IS 白騎士と寥星跋扈   作:無頼漢

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第十話 追憶

 「此処か……」

 

 大谷は自分に振り分けられた部屋に到着した。

 

 学生寮は二人部屋なのだが、男である大谷のルームメイトは必然的にもう一人の男になる。

 

 ある程度予期していたとはいえ、大谷は不安を拭えずにいた。

 

 それでも、学園側の決定である以上従わなければならない。

 

 「ふぅ……」

 

 小さく溜息を吐き、今日から住むことになる部屋のドアを開いた。

 

 部屋に入ってみると、広々とした空間が広がっていた。

 

 まるで高級ホテルの様な部屋だが、大谷は別段驚いた様子もなく部屋に入る。

 

 元々、大谷に部屋の広さなどどうでもいい、最低限の生活できるのならばどんな部屋でもかまわないのだから。

 

 もっとも、もう一人の男はこの部屋にひどくご満悦の様子だ。

 

 「何をしている一夏……」

 

 「おお、刑部! 遅かったな、何してたんだ?」

 

 ベッドに座り、フカフカの感触を確かめるように跳ねる一夏は明らかに浮かれていた。

 

 「少しな……野暮用だ……」

 

 「ふ~ん、そっか」

 

 特に詮索はせずに一夏はベッドに倒れこんだ。

 

 ふと大谷は部屋の隅に自分と一夏の荷物が置かれていることに気づく。

 

 千冬の行った通り、着替えと携帯電話の充電器だけである。

 

 大谷は千冬から受け取った資料に目を通すため、もう一つのベッドに腰を下ろす。

 

 そこへ、大谷が持つファイルに気付いた一夏が後ろから覗き込む。

 

 「ん~? それ何だよ、刑部?」

 

 後ろから見られていると流石に集中できないので、大谷は一夏を突き放そうとするが、一夏も負けじとさまざまな角度から覗き込もうとする。

 

 「邪魔だ……離れよ」

 

 「そう言われると余計に気になるんだよ。良いだろ、ちょっとくらい! もしかして、それがお前の言ってたセシリアに関する情報かよ?」

 

 こういう時だけ妙に勘の良い一夏。

 

 大谷は突き放すのをやめ、一夏の方に向き直る。

 

 「例えそうであったとして、ぬしがこれを見て理解できるのか?」

 

 大谷は一夏に問う、どれだけ重要な情報であってもその内容が理解できなければ意味はない。

 

 ならば、この情報を一夏が見たところで何の意味もない。

 

 「解らん!」

 

 即答だった。

 

 一夏も自分ではこの情報を活かせないことは理解できている。

 

 「ならばそこで大人しくしておれ」

 

 大谷は一夏のベッドを指差す。

 

 「分かった!」

 

 一夏は言われた通りベッドに座り、大谷はをじっと見つめながら大人しくしている。

 

 それを確認して、大谷は資料に目を向ける。

 

 まずは、セシリアのISについての資料を見ることにした。

 

 『IS名 ブルー・ティアーズ 第3世代型IS』

 

 「ブルー・ティアーズ(蒼い雫)、か……」

 

 大谷は資料を読み進めていく。

 

 『射撃を主体とした機体。第3世代兵器「BT兵器」のデータをサンプリングするために開発された実験・試作機という意味合いが濃い。』

 

 「ふむ……」

 

 実験・試作機、それも射撃を主体としているのならば対策は立てやすい。

 

 大谷は資料を読み進めながら、セシリアに対する対策を考える。

 

 「厄介なのは……この『子蠅』か」

 

 資料に添付されていた写真を小突く。

 

 『BT兵器 正式名称「ブルー・ティアーズ」レーザビット及びミサイルビットからなる長距離遠隔攻撃システム 装備6機 レーザー4機 ミサイル2機』

 

 流石に6機も邪魔があっては本体にダメージを与えられない。

 

 かと言って無視すれば、全方位からの集中砲火を受けることになる。

 

 さらに読み進めていくと、今度は巨大な銃の写真が添付されていた。

 

 『主力武装 スターライトmkIII』

 

 「……」

 

 大谷は資料を読み終え、考え込む。

 

 ただ射撃に特化した機体なら何とかなるかもしれないが、やはりこのBT兵器があってはそれも難しくなる。

 

 「……」

 

 大谷は様々な考えを巡らせながらもう一冊の資料に手を伸ばす。

 

 『セシリア・オルコット IS適正 A BTシステム適正 A』 

 

 「……」

 

 相手が代表候補生である以上、能力やISに対する知識の深さに大きな差があることは予想していた。

 

 全てのデータが大谷と一夏に敗北を宣告している。

 

 しかし、全ての戦いが数値だけで決するわけではない。

 

 それは実際に多くの戦場を見てきた大谷もよく知っている。

 

 大谷は資料を閉じ、いつの間にか体育座りをして、無心の境地に達しそうな眼をしている一夏を見る。

 

 『この男に理屈は通じん、そこに賭けてみるとするか……』

 

 自分は、あくまでセシリアと戦いさらに詳細なデータを取るのが役目。

 

 勝つべきは一夏、自分はそのための踏み台。

 

 大谷はそう割り切って、資料を部屋の隅に置かれた荷物の上に置き、一夏に呼び掛ける。

 

 「一夏……」

 

 「……」

 

 返事が無い。

 

 一夏は相変わらず体育座りをして、無心の境地に達しそうな眼をしたまま動かない。

 

 「……一夏?」

 

 「……はっ!」

 

 大谷の呼び掛けにようやく気付いたのか、一夏は突然跳び上がる。

 

 「どうした?」

 

 「いや、あまりに暇だったから……ははは」

 

 一夏は頬を掻きながら笑い、大谷はあきれた様子で小さく溜息を吐く。

 

 「で、刑部。もういいのか?」

 

 「ああ」

 

 「そっか、じゃあ晩飯食べに行こうぜ。そろそろ時間ヤバいし」

 

 大谷は時計を見る。

 

 (夕餉は六時から七時だったな)

 

 現在の時刻は六時半、確かに急いだ方がよさそうだ。

 

 「では行くか……」

 

 「おう!」

 

 二人は部屋を出て食堂に向かった。

 

 そして夕食を終え、再び寮―――

 

 「それじゃあ電気消すぞ?」

 

 「……」

 

 大谷は小さく頷き、電気が消える。

 

 夕食を終えた二人は一日の疲れがどっと押し寄せてきたにか、すぐに就寝することにした。

 

 「おやすみ、刑部」

 

 「ああ」

 

 部屋の外が騒がしい気もするが、睡魔には勝てず二人は眠りに就いた。

 

 その夜、一夏は夢を見た―――

 

 実に奇妙な夢だ、すぐに自分が今夢の中に居ると気付いたのだから―――

 

 『そう、これは夢だ……』

 

 この夢を見るのも、もう何度目になるだろう。

 

 忘れられないあの時の光景がまた目の前に広がっていく。

 

 『忘れない、忘れてはいけないだ……』

 

 あの時、夢の中の自分が見ている場所で起こった事を今でもはっきりと覚えている。

 

 『俺の……せい……だ……』

 

 何度後悔しただろう、何度謝罪し続けただろう。

 

 『ごめん……本当に……ごめん……』

 

 それでも『彼』は、あの時の事を『よく覚えていない』、『忘れた』と言う。

 

 そんなはずない、あってはならない。

 

 そして夢の中の一夏の前にあの時の『彼』の姿が映る。

 

 うつ伏せで倒れているので顔が見えないが、幼いころから一緒だった『彼』を見間違いはしない。

 

 『彼』は身動き一つせず、うつ伏せで倒れたままでいる。

 

 『彼』の胸の辺りが微かに上下する。

 

 どうやら呼吸はしている様だ。

 

 しかしか細い、あまりにか細い呼吸だ。

 

 そして一夏は、『彼』の下半身に視線を動かす。

 

 池があった―――

 

 『彼』の足の周りに小さな池があった。

 

 赤黒い『何か』で出来た池が『彼』の足を濡らしていた。

 

 実に奇妙な夢だと改めて思う、赤黒い池なんて奇妙極まりない。

 

 さらに、『彼』の両足にはそれぞれ一輪ずつ花が咲いていた。

 

 池と同じ赤黒い蜜を垂れ流しながら、これまた赤黒い歪な形の花弁を広げている。

 

 歪な形の花弁の中心では何やら、『白いもの』が見える。

 

 いや違う、今夢の中の一夏が見ているのは池でも花でもない。

 

 『そうだ、これは……』

 

 花だと思っていたそれをよく見る。

 

 原形を留めないまでにズタズタに切り刻まれた『彼』の両足だった。

 

 垣間見えた『白いもの』は剥き出しになり血に染まった『彼』の足の骨だった。

 

 次に赤黒い池を見る。

 

 ズタズタに切り刻まれた『彼』の両足から流れ出た血で出来た血だまりだった。

 

 『刑……部……』

 

 『彼』に呼び掛ける、だが返事はない。

 

 か細い呼吸を続けているが、それ以外『彼』は指一本動かさない。

 

 両足から流れ出る血の量が増し、さらに血だまりを拡げていく。

 

 それが遂には、夢の中の一夏の足元まで拡がった。

 

 『……!?』

 

 そこで夢は途切れる。

 

 「はっ……刑部!?」

 

 一夏は目を覚まし、跳び起きる。

 

 呼吸は荒く、大量の汗を掻いていた。

 

 「ハァッハァッ……ゆ、夢?」

 

 一夏は窓の外を見る、まだ空はどんより薄暗く部屋の中を静寂が満たしていた。

 

 ふと、あることに気付き隣を見る。

 

 隣で寝ていたはずの大谷が居らず、ベッドが空になっている。

 

 「刑部?」

 

 部屋中探しても見当たらないので廊下に出てみた。

 

 「……」

 

 時間が時間なので、廊下は薄暗く静まり返っている。

 

 廊下を見渡しても、やはり大谷の姿はどこにもない。

 

 (刑部のヤツ……まぁそのうち戻って来るだろ)

 

 彼がいつの間にか居なくなるのは今に始まったことではない。

 

 大谷は昔から気が付くと居なくなっていたり、突然目の前に現れたりすることが多かった。

 

 そんな大谷を『幽霊みたいだ』と気味悪がる者もいる。

 

 しかし、一夏は一度もそうは思わなかった。

 

 彼が姿を消す理由を知っているから、大谷のことなら家族よりも理解していると自負しているからである。

 

 「一夏、何をしている?」

 

 感傷にふけっていると、後ろから声を掛けられる。

 

 よく知った声だ、一夏は声のした方へ振り向く。

 

 そこには大谷が居た、いつも通りの大谷が、相変わらず杖を持ちながら何を考えているか分からない眼をして立っていた。

 

 「お前を探してたんだよ」

 

 「そうか……ならば、もう此処にいる意味は無いな。部屋に戻るぞ」

 

 「ああ、そうだな」

 

 大谷は部屋のドアを開け中に入り、一夏もそのあとに続く。

 

 なるべく平然を装ってはいたが、一夏の脳裏にはあの時の光景が焼き付いて離れずにいた。

 

 しかし、顔色は先ほどに比べて幾分か良くなっていた。


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