IS 白騎士と寥星跋扈   作:無頼漢

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第十一話 実行

 「ふわぁ~~っ……」

 

 朝、一夏は大きな欠伸をしながら大谷と共に食堂へ向かっていた。

 

 「やっぱ変な時間に起きるもんじゃないな~。眠くてしょうがない……ふっ……あぁ~~」

 

 結局あの後、一夏は中途半端な時間に起きてしまったため、ベッドに入っても寝付けなかった。

 

 ちなみに、大谷はそんな一夏を余所に一人静かに眠りについていたので平然としている。

 

 「ずるいぜ刑部、一人だけさっさと寝ちまうんだもん」

 

 「ぬしがあのような刻に勝手に目覚め、勝手に寝れなくなっただけではないか」

 

 「うッ……そうだけど……あ~もう! 眠い!」

 

 そうこうしているうちに食堂が見えてきた。

 

 「ん?」

 

 ふと一夏が食堂の入口に立つ良く知った人物の姿を見つけ、手を振りながら呼び掛ける。

 

 「お~い、箒!」

 

 「む、一夏か」

 

 箒自身は、然も|<さも>食堂に入ろうとしたところを『偶然』一夏に声を掛けられたと装いたかったのだろうが、一夏に声を掛けられる前から妙にそわそわしていたのでバレバレだった。

 

 昨日一夏と食事が出来なかったことが余程我慢ならない様だ、箒の魂胆を即座に理解した大谷が「ヒヒッ」と小さく笑うと箒は射殺すような視線で大谷を睨み付けるが、すぐに視線を一夏に戻す。

 

 「今から朝食か? だったら……その、一緒に……」

 

 あんな三文芝居を打っておきながら今更何を迷っているのか、そんな箒の様子を見た大谷は本人には聞こえないように「やれ七面倒臭い奴よ」と呟いた。

 

 無論、一夏は気付いていないが箒が言いたいことは分かった。

 

 「おう、箒もまだなら一緒にどうだ?」

 

 「あ、ああ……そうだな、そうさせてもらう」

 

 そして、二人は食堂に入って行った。

 

 (やれやっとか)

 

 一夏と箒のやり取りが終わるの待っていた大谷はうんざりした様子でその後に続く。

 

 「うん、やっぱり美味いな」

 

 「お、織斑君、隣いいかな?」 

 

 「へ?」

 

 一夏達が食事をしていると、三人の女子生徒が声を掛けてきた。

 

 「ああ、別にいいけど」

 

 一夏は女子生徒達の申し出を快諾するが、箒の表情が一気に不機嫌になったことに一夏は気付かない。

 

 大谷はとばっちりを受ける前に避難しようとするが一夏に腕を掴まれたため大人しく席に座った。

 

 そこからは、女子生徒達からの質問攻めとなった。

 

 「織斑君って、大谷君と篠ノ之さんと仲がいいの?」

 

 「昨日も篠ノ之さんと何か話してたし、大谷君とは一緒にご飯食べてたよね」

 

 「ああ、まあ二人とも幼馴染だし」

 

 「え、それじゃあ……」

 

 「いつまで食べている!食事は迅速に効率よく取れ!遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」

 

 女子生徒の質問は突如現れた千冬によって遮られた。

 

 それよりも問題はグラウンド十周である。

 

 IS学園のグラウンドは一周五キロ。十周で五十キロ。

 

 朝からそれは中々きつい、特に一夏はロクに寝れていないので勘弁願いたいところだ。

 

 全員すぐさま残っていた朝食を食べて、教室に向かった。

 

 そして、教室での授業が始まり―――

 

 「というわけで、ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアーで包んでいます。また、生体機能も補助する役割があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ちます。これには心拍数、脈拍、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィンなどがあげられ———」

 

 「先生、それって大丈夫なんですか?なんか、体の中をいじられてるみたいでちょっと怖いんですけども……」 

 

 「そんなに難しく考えることはありませんよ。そうですね、例えばみなさんはブラジャーをしていますよね。あれはサポートこそすれ、それで人体に悪影響が出ると言うことはないわけです。もちろん、自分にあったサイズのものを選ばないと、形崩れしてしまいますが―――」

 

 そこで山田先生は一夏と大谷に目が合い、一気に顔を赤くする。

 

 「え、えっと、いや、その、織斑君と大谷君はしていませんよね。わ、わからないですね、この例え。あは、あははは……」

 

 クラスに二人しかいない男子生徒を意識してなのか、女子生徒達の間に奇妙な雰囲気が出始める。

 

 「んんっ! 山田先生、授業の続きを」

 

 このままでは授業が進まないと判断して、千冬が咳払いで授業を進めるよう山田先生に促す。

 

 「は、はいっ」

 

 「そ、それともう一つ大事なことは、ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話———つ、つまり一緒に過ごした時間で分かり合うというか、ええと、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようとします」

 

 「それによって相互的に理解し、より性能を引き出せることになるわけです。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください」

 

 (道具と会話など…だが、そうしなければ性能を引き出せないのならば仕方ない。道具風情にわれを理解することなど出来ぬと思うがな…)

 

 大谷はISと操縦者の相互理解についてはあまり興味が無い様子で聞いている。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 授業終了のチャイムが鳴る。

 

 それと同時に、クラスメイト達が一斉に一夏に詰め寄る。

 

 「ねえねえ、織斑くんさあ!」

 

 「はいはーい、質問しつもーん!」

 

 「今日のお昼ヒマ?放課後ヒマ?夜ヒマ?」

 

 (……最後の質問は問題があるであろう)

 

 大谷がそう心の中で呟いている間にも女子生徒達は質問を続ける。

 

 押し寄せた女子生徒達は、一夏だけでなく千冬についても質問しだした。

 

 それに答えようとした一夏だったが、その頭に出席簿が振り下ろされる。

 

 パァンッ!

 

 「休み時間は終わりだ。散れ」

 

 千冬の一言でクラスメイト達は自分の席に逃げ帰った。

 

 「ところで織斑、大谷、お前達のISだが、準備まで時間がかかる」

 

 「へ?」

 

 「……」

 

 「予備機がない。だから、学園で専用機を用意するそうだ」

 

 「??」

 

 「ほう……」

 

 一夏は千冬も言っていることが理解できずにいたが、大谷は若干の驚きに声を上げる。

 

 そして、クラスメイト達が騒ぎ始めた。

 

 「せ、専用機を二機!? 一年の、しかもこの時期に!?」

 

 「つまりそれって政府からの支援が出てるってこと?」

 

 「ああ~。いいなぁ~。私も早く専用機欲しいなぁ」

 

 「専用機があるってそんなにすごいことなのか? なぁ、刑部」

 

 だが、一夏は専用機を与えられることの意味がまだよく理解できていないようだ。

 

 「……一夏、参考書を読んでおくようにと言っておいたはずだが?」

 

 大谷は昨日、教室で一夏と別れる前に再発行された参考書所を可能な限り読んでおくように指示していた。

 

 「え!? ああぁ……あれ、ね。あれは……何だー、そのー……あははは……」

 

 この動揺を見る限りでは、まだ手もつけていないだろう。

 

 そこに突然、セシリアが一夏の前に現れる。

 

 「うわぁ!?」

 

 「それを聞いて安心しましたわ。クラス代表の決定戦、わたくしとあなた達では勝負は見えていますけど。流石にわたくしが専用機、あなた達は訓練機ではフェアではありませんものね」

 

 相変わらず、挑発的な態度を崩さない。

 

 「お前も……専用機ってのを持ってるのか?」

 

 「ご存じないの? よろしいですわ、庶民のあなた達に教えて差し上げましょう。このわたくしセシリア・オルコットはイギリス代表候補生、つまり―――」

 

 そこからセシリアによる自慢も含めた専用機の説明が続いた。

 

 しかし、それを見かねた千冬が代わりに説明を始める。

 

 「だが、ISの中心であるコアは、製作者本人以外には作れない。そして今は、その製作者もコアを作っていない。コアの数が限られているため、本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった。理解できたか?」

 

 「な、なんとなく……」

 

 「あの、先生。ISのコアの製作者って、篠ノ之博士ですよね?もしかして、篠ノ之さんって篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……?」

 

 「そうだ、篠ノ之はあいつの妹だ」

 

 大谷が箒の様子を窺うと、明らかに不機嫌そうな顔していた。

 

 しかし、クラスメイト達は気付いていないのか、興奮気味の様子で騒ぎ始める。

 

 自分の気持ちを無視した発言の連発に、箒は限界を迎え―――

 

 「あの人は関係ない! 私はあの人じゃない……。教えられるようなことは何もない」

 

 そう言うと、箒は窓の外に顔を向けてしまった。

 

 クラスメイト達も流石にそれ以上騒ぎ立てることはしなかった。

 

 「山田先生、授業を」

 

 「は、はいっ!」

 

 授業が開始されるが、一夏は箒のことが気になっているのかいまいち身が入っていない様子だ。

 

 そして授業が進み、昼休み―――

 

 「箒、飯食いに行こうぜ」

 

 一夏が箒を昼食に誘うが、呼ばれた箒は無視を決め込んでいる。

 

 「箒」

 

 「………」

 

 一夏は頑なに沈黙を続ける箒を心配してか、一夏は周りを見回して―――

 

 「他に誰か一緒に行かない?」

 

 「はいはいはいっ!」

 

 「行くよ~。ちょっと待って~」

 

 「お弁当作ってきてるけど行きます!」

 

 呼び掛けに三人の女子生徒が答え、大谷も立ち上がり二人に近づく。

 

 「やっぱクラスメイト同士仲良くしたいもんな。なっ! お前をそう思うだろ?」

 

 「……私は、いい」

 

 「まあそう言うな。ほら、立て立て。行くぞ」

 

 そう言って一夏は箒の腕を掴み立ち上がらせる。

 

 「お、おいっ。私は行かないと―――」

 

 「なんだよ歩きたくないのか? おんぶしてやろうか?」

 

 「なっ……!? は、離せっ!」

 

 箒が一夏を突き飛ばし、一夏はそのまま倒れ込む。

 

 「イテテテッ……」

 

 「!?」

 

 突然のことにクラス中が驚く。

 

 「いきなり何すんだよ」

 

 「お、お前が強引に連れ出そうとするからだっ!」

 

 一夏は立ち上がると、今度は逃げられないように箒の手を強く掴んだ。

 

 「ほら、行くぞ」

 

 「お、おいっ。いい加減に―――」

 

 「黙ってついてこい」

 

 「む……」

 

 漸く箒が大人しくなり、女子生徒三人の準備も出来たようだ。

 

 「よーし、じゃあしゅっぱーつ!」

 

 「お待たせ~、準備おっけ~」

 

 「織斑くんとご飯……!」

 

 「……」

 

 そして六人は食堂に向かった。

 

 ―――その途中。

 

 「……一夏」

 

 「ん? 何だよ、刑部」

 

 「先程、篠ノ之に突き飛ばされた時、怪我はなかったか?」

 

 「怪我? ん~~……いや、大丈夫だ」

 

 一夏は倒れた際に打った箇所を擦って確かめる。

 

 「そうか、だが違和感を感じたのならばすぐに診てもらうのだぞ」

 

 「ああ、分かったよ刑部」

 

 一夏の怪我の心配をする大谷、そこへ突如箒が二人の間に無理矢理割り込んでくる。

 

 「な、何だよ箒?」

 

 「……」

 

 箒は質問に答えず、朝と同様に射殺すような視線で大谷を睨み付ける。

 

 「……ヒヒッ……」

 

 小さく笑うと、大谷は後ろに下がった。

 

 「……」

 

 「……」

 

 「??」

 

 二人の様子に一夏はただ困惑するだけだった。

 

 ―――食堂。

 

 六人で学食に来たはいいが、かなり混雑していた、何とか空いていたテーブルをくっつけて、席に着いた。

 

 「「「いただきます」」」

 

 「いただきま~す」

 

 「……いただきます」

 

 「………」

 

 食事を始めてすぐに、ついて来た女子生徒の一人が大谷に話し掛けてきた。

 

 「む~、やっとおーやんたちとご飯食べれるよ~」

 

 「……」

 

 女子生徒は話し方や表情までもがのほほんとした、不思議な雰囲気を漂わせる。

 

 何よりも驚くべきは、ほとんどの女子生徒達が大谷の容姿を気にして距離を置いているというのに、平然と話し掛けてくるところだ。

 

 大谷自身もどう対応すべきか少し迷う。

 

 「おーやんとおりむーって仲いいんだね~。学校が同じだったの~?」

 

 話の内容からして、おーやんが大谷で、おりむーは一夏のことだろう。

 

 「……腐れ縁の様なものだ……」

 

 「幼馴染だろ!」

 

 「へぇ~、そうなんだ~」

 

 後で知ったことだが、彼女の名前は布仏本音と言うらしい。

 

 「ところでさ~、おりむーがおーやんを呼ぶ時の”ぎょーぶ“って何なの~?」

 

 「ん?」

 

 クラスメイト達が少なからず疑問に感じていたことを何の躊躇いもなく、本音は質問してきた。

 

 他の二人もそのことに興味がある様子。

 

 「あー”刑部“ってのは……まあ、あだ名みたいなもんだよ。初めて会ったときに自分のことはそう呼べって言ったんだ。そうだろ、刑部?」

 

 「ああ……」

 

 「じゃあさ~、私もぎょーぶって呼んでいい~?」

 

 「別に構わないが……」

 

 「やった~」

 

 そんなことよりも、大谷は本音が着ているぶかぶかの制服が気になって仕方がない。

 

 (その袖でなぜ箸が持てる)

 

 ちらりと大谷が一夏の方を見ると、箒にISの操縦を教えてくれと頼んでいた。

 

 大谷はその様子をただ黙って見ていた。

 

 こうなることが分かっていたかのように―――

 

 「ねえ。君って噂の子でしょ?」

 

 そこは名前も知らない女子生徒が話し掛けてきた。

 

 「はい、そうですけど……」

 

 「ISについてならわたしが教えてあげようか?」

 

 「じゃあ、ぜ——」

 

 「結構です。私が教えることになっていますので」

 

 「え!?」

 

 「あなたも一年でしょ?私、三年生」

 

 女子生徒はリボンを摘み、三年生であることを証明する。

 

 「私の方がうまく教えられると思うなぁ」

 

 「……私は、篠ノ之束の妹ですから」

 

 つい先程、『あの人は関係ない!』と言っていた者とは思えない発言。

 

 「そ、そう。それなら仕方ないわね……」

 

 だが流石に三年生とはいえ、引き下がるしかない。

 

 「教えて……くれるのか?」

 

 「……放課後」

 

 「へ?」

 

 「放課後、剣道場に来い。お前の腕を直接見てやる」

 

 「いや、俺はISのことを———」

 

 「見てやる」

 

 「……わかったよ」

 

 箒の申し出を了承した一夏は大谷に近づき。

 

 「そういうことだから、今日は先に部屋に戻っててくれ」

 

 「……承知した」

 

 (まぁ、ここまではわれの読み通り。後は一夏、ぬし次第だ)

 

 「なんか面白そうなことになったね~ぎょーぶ~」

 

 「そうよな、フッフッ……」

 

 ―――放課後、剣道場。

 

 バシィ!

 

 道場の中からは竹刀を打つ音と、気合い溢れる箒の声が道場に木霊していた。

 

 「うわぁっ……!」

 

 箒の面を受けた一夏は尻餅をついて倒れる。

 

 「どういうことだ?」

 

 イラついた声で箒が一夏に問い掛ける。

 

 「いや、どうと言われても……」

 

 「どうしてそこまで弱くなっている! 中学では何部に所属していた!」

 

 「帰宅部! 三年連続皆勤賞だ!」

 

 箒はさっきよりもさらに険しい顔をして―――

 

 「鍛え直す……」

 

 「え?」

 

 「鍛え直すと言っている。IS以前の問題だ! これから毎日、放課後三時間、私が稽古をつけてやる!」

 

 「ちょっと待て。俺はISのことを―――」

 

 「だから、それ以前の問題だと言っている!」

 

 後ろでは、女子生徒達が一夏のあまりの弱さにヒソヒソと何か話している。

 

 さらに剣道場の扉の隙間から、一夏の様子を見ている者がいた。

 

 「……」

 

 大谷だ。

 

 「お~、おりむーよわ~い。大丈夫かな~、ねぇ~ぎょーぶ?」

 

 そして、その横にはなぜか本音もいる。

 

 (一夏、今は耐えるのだ。ぬしは一刻も早く、かつての強さを取り戻さなければならぬ……そのためには―――)

 

 「ねぇ~ぎょーぶ~」

 

 無視されているのがつまらないのか、本音は大谷の両肩を掴んで大きく揺らす。

 

 「……何故、此処に居る?」

 

 「ぎょーぶのことが気になって~。おりむーのこと心配なの~?」

 

 「さてな……」

 

 「えぇ~、教えてよ~」

 

 ―――その日の夜、一夏と大谷の部屋。

 

 「刑部!」

 

 箒の扱きから解放された一夏が戻ってきた。

 

 「どうした一夏、何時に無く騒々しい……」 

 

 一夏は顔を真っ赤にさせ、息も絶え絶えの状態だった。

 

 「どうしたもこうしたもねえよ! 箒の奴、知識とか基本的なこととか全然教えてくれなくて、やったことと言えば剣道の練習ぐらいなんだぜ!」

 

 「一夏よ。分かった分かった。まずは落ち着け」

 

 「はぁっはぁっ、はぁー……」

 

 一夏は少しずつ息を整えていき、ようやく落ち着いたところで大谷と向き合うように座る。

 

 「さて一夏よ、篠ノ之の手解きは決して無意味ではない」

 

 「なんでだよ刑部」

 

 「それはぬし自身が身をもって知ったはずではないか」

 

 「?」

 

 「感じたはずだ、己の力が衰えていることを……」

 

 「……ああ」

 

 「ならばぬしに今必要なのは知識や基本ではない。かつての強さを取り戻すことよ。」

 

 「確かに、な……」

 

 力の衰えを感じた一夏は少し落ち込む。

 

 「そう落胆するでない。われの見立てでは、かつての強さを取り戻したぬしならば、オルコットに勝つことは容易いと視た。」

 

 「本当か!?」

 

 「誠よ。そう思ったからこそ、ぬしの手解きを篠ノ之買って出た時何も言わなんだ。生兵法は大怪我の元とも申すしな」

 

 「そうか……そうだったのか! 流石だぜ、刑部!」

 

 さっきまでの落ち込みようが嘘のように自身を取り戻す一夏。

 

 「ならば、明日より鍛錬に励むことだ。」

 

 「おう!」

 

 ―――翌日、剣道場。

 

 「よしっ! 来い、箒!」

 

 昨日とはまるで違う一夏に箒は驚きつつも、練習を始めた。

 

 そして大谷は陰から一夏を見守っていた。

 

 (さあ準備は整った……後は待つのみ。一夏……これも世にため……ぬしのため……。ヒッヒッ、ヒヒヒヒヒッ!)

 

 「お~、おりむー気合入ってるね~! どうしたんだろ~?」

 

 また何時に間にか本音が隣に現れた。

 

 「何故、又此処に居る?」

 

 「面白そうだから~」

 

 「……」

 

 「そう言えばさ~、ぎょーぶが戦うのって明日だよね~? 大丈夫~?」

 

 「……さてな」

 

 「えぇ~、またそれ~?」

 

 「……」

 

 ―――そしてまた翌日の放課後、大谷とセシリアの対戦当日。

 

 一夏、箒、本音、山田先生、千冬が第三アリーナAピットに集まっていた。

 

 「ふっふっふっ、ついにこの日が来たぜ! セシリア、刑部に掛かればお前なんて一捻りだ! ……多分」

 

 一夏は腕を組み、何の根拠もないことを自信たっぷりに言っている。

 

 パァンッ!

 

 当然、その頭に出席簿が振り下ろされる。

 

 「織斑、粋がるのは勝手だが……対戦すべき当の本人は何処に行った?」

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……さあ?」

 

 大谷は未だピットに姿を現さずにいた。

 

 パァンッ!

 

 「あれ程ちゃんと連れて来るようにと言ったはずだが?」

 

 「いや、部屋を出たところまでは一緒だったんだけど……少し目を離した隙に居なくなっちゃって……」

 

 「何処行ったんだろ~、ぎょーぶ」

 

 「さあな、あいつの考えていることなど知りたくもない。大方、臆病風に吹かれたのだろ」

 

 箒が悪態をつくと、何時の間にピット内に入ったのか大谷が姿を見せる。

 

 「それは聞き捨てならぬな」

 

 「なっ!?」

 

 「お~、ぎょーぶだ~」

 

 「刑部! 何処行ってたんだよ?」

 

 「大谷君! 何時の間に……」

 

 「漸く来たか、ならさっさと準備しろ」

 

 「分かった」

 

 ピットの搬入口が開くと、その向こうにはISがあった。

 

 しかし、そのISの見た目はどう見ても―――

 

 「神輿(みこし)ですか? これ……」

 

 一夏がISを指差し、千冬と山田先生に問う。

 

 「はい! 大谷君の専用IS『刑部誉輿(ぎょうぶほまれのこし)』です!」

 

 「……」

 

 「どうしました?」

 

 「いや、これも因果か、と思っただけよ」

 

 「?」

 

 「すぐに装着しろ。フォーマットとフィッティングは実戦でやれ、いいな?」

 

 「心得た」

 

 「あ、大谷君、ISスーツを……」

 

 「要らぬ」

 

 「え?」

 

 「そのようなものは要らぬと言ったのだ」

 

 「で、でも―――」

 

 「構わん、山田先生。本人が必要ないと言っているのだから」

 

 「はあ……」

 

 大谷は輿の上に座る。

 

 すると、大谷が全身を包帯で包み、その上から蛾の羽を模した飾りのついた頭巾を被り、赤錆色の肩鎧と肋骨が浮き出たような胸甲、さらに面頬を着けた姿に変わった。

 

 「お~!」

 

 「さて、ではそろり行くとするか……」

 

 大谷がそう言うと、輿は浮き上がりカタパルトへ向かう。

 

 「刑部!」

 

 一夏が大谷に駆け寄る。

 

 「何だ?」

 

 「負けんじゃねえぞ!」

 

 「まあ、最善を尽くそう。それよりも一夏」

 

 「ん?」

 

 「この戦いで見聞きし、感じたことを己の戦いに活かせ。よいな?」

 

 「ああ、分かった!」

 

 「うむ……では、行くか」

 

 「いっけぇー! 刑部!」

 

 「がんばれ~!」

 

 「が、がんばってください、大谷君!」

 

 「行ってこい」

 

 声援を背に受け、大谷は勢いよくピットからアリーナに飛び出す。

 

 そこには、既に青い機体“ブルー・ティアーズ”に身を包んだセシリアが空中に浮いていた。

 

 「まあ、何ですの? その見るからに貧相なISは? でも、そんな機体で逃げずに来たことだけは褒めてさしあげますわ」

 

 「………」

 

 「精々、わたくしの引き立て役になるくらいには頑張って下さいな」

 

 「……」

 

 セシリアの挑発に大谷は沈黙を続ける。

 

 「聞いていますの?」

 

 「……ヒヒッ……」

 

 大谷は笑い、セシリアは顔をしかめる。

 

 「何が可笑しいんですの?」

 

 「さて、何であろうなぁ……ヒッヒッ……」

 

 「……あなた、本当に気味が悪いですわね……」

 

 「よく言われる」

 

 セシリアは大谷の飄々とした態度にひとつ溜め息をつくと、気を取り直して大仰な仕草でぐるりと観客席を見渡す。

 

 「ふふ、わたくしの勇姿を一目見ようと、こんなにも人が集まりました。あなたはその貧相なISでわたくしにどんな芸を見せてくれるのかしら?」

 

 「……」

 

 「まただんまりですか。いいでしょう。なら、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットと、ブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 セシリアが構える。

 

 しかし大谷は、徐にアリーナの天井を指差す。

 

 「?」

 

 「見やれ……迫り来る『あれ』を……ぬしには解るか?」

 

 「何のことですの?」

 

 セシリアの問いかけに答えず、大谷は続けた。

 

 「われには分かる……。さあ、『あれ』が降るまでわれに付き合え。ぬしが勝ちを星るか、われが星るか」

 

 奇妙な構えをして、それと同時に雰囲気が一層不気味なものに変わる。

 

 「!?」

 

 寥星跋扈 大谷吉継 実行。


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