。レベル補正がかかっているはずのぬえと互角の筋力は半端ではない。

 所持させているアイテムも、今頃バフ魔法を次々と発動させているのだろう。

 

「〈乱撃〉」

「っとと!」

 

 抑え込むようにつばぜりあっていた白蓮が、続けて拳を唸らせる。

 ぬえは槍でその全てを受けていく。極めたモンクの拳は直撃すると、不味い。聖のレベルは90レベル以上あるのだから。

 〈激震掌〉などは直撃したが最後、放ったモンクが「お前はもう死んでいる」と言った時点で即死する極悪スキルだ。1週間に1回という長すぎるリキャストタイムや、アンデッドなどに効果がないという弱点はあるが、ぬえには有効である。

 

「〈鵺の黒煙〉」

「〈名探偵の領域(グレート・ディテクティヴズフィールド)〉」

 

 鵺が纏おうとした黒煙は、ナズーリンが展開したスキルにより3秒持たず霧散する。

 探偵を職業に持つナズーリンは、探索だけでなく看破スキルのスペシャリストだ。

 闘技場の戦闘フィールド一帯に青い水晶のようなペンデュラムが5つ展開。

 展開された内の領域では、常に第9位階相当の探知・看破状態が維持される。

 

 〈鵺の黒煙〉は回避率を上げるスキルでもあるので、探知・看破スキルで無効化された形だ。

 同じくこの場では〈正体不明〉も封殺される。ぬえからすれば厄介な状態だ。

 白蓮の連撃をいなしつつ、ぬえは適切な対策をとったナズーリンを称賛する。

 

「やるじゃん」

「お褒めの言葉、ありがとうございます!」

 

 基本対策をとってくれたことは嬉しいが、ナズーリンが紅潮した様子で最敬礼するのは気に入らなかった。その態度さえ改めてくれればもっと褒めるんだけど、とぬえは思う。

 あと、視符『高感度ナズーリンペンデュラム』と言ってほしかった。

 その為に発光エフェクト程度しかなかったそのスキルに手を加えたというのに。

 

「撃沈アンカー!!」

「!」

 

 ぬえの想いをくみ取ったのか、続けてぬえを襲ったのは村紗の攻撃だ。

 巨大な錨が加速をつけて飛んでくる。

 ぬえは白蓮の拳を弾くと、その勢いで錨を弾く。

 強靭なぬえの腕がびりびりと震えた。白蓮へ意識が向いているうちにブーストにブーストを重ねた一撃だったのだろう。だがぬえは威力への感心よりも、嬉しい気持ちが去来する。

 

「私が設定した技名を叫ぶのは感心だ!」

「ありがとうございますぬえ様!」

 

 ぬえの言葉に、村紗は嬉しそうに破顔する。

 原作では船幽霊だったが、ユグドラシルではそんな種族がなかった為、選択した種族は死霊(レイス)派生のペイルライダーとなっている。レベルは65。

 外装データは完璧のはずだが、何故か非実体になると禍々しい骸骨が村紗の表情から透けて見える欠点が生じている。だが概ね再現に成功したNPCだ。黒いショートヘアーに青緑の瞳、本場セーラー服。履き物は生前の趣味でミニスカートを選択している。ユグドラシルでは絶対領域だったので全く問題はなかった。

 

(設定した記憶なかったけど、白褌なのね)

 

 上空にいる村紗にばかり意識を向けてはいられない。

 白蓮の鋭い蹴りを柄で受け流す。

 もう彼女たちの基本パターンは把握できた。小傘などが無理に突撃してきたらうっかりで殺しかねないので実に正しい選択をしてくれている。

 

「聖が私を牽制してる間に他の皆が重い一撃を入れてくるってわけね」

「はい。ぬえ様はお優しいので此方の準備が終わるまでお待ちになられるとは思いますが……」

「まぁ、スペルは発動してから攻略するのが基本だし?」

「ですが、模擬戦でありますので、ぬえ様には最低限の刺激が必要と存じました」

 

 会話は和やかな調子で行われているが、白蓮の攻撃は速度を増す一方だ。

 微笑みを絶やさないまま、行動は暴力的というのは不気味で怖い。鵺なのに。

 しかも拳の闘気レベルが一段階あがっている。

 

「ねぇ聖、その闘気貫通属性付与してんのは何故かな?」

「実力差が激しいので、少しでも追いつけるようにと……」

「やめて聖、その攻撃は私には効く。やめて」

「ご謙遜を。この程度直撃しようが意に介さないのは承知ですよ」

 

 高評価は対象を肉体的にも追い詰めるのだとぬえは理解した。

 生前、人型決戦兵器操縦の適性がある故に周囲から称賛されていた男もこんな気持ちだったのだろうか。なにかされてんだから、このくらいできるでしょと重労働させた事に今さらながら罪悪感を覚える。

 

「さぁ、次は一輪ですよ!」

「拳骨『天空鉄槌落とし』!!」

「うおわ!?」

 

 一輪は、種族こそ妖怪だけだが、職業を多く習得させた65レベルのNPCだ。

 特にサモナーの上位職グランドサモナーで使役するモンスター達は強力だ。

 雲山に該当する使役モンスターがおらず、ぬえのUFO達と同じく外装データを改造した専用モンスターを複数使役する。原作一輪よりも凶悪な召喚士/僧侶といったところである。

 

 彼女が召喚したモンスターはジャイアントハンドと呼ばれる、手だけのモンスターだ。

 ハンドの上位種であり、形態模写をとって魔法やスキルを発動する面白い特性もある。

 元来は巨人族の不気味な手なのだが、一輪が召喚するのは外装データを改造された入道の手だ。

 拳の形態をとった彼らは〈硬質化〉〈突破〉〈加速〉とスキルを重ね掛けした状態でぬえに襲い掛かる。

 

 数は12。鉄槌という言葉は相応しく、ミサイルのような勢いで迫りくる拳を、ぬえは回避する。

 打ち払うことはできた。できたが、村紗の投擲武器である錨と違って彼らは一輪の大事な手下。

 殺すのは本意ではなく、スペルカードなのだからなるべく回避したい思いもあった。

 ぬえが飛び上がれば、空を切った拳達は反転し、一斉に襲い掛かってくる。

 

「いいね、すごくいいよ!」

 

 曲芸のように、舞踊のように、ぬえが舞う。

 これこそ弾幕ごっこ。開始前あれだけ嫌がってたにも拘らず、ぬえのテンションは急上昇する。

 唸る拳を2つすり抜け、猛る拳を4つ飛び越え、荒ぶる拳を6つグレイズ。

 拳の嵐を楽しそうにかいくぐる姿に、観客席のシモベ達も、対峙しているはずの白蓮達も思わず見惚れた。

 

「ぬえ様! 私の技も見てください! 法灯『隙間無い法の独鈷杵』!」

「わ、私だって! ぬえ様~!! 驚雨『ゲリラ台風』」

「えっ」

 

 星と小傘がそれぞれぬえが再現に成功したスペルカードを発動させた。

 星の所有する伝説級装備『虎のヴァジュラ』が2つ起動し、宙を走る。

 そのまま緑光レーザーを両端より放出しながら大回転。星自身も紅い光弾をばら撒き始めた。

 小傘はそのまま水属性範囲魔法の連射である。

 星は70レベル、小傘は16レベルといった低さなのでぬえにダメージを与えられることはできない。

 

「……!!」

 

 だが、もし当たれば一瞬硬直する、硬直すれば拳は避けきれず、地面に叩き落される。

 ダメージはない、だが叩き落されれば、白蓮の必殺の拳でゲームオーバーだ。

 至高の41人としても、回避しきらねば敗北である。

 

「や、やったろうじゃん!!」

 

 ちょっと涙目になるが、濃密すぎる弾幕をぬえは必死に回避する。

 先の400の雑魚が放ってきた弾幕と比べれば雲泥の差だ。

 あれはあくまで地面からの一斉放火で一方向だった。

 今はぬえより大きな12の拳が360度より襲い掛かり、隙間を縫うように緑光レーザーが回転しながら迫ってくる上、地面の方からは小傘と星が範囲魔法を連射しまくっている。

 

 ふと、地面をみれば、白蓮が乾坤一擲の構えをとっていた。

 どこに落ちても不可避の一撃を叩きこむよう縮地の法も備えているのは間違いない。

 

(殺す気満々じゃないか、忠誠とはなんだったのか)

 

 白蓮からすれば、全力をもってして初めてぬえの暇つぶしレベルになると信仰している。

 この程度ぬえにとっては児戯同然であり、直撃しても効果はないと本気で思っている。

 ぬえに現状を打破する手段があるのは事実だし、手加減しているのも事実だが、その拳がぬえに直撃すれば間違いなく当たった部分が消し飛ぶであろう。

 

「私もこれで終わりじゃないですよ! 撃沈アンカー!!」

「捜符『ゴールドディテクター』!!」

 

 待機していた村紗にナズーリンまでもが加わった。ぬえは思わず表情を硬くするが、命蓮寺のメンバーは皆笑顔だ。白蓮と同じく、ぬえの強さを疑っていない。

「自分たちに付き合って遊んでくれている」と、親が構ってくれた時の小児のように喜んでいた。

 彼女たちが模擬戦を熱望していたのも、ひとえに愛する造物主と触れ合いたかったからだ。

 観客席のシモベ達が嫉妬する程に、彼女たちは幸せの中にいた。

 

 一方でぬえの心に去来したのは罪悪感だ。

 彼女たちの笑顔を見て、自分が抱いていた彼女らへの不満が恥ずかしかった。

 いくらキャラ再現に拘っていたとはいえ、それは結局ぬえの都合。

 今は一個の命を持った娘のような存在だ。「こんなの私が望んだものではない」と、実の子供に対して抱くのは、最低にも程がないだろうか。

 模擬戦を熱望していたという命蓮寺のメンバーは、もしかして怒りをぶつけているのではないか。だとすれば、それは正当な怒りだとぬえは思う。

 

「ごめん、私が悪かったね……」

 

 独り言として思わず漏れたその言葉は眼下の皆には届かない。

 次からは、ちゃんと意識を向けよう。涙がこぼれる前に腕で受け止め、決意を新たにする。

 

「ただ、録画されてる都合、無様は晒せないんだ。そろそろ終わらせる」

 

 ぷにっと萌え考案。スペルカードの活用法。

 威力がないなら本命を混ぜればいい。そんな単純明快な活用法だ。

 だが、拳を殺さず、他を相殺するボムとしてはこのスペルは都合がいい。

 

「〈三つ首のキマイラ〉」

 

 紅い翼と蒼い翼が魔法陣を展開する。

 不味いと感じたのかは知らないが、周囲の弾幕が発狂したように一層濃密になった。

 ぬえは安堵する。あと3秒これが早ければピチュってた。

 

「正体不明『赤マント青マント』」

 

 改造したのは第8位階の2つの範囲魔法。

 紅い翼は赤い光弾、蒼い翼は青い光弾。

 それぞれマントを広げるように、濃密な弾幕をばら撒いた。

 吶喊していた拳たちが遮られるように次々と被弾していき墜落する。

 ぬえもまた、魔法を交互に放つことで、全方位に赤と青の弾幕が飛び回る。

 

 ヴァジュラを撃墜。皆の弾幕を完全に打ち消した。

 光弾はやがて刃のように姿を変えて、勢いそのままに白蓮達に降り注ぐ。

 圧倒的物量を前に、乾坤一擲の構えも縮地もあったものではない。

 全員が反撃する余裕もなく回避に徹する。

 

(ディレイを使って再現してもいいんだけど、そしたらただの弾幕だしねぇ)

「さすがは……ぬえ様!! ですがこの程度ならば!!」

 

 展開されたペンデュラムは破壊され、小傘やナズーリンも弾幕に飲まれる。

 一輪と村紗、星も回避しきれず後を追う形となった。

 残るは白蓮ただ一人だが、彼女は闘気を纏った両拳で弾幕を全て叩き落していた。

 もっとも、ぬえにとってはその状態が理想的なのだが。

 

「悪いけど聖、もう終わりだよ」

「なんの! これ、しき!」

「気付いてない? 『解除』」

 

 パチリと指が鳴る音がして、白蓮はハッとする。

 あれほど濃密だった弾幕は影も形もない。

 呆然としているとヒヤリとする感覚が首に添えられた。

 ゆっくりと振り向けば、してやったりといった表情のぬえが槍を突き付けている。

 ケチのつけようがなくチェックメイトだった。

 

「フッ、幻術だ」

「あ、あれ全てが……まさか」

「実体のある攻撃もしてたよ。じゃないとジャイアントハンドとかヴァジュラ撃墜は無理だからね」

 

 ぷにっと萌え考案のスペル活用法。

 幻覚魔法・スキル効果を50%向上させる『オーエンの腕輪』があるぬえだからできる技。

 派手なスペルカードこそ、この活用の肝だ。相手の視界をまず覆い、乏しい威力で油断も誘い、本命幻覚ひっかけて、縦横無尽に暴れ行く。

 対象は弾幕が絶え間なく放たれているようにしか知覚していないので隙だらけである。

 

「じゃあ星たちが飲まれたのは」

「皆私が弾幕に見えていたようだね。近距離で失神魔法を撃たせてもらった」

 

 一体いつから攻撃と幻覚がすり替わったのか白蓮には見当もつかない。

 何より幻覚を見せられたということは白蓮たちの精神作用効果耐性などが減退していた事を意味する。

 失神魔法を決め手にしていることからも間違いない。

 

「いつ、私たちの耐性を?」

「〈鵺の黒煙〉みたじゃん。すぐ霧散させられたから効いてないと思った?」

「えっ、あれ即効性なんですか」

「やべぇ聖かわ……げふげふ、そうだよ。目視段階だからね」

 

『鵺の尾蛇』で効果範囲まで1.5倍になっているからこそ巨大な黒雲と化していたが、発動段階の黒煙こそが基本である。解除に要した3秒は遅すぎたのだ。

 納得し、感服したといった様子の白蓮。そのまま跪き、首を垂れる。

 降伏の意思にして、至高の御方への忠義の表れなのは明白であり、

 

「あっ、勝者封獣ぬえ様です! 至高の御方に喝采を!!」

 

 慌てて模擬戦終了を告げたマーレの声に、闘技場は前菜終了で起きた以上の喝采に包まれた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 闘技場から離れ、意識を取り戻した星たちと一緒に命蓮寺へと歩むぬえ。

 ぬえが先頭に、その右後ろを白蓮が。後はぞろぞろと一列になって続く。

 

「別に、隊列みたいにしなくても」

「ぬえ様に付き従うのが正しいシモベとしての姿かと」

「ああそう……」

 

 相変わらずの彼女らにため息が漏れる。それでももう違和感からの苦痛はない。

 単なるリハビリを兼ねた模擬戦のはずが、ぬえからすると意味不明の催しとなってしまった。

 結果的にスペルカードやプレイヤースキルがしっかり確認できたので良かったのだろうと、ぬえは前向きに捉えることにした。それに、作ったNPCへの意識を改めるべきだと自戒する良い機会でもあったのだから。

 

「ぬえ様に可愛がってもらえて幸せです! ありがとうございます!」

「小傘? 確かに君たちのスペルは設定した者として嬉しかったよ、でもね可愛がりとは」

「何を仰いますか! 私達に合わせて実力を抑え、演出まで意識されてたのに!」

「そうですよ! 一輪の雲山拳兄弟にまで配慮されて、ぬえ様は優しすぎます!」

 

 条件なく懐いてくる子犬のような錯覚すら覚える、彼女たちの忠誠が今はむず痒い。

 演出なんて無様を晒さないために必死だっただけで、ぬえは何も考えていないのだが、キラキラと輝く目を前にしては何も言えなくなる。

 ジャイアントハンド達の名称には突っ込もうかと悩んだが。

 

 返事を返さないぬえの態度を肯定と受け取ったのだろう。

 感動したと言わんばかりに星が身体を震わせる。

 

「気付かせることなく耐性を削り、失神魔法で無傷の内に終わらせる……なんと慈悲深い」

「絶対できない芸当だよね!」

「そういや、おかしいな、不安を覚える形で削られた感覚は伝わったはずだけど」

 

 調子に乗っていたので闘技場では気付かなかったが、スキル効果としてはおかしい。

 プレイヤーに自覚させず弱体化させるスキルも0ではないが、〈鵺の黒煙〉はログでも(プレイヤー名)は不安を感じる……などと表示されるほどハッキリしたものだ。

 

「……それは、ぬえ様がおられるからでしょうね」

「えっ」

 

 思わず足を止め、振り返る。微笑む白蓮が目に入った。

 笑顔なのは白蓮だけではない。小傘、ナズーリン、一輪、村紗、星。

 全員、屈託のない笑顔を浮かべている。

 

「我らが造物主。至高の御方封獣ぬえ様」

「ぬえ様が御帰還された事を、私達は本当に嬉しく思っています」

「私達はぬえ様によって造られた存在。造物主たる至高がこうしておられるのに、私達が何を不安に思うことがありましょうか」

 

 心を撃ち抜かれたような気がした。

 台詞は、決して原作キャラが用いることがないものだ。

 だが、彼女たちが有しているものは、ぬえが想いを込めて造りあげたものだった。

 

 命蓮寺がもっと仲良しだと嬉しい。

 

 もっとほのぼのしてると嬉しい。

 

 強い絆で結ばれていると嬉しい。

 

 惜しむことなく時間と課金を注ぎ込み、自分の中の彼女たちを再現させた生前の記憶を思い出す。

 

 本当に自分は愚かだと感じた。彼女たちは十分に自分の想いを体現してくれていたのだ。

 涙が込み上げてくるが、それを誤魔化していてはいつまでも謝れない。

 ぬえの涙を見たのだろう、白蓮達は動揺していた。だが、そのままにぬえは頭を下げる。

 

「ごめんなさい」

「「「「「「ぬえ様!?」」」」」」

「皆を置いていったばかりか、帰った後もロクに構ってなかった。造物主失格だと思う」

 

 失望されるだけの事をしたと思うぬえに頭を戻す勇気はない。

 濡れていく地面を睨むように見つめていると、ずしゃりと白蓮が跪くのが視界に入った。

 

「そのような悲しいことは仰られないでください! 私達の為に、ナザリックの為だったのでしょう?」

「そうですよぬえ様! 謝るべきは私達なんです!」

「見捨てられたなんて、一度でも考えた、不敬をっ、不敬をお許しください!」

 

 彼女達が泣いているのは声で伝わった。

 だが、その懺悔はぬえの心を締め付ける。見捨てたあげくに、無様に死んだ事が真実なのだから。

 言葉を返す資格もないと黙っているぬえの右手を、白蓮の両手が祈るように掴みとる。

 

 思わず顔を上げれば、そこには自分以上に涙を流す娘達がいた。

 

 なにをやってるんだと自嘲する。玉座の間でやらかした過ちがまるで活きていない。

 大事な子供達に自分の愚かさを謝罪した。だが、笑顔を奪ってどうするのか。

 正しい選択は感謝だろう。彼女たちは、自分の想いを体現してくれてるのだから。

 

「皆ごめんね、でも謝りたかったんだ」

「……せめて、御自身を失格などと仰られないでください。私達にとって貴方様は絶対なのです」

「失礼を承知で申し上げます。どうか私達が忠義を尽くす事を、お許しください」

「いつまでも私達の絶対の支配者であられてください」

「うん、わかった。わかったよ」

 

 それが娘達の願いならば。

 応えてあげるのがせめてもの罪滅ぼしだ。

 

「多々良小傘、ナズーリン、雲居一輪、村紗水蜜、寅丸星、聖白蓮……」

 

 笑顔を取り戻しながら、ぬえは彼女達を抱きしめた。

 

「お前たちは、私の宝だ」

 




アインズ「おい、人の台詞…」


弾幕ごっこ後半。
さらっとマーレがぬえのスキル封殺。
モンクが露骨にD&Dネタ混ざってますが、ユグドラシルは明らかに下地がD&Dなのでお許しください。

ぬえと命蓮寺NPC達の和解。
本作品は「ほのぼの」「ぬえ可愛い」「ネウロのシックスレベルの可愛いお遊び」をテーマにしてるので、ギャグで生まれたぬえのトラウマをシリアスで修復して和解させました。
未だにぬえは理解が足りていませんが、本作品においてNPC達にとっての至高の41人は「ナザリックを守る為に命を賭した存在」であり、アインズは「仲間が帰る場所、そして脆弱なる我々を守る為に唯一残られた方」でぬえは「命を散らしてナザリックを守り、奇跡的に帰還した存在」です。
娘と認識したせいで、懐いた子犬などとまたどこか狂った認識でいますが、彼女達NPCが抱いているのは原作以上の狂信です。というか狂依存です。


あとレベル80後半がレベル100にとって余裕の存在なので、白蓮達はレベル低くしすぎたかなと反省しています。でも模擬戦強制させないと、ぬえも自分が造ったNPCまともにみないし、再現ネタが埋没するし…
追記修正
命蓮寺NPCたちのレベルを上方修正。課金パワー!!


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