その至高、正体不明【完結】   作:鵺崎ミル

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一応、残酷描写注意。
いや、羊の牧場と、その運用法の話ですが。


正体不明の不満

 デミウルゴスが羊皮紙の厳選と提供元のデータの記載を終えた段階で、プルチネッラとぬえが戻ってきた。満足していただけただろうかと、一礼と共に感想を訊ねようとし……強い動揺が身体を走る。

 

「デミウルゴス様、皆が幸せかをぬえ様と確認して参りました」

「……」

 

 ぬえの表情は笑顔ではなく、不満の入り混じる複雑なものだった。

 プルチネッラが何か粗相をしたのか。違う、彼はぬえの機嫌の変化に心当たりすらないようで、調子を一切崩していない。叱咤を受けてるならば、普段の調子すら見せないはずだ。

 とすると、彼女の不満の先は一つしかない。あの『羊』は駄目だったというのだろうか。

 

「プルチネッラ、デミウルゴスとだけ話をしたい。席を外して」

「畏まりました。……ぬえ様が何故そのようなお顔をされるのか分かりませぬが、デミウルゴス様とご一緒ならば安心でしょう。ああ、至高の御方に笑顔を与えられぬなど私わなんと無力なのか!」

 

 最後まで大仰な調子を維持したまま、プルチネッラは退席する。

 この場にはぬえとデミウルゴスだけ。

 硬直が解けないデミウルゴスから視線を外し、ぬえは迷うことなく『製作途中の椅子』に腰かけた。

 

「アインズ様向けだね、肘掛けの先は丁度手に収まる程度の頭蓋骨をお勧めするよ」

「ご助言、感謝いたします……」

 

 ぬえの表情は変わらない。

 叱咤を覚悟して、デミウルゴスは頭を下げる。

 彼の記憶では、ぬえはこの牧場を楽しんでくれると確信していた。

 造物主ウルベルトとの会話は今でも鮮明に思い出せる。

 

『ぬえちゃん、こないだのレトロゲーム面白かったよ。登場人物の歪みっぷりがたまらないね』

『よかった! 悪役の魅力がたまらないでしょ?』

『また俺に合うレトロゲームや漫画あったら教えてよ。あの魔人探偵みたいなのがいいな』

『大抵は人間賛歌になっちゃうけどねー、人間には恐怖が似合うってのに』

『何言ってんのさ、強い光あっての濃い闇だろう? 正義が頑張るから悪ってのは映えるのさ』

『さすがウルベルトさん!』

『只管に人間を貶める、家畜にするってのも俺は好きだけどね』

『私も好きだよ、家畜人ヤプーをサルベした時の衝撃は忘れられないなぁ』

 

 その後も人類を家畜とするならばこうすべきだああすべきだと楽しい議論をしていた。

 だからこそ、今のぬえから感じる不満が理解できず、恐ろしい。

 ナザリックでもトップクラスの頭脳をもってして理解に追いつけぬ不満の原点。

 もはや、ぬえ自身からの言葉を待つしかない。沈黙が異様に長く感じる中、

 

(さて、どういう結論が一番ぬえっぽいんだろう?)

 

 デミウルゴスを不安に陥れている事など一切気付かず、いつも通りの思考回路を振るうぬえであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 牧場で苦しむ『羊』を見た時、最初に襲った感情は喜悦であった。

 生前の平社員であった男なら間違いなく悲鳴を上げて逃げ出したであろう。

 しかし、変質した精神は『羊の恐怖』を喜んで受け止めたのだ。

 プルチネッラなど、ぬえの様子を見て感涙のポーズをとるほど。それほどに笑顔を浮かばせていた。

 

 だが、ぬえはここで不意に己の心境に疑問を抱いた。

 この湧き起こる喜びはぬえとしてではなく、種族として、大妖怪としてではないかと。

 ぬえにとって大事なのは『封獣ぬえ』であることだ。

 RPである自覚はあれど、RPだからこそぬえらしくない行動や言動は避けたいものだった。

 

(生前の残滓は、空想と現実は違うと感じているのも事実か)

 

 案内を受けるにつれ、徐々に笑顔が薄れていくことを自覚した。

 皮を剥がされ苦痛の声を上げるもの、それを聞いて怯えた顔をますます歪ませるもの。

 悲鳴と恐怖。鵺にとっては歓迎するもの。ぬえにとっては複雑なもの。

 今では何が正答かわからず、RPできない自分への不満が渦巻いている。

 

(封獣ぬえに相応しい……いや、ナザリックの封獣ぬえとして……っと)

 

 意識を思考の内より戻す。目の前には頭を下げたままのデミウルゴス。

 やばい、待たせすぎたかも。心中に焦りが生まれるが、気合で抑える。

 まず、牧場について話すことにした。沈黙が長すぎて、牧場に否定的だと受け止められたかもしれない。

 

「デミウルゴス、先に言っておくが私はこの牧場を否定する気はない。素晴らしいものだった」

 

 デミウルゴスが安堵の息を吐いたのが此方にも伝わってくる。

 ぬえらしさも大事だが、デミウルゴスらしさも尊重せねばならない。

 RP主義者が他人の個性を否定するなど、ぬえにとっては許せないものだからだ。

 

「ただ、アインズ様はこういう趣味はないから、羊と伝えるのが賢明だろうけどね」

「畏まりました。暗黙の了解を得る事が最善、そういうことですね?」

「アインズ様も必要な犠牲という理解はするさ。受け取る気分の問題だよ」

 

 あまりぬえらしくない。ぬえは自分の台詞に内心舌打ちする。

 カリスマぬえモードなのだと自分を納得させる。ぬえが格好良くて何が悪いと言い聞かせる。

 大妖怪としての一面だってアインズも言っていた。自分はそういうぬえなんだ。

 

「ぬえ様。では、貴方様が抱かれているご不満は何が根源でしょうか」

「えっ」

「シモベならば察するべきというのに理解に至らぬ不手際、申し訳ありません」

「いや、そんなことは! 不満、うん不満ね」

 

 自己暗示してまで作り上げたカリスマは一瞬で崩壊した。どこの吸血鬼お嬢様(レミリア・スカーレット)だ。

 脳内で突っ込みを入れながら、懸命に頭を回転させる。

 不満はある。『封獣ぬえなら牧場をどう思うか』がわからなかったからだ。

 だがそんなの口にして許される相手はアインズだけだ。間違ってもナザリックNPC達にぶちまけていいものではない。それっぽい言い訳、それっぽい話。

 自然と雰囲気が重くなる。必死になってるせいで顔が固くなっていることもわかる。

 

「……デミウルゴス、私が抱いてるものについて確認したい」

「はっ、至らぬ点が御座いました事、誠に申し訳ございません」

 

 何を言う。何を訊ねる。

 牧場の感想とデミウルゴス。二つの状況から、デミウルゴスを貶めない形で上手く不満を表現するには。結論を出せないまま、思い付きのままでぬえは続ける。

 

「……この牧場はお前の趣味が反映されている。そうだね?」

「はい。無論、業務に支障がない範囲ではありますが」

「次の質問は、嘘偽りなく答えるように。偽りはウルベルトさんへの不敬となると知れ」

 

 デミウルゴスが目に見えて強張った。

 今の前置きはやりすぎた。造物主への忠誠は一入だと身をもって知ってる癖に、こんな問いはパワハラにも程がある。自己嫌悪にかられるが、吐いた言葉は戻せない。後で謝ることを決める。

 

「この牧場にはお前の趣味がどこまで反映されている?」

「趣味、でございますか」

「ああ趣味だ。お前ならこの質問の意味を理解してくれると信じている」

 

 私はわかってないけどな! 

 必死なせいか、突っ込みを入れてくる脳内の自分は元気いっぱいだ。

 ぬえは自分で言ってて訳もわかっていないが、デミウルゴスは違ったようだ。

 頭を上げた顔には微笑みが浮かんでいる。強張りも霧散しているようで、余裕を感じられる。

 

「そういうことでしたか、ぬえ様」

「質問に答えていないね?」

「これは失礼を。あくまで、仕事でございます。挟めるだけの遊びを仕組んだに過ぎません」

「……さすがだよ、デミウルゴス」

 

 なにがだよ。

 突っ込んでくる脳内ぬえを追い払う。

 

「ぬえ様はご心配にあられたのですね。ウルベルト様に造られた私が、()()()()()()()、と」

 

 なにそれどういうこと。

 喉まで出かかる疑問を抑え込む。沈黙を肯定としてデミウルゴスに伝えた。

 

「愉悦を覚えるがままに成して良い事には、存分に趣味を注ぎ込んでおります。人間の心を弄ぶのも、肉体的苦痛の怨嗟も、全て生甲斐にございます」

「そうか……安心したよ。ウルベルトさんも満足するに違いない」

「有難きお言葉、感謝致します」

 

 どうやら、先のパワハラのおかげで『ウルベルトさんに造られたくせに、牧場経営の様子が悪として手ぬるい』というのがぬえの不満と思われたようだ。

 これ以上の地獄与えてどうするんだと思ったが、サルベージした文化知識やウルベルトとの議論をふと思い出す。デミウルゴスからの質問は直後だった。

 

「それでぬえ様。ぬえ様でしたらどのようになされますか?」

「私?」

「はい。ウルベルト様と意気投合された貴方様でしたら、素晴らしい案が出るものかと」

 

 ぬえは迷わずサルベージした漫画アニメ知識に頼ることにした。ぬえRPがどうこうではなく、下手すれば失望される。ウルベルトの友人としても『彼の子供に失望される』などまっぴらごめんだった。

 

「最初の牧場見学についてだが……私も楽しかったのは否定しないが、あれは飽きる」

 

 サルベージし読みふけった悪の知識を総動員しながらぬえは続ける。

 飽きる、という言葉にデミウルゴスは意外といった反応だ。

 

「例えば、あの連中に自殺の希望を与えたことはあるかな?」

「それは!」

「死ぬまで続く地獄。死のみが希望となっていくと『羊』の感情は死を待つだけの機械と化す。それじゃ私の腹は膨れないんだ」

 

 妖怪らしく、恐怖の感情を食事としているようにお腹を摩る。

 事実、この肉体となってから、他者の感情もまた食事のようになっているのも事実だった。

 

「私なら、家畜の限界を見極め、死ねるチャンスを与えるね。ここまで言えば、わかるだろう?」

「自殺の方法、その決定権は此方にある、でございますね?」

「鋸で切腹なんて地獄の苦しみだろうね。ようやく死ねる時には喜びすらあるかもしれない。いけない、可哀そうだ。生きる喜びを思い出させるために治癒をかけなくては」

「至高の方々は皆が慈悲深き君であるのですね。生死の喜びを与えようとは感服致しました」

 

 舌が乗った。ぬえの記憶からは次々と創作世界で悪役が行った非道が引っ張り出される。

 人間の悪意に勝るものはないなと、先人の創作に敬意を抱く。

 語っているうちに耐えられないとばかりに口元が歪むが、デミウルゴスも興が乗ったような笑顔を浮かべる。

 

「ミンチの機械は簡略化しては駄目だよ? 大きく音を立てるおおげさな機械が好ましい。その方がより伝わるだろう?」

「効率化が良いとは限らない、今のご意見はさっそく取り入れたく思います」

「効率なんて時には捨てることを覚えないとね、この椅子も私なら別の案がある」

「是非お聞かせ願えればな、と」

「骨もね、悪くはないんだ。けど絶望に染まった死体は最高のアート素材なんだよ。生きたまま燻製にして、加工した椅子なんてのもあったっけな……」

「そういえば、ウルベルト様が話されていた記憶が……確か、人間オルガンでしたか」

 

 回った舌は止まらない。

 ウルベルトと悪が成すべき残酷性の追求について語り合った記憶が蘇る。

 こういった話題でまた盛り上がれることが、ぬえはとても嬉しかった。

 一番幸せだったナザリック最盛期の事を思い出し、満面の笑みが抑えられない。

 

「……ぬえ様は、希望ある人間の絶望が本当にお好きなのでございますね」

「恐怖というものには鮮度があるんだよ……鵺として、新鮮な恐怖こそが一番腹が膨れるんだ」

「牧場の羊では難しいですね。ぬえ様の為に、いつか演劇を用意できればと思います」

「演劇?」

『17時をお知らせするよ、ぬえちゃん!』

 

 指輪から鳴り響いたアラームが、話の続きを阻害する。

 門限までまだ1時間あるが、アインズに怒られたくないぬえはここで帰宅することにした。

 

「アインズ様との約束があるから、帰るとしようか。場所は覚えたから転移もできるしね」

「畏まりました」

 

 椅子から立ち上がると、3対の翼が背伸びするように伸びきる。

 素材は滑らかな加工が施されていたが、翼を前提とした背もたれではなかったので地味に当たりが悪かった。格好つけてこんなのに座らず、リラックス最優先にすることを心に誓う。

 

「今日は、実に有意義な時間だった。ありがとう」

「お礼など……至高の御方であるぬえ様が喜ばれるだけで我々は満たされる思いです」

「それとごめんね。ウルベルトさんの事持ち出しちゃって」

「何を仰いますか、ぬえ様とウルベルト様の親交の深さは理解しております。ぬえ様だからこそ、権利あるお言葉でしょう」

 

 デミウルゴスの気遣いにぬえもほっとする。

 いろんな話をして、デミウルゴスと一層仲良くなれた気もする。ぬえの知識はサルベージしたレトロ文化由来ではあるのだが、蘊蓄は披露の機会あってこそだ。

 また話す時を楽しみにしつつ、待ちぼうけしていたナズーリンらを連れてナザリックへ帰還するのだった。

 

 

 ぬえはひとつ忘れていた。

 生前で行ったこの手の話題は、あくまでネタだから笑えるものだったのだと。

 精神が変容し、妖怪そのものとなった自分に、ウルベルトの想いが詰まった目の前の悪魔に、これらの知識を口にする意味をぬえは理解していなかったのだ。

 歴史書には、デミウルゴスに命じて度々捕虜の逃走劇を演出する最悪のサディストとして記されることとなる。それを読んでぬえの悪戯はお化け屋敷レベルのはずなのにと嘆いた少女がいたらしい。

 




ぬえがサルベージしたネタや台詞、全部わかるでしょうか。
この作品においては、ぬえがサルベージしたレトロ漫画等もウルベルトのNPC作成に貢献したこととなっています。
ウルベルトの中二病から考えて、自分でサルベージしているとは思いますが。

ちなみに、ウルベルトはRPならいざ知らず、現実で弱者を甚振る光景は完全な地雷です。
牧場建設時点でウルベルトが帰還しようものなら烈火のごとく怒られることが確定する模様。怒られる程度で済むかもわからない。

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