「刑部ー、飯食いに行こうぜ」
大谷が考えていると、一夏が食事に誘いに来た。
気が付けば、もう昼休みになっていた。
「もうその様な刻か…」
「また何か考え事してたのか?」
「さてな」
「まあいいや、とにかく急ごうぜ。昼休み終わっちまうよ」
「やれ、そう急かすでない、われの足は『これ』なのだぞ」
そう言って大谷は自分の足を指差した。
「…別に…そんなつもりは…」
一夏は気まずそうな顔をして、視線を逸らす。
「今更、『これ』についてとやかく言うつもりは無い。それよりも…昼餉に行くのであろう?」
机に立て掛けてあった杖を手に取り、大谷は席を立つ。
「あ、ああ…そう、だったな…」
こうして、二人は食堂に向かった。
食堂へ向かう途中の廊下―――
大谷は、ふと疑問に思った事を一夏に質問した。
「一夏、篠ノ之はどうした? ぬしが昼餉に行くとなれば、嫌でも付いて来るだろうに…」
「箒? ああ、誘おうとしたけどいつの間にか居なくなってたんだよ」
「…左様か」
(これはまた、珍しいこともあるものよ…)
大谷も箒とは、半ば腐れ縁の様な関係なので、一夏が昼食に行くとなれば『私も行くぞ!』と言って付いて来るとばかり思っていた。
そして、場所は食堂へ―――
「さーて、どれにしようかな」
悩む一夏の横で、大谷はメニューを一目して、特に考えることも無く適当な物を選ぶことにした。
「刑部、ちょっと待った!」
「何だ?」
和食セットに決めた一夏が大谷を止める。
「ん」
「何だこの手は?」
一夏が手を差し出すが大谷はその意味が理解できない。
正確には、理解しているがしたくない。
「…金子ならやらぬぞ…」
「とぼけんなって、ほら」
さらに手を前に差し出す一夏。
「……」
観念したのか、大谷はポケットから折りたたまれた一枚の紙を取り出して、一夏に手渡す。
「やっぱり持ってたな」
紙を広げながら一夏は笑うが、大谷の顔は一気に不機嫌になる。
「いつの間にやら入っておったのだ…彼奴はまた勝手なことを…」
「そう邪険にするなって、竹ちゃんだってお前のことを思ってやってるんだから」
「……」
ポケットに紙を入れたのは大谷の妹である竹姫で、紙には自身の健康を考えない大谷のために竹姫が考えた献立が紙の端から端までびっしりと事細かに書かれていた。
「美味い! 流石、でかいだけのことはあるなぁ。な、刑部!」
「……」
和食セットに満足げの一夏、対照的に隣に座る大谷は釈然としない顔でテーブルに置かれた自分の昼食を見つめている。
IS学園の食堂のメニューは豊富だったので、竹姫の書いた献立とほぼ同じ物が見つかった。
「どうした刑部? 早く食わないと冷めちゃうぜ」
「……ああ…」
気の抜けた返事をして、大谷も少しずつ食べていく。
そんな二人に例のごとく四方八方から好奇の視線が浴びせられる。
IS学園は本来女子校であり、IS学園に入学するのはIS関連の授業を科目に取り入れている女子校の出身者が多いため、ほとんど関わったことのない男子に興味津々な様子。
「セシリア・オルコット、か。代表候補生ってくらいだし、強いんだろうなぁ」
「さてな…」
だが、今の二人には視線を気にしている暇は無い。
「他人事じゃないだろ。刑部は俺の前に戦うんだから」
「そう言えば、そうであったな…」
代表候補生との戦いを控えているにしては大谷は落ち着いている。
「その余裕の表情。まさか刑部さん、何か勝つための作戦を思いついたんですね?」
大谷と付き合いの長い一夏は、この余裕は何か勝つための作戦を思いついたからだとすぐにわかった。
「何だその話し方は、気色の悪い…」
「気色悪いって…まあ…いいや、それで? どうするんだ?」
「そうよなぁ…まずは…」
大谷は自分の考えを説明する。
「あのオルコットとか言う女についての情報を集めなければな…」
「情報?」
「そう、出来ればあの女のISについての情報が欲しい所よなぁ」
「でもそんな情報どうやって手に入れるんだ? まさか本人に直接聞くわけにもいかないし…」
「こちらが少し下手に出れば話すやもしれぬがな…」
「絶対いやだぜ俺は!!」
断固反対の一夏、もちろん大谷もセシリアに聞く気は無い。
「わかっておる。手が無いわけでは無い」
「ホントか!?」
「山田、あの女から聞き出す」
「山田先生?」
確かに、教員であり、副担任でもある山田先生ならばセシリアのISについても知っているだろうが―――
「教えて…くれるかぁ?」
そう、教員だからこそ、どちらか一方に加担することは出来ないと一夏は思った。
「案ずるな、今日見た限りあの女は情に脆いはずだ。一芝居打てば口を割るでだろう…」
しかし、大谷は聞き出せる自身があるらしい。
「まあ、刑部がそう言うなら…」
一夏も一応納得したらしい。
「ごちそうさまでした」
「……」
昼食を食べ終え教室に戻ろうと大谷は席を立つが―――
「刑部!」
また一夏が大谷を止める。
「……」
ガシッ
大谷は無視して食堂を出ようとするが腕を掴まれているため動けない。
「……」
諦めて大谷は席に戻る。
「ん」
一夏が手を差し出す。
「…ほれ…」
大谷はもう一方のポケットに入っていた物を手渡す。
入っていたのはプラスチック製の薬ケース。
幼少期からすでに病を患っていた大谷は定期的に掛かり付けの医者に検査してもらっている。
もっとも、本人が自ら行くことは無いので、竹姫や一夏が強制的に連れて行く。
薬ケースの中身はその医者に処方された薬で、大谷が薬を持っていかないことを見越した竹姫が献立の紙と一緒にポケットに入れておいたものだった。
このような事は昔からよくあったため、一夏も手慣れた様子で薬を取り出し大谷に手渡す。
「ほら、ちゃんと薬を飲まないと、辛いのは刑部なんだぜ?」
「……」
眉をしかめながらも、大谷は受け取った薬を飲む。
「よし、じゃあ戻るか」
「ああ…」
二人が席を立つと、それに合わせて周りの女生徒も一斉に立ち上がる。
そして二人を先頭に始まる行進。
二人は後ろを振り向かないようにして、教室に戻った。