やはり俺たちの高校生活は灰色である。   作:発光ダイオード

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ー比企谷八幡ー

 

 

夕暮れ迫る放課後。運動部の出す声やアカペラ部の歌、吹奏楽部の楽器の音などが風に乗って聞こえてくる。そんな中、先程一人で部室を出てきた俺は自販機で買ったマッ管を片手にプラプラと校内を歩いている。教室、駐輪場、体育館と周ってみたが嘉悦の姿は見当たらなかった。少し疲れたので立ち止まり管の蓋を開け、コーヒーを啜りながら校庭でサッカー部がボールを追いかけて走っているのを眺める。ひと息ついた俺は、嘉悦の居場所よりも先に解決方法を考える事にした。

今の嘉悦は誰の話も信じないだろう。多分花井相手でもそうだ。こいつが信じないのは自分に都合が悪い事だと思っているからだ。嫌な事は聞きたくないという性分をどうにかしなければならない。……ならば、少し強引ではあるが精神的に追い込み、自分の気持ちに向き合わせる。きっと嘉悦は泣いてしまうだろうが、それも解決するのに必要な事だ。そして花井の言葉をどう信じ込ませるかだが、普通に言っても無理だろう。相手が本当の事を言っていると思う時……人は感情の昂った時、嘘や偽りの無い言葉が出る。抑えられない感情の昂り……つまり怒りだ。例えば…俺が放課後、嘉悦を呼び出し依頼の事について糾弾し、嘉悦は俺の言葉で泣いてしまう。そして後から来た花井はそれを見て怒り、俺に掴みかかってくる。その時に花井が嘉悦をどう思っているのか言わせれば、心の弱った嘉悦は花井を受け入れるだろう。なにせ逃げ道の先に自分の欲しいものがあるんだ、そうしないはずは無い。その際花井にに一発二発殴られるかも知れないが、それは自分への戒めと思って受け入れよう…。

方法が決まったところで、ポケットで暇潰し機能付目覚まし時計が震えだした。確認してみると、福部からのメールで、そこには花井のメールアドレスが記されていた。これで後は嘉悦の居場所を捜すだけだ。俺はスマホをしまい、残っていたコーヒーを飲み干す。……多分箏曲部には行ってないだろう。そこにはきっと花井も居るし、他の部員にも会いたくない筈だ。嘉悦は一人になりたいと思っている。学校の中で一人になれる場所……感傷的な気分に浸り、自分の存在をちっぽけだと感じる場所……。そう考えたところで、ふと俺は文化祭の出来事を思い出した。

 

「屋上…行ってみるか…」

 

そう呟き、空き缶をゴミ箱に投げ入れ、俺は校舎に戻って行く。

 

 

※※※※※

 

 

しばらくして屋上に着いた俺はそっと扉を開た。夕陽に染められた屋上は、オレンジの空と同化して崩れそうなフェンスだけが宙に浮かんで見える。様子を確認してみると、だだっ広いその場所に女子生徒がぽつんと立っていた。その後ろ姿は、やはり嘉悦と確認できた。俺は一度扉を閉め、スマホを取り出し花井宛にメールを打つ。〝嘉悦の事で話がある。今から屋上まで来い〟…恐らく花井はすぐに来るだろう。だが、箏曲部の部室からここまで速くても五分は掛かる。花井が来るまでの五分間が勝負だ。俺は花井にメールを送信し、意を決めて屋上の扉を開けた。

嘉悦は俺が来たことに気付かず、ずっとグラウンドを眺めている。だんだん近付くと俺の足音に気付いた様でパッとこちらを振り向く。その表情は期待を込めた様な、何かを待っていた様だったが、来たのが俺だと分かるとスッと落胆の表情に変わった…ごめんね俺で。

 

「えっと…、あなたは確か…結衣ちゃんと一緒にいた……」

 

「比企谷だ…。悪かったな、花井じゃなくて」

 

確か昨日も名前を言ったと思うんだけど…。俺が花井の名前を口にすると嘉悦は顔を赤くする。

 

「ベっ、別に花井君を待ってた訳じゃないよ。…てゆうか、なんでここにいるんですか?」

 

「まぁ、お前が少し心配になってな」

 

嘉悦は訝しげな顔をした。確かによく知らない相手から心配されても怪しいだけだ。

 

「別に…比企谷君に心配してもらう覚えはありません。今は誰とも話したくないんで一人にして貰えませんか?」

 

そう言ってまたグラウンドに視線を戻す。

 

「そう言うなよ。これでも俺は、お前と似た者同士だと思ってるんだぜ」

 

淡々と会話していたが、似た者同士という言葉に嘉悦はピクリと反応した。

 

「私とあなたを一緒にしないでください。……知ってますよ、比企谷君が文化祭で何をしたか……。学校一の嫌われ者で有名ですから」

 

悪名は無名に勝るとは聞いた事があるが、直接言われるのはなかなか辛い。しかし、こいつは俺の噂を知っている様だが、ここがその噂の発生地で、自分も今から同じ目に合うという事までは分からないだろう…。

 

「確かにそうかもな…。だが、それなら尚更似てるだろう。お前も俺と一緒で人の気持ちを理解しようとしない最低なやつなんだからな」

 

「なっ……何言ってるの?意味が分からないっ!私はそんなんじゃない!」

 

嘉悦は一瞬何を言われたか分からない様だったが、直ぐに理解して反論してきた。少しづつ感情が昂ぶり始めている。

 

「お前は自分の事を話そうとしない。嫌われるのが怖かったからだ。だから相手の言う事を聞いてそれに合わせてきた。最初はそうだったかもしれないが今のお前は違う。相手の言葉を聞く事に慣れて、相手の言葉の意味を…どういう気持ちでそう言ったのかを考える事を止めた。そして自分の気持ちについて考える事も止めた…ただ楽な方へ逃げただけだ。それに自分の聞きたくない事には耳を塞いで聞かない。そんな自分の事も相手の事も考えない自分勝手なお前は、俺と一緒でみんなに嫌われる最低なやつだ」

 

「違うっ!私はあなたと一緒じゃない。友達だっている…嫌われてなんかない!」

 

「じゃあどうして誰もお前を捜しに来ない?大切な友達ならきっと捜すはずだ。お前は所詮その程度だったんだよ」

 

「違う……」

 

自分の嫌だと思っている自分の事を俺に責められ、嘉悦の目には涙が浮かんできた。声も沈み込む様に小さくなる。

 

「もし仮に捜していたとしても、お前の事を真っ先に見つけたには俺だ。よく知りもしない俺が見つけられるんだ、お前らの関係は上っ面の偽物に過ぎない」

 

「………」

 

「お前もお前の周りにも偽物しか無い。ひょっとして花井を好きっていう気持ちも偽物なんじゃないか?だったらそんなもの早く捨てて、新しい相手でも見つけたらいい」

 

「違うっ!私の花井君への気持ちは本物よっ!好きなんだから、簡単に諦められる訳無いでしょっ!」

 

嘉悦は激しい口調で否定し俺を睨んできた。花井への気持ちを否定された事に怒り、自分の本心をさらけ出した。強い気持ちが伝わってくる……この想いを最初から示せていれば依頼などする必要も無かったんではないか……。

 

嘉悦さんが答えられなかった理由が何なのか、私はそれが気になるんです。

 

ふと、頭の中に千反田の言葉が過った。

 

「お前…そうか、そう言う事だったのか」

 

じっと睨んでくる嘉悦を前に、俺は何故嘉悦が依頼した理由を答えるのを渋ったのか理解した。だが、今はそんな事に納得してる場合ではない。俺は時計を確認する。もうすぐ花井が来る頃だ。最後の仕上げをしなければならない…。俺は今から嘉悦に最も酷い事を言うだろう。そうする事で、心の弱った嘉悦は、きっと花井の言葉を信じる。…ふと、雪ノ下と由比ヶ浜の顔が頭に浮かぶ。二人とも悲しそうな表情でこっちを見ている。……分かっている、こんなやり方を二人は望んでいない。だがそれでも、俺は誰も巻き込みたく無いと思った。嫌われるのは俺の役目だ…俺だけで十分なんだ。

俺が口を開きかけると、バタンッ!と勢いよく扉の開く音が聞こえた。どうやら花井が来たらしい。思ったよりも早かったが想定内ではある。俺が振り向くと、階段を駆け上がって来たのか息を切らせた花井がそこに居た。……だがそれだけではなかった。花井の後ろには俺のよく知る人物たち…雪ノ下、由比ヶ浜、千反田、福部、伊原、そして折木が並んでいた。

 

 

※※※※※

 

 

 

こいつら、なんでここに…そう思ったが動揺しているのは俺だけだはなく、むしろ嘉悦の方が取り乱している。そんな中花井が嘉悦に話掛けてきた。

 

「ごめん嘉悦、福部達から話を聞いたよ。俺が告白した時お前は走って逃げちゃって…その後話そうとしても避けられてたから、もう嫌われたんだと思ってた…でも違った。俺の紛らわしい言い方のせいで嘉悦を苦しませてちゃってホントにごめん。だけど俺の気持ちは本物だ…嘉悦の事が好きだ、信じてくれ」

 

花井は真剣に想いを伝えるが、嘉悦は状況をまだよく理解していないらしく取り乱したまま、

 

「結衣ちゃん酷いよ…花井君には言わないでって言ったのに……信じてたのに」

 

その言葉は深く俺の胸に突き刺さり、由比ヶ浜はその言葉を聞いてショックで悲しそうな顔をした。優しい性格から人に嫌われる事など無い由比ヶ浜が、今俺のせいで悪意を向けられている。俺はこうなる事を避けるために行動していた筈なのに、それでも由比ヶ浜を傷つけてしまった。……だが、由比ヶ浜はすぐに表情を戻して真っ直ぐ嘉悦を見た。

 

「ごめんねかえちゃん。だけどかえちゃんにちゃんと話を聞いてもらうにはこうするしか無いと思ったのっ!」

 

「けど…それでも酷いよ…」

 

「いいえ嘉悦さん、酷いと言うならあなたも十分酷いわ。私達はあなたの依頼を真剣に解決しようとしてたわ。由比ヶ浜さんも凄く心配してた。でもあなたはどう?勝手に依頼を取りやめると言って逃げ出して、真剣に向き合おうとしなかった。あなたの事を想っていた私達の気持ちはどうなるの?」

 

「それに依頼をなかった事にするなら、花井君に言っちゃいけないっていうのもなかった事になるわ」

 

気づくと嘉悦は泣き出していたが、雪ノ下と伊原は慰める事なく言った。

 

「花井君を呼んだりしたのは僕らが勝手にやった事さ。お節介だったかも知れないけどね」

 

「悪いとは思ってるが…お互い様だ」

 

「嘉悦さん、気をしっかり持ってください!花井さんの言葉をちゃんと聞かなければいけません!」

 

福部、折木、千反田も後に続いた。こいつら一体何してやがる…俺のやり方に似ているが、こんなやり方雪ノ下達は思いつかないだろう。だとすればこれを考えたのは……折木を見ると、何食わぬ顔で立っている、女子が目の前で泣いているというのに…。しかし、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。取り敢えず今は嘉悦の事を解決する、後の事はそれからだ。

 

「嘉悦、お前はさっき俺に言ったな。自分は俺とは違うと…花井への気持ちは本物だと。ならちゃんと話を聞いてやれ。俺と違うんならできる筈だ」

 

「…でも……やっぱり無理だよ…」

 

それでも嘉悦は否定する。全員で説得すればいけるとも思ったが、やはり最後の一押しが足りなかった。今からでも言うべきか…と考えていると花井がこちらに向かって歩き出した。そのまま嘉悦の前を通り過ぎ、グラウンドを見渡せる位置に立つ。そして少しの沈黙の後、大きく息を吸い

 

「花井剛は!同じ箏曲部の!嘉悦千花絵の事が!好きだーーーっ‼︎」

 

そう叫んだ、それはもう盛大に。校庭では運動部が何事かと屋上を見上げている。ざわざわとした雰囲気がここまで伝わってくる。嘉悦は突然の事に目をパチクリさせ花井を見ている。そんな周りの状況を気にせず、花井は振り返り嘉悦に近づく。

 

「実は嘉悦に告白する前の日に、植田から告白されたんだ。俺は他に好きな人がいるからって断った。……本当は前から知っていたんだ、植田の気持ちも…それにお前の気持ちも…。けど俺は今の関係を壊したくないから知らないふりをしていた。でもっ、植田に言われて気づいたんだ、このままじゃいけないって。自分の気持ちを隠したまま…相手の気持ちに気づかないふりをしたまま過ごしても何も変わらない。そんな偽物じゃいつか無くなってしまう。だから俺は今の関係を壊してでも前に進もうと決めたんだ。壊れたら直せばいい、無くなってしまう訳じゃないんだから。…俺は嘉悦の事が好きだ。お前は俺の事をどう思ってる?」

 

花井に聞かれた嘉悦の目は、先ほどよりも更に沢山の涙で溢れていた。そして顔をクシャクシャにして涙を零しながら答える。

 

「……私も…花井君の事が、好きです…」

 

放課後の学校、オレンジ色に染まる屋上。二つの影が一つに重なり合い、嘉悦の依頼は無事解決された。


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