「ゲートが開いて各馬一斉にスタート!」
信号が変わり、歩行者が一斉に道路を渡り始める光景を見て、猛はそんな脳内アナウンスが流れるのを感じた。
そう思うのも無理は無い。
立体映像の実験として、この秋葉原では歩行者用信号に立体映像が取り入れられ、赤信号の間は横断歩道の車道沿いに半透明のゲートが表示されていて、車道側に足を進めようとするとぶつかるように見えているのだ。
秋葉原と筑波、エクスプレスで繋がった両端はIT試験区として様々な実験的な試みが行われており、この信号もその一部である。
自動車のフロントガラスを利用した拡張現実は既に実用化されており、GPSや交通信号、道路情報、各種警告、注意喚起などの外部情報を取り込んでドライバーに分かりやすい形で情報を提供する様になっているが、歩行者は必ずしもスマートグラスなどを着用している訳ではないため、こうした立体映像による拡張現実的な視認は将来性が高い分野だ。
現時点では動画の再生は難しいため、静止画像で一定の効果が期待できるものとして信号での実験が行われている。
物珍しさもあるのだろうが、ぶつかりそうに見えるものに突っ込むということに対する心理的な抵抗もあり、実際にかなりの効果が出ているという話だ。
ここ秋葉原に猛がやってきたのはVR用の外部記憶カードの購入のためである。
通販でも購入できるのだが、久々に秋葉原に来て見たかったのだ。
「悪魔たちが居ないと違和感を感じるなんて、メガテンに毒され過ぎだよなぁ……」
VR内では割とちょくちょくとアキバに来ている猛だが、現実では特典を真剣に比較検討する大物悪魔や、メイド姿のリリムたちは存在しない。
普通の看板や電飾だけでもかなりの賑やかさなのだが、猛の様にスマートグラスを着用すると賑やかを通り越してVR内以上のカオスとなるのが現在のアキバだ。
「へえ、面白そうだけど自己責任って、なんかトラブル起こる可能性あるのか?」
同人ショップでは各種VR用の拡張、改造ツールやデータ集、同人VRゲームなどの販売が行われている。
思いっきり黒に近いグレーや、比較的白に近いグレーの商品があるが、VRのサプライヤー公式のものでは無いため、不具合や最悪アカウント消失、データ消滅の危険性があったり、VRゲーム自体などのアップデート、バージョンチェンジなどで使用不可能となることもある。
猛が興味を引かれたのは『女神転生Ruina』の簡単なカスタマイズツール。
内部の服や武器などのアイテムに自分で作成したロゴや画像などを貼り付けることが出来るというものだ。
『女神転生Ruina』では既に内部のチームや仮想企業などに関しては独自のロゴやマークを付けることが出来る様にはなっているが、個人レベルには対応していない。
たまに内部で見かけていた厨二テイスト満載の装備はこうしたツールを使ったものだったのかと納得している猛である。
結局、購入はしなかった猛だが、こうして見ているだけでも結構楽しい。
そうしてあちこち見て回る猛の視界に変なモノが映る。
スマートグラスを外す。
……居ない。
スマートグラスをかける。
……居る!
「ヒーホー、見つかってしまったホー、みんなには内緒だホー!」
グラス連動のイヤホンから音声が流れる。
拡張現実の中でVR内と同じ様に動き回るジャックフロスト。
「あー、いいなー! 私もお外に出たい!」
スマホ内のフィーネもそれに気付いて羨ましそうにしている。
人ごみに紛れて去っていくジャックフロストの後姿を見送りつつ「どうなってんだ?」と首を傾げる猛であった。
「……てなことがあったんだ」
「新手の宣伝? 私も見てみたかった!」
「あれ、どう見てもメッ○に居るアキバのジャックフロストだったんだけどなぁ」
「プレイヤーのサマナーを飴と鞭で操ってるって言うヤツ?」
「タケル~、ゾンビくんとゾンビちゃんが団体で来たよー!」
「修学旅行生並の集団って多過ぎだろ!」
「タケル頑張れ、お前の銀の燭台の輝く時だ!」
「あれに突っ込めってか?」
「援護は任せて!」
「エリリもちゃっかりしてんよなあ……元からか?」
「ここはおばちゃんに任せとき!」
「いや、オカンは別に相性いい訳じゃないだろ、ゾンビ系?」
既にタケル達にとっては雑魚と言えるゾンビくんにゾンビちゃんだが、数十人、目に見えない範囲まで含めれば下手すれば百人を超えるとなると話は変わってくる。
「俺はカメラマンじゃないんだぞ? ゾンビ相手に無双なんてゲームが違うだろ!」
「バリケードが欲しいトコだな?」
「ここショッピングセンターじゃないよね?」
「臭いのは燃やしちゃえ~!」
「汚物は消毒なのですぅ!」
タケルの銀の燭台、アキラの銃、エリリの魔法、仲魔たちの攻撃でなんとか撃退に成功する。
「廊下で良かった~、部屋とか外だとあの数じゃキツイよ~」
「こっちのレベルが上がるとああいうのもあるんだな」
「鈍器とサマナーが上がった」
「私の方がレベル低いから上がり易いと思うんだけど、私は上がってないや」
「メイン職業関連の方が上がり易いんだよ。むしろタケルの鈍器の上がり方が異常。普通のサマナーはそんなに上がらないって!」
後付けでそれぞれサマナー技能を付けたアキラとエリリだが、それぞれのメインであるバスター、ペルソナ使いの技能に比べるとスキルの上昇速度は遅い。
本来バスター寄りの技能である鈍器がポンポンと上昇しているタケルの方が異常だというアキラの指摘は正しい。
検証系スレではメイン職業関連とそれ以外の技能には2~3倍の速度の違いがあるとされている。
「ムルルちゃんも鈍器使うし、マスクデータでなんかあるんじゃない?」
「サマナー系はマスクデータがかなり多いって予想されてんな」
「そういやさ、今更なんだけどさ、最初のプレイ時の受付って普通は女の人が出てくるんだって?」
「うん、綺麗なお姉さんだったよ?」
「ソウルハッカーズのメアリに似た感じな」
「そうそう、そう言えばそんな感じ!」
「俺、おっさんだったぞ?」
「え、髭のヴィクトル?」
「いや、もっと病的な……『怪奇大作戦』の牧さんみたいな」
「誰それ?」
「あー、嵐山長官!」
「エリリ、実はオールド特撮マニア?」
「どっちかって言うと漫画マニア? 『究極超人あ~る』から『サンバルカン』で嵐山長官やってる人が『怪奇大作戦』や『帰ってきたウルトラマン』に出てたってのは人から聞いた~! マロロが『岸田森の牧さんが格好いいんだ!』って力説してたからタケルの話聞いたら羨ましがるかも?」
「まあ、そんな感じでちょっと違うみたいだから、そのせいもあるかもな? あと『スグニケセ』も見たし」
「あー、65535分の1の確率で発生するんだっけ?」
「ログイン途中はスクショ撮れないから見たって証明が出来ないんだよな、最初に掲示板に書き込んだ人可哀相だった。別にいいじゃんな、ホントでも嘘でも,粘着に『嘘つき』呼ばわりされてホント気の毒」
「スルー技能ないとネットはキツいよな。この時代になってもコピペ馬鹿は居るし……」
「ま、そんなことあったから、そのせいかなって?」
「いや、それはタケルのリアルラックのせいじゃね? 変なイベントとか、変なアイテムとか?」
「タケルと一緒だと変わったこと多いよね……劣化トールとか?」
「俺のせいか?」
「「俺(私)たちのせいではないな(よね)」」
その後も経験値稼ぎを続け、サンプラザ前で別れてタケルはコンビニに。
「タケル、タケル! 凄いよ、これ! 僕、これが欲しい!」
「破壊された建物と怪獣のジオラマ付フーセンガムって……モスラと東京タワーにゴモラと大阪城……えらく凝ってるな、これ」
「タケル~、新作のプリンが凄いの! これ食べよ!」
「パパ~、あのね、あのね、『サトミタダシ』共同開発の体にいい天然水だって!」
「はいはい、一人500円までな~!」
レジを済ませ外に出ても仲魔のお喋りはやまない。
「タケルは向こうで部屋にこもり過ぎ~! もっと外に出かけないと!」
「日当たりが良ければ私はおうちでもいいよ、パパ!」
「向こうの遊園地行こうよ!」
ムルルの言葉に「それって傍から見るといい年した男が一人遊園地だよな」とちょっとげんなりするタケル。
お一人様向けの様々なものはあるが、一人遊園地はレベルが高すぎる。
「今度、ジャックフロストにどうやったのか問い詰めないと!」
握り拳で決意をアピールするフィーネ。
相当、羨ましかったらしい。
拡張現実内で自由に飛び回りたいのだそうだ。
現実の自分の周りを飛び回るフィーネ。
その光景を頭に浮かべて、楽しみな様な怖い様なそんな気持ちになるタケルであった。
岸田森が好きです
成田三樹夫も好きです
両者とも悪魔の人間形態として違和感無さ過ぎです