「全員揃ってますねー。それじゃあSHRはじめますよー」
教室に入ってきた女性は壇上に上がり、黒板の前で微笑む。
身長は平均程度だが、実際より低く見えたので教室に入ってきた時は間違って私服で登校してきた生徒かと思えたが名前は山田真耶、どうやら副担任らしい。
「皆さん、一年間よろしくお願いしますね」
歳不相応の幼い外見通りの明るい元気な挨拶。
―――シーン
が返事はない。
それは、現在この教室の興味は二人の人物に向けられているからである。
「じゃ、じゃあ出席番号順で自己紹介をお願いします。えっと…」
副担任になったその日に、教え子たちからの一斉無視を受けてもめげずに流れを変えようとする山田先生。
出席番号順はあいうえお順でもあるため『大谷』と『織斑』の順番はすぐに来た。
「では次、大谷君。自己紹介をお願いします。」
名前を呼ばれた大谷は立ち上がる、視線が集中する。
「…大谷だ」
「「「「「…………………」」」」」
他に何も言うことは無いといった顔の大谷、教室中から「なんだそれ」と言いたげな視線が突き刺さるが大谷は物ともしない。
そんな事態を危険と判断した山田先生が助け船を出す。
「…ええっと、ほ、他に何か言うことはありませんか?」
「自己紹介をしろと言ったのはぬしであろう。名だけ教えれば十二分のはずだが?」
そんな山田先生の善意も大谷は一蹴する。
「そ、そうかもしれないですけど…せめて、好きなものだとか趣味ぐらいは…」
大谷の冷たい態度にも山田先生は必死で食い下がる。
「好きな物か、そうよなぁ…強いて言うならば、そう…」
あまりにしつこいので、仕方なく答える大谷だが―――
「好きなものは人が苦しむ姿、趣味は…悪だくみを練ることよな」
「「「「「…………………」」」」」
本日三度目の沈黙。
「どうした? ぬしの言う通り答えたが?」
「は、はい…ええっと、じゃ、じゃあ、次の人お願いします!」
先ほど以上に空気が悪くなってしまいそうなので、急ぎ切り替えを図る山田先生。
「織斑くん。織斑一夏くん!」
「は、はいっ!?」
そして一夏の番が回ってきたが、なにやら考え事をしているのか大声を掛けられてやっと気付いたようだ。
「あ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。ゴメンね、ゴメンね! でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」
「いや、あの、そんなに謝らなくても……自己紹介しますから、先生落ち着いてください」
「ほ、本当? 本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ。絶対ですよ!」
「ええ、ホントですから、もう謝らないで下さい」
山田先生徒のやり取りが終わった後、一夏は立ち上がる。
「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
会釈する一夏に大谷の時と同様に、その続きを期待する視線が向けられる。
一夏もその視線に気づいているが、どう答えれば良いか分からず、大谷にハンドサインで『助けてくれ』と伝える。
「……」
しかし、大谷はハンドサインで『知らん。自分でなんとかしろ』と答える。
助けを得られなかった一夏は口を開いた、全員の期待が高まる。
「……以上です」
全員が盛大にずっこける音がした。
同時に教室の入り口が開く音がした。
それに気づいた大谷が見ると、一夏の背後に見慣れた、二人のよく知る女性の姿があった。
―――パアァン!
「いっ!?」
凄まじい音と衝撃が一夏の頭を襲う。
その衝撃を誰よりも知っている一夏は、恐る恐る後ろを振り向く。
「げえっ、関羽!?」
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
パアァァァァンッッ!!
先ほどよりも強い衝撃を食らい、一夏は頭を抱えて悶絶する。
そんな一夏に構わず山田先生と言葉を交わて壇上に移動した、スーツ姿の女性、織斑千冬は威厳に満ち溢れた態度で話し始めた。
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五才を十六才までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」
そんな千冬の言葉に対して、なんと黄色い歓声が返ってきた。
「キャーーーー!千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」
「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」
「私、お姉様のためなら死ねます!」
津波のように押し寄せる声、しかし千冬はうんざりした様子で言った。
「……毎年よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」
千冬は心底嫌そうな顔だった。
「きゃあああああっ! お姉様! もっと叱って! 罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないように躾をして~!」
千冬の言葉に怯みもせずにテンションを上げ続けるクラスメイト、すると千冬は一夏に視線を向けた。
「で? 挨拶も満足に出来んのか、お前は」
千冬に睨まれた一夏は畏縮してしまい―――
「いや、千冬姉、俺は―――」
パァン!
三度、一夏の頭を衝撃が襲う。
「織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
この二人のやり取りに、周りがざわつきだす。
「え……?織斑くんって、あの千冬様の弟……?」
「それじゃあ、世界で唯一男でISを使えるっていうのも、それが関係して……」
「ああっ、いいなあっ。代わってほしいなぁっ」
と、そこでチャイムが鳴り響いた。
「さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後は実習だが、基本動作は半月で体に染みこませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」
「そんな無茶苦茶な…」
千冬の言葉にただならぬ不安を覚える一夏であった。
パァン!
ついでに痛みも。
「何であの時助けてくれなかったんだよ!」
一時間目の授業が終わり、休み時間。
一夏は大谷に詰め寄った。
「何故われがその様なことをせねばならぬ。自己紹介すらまともに出来ぬぬしに非があるのではないか?」
「何だよ! いつもは『われの言葉にはしかと耳を傾けよ』って言ってるくせに、大体お前はいつも――――」
「……ちょっといいか?」
「え?」
「む?」
一夏が大谷に文句を言おうとした瞬間、誰かが二人の会話に割って入ってきた。
「…箒?」
それは二人の幼馴染である、篠ノ之箒であった。
「話しがある、廊下でいいか?」
どうやら、一夏に話があるようだ。
「…ああ」
「…刑部、ちょっと行ってくる」
「左様か」
そう言って一夏は箒の後に続いて廊下に出る。
(また、厄介事を起こさなければよいが)
そんなことを思いながら、大谷は二人の背中を見送った。
その後、教室の外には一夏と大谷の物珍しさ故に他クラスからも女子が集まりいろんな噂話をしていたが、大谷は興味がないので一人静かに一夏の帰りを待つことにした。
しばらくすると、休み時間終了のチャイムが鳴る。
すると、二人が戻ってきた、様子から察するに特に何も起こらなかったようだ。
(何も起こらぬか…珍しいこともあるものよ)
会話の内容については、あえて聞かない事にした。
全員が席に座りしばらくすると千冬と真耶が教室に入り、二時間目が始まった。
授業開始から数十分後―――
(…何言ってるかさっぱりわかんねえ)
他の生徒たちが真剣な表情で授業を受けている中、先生の説明が全く理解できない一夏。
何度も黒板と教科書を見詰め、読んでも全く理解できないでいた。
ふと、一夏は大谷の方を見た、どうやら大谷は授業内容を理解できているらしく、余裕の表情。
そんな大谷を見て、一夏の頭にある考えが浮かぶ。
(よし! あとで刑部に教えてもらおう!!)
一夏は一筋の希望を見つけ、自然と笑みが零れる。
(またくだらぬ事を企んでおるな…)
しかし、そんな一夏の考えなど大谷は既にお見通しだった。
「一夏くん、何かわからないところがありますか?」
先程まで一夏が困り果てた様子だったので、山田先生が質問する。
「あ、えっと……」
もう一度、教科書を見直す一夏。
数秒後―――
「わからないところがあったら訊いてくださいね。私は先生ですから!」
自信満々に胸を張る山田先生。
「先生!!」
「はい、一夏くん!!」
「ほとんど全部わかりません!!」
「ええぇっ!?……。ぜ、全部、ですか……?」
先生の顔が一気に引きつる。
「え、えっと……一夏君以外で今の段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」
誰一人手を挙げない。
「……お前、入学前の参考書は読んだのか?」
「古い電話帳と間違えて捨てました」
パァン!
最早、お馴染みとなりつつある光景である。
「必読と書いてあっただろうが馬鹿者共。あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」
「い、いや、一週間であの分厚さはちょっと……無理かなぁ、なんて…」
「やれと言っている」
「……はい」
二時間目の授業が終わり、休み時間。
「はぁ~、一週間かぁ……」
一夏は電話帳ほどの厚さのある参考書を一週間で読破し、内容を覚えなければならず困ったいた。
そこで―――
「刑部~!!」
大谷に頼ることにした。
「何だ、騒々しい…」
「頼む! 教えてくれ!!」
深々と頭を下げて頼みこむ一夏。
そんな一夏を半ば呆れた様子で見詰める大谷。
「そんなことだろうと思ったは……まあ良い」
「さっすが刑部! 話が早くて助かるぜ!!」
「…まったく、調子のよいことよ」
大谷は一夏の頼みを承諾し、復讐を兼ねて勉強をすることにした。
「なぁ、刑部」
大谷の説明を聞きつつ、一夏が質問する。
「何だ」
「刑部はあの分厚い参考書、全部読んだのか?」
「無論だ」
「へぇー、やっぱすげえな刑部は」
「ぬしも他人事ではあるまいに…」
「まぁ…そうなんだけどな…」
一夏は少し苦笑する。
そんな他愛無い会話をしながら勉強を続ける二人、そこへ鮮やかな金髪縦ロールの女生徒が近付いて来た。
「ちょっと、よろしくて?」
「へ?」
「む?」