やはり俺たちの高校生活は灰色である。   作:発光ダイオード

2 / 10
02

しばらく本を読んでいると、明るい声とともに部室のドアが開いた。

 

「みんなやっはろーっ、遅れてごめんー」

 

顔の前で手を合わせながら部室に入って来た由比ヶ浜は、続けて雪ノ下と千反田に挨拶をする。

 

「ゆきのん、ちーちゃんやっはろーっ」

 

「由比ヶ浜さんこんにちは。今日は少し遅かったのね」

 

「こんにちは結衣さん、やっはろーです」

 

「うん、ちょっと友達と話しててー」

 

そう言いながらこちらを向き俺たちにも挨拶してくる。

 

「ヒッキーもポッキーもやっはろー」

 

「おう」

 

「あぁ…ってちょっと待てっ!ポッキーってのはなんだ!俺の事なのか?」

 

折木は驚いて由比ヶ浜に聞いた。確かにポッキーって聞こえたが折木の事だったのか。しかし何故ポッキー。

 

「うんっ、折木だから折れるでポッキーっ!どうかなっ?」

 

由比ヶ浜は自信満々な顔でガッツポーズをした。背中にはドヤァの文字が見える。

 

「いやいやいや、どうもこうも無いだろう。全くもってあり得ないぞ」

 

首をブンブン横に振り必死で否定する折木。

 

「えーそうかなぁ?ゆきのんとちーちゃんはどう思う?」

 

由比ヶ浜は不満そうに二人に尋ねる。

 

「そうね…たとえ折木君だからといってポッキーっていうのはちょっと…どうなのかしら…?」

 

「わたしは良いと思いますっ。ポッキーって可愛くて素敵です」

 

雪ノ下少し考えて答えたが、いったい何処に悩むポイントがあったのだろうか。対して千反田は楽しそうだ。しかし折木に可愛さを求めるな、気色悪いだけだ。

 

「いやいやどう考えてもおかしいだろ。それに女子の基準で男子にあだ名なんて付けても合うわけがない」

 

折木は尚も否定する。

 

「えー絶対いいしー。ヒッキーはどう思う?」

 

由比ヶ浜は俺に聞いてくる。折木は止めてくれという目で見てくるが…まぁ気持ちはわからんでもない。

 

「折木、由比ヶ浜にネーミングセンスを求めても無駄だぞ。この部活の名前を考えた時のこと覚えてるだろ、センスが壊滅的にない。ちなみに俺のヒッキーという引きこもり代表みたいなあだ名を付けたのもこいつだ」

 

「お前は世の中に対して内向的だから大体合ってるだろ。しかし俺のはどうだ、ポッキーって…ただのダジャレじゃないか」

 

言われてみれば俺はぼっちだから自分の内側に引きこもってると言えなくもない。そう思ってみるとヒッキーってあだ名は確かに言い得て妙である。

折木を見ると本格的に肩を落としてうなだれていたのでそろそろ助けてやる事にした。

 

「由比ヶ浜、俺は折木のあだ名がポッキーでもおれっきーでも何でもいいんだがひとつ聞いてもいいか?」

 

「ん?なぁに?」

 

「お前の後ろにいるの誰?」

 

俺の質問で由比ヶ浜は自分の後ろに立っている女子生徒がの事を思い出したようだ。雪ノ下と折木は何言ってんだこいつみたいな目で俺をみてくるがそれもその筈、女子生徒は教室に入らずにドアの前で立っていたので、ちょうど俺の座っている位置からしか見えなかったのだ。

 

「そうだっ!友達連れて来たの忘れてたっ!かえちゃん入って来ていいよー」

 

「あっ、あの…し、失礼します」

 

存在を忘れられていたかえちゃんと言う名の女子生徒はおどおどした様子で入って来た。そのまま由比ヶ浜に手を引かれ俺たちの前の椅子に座る。机には窓側から順に、雪ノ下、千反田、折木、俺の順に座り、千反田の対面に由比ヶ浜、折木の対面にかえちゃんが座っている。

 

「この子は嘉悦千花絵ちゃん。かえちゃんって言ってクラスは違うけどあたしの友達なんだー。実はさっき相談受けて、それでここについて来てもらったの」

 

由比ヶ浜にそう言われて、嘉悦は俺たちを見てぺこりとお辞儀をした。クラスが違うのに友達とか…相変わらずのコミュ力に感心していると由比ヶ浜はきょろきょろと部室を見回した。

 

「そいえばまやちゃんと福ちゃんはまだ来てないの?」

 

「摩耶花さんは図書当番で今日は来られないそうです」

 

「里志は総務委員の仕事だ、今日は来ないぞ」

 

「そっかー、じゃあとりあえずこれで全員だね」

 

千反田と折木が答えた時、折木の言葉に嘉悦が反応した様に見えた。福部と知り合いなのだろうか。

 

「それで、どう言った要件なのかしら」

 

雪ノ下は嘉悦をまっすぐ見つめ本題を聞いた。

 

「あの…ですね…」

 

嘉悦はおどおどした様子で俺たちを見ては目を逸らす。何やら言い辛い事なのだろうか。

なかなか切り出さない様子の嘉悦に由比ヶ浜は優しく声を掛た。

 

「かえちゃん、ここに居るみんなあたしの友達だから心配しなくても大丈夫だよ」

 

「うん…ありがと結衣ちゃん。大丈夫…」

 

由比ヶ浜の言葉を聞いて嘉悦は少し気持ちを落ち着けた様だ。それから自分に言い聞かせるように大丈夫と言い、俺たちを見て話を切り出した。

 

「あの…依頼をしたいんです。私がどうして振られたのか、知りたいんです…」

 

気持ちを絞り出す様に発せられた嘉悦の言葉に、部室内の時間が一瞬停まった。

遠くで吹奏楽部の合奏が聞こえる。

 

 

 

「あ、あのっ!振られたというのは、つまり嘉悦さんは男の人に告白をしたということですか⁈」

 

ガタっと音を立てて立ち上がり沈黙を破ったのは千反田だった。

 

「ちーちゃん落ち着いて落ち着いて」

 

由比ヶ浜は机に身を乗り出して嘉悦を見つめる千反田をなだめる。

 

「嘉悦さん、もう少し詳しく教えてくれないかしら」

 

そんな二人を尻目に、雪ノ下は詳細を求める。

俺たちの視線を一身に集める中、嘉悦は先週の木曜日の出来事を語り始めた。

 

 

※※※※※

 

 

先週の木曜日、午前中の授業が終わり嘉悦千花絵がクラスの友達と昼食を食べていると、不意にスマホがブルブルと震えだした。箸を置き、確認して見るとメールが一通入っていた。差出人は彼女が所属する箏曲部の部長。普段の部活の連絡ならば部員全員にメールが一斉送信される筈だが、送信先は彼女だけだった。これまでにも二人でメールのやり取りをした事はあったので別に不思議な事でもなかったがメールを開いた次の瞬間、彼女は「ちょっとお手洗いに行って来る」と友達に言い、昼食もそこそこにスマホを持ったまま教室を出て行ってしまった。

 

廊下に出た彼女の胸はマラソンで全力疾走した時のように高鳴っている。もちろんそんなことしたことはないが、自分の心臓のドキンドキンという音が周りに聞こえてしまいそうな程大きく、重く、そして激しく身体中に響いている。自分は今どんな顔をしているのか。突然のメールを受け、頬が赤くなっていないか。嬉しさのあまりにやけて変になってないか。何れにしてもそんな顔を友達に見せるわけにはいかない、そう思い教室を飛び出してきたのである。

 

放課後、駐輪場まで来て下さい。

 

メールにはそれだけしか書いてなかったが、彼女は想像を膨らました。部長はいつも砕けた文章で絵文字なども入れてメールを送ってくるが、今回のメールは改まった言葉で時間と場所だけ伝えてきている。それに今日は部活のない日だし、みんなに関係ある事なら部活のある日に全員に伝えるだろう。

この文面から想像できる事は……彼女はひょっとしたらという淡い期待を膨らませながら放課後になるのを待った。

 

箏曲部は二年生七人だけの小規模な部活である。男子が三人と女子が四人。人数が少ない代わりにみんなとても仲が良い。授業の時間以外は大抵一緒に居るし、休日にみんなで遊びに出かけたりもする。その中で部長は部員全員に優しく、いつも彼女たちを気に掛けてくれた。彼はみんなの事が好きだったし、みんなも彼が好きだった。彼はそういう性格で当たり前の事をやっているだけなのだろうが、彼女は自分を気にかけてくれる事がとても嬉しかった。

そんな彼女は自分の性格が嫌いだった。引っ込み思案で人と話すのが苦手で、そのくせ自分に都合の悪い話は聞きたくない。人に合わせる事で自分を守ってきた。だが彼と出会って少しづつだが人と話せるようになった。気の置けない友だちもできた。依存ではあるかもしれないが、彼女が彼に恋心を抱くのは自然な流れだった。

だがそれと同時に、彼女は自分が彼にとって特別な存在でないとも思っていた。

気の弱い性格から、いつも一歩引いて仲間達を見ていた彼女は時折疎外感を感じていた。基本的に自分からは喋らず、仲間の話を聞いて相槌を打っているだけの自分は果たしてここに居ていいのだろうか。部長についても、自分なんかと話をしているよりも他の仲間と話している方がよっぽど楽しそうに見える。そんな彼らを見ていると更に劣等感を感じてしまう。

そして彼女は思う。彼にとっての自分は気に掛ける仲間のうちの一人なのだと。だから彼女が彼に想いを伝えることはない。伝えればきっと今の関係は崩れてしまう、それならばこのまま友達でいる方がいい。それが彼女の答えだった。

 

予期せず呼び出された彼女は期待しまいと自分に言い聞かせ、しかし同時に僅かな希望を持ちながら待ち合わせ場所に向かった。駐輪場に着くと既に彼は待っていて、彼女に気付き軽く手を振った。互いに緊張した様子で少し取り留めの無い会話をした後、彼は真面目な顔つきで彼女を見つめた。そして彼は口を開く。

 

 

部活の仲間だから好きって訳じゃない

 

 

それは、彼女にとってあまりにも辛辣な言葉だった。

 

一瞬理解できなかったが目頭が熱くなっているのを感じ、彼女は自分が泣いている事に気付いた。そしてその言葉を理解した途端更に涙が溢れ出してきて、悲しみのあまり彼の顔も見ずに走ってその場から逃げ出してしまった。彼は何か叫んでいたが、その声が彼女に届く事はなかった。

それから彼女は日付が変わるまで泣いた。次の朝には少し落ち着いたが、顔は泣き続けたせいで赤くなっている。できれば今日は休みたい気分であったがそんな事もできないので仕方なく登校する。学校ではクラスメイトに心配されたが寝不足だと言って笑って誤摩化した。休み時間になると彼が教室に訪ねてきたが理由をつけて合わない様にした。

そして放課後、一日中昨日の出来事を考える内に彼女の中にある疑問が生まれた。何故彼は自分の気持ちを知っていたのか。そして知っていたなら、何故自分から拒絶の言葉を告げたのか。自分から告白するつもりのない彼女をわざわざ振って事を荒立てるなど彼らしくない行動だとも思う。

納得できない事が幾つも出てきて、それを考えると女は真実を知りたくて仕方が無くなる。だが彼に直接聞く勇気は今の自分にはない。何とか気持ちを知る方法を考えていた時、生徒の相談を聞き問題を解決してくれる部活がある事を思い出した。

 

 

※※※※※

 

 

「…だから、どうして彼がそんな事を言ったのか教えて欲しいんです」

 

嘉悦は俺たちに話し終えると、ふぅっと一息ついた。手にしているカップに注がれた紅茶は夕日を反射してキラキラと紅く光っている。

 

「そんなことがあったんですね…」

 

千反田は悲しそうな顔で呟いた。

 

「助けてあげようよっ!それに久しぶりの依頼だしみんなで頑張ってみようよ!」

 

由比ヶ浜は嘉悦を元気づける様に俺たちを鼓舞する。俺はそんな由比ヶ浜を見ている嘉悦に質問した。

 

「俺たちがその部長に理由を聞きに行けばいいのか?」

 

急に声を掛けたもんだから嘉悦はびくりと身体を揺らした。ごめんね、俺なんかが声掛けて。

嘉悦は息を整え返事をした。

 

「あの…できたら秘密にして欲しいです。この事は私たち以外、ここに居る人しか知らないです。そんなこと聞いたら私が喋った事に気付いちゃいます。そういう事はなるべく避けたいんです」

 

「そうなるとなかなか難しいわね」

 

嘉悦の回答に、雪ノ下も口元に手を当てて考え込んでしまう。

確かに難しい…というか本人に聞けないんじゃ分かりようが無い。これじゃまるで探偵だ。

 

「折木さんっ!私、どうして箏曲部の部長さんが嘉悦さんにそのような事を言ったのか気になりますっ!それにひょっとしたら何かの間違いかもしれません。折木さんも是非考えてみて下さいっ」

 

千反田がずいっと顔を近づけて来るので、折木はまたも身体を仰け反らせた。

 

「わかったっ!わかったからそんなに近づくな」

 

「はっ!すみません」

 

千反田は折木から身を引いて居直した。

 

「そうだな…とりあえず、箏曲部部長ははっきりと断りをいれている。ひょっとしたら何かの間違いかもしれないというのはないだろう。問題はどうしてわざわざそんな事を言ったのかだ」

 

「そうですね」

 

折木と千反田のやり取りを見ていた俺は少し前の事を思い出していた。

部活を併合した当初、折木は奉仕部の活動に非協力的だった。“やらなくてもいいことならやらない。やらなければいけないことなら手短に”をモットーとするこいつは千反田たちに言われ渋々手伝うというスタンスだったが、一緒に部活をするうちに積極的ではないにしろちゃんと協力するようになっていた。これは折木の中で奉仕部の活動がやらなければならないことになったという事なのだろうか。

そんな事を考えていると、折木は嘉悦にひとつ質問をした。

 

「嘉悦は…失礼。嘉悦さんはどうして振られた理由を知りたいんだ?」

 

嘉悦の方を見てみると、黙ったまま俯いている。表情は何だか沈んでいて、先程話終えた時とは少し雰囲気が違った。

嘉悦は喋りだす素振りも見せないので、俺は沈黙に堪え兼ねて口を開いた。

 

「まぁ確かに普通嫌だよな。振られたって事実だけでも傷ついているのに、その上振られた理由まで聞かされるなんてたまったもんじゃない」

 

仮に俺が雪ノ下に告白して好きじゃないと言われ振られたとしても、好きじゃない理由を教えてくれとはならないだろう。想像するだけで辛い。

 

「でも理由を聞かないとなんかスッキリしなくない?それにちゃんと聞けば次に進めるって言うかさっ、ねっ‼︎」

 

由比ヶ浜が反論する様に言う。こいつの言う事も分かる。だがそれは強い人間だからできる事だ。

 

「みんながみんなそうとは限らんだろ。そうできない奴だって沢山いる」

 

例えば俺とか…。

嘉悦千花絵、こいつが由比ヶ浜の言う様に次に進むために理由を知りたいと言うなら話はまだマシだ。だがぼっちとして人間観察力を高めた俺から見ると、こいつはその手のタイプにはとても見えない。出会って早々に判断を決するのは早計だが、少なくとも第一印象はそんな感じだ。

なぜ嘉悦はわざわざ知りたがるのか。その理由によってはこの依頼は相当厄介なものにじゃないだろうか。

いろんな思いが頭の中をよぎる中、時間だけが過ぎて行った。

 

 

※※※※※

 

 

その後、話し合いで依頼を受ける事になった。それに伴い雪ノ下達が幾つか質問をしていたが、嘉悦は心ここに在らずという状態だった。そんな状態を心配され、話が終わると由比ヶ浜が付き添う様に一緒に帰って行った。

 

「これからどうするんだ?」

 

折木がそう聞き、四人で今後について話し合った。

 

「はっきり言って今回の依頼はかなり厄介だぞ。嘉悦を振った理由がわかるとも限らんし、仮にわかったとしても、それを嘉悦に伝える事が本当に解決になるのか」

 

「比企谷さんは理由を伝えない方が良いと思うんですか」

 

俺の疑問に千反田は質問で返して来る。

 

「場合によるな。…ただ依頼は受けるべきじゃなかったのかとも思ってる」

 

「そんな…」

 

俺と千反田のやり取りを黙って聞いていた雪ノ下が口を開いた。

 

「とにかく依頼を受けた以上ちゃんと解決しましょう。確かに比企谷君の言う通り理由を調べるだけで解決できる保証はないけれど、何もしなければ解決することはできないわ」

 

そうやって話をしている内に最終下校時刻になり、俺たちは話を切り上げる事にした。

 

「では、今日の話は私と千反田さんでまとめるわ。それで明日の昼休みに、みんなで部室に集合して今日の話の確認をしましょう。それから解決方法を考えて、放課後、話し合いによっては午後の授業間の休み時間から行動を開始。と言う事でどうかしら」

 

「はい、良いと思います。では私は摩耶花さんに連絡をしておきますね」

 

「じゃあ俺は里志に伝えておく」

 

「俺は昼休みは行きたくないな、一人でメシが食いたい」

 

「比企谷さんー」

 

千反田がしかめっ面で俺を見てくる。雪ノ下もかなり目が怖い。

 

「冗談だって…。ちゃんと来る」

 

どうせ由比ヶ浜からは逃げられないだろうしな。

 

「じゃあ由比ヶ浜さんには私が連絡しておくから、今日は解散にしましょう」

 

そうして俺たちは部室を後にし、それぞれ帰路に就いた。明日は面倒な事がいろいろありそうだ。嘉悦の事を考えると気が重くなるし、何よりベストプレイスで昼飯が食えないのが辛い。ひょっとしたら解決するまでずっと続くかもしれない。これはなるべく早く依頼を終わらせなければ。そう思いながら小町の待つ家に向かい、自転車を走らせた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。