IS 白騎士と寥星跋扈   作:無頼漢

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第八話 懇願

 放課後―――

 

 本日の授業が全て終了した後、二人は教室に残って復習をしていた。

 

 「…………終わったーーー!」

 

 「…ふぅ…」

 

 そしてたった今、復習を終えて二人はやっと気を緩めることができた。

 

 途中、一夏は何度も睡魔に襲われたが、その度に大谷の杖による一撃を食らった。

 

 その際、一夏は涙目になりながら―――

 

 『殴る事はないだろ!?』

 

 と抗議したが―――

 

 『まあ、あの女よりは優しくしてやる。それとも……あの女のようにやらねば目が覚めぬか?』

 

 『……』

 

 結局、何も言い返せないまま、一夏は黙々と大谷の話を聞き、その内容をノートに書き綴っていった。

 

 「やっと終わったーー! あー疲れた……」

 

 「ぬしがもう少し物覚えが良ければ、楽だったかもしれぬな…」

 

 「悪かったな! 物覚えが悪くて!」

 

 大谷の嫌味に対して、疲れのせいか開き直る一夏。

 

 「われは別段、ぬしに付き合う義理は無いのだが?」

 

 「生意気言ってすいませんでした。こんな時間まで付き合ってくれて、ありがとうございます」

 

 勉強を手伝ってくれている以上、大谷の機嫌を損ねるわけにはいかない一夏は深々と頭を下げる。

 

 気が付けば、もう大分陽が傾いている。

 

 「さてっと、帰るか!」

 

 荷物をまとめて、帰宅の準備をしていると―――

 

 「一夏君、大谷君。まだ教室にいたんですね。よかったです」

 

 「はい?」

 

 「?」

 

 声のした方を振り向くと、書類を抱えた山田先生がいた。

 

 「何ですか、山田先生?」

 

 「えっとですね、御二人の寮の部屋が決まりました」

 

 そう言って山田先生は部屋番号の書かれた紙と鍵を渡した。

 

 IS学園は全寮制である。

 

 理由はIS操縦者保護のためとなっている。

 

 「俺達の部屋って、まだ決まっていないはずじゃなかったんですか? しばらくは自宅からの通学って聞いたんですけど…」

 

 「そうなんですけど…事情が事情なので、一時的な処置として部屋割を無理矢理変更したらしいです。御二人はそのあたりの事、政府から聞いてますか?」

 

 「いいえ、何も……刑部は?」

 

 「われも聞かされておらぬ」

 

 二人は揃って首を横に振った。

 

 その時、大谷は今回の政府の処置について考えた。

 

 (余程われ等を保護…いや、監視したいらしいな…)

 

 二人が報道されてから様々な人間が訪ねて来た。

 

 果てはどこぞの研究所の人間まで来た。

 

 彼らは二人のことをモルモット程度にしか思っていないのだろう。

 

 「そう言うわけですから、とにかく寮に入れるのを最優先したみたいです。一ヶ月もすれば御二人専用のお部屋が用意できますから、しばらくは相部屋で我慢してください」

 

 「そうですか…わかりました」

 

 「……」

 

 特に悩む事も無く一夏は了承するが、大谷はまだ何か考えている。

 

 女生徒たちはこの光景を興味津々といった様子で見ている。

 

 「あ、でも荷物はどうするんですか? 俺も刑部も荷物は自宅だし、今日は帰ってもいいですか?」

 

 「あ、いえ、荷物なら―――」

 

 「私が手配しておいてやった。ありがたく思え」

 

 説明しようした山田先生の言葉を千冬が遮り、代わりに答えた。

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 「まぁ、生活必需品だけだかな。着替えと携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

 「……」

 

 全然良くない、と言いたいところだが何も言わずだた頷く一夏。

 

 「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど……えっと、その、御二人は今のところ使えません」

 

 本来、IS学園は女性しかいないので当然である。

 

 「え? 何でですか?」

 

 それを理解できない男が此処に一人。

 

 「ぬしは女子と入る気か? ならば好きにするがよい、数日後には堀の向こうに移るだろうがなぁ」

 

 「あーー……」

 

 ようやく気付いたようだ。

 

 「い、いや、入りたくないです」

 

 また勘違いされるような、ややこしい返事。

 

 「ええっ!? 女の子に興味がないんですか!? そ、それはそれで問題のような……」

 

 予想通り勘違いされた。

 

 廊下では、その手の話に興味がある生徒たちが騒いでいる。

 

 「はぁ…一夏、ぬしは早やに部屋へ行け」

 

 「え、なんでだよ? それに、刑部は?」

 

 「われは所用があるので後で行く。ほれ、早やに行け」

 

 大谷は手にした杖で一夏の背中を突く。

 

 「いって!? 何だよ、分かった、分かったよ! 行けばいいんだろ、行けば」

 

 突かれた場所を摩りながら一夏は教室を出て行った。

 

 他の生徒たちも夕食を食べるため食堂に向かったようだ。

 

 山田先生も教室を出ようとしたが―――

 

 「…山田」

 

 大谷が呼び止めた。

 

 「は、はい!? なな、何ですか大谷君!?」

 

 突然呼び止められたので少し戸惑っている様子。

 

 況して、入学初日からクラス全員(一部を除いて)をドン引きさせた相手となれば当然である。

 

 「その、な……」

 

 「?」

 

 しかし、大谷の態度は山田先生の予想とは大きく違っていた。

 

 大谷は俯き何か言いたそうにしているが、なかなか言い出せないといった様子。

 

 「どうしたんですか?」

 

 今日教え子になったばかりとは言え、最初に受けた印象と明らかに違うのがわかる。

 

 例えるならばそう、言いたい事があるのに恥ずかしくて中々言い出せない。

 

 まるで年相応の少年の様な仕草。

 

 「ぬしに、ぬしにな…聞きたい事がある…」

 

 此処で山田先生は大谷も何か悩みを抱える一人の少年なのだと思った。

 

 であれば、教師として自分がすべきことは悩みをきちんと聞いてあげることだ。

 

 「何か悩んでいることがあるなら、遠慮なく言ってくださいね! 私は先生ですから!!」

 

 授業の時と同様に自信満々に胸を張る。

 

 それで安心したのか、大谷は顔を上げた。

 

 「そうか、それを聞いて安心した。それで、ぬしに聞きたい事と言うのはだな……」

 

 「何ですか?」

 

 そして大谷は―――

 

 「オルコットのISについての情報を教えてほしいのだ」

 

 先程の言い辛そうな素振りなど微塵も見せずに聞いた。

 

 「はいはい、オルコットさんのISについての…情…報…」

 

 「……………………………」

 

 長い沈黙。

 

 「えええええぇぇぇーーーーっ!?」

 

 教室に山田先生の絶叫が響き渡る。

 

 幸いなことに他の生徒たちや千冬は教室を出て行った後だったので、騒ぎにはならなかった。

 

 「だ、駄目ですよ! そんなこと教えられません!」

 

 そう、教師は生徒全員に対して公平に対処しなければならない。

 

 どちらか一方に肩入れするなどもってのほかである。

 

 「如何しても…聞き入れてはくれぬのか?」

 

 再度、懇願する大谷。

 

 しかし山田先生は、手を前で交差させて拒否の意志を見せる。

 

 「駄目駄目! 絶対駄目です!!」

 

 「そうか…そうよなぁ…」

 

 大谷は落胆して俯いた。

 

 「大谷君…」

 

 力になれないのは心苦しいが、自分にも教師という立場がある以上、どうする事も出来ない。

 

 二人の間に気まずい沈黙が流れる。

 

 「ぬしの言いたい事は十分に分かった…」

 

 沈黙を破ったのは大谷だった。

 

 「だがな山田、ぬしは一つ勘違いをしておる」

 

 「え?」

 

 「まず、何故われがぬしに斯様な事を頼んだか分かるか?」

 

 「え~っと…それは…」

 

 山田先生は顎に手を添えた格好で考え込む。

 

 「オルコットさんとの勝負に勝つため…ですよね?」

 

 自信無く答える。

 

 自分は一つ勘違いをしていると言われたが、他にセシリアについての情報を要求する理由が無いと考えた。

 

 「左様、われはオルコットとの勝負に『勝つ』ために頼んだ…」

 

 「そうですよね!」

 

 ならば自分が何を勘違いしているのか、余計に分からなくなってきた。

 

 「ただし…『われが』勝つためではないがな」

 

 「えぇぇ!?」

 

 ますます訳が分からなくなってきた山田先生。

 

 「ほれ、此度われの他にもう一人。オルコットと戦う者がおるであろう?」

 

 大谷は人差し指を立てて、説明した。

 

 「え? それって…一夏君…ですか?」

 

 「そう、われの目的は一夏を勝たせることだ」

 

 大谷は頷き肯定する。

 

 しかし山田先生には、大谷が何故そうまでして一夏を勝たせたいのかが分からなかった。

 

 それも、自分にセシリアについての情報を要求してまで―――

 

 「何故そうまでして一夏君を勝たせたいですか?」

 

 「何故? ぬしも先刻のオルコットの態度を見たであろう?」

 

 「え? は、はい…」

 

 山田先生はクラス代表者を決める際に起きた、一夏とセシリアの口論を思い出した。

 

 『そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?』

 

 高飛車で―――

 

 『実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気はございませんわ!』

 

 上から目線かつ男を完全に見下した態度。

 

 「もし、一夏が負けるようなことになれば、大衆の面前でどの様な辱めを受けることになるか…そう思うとなぁ…」

 

 大谷は額に手を当てて嘆き悲しむ素振りを見せる。

 

 「まぁ…確かに…」

 

 セシリアの態度から察するに、十分にあり得ると考え頷く山田先生。

 

 さらに、大谷は山田先生に詰め寄り―――

 

 「そうであろう? われは一夏にその様な辱めを受けさせるわけにはいかぬのよ。そのためには何としても一夏を勝たせなくてはならん」

 

 「大谷君…」

 

 歳不相応な、大人びた落ち着いた雰囲気の生徒、というのが山田先生の大谷に対する第一印象だった。

 

 だが今、目の前にいる少年は友達のために必死で自分を頼ってきている。

 

 「でも…」

 

 (さてはて、これよりおべっかの時間よ)

 

 やはり、教師の立場から協力する事は出来ないので断ろうとしたが―――

 

 「斯様な事、『ぬしにしか』頼めぬのだ」

 

 「え!?」

 

 『ぬしにしか』、その言葉に山田先生は反応する。

 

 「『私にしか』…」

 

 「そうだ、『ぬしにしか』頼めぬのだ」

 

 「…何故…私なんですか?」

 

 山田先生は大谷が何故自分に頼んだのかが分からなかった。

 

 「ぬしのように真に生徒のことを考えている者であれば、必ずや力になってくれるに違いないと思うたからだ」

 

 「そ、そんなこと…」

 

 「いや、まことよ、まこと」

 

 「本当に『私にしか』?」

 

 「もちろん、ぬしでなくては意味が無い」

 

 「…………」

 

 目を瞑り、大谷の話を聞きながら山田先生は今日一日を振り返っていた。

 

 副担任に就任して、早々に教え子たちからの一斉無視を受けるという散々な一日だったと密かに思っていたが、最後の最後に自分を頼り友達のためにこんなにも必死に頼みこんでくる生徒に出会えた。

 

 そう思うと、涙が出そうになる山田先生。

 

 「無理な事は…重々承知しておる。だが『ぬしにしか』おらぬのだ…頼む」

 

 大谷は深々と頭を下げる。

 

 それを見て、山田先生は―――

 

 「わ、わかり―――」

 

 ついに了承しようとした、その時―――

 

 「山田先生」

 

 それを遮る声が聞こえた。

 

 「え? あ、織斑先生!?」

 

 「……」

 

 二人が声のした方へ視線を向けると、そこには千冬が居た。

 

 「山田先生、こいつの口車に乗せられない方がいい」

 

 そう言って二人に歩み寄る。

 

 「え、どういうことですか?」

 

 千冬は大谷を見据えながら―――

 

 「こいつは弁舌に長けていてな。言葉巧みに人を惑わしては騙す、そんな奴だ」

 

 「……」

 

 「そんな、大谷君は本当に一夏君の事を心配しているんですよ! 騙すだなんて…」

 

 「ほう、お前がそんな殊勝な奴だったとはな…」

 

 「……」

 

 沈黙を続ける大谷。

 

 「一体、何を企んでいる」

 

 「何を言っているのやら、分からぬが」

 

 「とぼけるな」

 

 「……」

 

 「正直に言え、何を企んでいる」

 

 「先に申した通りよ」

 

 「何?」

 

 「われの目的は一夏を此度の戦いに勝たせること、ただそれだけよ」

 

 「……」

 

 「考えてもみよ、オルコットは代表候補生、それに対してわれと一夏はISに関しては全くの素人…であれば、多少情報を受け取ったところで問題無いと思うのだが?」

 

 「……」

 

 千冬は考えた、確かに大谷の言っている事は正論だ。

 

 今のままでは実力の差は歴然、であれば―――

 

 「…いいだろう」

 

 「えぇぇ!?」

 

 「……」

 

 驚いたのは大谷ではなく、山田先生に方だった。

 

 「いいんですか、織斑先生!?」

 

 山田先生はまだ信じられない様子で千冬に問いかけ、千冬は頷いて答える。

 

 「こいつの言っていることにも一理あるからな。ただし、それほど多くは教えん、文句は無いな?」

 

 「構わぬ」

 

 大谷は千冬の提案を快諾する。

 

 「そうか、ついてこいオルコットについての情報を渡す」

 

 「相分かった…」

 

 教室を出ようとする二人。

 

 「えぇぇっと、あの~?」

 

 山田先生は突然の出来ごとにどうすればいいか分からなくなった。

 

 「山田先生」

 

 「は、はい!」

 

 「こいつの事は私に任せてもらいたいのだが…構わないな?」

 

 「え、はい、わかりました…」

 

 されから山田先生はただ、遠ざかって行く二人の背中を見つめていた。

 

 廊下―――

 

 千冬の後に付いて行きながら、千冬という人間について考えていた。

 

 (この女は多くの者にとって羨望の的であり、ブリュンヒルデなどと呼ばれ称えられている。だがこの女を操るのは実に容易い。ただ、あの男…一夏の名を出せば良い。さすればたとえ火の中であろうと、自分から飛び込んで行きよる。まあ、当の本人は厳しく接しているつもりの様だがな…)

 

 「着いたぞ、此処だ」

 

 そんなことを考えているうちに目的地に到着したようだ。

 

 「何だ、此処は?」

 

 「寮長室…一応、私の部屋だ」

 

 そう言って千冬はドアを開けた。

 

 「……………」

 

 部屋の中を見て大谷は絶句した。

 

 広さは十畳以上、一人部屋にしては広すぎる感じがする。

 

 その中に、部屋と同じく一人用としては大きすぎるベッド、窓際には作業机。

 

 硝子テーブルに備え付けの椅子、そのほかに調度品と呼べる物はほとんど無い。

 

 しかし、簡素なはずの部屋はひどく乱雑していた。

 

 床や椅子には無造作に投げ出された衣類が、机には塔のごとく高く積み上げられた資料やファイル、テーブルの上にはコーヒーに空き缶や栄養ドリンクの空き瓶等、さらに、しばらく掃除されていないせいか埃も目立。

 

 「はぁ~~~~~……」

 

 散らかった部屋を見て、大谷は大きくため息をついた。

 

 「何だ、何か言いたい事でもあるのか?」

 

 そんな大谷を千冬は鋭い目つきで睨む。

 

 「いや、ぬしは変わらぬなと思うてな…」

 

 部屋の中に入り、しみじみと呟く大谷に対して、千冬はフンと鼻を鳴らした。

 

 「いいから手伝え。お前が欲しがっているオルコットについての資料は『アレ』の中だ…」

 

 そう言って千冬は机に積み上げられた資料とファイルを指差した。

 

 「やれ、また面倒なことになった……」

 

 大谷はまた、小さくため息をつく。

 

 「文句を言う暇があったら手を動かせ。日付が変わってしまうぞ」

 

 こうして二人は大量の資料の中からセシリアについての資料を探し出すこととなった。


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