IS 白騎士と寥星跋扈   作:無頼漢

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第九話 怨敵

 あれからどれだけの時間が経っただろう―――

 

 セシリアのISについての資料を探すため、大谷と千冬は塔のごとく積まれた大量の資料とファイルの探索を始めた。

 

 しかし、資料を一つずつ、確認しては戻し、確認しては戻しを何度繰り返してもいまだ目的の資料は見つからない。

 

 それでも二人は文句も、特に会話もすることなく黙々と探索を続けていく。

 

 大谷は始める前こそ文句を垂れていたが、一度始めてからは一切の不平不満なく探索を続けている。

 

 元々、豊臣軍と石田軍に所属していた時も役職柄、書類の整理や確認は頻繁に行っていた。

 

 現在の資料は当時に比べて読みやすくなっているので、さほど苦にはならない。

 

 一方の千冬は、そもそも自室で部屋の惨状も今に始まったことではないため、文句を言うはずがない。

 

 だがそれ以外にも、二人の間に会話が無いのには理由がある。

 

 それは、互いが互いを警戒し合っているからである。

 

 かつて大谷は己の病による不幸を呪い、不幸は万人に等しくあるべきだという病んだ信条を持っていた。

 

 その信条は新たな生を受け、以前同様に病を患った今も健在で、幼少期から今日まで絶えず万人に等しく不幸を与えるにはどうすればよいかを考え続けてきた。

 

 そんな大谷の歪んだ思想は、意外な形で現実のものとなった。

 

 ―――『白騎士事件』

 

 ISの発明者である篠ノ之束によって引き起こされた事件。

 

 日本を射程距離内とするミサイルの配備されたすべての軍事基地のコンピュータが束に一斉ハッキングされ、2341発以上のミサイルが日本へ向けて発射された。

 

 この事態に人々は恐怖したが、大谷は一人歓喜に震えていた。

 

 『来たぞ……! 来たぞ……! 数多(あまた)の不幸が! ついに…! ついに舞い降りる!』

 

 もし日本がミサイル攻撃を受ければ、その被害は計り知れないものとなる。

 

 本来ならば絶望するはずの状況でも、大谷は狂気に満ちた声で笑いながら人々に不幸が降り注ぐのを待っていた。

 

 『ヒヒィッアハァーーッハハァ! ヒヒッ! ハァーーッハハハッ!』

 

 人々は想像する、最悪の状況を、ミサイルにより焦土と化した日本を―――

 

 大谷もそれは同じであったが、その焦土と化した日本の姿を彼は望んでいた。

 

 『もうすぐだ……! もうすぐだ……! もうすぐ不幸がやって来る……! 空の彼方から列を成し、ぞろりぞろりとやって来る! 人が作りし鉄(くろがね)の屑星共が……!』

 

 大谷には見えていた。

 

 泣き叫び、逃げ惑い、慌てふためき、絶望に打ち拉がれながら救いを求めて天を仰ぎ、そして死んでゆく人々の姿がはっきりと見えていた。

 

 

 『死が見えるぞ……。無常が見えるぞ……。絶え果てる有象無象が見えるぞ……。ヒィーーッヒッヒ! ヒッヒッヒッ! ヒィーーッヒッヒッ!』

 

 だが大谷がその光景を目にすることは無かった。

 

 突如現れた白銀のISを纏った一人の女性によってミサイルは無力化された。

 

 その後も、各国が送り出した戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、監視衛星8基を、一人の人命も奪うことなく破壊され、ISは「究極の機動兵器」として一夜にして世界中の人々が知るところになった。

 

 白銀のIS『白騎士』が誰なのかは明かされていないが、大谷には解った。

 

 『憎い……憎いぞ……、斯様なまでに容易く不幸を斬り伏せるぬしが憎い……!』

 

 『白騎士』は千冬だと、それ以来大谷は千冬をいずれ自分の障害になると考え、警戒するようになり、それに加え暗い情念を抱くようになった。

 

 対して千冬も大谷の危険な思想に気付いており、同様に警戒している。

 

 では何故そんな二人が、同じ部屋で資料探しをしているのか。

 

 それは今回、二人の目的が一致しているからである。

 

 『一夏のため』

 

 この目的を達成するためならば、二人は互いの諍いを捨てて協力し合う、今までがそうだったように―――

 

 「これはどうだ?」

 

 大谷は目的の資料と思しきファイルを千冬に渡し、確認を求める。

 

 「これか? ふむ……」

 

 千冬はファイルを開き、確認する。

 

 確認し終えると、千冬は小さく頷く。

 

 「ああ、間違いない。これだ」

 

 そう言ってファイルを大谷に返す。

 

 「やれ漸くか……」

 

 大谷は小さく溜息を吐いて、壁に立て掛けていた杖を手に取りドアに向かって歩き出す。

 

 「大谷、一夏を勝たせる。お前にしては随分とお節介じゃないか。本当に『今回はそれだけ』が目的なんだな?」

 

 部屋から出ようとする大谷に質問を投げかける。

 

 大谷は立ち止まるが、振り返ることなく答える。

 

 「左様、それだけよ。『此度』は、な……」

 

 「……」

 

 そう言って再び歩き出し、千冬もそれに続く。

 

 「ただ……」

 

 不意に大谷は立ち止まり、振り向く。

 

 千冬は特に驚くこともなく、大谷を見据えている。

 

 「一夏は此度の一件で世を騒がせることとなった。ならばまた、あの様なことが起こるやもしれん……」

 

 大谷が何を言いたいのかは解っている。

 

 第2回モンド・グロッソ決勝戦当日の起きたあの事件。

 

 千冬の脳裏にあの時の光景が浮かぶ。

 

 「今の一夏にはぬし以外の目付が必要であろう? 何の因果か篠ノ之も居ることだしこれを機にぬしも―――」

 

 大谷は嘲笑うような眼で千冬を見つめて。

 

 「弟離れしてはどうだ?」

 

 その瞬間、千冬の手刀が大谷の脳天に迫る。

 

 予め千冬が何らかの攻撃をしてくることを読んでいた大谷は杖で床を突き、その反動を利用してなんとか回避する。

 

 「……言いたいことはそれだけか? 用が済んだのならさっさと部屋に行け」

 

 千冬は始めから当てる気が無かったらしく、部屋に戻って行った。

 

 「やれ親切で申したというのに……よもや雷が降ってこようとはな。くわばらくわばら……」

 

 雷除けの呪いをわざとらしく呟きながら、大谷も自分に振り分けられた寮の部屋に向かった。

 

 部屋に向かう途中の廊下―――

 

 大谷はあることに気付く。

 

 ―――ファイルが二冊ある。

 

 一冊は大谷が要求したセシリアのISについての資料、もう一冊はセシリアのIS適正等についての資料だった。

 

 だが大谷は、特に喜びも驚きもしなかった。

 

 「お節介はぬしの方ではないか?」

 

 すでに見えなくなった千冬の部屋の方向を向き、返事が来るはずのない質問をして、また大谷は自分の部屋に向かった。


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