女神転生VRMMOこと『女神転生Ruina』の舞台は21世紀初頭の東京だ。
ただし、そのままの東京では無く、シンボリックな建物は残しつつもマップとしての広さは現実の四分の一程度になっている。
必然的に色々と省略されたり、ゲーム都合上、現実には無かった要素(ショップ類、異界化した廃墟、異界の入り口など)がプラスされているため、地元の住人がプレイしてもその土地勘は全く生かされない。
将来的には首都圏、本州、日本列島と拡大していく可能性もあると言われているが、一方でネットなどで根強い意見は「そこまでマップが拡大する前にカタストロフィ・イベントが起きるんじゃね?」というもの。
タイトルの「Ruina」、ラテン語で「遺跡・廃墟」という意味である。
製作サイドのコメントとしては「これまでの、そして原点の女神転生の要素を組み込んだ、一種モニュメント的意味合いもあるのでこのタイトルに決定しました」というものが発信されているが、素直に受け取っている方が少数派である。
タケルたちが落ちて来たのは中野駅近く、タケルのホームポイントは東中野にあった。
割と東京の中心部よりでありながら、けっこう庶民的な一軒屋が建っていたりする辺りの、コンビニなどのある通りから一本路地に入った奥にある低層マンション。
地銀系が手放した独身寮を改装したものという、誰得の設定まできちんとあるようだ。
部屋は狭いものの建物自体の作りは古いがしっかりしているので、余所の部屋の住人が五月蠅いなどということは無い。
というかそもそも他の住人は居るのだろうか?
プレイヤー専門の建物かもしれない。
部屋の鍵を開け、コンビニの袋をコタツの上に置く。
部屋にはエアコン、冷蔵庫、テレビ、コタツ、ベッド、箪笥があり、ユニットバスには洗濯機、乾燥機、ドライヤー、歯ブラシ、コップなどが置かれ、冷蔵庫にはミネラルウォーターに牛乳、マーガリン、チーズなどが入っていた。食器や調理器具、防御力ゼロだが装備が出来る普段着まである。
あくまでプレイ自体には影響しないが、フレーバーと言い切るにはかなり力が入っている。
室内は生活による汚れは無いものの、妙に生活感がある。
「失わせるために『日常』が与えられているんじゃ?」ネットでの情報なども合わせて、少しゾッとするタケル。
偽装コンプがブルブルと震え、画面を見るとまるでガラス窓に顔を押し当てている様な感じでどアップのピクシー。
思わず笑ってしまう。
「召喚ピクシー」【Summoning O.K?】
「Hurry Hurry Hurry! シュークリームぅっ!!!」
「まあ、待て、なんか牛乳もあるみたいだ」
何故か食器棚にあったぐい飲みにミルクを注ぎ、シュークリームの袋を開いて取り出し、皿の上に載せコタツに置く。
「んま~い♪ 人間の世界に遊びに来た甲斐があったね! あ、チーズもあるの? 頂戴! 昔はチーズだけでも契約してた子が居たって話だけど、私の勝ちだね! シュークリームに牛乳、そしてチーズ! 私、最強、今の私は最強のピクシーだね!」
抱え込む様にシュークリームを食べ、牛乳を飲み、チーズを齧ってニパッっと笑う。
羨ましいほど能天気である。
人によってはこの光景だけで、このVRMMOをプレイして良かったと思うのでは無いだろうか?
「……(牛乳もチーズも平気そうだな)」とタケルは案外腹黒い。
天真爛漫なピクシーを毒見役にするとは、ピクシー愛好家を敵に回す行為、掲示板に晒されたらフルボッコ確定である。
偽装コンプのカメラ機能で顔中クリームだらけのピクシーの写真を撮る。
ここで撮った写真はVR機本体に記憶媒体を入れておけば、そちらに保存される。
ネットで公開したり、VR空間で写真アクセサリ化したり出来るのだ。
取扱説明書にも記載されているが、それよりも自分の仲魔自慢をしたがったβ勢によってアップされた画像で、その辺りの情報はかなり知れ渡っている。
「馬鹿な子ほど可愛い」というが、タケルも既に出会って間もないこのピクシーのことを相当気に入っているようだ。
「おバカ可愛い」自分が契約したピクシーを掲示板などで自慢したいと思っている。
「蜘蛛の巣に引っかかってた」というお間抜けな出会いエピソードまで書けば相当ウケるだろう。
というか、他の交渉で仲魔にしたピクシーとどこか違うところがあるのだろうか?
「知ってる、知ってる、それ写真撮ったんだよね、見せて、見せて!」
見せてあげるとようやく自分の今の顔の状態に気付いて、ティッシュでぬぐって「やり直しを要求する!」とポーズを取っている。
「なんか戦わずにダラダラと遊んでたくなるな」などと思いつつ、パシャパシャとシャッター音の度にポーズを変えるピクシーの写真を撮る。
ただ、メガテン、どのシリーズにも漂う「終わり、破滅の臭い」を思い出し、「最低でも自分と仲魔だけは守れる力を付けないと!」とタケルは思い直す。強くてもあっさり死ぬのがメガテン、鍛えればそれでオッケーとはいかないが、たとえ架空の存在でもせっかく仲魔になってくれた存在が死ぬところは見たくない。
「そう言えば、名前はあるのか? 俺の名前はタケルっていうんだ」とピクシーに問いかける。
「ん~? 無いよ、私ら契約する前って個の意識が希薄だからね、個性とかは個体ごとにあることはあるけど、名前ってあんま必要無いしね同族で居る時は。なに? もしかして名前つけてくれるの? 可愛くて私に相応しい名前じゃないと許さないからね!」
「だから顔面の前に浮いて薄い胸を張るな!」と思いつつも口には出さずにタケルは考える。
「思い付きだけど、フィーネ、愛称フィーってのどうかな?」
「フィー、フィーネ……60点、まあ、合格ラインギリギリってトコね。……じゃ、あらためてタケル、ピクシーのフィーネです、これから末永くよろしくね!」
「よろしく、フィー」
挨拶をしつつ互いに照れている。
どこの中学生カップルかという空間だ。
こういう時、誰かに覗き込まれる心配の無いVRは心強い。
モニターを使うものの場合、横から、後ろから、見られてしまう可能性があるからだ。
一人暮らしの場合、その危険性は減るが、パソコンの場合はスリープ状態で置いておいたものが、来客時などに何かのきっかけで起動して社会的に自爆する危険性もある。
ともあれ、ここまでのプレイに満足したタケルは、いったんログアウトしてセーブをすることにする。
この『女神転生Ruina』の場合、死亡時は花畑臨死からログインに戻り「前回セーブしたところに巻き戻し」となる。
セーブはログアウト時に自動的に行われるため、壊滅的に詰まってしまうことが無い代わりに努力が無駄になる危険性は高い。
大事な仲魔の合体前や、重要なアイテムを入手した後などにセーブをしないと地獄を見る。
β時代に多くの血涙が流され、変更を希望する声が多かったにも関わらず本サービスでも変わらなかった点である。
せっかく仲魔になったフィーネを失いたくないタケル。
ログアウトするのは当然のことだった。
端末を外し、タオルで顔を拭いてトイレに。
コンビニのサンドイッチとコーヒーで軽い食事。
「中でも外でもコンビニ飯か……」とぼやきながらも食事を終え、洗面所で歯を磨く。
ログイン時に特に連絡も無かったことを確認し、一瞬「掲示板とか見てみようかな?」と思いつつも速攻で再ログインすることにする。
今度は変な文字が出ることも無くログイン完了。
起きるとフィーネが「私をほっといて寝ちゃうなんて酷い!」とプンスカしていた。
「ごめん、ごめん」と謝りつつも、「こんな感じに誰かと話すの久しぶりだなぁ」とタケルは最近の自分の生活を振り返って一抹の寂しさを感じたりもする。
うっかりフィーネを出しっぱなしにしていた割にはMAGが減っていない。
コンプを起動しヘルプを見るとホームスペースではMAGの消費が軽減されるとのこと。
それでもピクシーだから問題無いのであって、巨大な仲魔だととんでもないことになるだろう。
「その辺で拠点移したりにお金がかかって、アイテムや武器防具以外にも散財させられる訳か……」
「最初の仲魔がピクシーで良かった」そう思いつつ、「一休みしたし、また街に出るか、フィー、コンプに入って!」と声をかけるタケル。
食事も終えて暇そうにコタツの縁に座って足をプラプラさせていたフィーネは「いいけど、私を放っておいて寝ちゃった罰にコンビニで何かおいしいものを買うこと!」とズビシっと指をさして注文をつけている。
「プリンでいいかな?」
「もう一声!」
「うーん、甘い物で?」
「もっちろん!」
「分かった、アイスも付けよう!」
「アイス!? あの冷たくてフワフワな!? わーい、じゃコンプ入ってるから~!」
飛び込んだ偽装コンプのスマホ画面では小さなフィーネが口から「アイス、アイス!」と吹き出しを出しながら行ったり来たりしている。
微笑んだタケルはコンプを胸ポケットにしまうと靴を履き、部屋の鍵を閉めて外に向かうのだった。
次回は初バトル