「ここでフィーネさんに残念なお知らせです」
「どうしたの、タケル、そんな変なしゃべり方で?」
「このイベントが終了するまでコンビニは利用出来ません!」
「えええ~~~~っっっ!!!!!!」
イベントが始まったというのにいつもの調子のフィーネと共に、人通りが全く無い道を歩いてコンビニ前まで到着したタケル。
『CAUTION! CAUTION! CAUTION! CAUTION! イベント終了まで進入禁止! CAUTION! CAUTION! CAUTION! CAUTION!』
店の自動ドアに向けて一歩踏み出そうとしたタケルの眼前に、赤い縁取りをされた黄色い文字が拡張現実的にPOPして、見えない壁にぶつかり、それ以上進入出来なくなった。
まあ、まともな現象で無いことは分かっていた。
なんせ、空には月と星だけでなく、オーロラまで輝いているのだから。
人も歩いていない、と言うより気配すら無い。
街灯や家の灯りは着いているものの、生活音や料理などの匂いも無ければ、お店の中にも店員が居ない。
……そして、コンプ以外の町にある時計が動いていない。
「時の狭間なのか、位相のズレた世界なのかは分からんけど、元の現実じゃ無い。なもんで、お店も開いてなきゃ、人も居ないって訳だ」
「え~っ、じゃ、早くイベント終わらせないと!」
「俺らだけ頑張ってもなぁ……」
「…………!!」
イベントの概要は「悪魔によって奪われた都内の鎮護の灯りを再び点せ!」というもの。都内各所にある灯篭だったり、燭台だったりの灯りを点灯するため、時に悪魔を倒し、時にお使いイベントをこなし、時にミニゲームをこなしと、様々な条件をクリアしていく必要があるのだ。
夜空の星の数、視認出来る星の数は108。
地上の灯りが点る度に星が消え、最後にイベントボスが登場するのだという。
イベントボスを倒すと月が消え、そして夜の闇も消え、元の日常が戻ってくる。
また、このイベント独自のギミックとして転移陣というものがあるらしい。
これは時間の秒末尾0と1がホームのある町、2と3が現在地から北の町、4と5が現在地から東、6と7が現在地から南、8と9が現在地から西といった形で、都内の他の転移陣にある程度ランダムで転移出来るというもの。
かなり忙しないが、運営サイドとしてはプレイヤーが意図しない場所に転移してしまうことも期待している為の設定では無いかと思われる。
自分の町の仕掛けをクリアした後で他の場所を手伝ったり、逆に自力でどうしようも無い場所を手伝ってもらったりすることで、イベントの進行を促す仕掛けだ。
と、同時にどうしても自分のホーム近辺に留まりがちなプレイヤーに、違う町を認識させて活動範囲を広くさせようという運営サイドの狙いがあるとタケルは推察している。
この転移陣の評判が良ければターミナルの導入もあるのではないだろうかと期待もしてしまうが……。
島流し状態の父島のプレイヤーにとっては、今回のイベントは救済になるのではなかろうか?
四分の一スケールとはいえ現実に即した交通手段で行く気にはならないが、一瞬で転移出来るなら行ってみたいとタケルも思っている。
アキラ、そしてエリリと立て続けに連絡が入り、合流するためブロードウェイに向かう。
ブロードウェイは建物自体は入れるが、ほとんどのお店は無人、動くに動ききれない多くのプレイヤーが集まっている。
「クレープ屋さんはやってないんだ、あ~あ」
「ゲーセンは開いてるんだよなぁ……」
「…………!!」
「ん? カレー屋が開いてるの? ここもメガテンショップだったんだ」
「よっ! 事前告知無しでいきなりイベントとは驚いたな」
「フィーネちゃん、こんにちは……こんばんはかな?」
「あ、エリリとアキラだー! ねえ聞いて、コンビニもクレープ屋さんも開いて無いんだよ、酷いと思わない?」
「自販機は使えたんだよね~、と言う訳で、フィーネちゃん、はい、フルーツ牛乳!」
「わーい! エリリ大好き~!」
フィーネとエリリは会うなり、じゃれ合っている。
アキラとエリリはブロードウェイの入り口で顔を合わせたそうだ。
「みんな動くに動けない感じ?」
「何回かイベントありゃ要領も分かるだろうけど、最初だかんな」
「タケル、タケル! あそこ怪しいと思わない?」
「どこ?」
「ダフネの居るお寺!」
「おお、確かに!」
「なになに、ダフネの居るお寺って?」
「一言で言えば『変な寺』」
「出てくる悪魔は天使か堕天使で、神樹が隠れてる」
「でもってダフネはアキラのタイプなのだ~!」
「ちょ、ま、それは言うなっ!」
「へえ~? まあ、特に有望な情報無いし、行ってみてもいいんじゃない?」
という訳で揃ってダフネと遭遇した寺へ向かう。
「他のVRで夜の町とかだとこんなもんだけどさ、このメガテンでこういう町の感じは凄く違和感あるよな」
「犬とか遠吠えしてたり、どっかの家から料理の匂いがしたり、テレビの音が聞こえたりするもんね、夜でも」
「プレイしてから初めて『作り物』っぽさを感じてる」
「いつもは現実より現実っぽいもんなぁ」
「なんか寂しくなるね、こういう感じ」
「って、しみじみもさせてくれねえってか!?」
「普通の町中に悪魔出るのかよっ!?」
「ペルソナっ!」
「いっくよー、ジオ!」
「…………!!!!!!」
いつもは戦闘を覚悟する異界に入ってからの戦闘、そこから出てしまえば日常空間に戻っていたのが、こういう町中でいきなり悪魔に遭遇すると交渉をするという考えすら頭からさっぱりと消えてしまう。
「強くは無い、異界の浅いトコレベルの悪魔だけど、焦っちゃったね」
「ダンジョン系のゲームでダンジョンの外にモンスターが出て来たって感じ」
「経験値普段より多め?」
「う~ん、どうだろ、普段戦ってない相手だし、よく分からないな」
「ははは、また鈍器レベルが上がってしまった……」
「鈍器の申し子から鈍器の鬼にレベルアップ?」
「この間武器屋覗いてみたらさ、これより強い鈍器って真鍮の女神像だった(汗)。持たせてもらったけど、力足りなくてとてもじゃないけど振り回せない」
「女神像は流石に罰当たりじゃないか? 何の女神かは分からないけど、元になった女神が出てきかねないぞ?」
「そこまで行くとプレイヤーってよりモンスターだよね」
「アンデなら天使像で悪魔撲殺しても似合うと思うんだけどな」
「知り合いのメシアン神父だっけ? 外見作り込みの」
「そう、だから、マロロ見ても実はさほどショックは受けなかったんだよ、俺ら」
「それに造魔に比べればねぇ、多少の外見は……」
「造魔かぁ、この間知り合った造魔の子は中身女の子で『せっかくの服が似合わない』って落ち込んでたよ」
「是非、造魔生活スレ紹介してやってくれ、あそこ見れば開き直れると思うから」
「その子、造魔でメシアンなんだよねぇ」
「ぶっ! シスター服着た造魔か!」
「ま、アンデより罰当たりじゃないし……」
戦闘と雑談をこなしながら寺の前に。
「は、入れない……」
「え? ここ一般施設扱い?」
「いやCAUTIONって出てないから違うと思う」
「ふむふむ、これはダフネの結界だね、さすが神樹! そしてそれを見破る私もさすがだね!」
「…………!」
「そんなに褒めなくてもいいよ、ムルル! フィーネが調子に乗るから」
「むふふふふ、これを見てもまだ、その態度が取れるかね、タケル~!?」
「なんだ?」
「しっかりとこれを見つけたんだよ、私は! これって転移陣ってやつだよね? どう、凄い、凄い?」
「凄い凄い、フィーネちゃん凄い!」
「これで他所の町に行けるってことか!?」
「あー、確かに凄いな、フィーネ!」
てっきりここがイベント関連の場所だと思っていた思惑は外れたが、どこにあるやらさっぱりだった転移陣を見つけることとなった。
「もしかして、これで転移したら俺ら転移第一号?」
「可能性はあるな、どっちかって言うと、みんな地元のポイント探しとその攻略を先にしてるだろうし」
「中野近辺はけっこう人居るし、私たち居なくても平気よね、行っちゃう?」
「行くなら父島狙いで南だな!」
「あー、ボッチで可哀相だもんね」
「一人じゃやる気も起きないよな、良く辞めずにプレイ続けてると思うよ」
「いや、案外、一人でせいせいしてるかもよ?」
「ま、ともかく南狙いで異存なしね」
「フィーネ、ムルル、一応念のため、コンプに戻ってくれるか? 置き去りになるとかは無いとは思うけどな」
「はーい、仕方ないよね」
「…………!」
フィーネとムルルをコンプに戻し、それぞれの持ち物も確認。
コンプなどの時間にズレが無いことも確認して、目で互いに合図し、カウントダウンしながら一斉に転移陣に入る。
恐ろしいくらい近くに見えるオーロラと星。
「いやったあぁ! これ、どう見ても二十三区内じゃないだろ!」
「一発、大当たり?」
「これで硫黄島とかだったら泣くしかない」
「いや、流石に硫黄島は民間人立ち入り禁止だから無いだろ」
「ちっくしょおおっ! 運営手加減しろよ、マジで! こっちはボッチなんだぞ! くそ、誰か、助けてくれー!」
響いてきた自棄っぱちな叫び声に、顔を見合わせるとタケルたちは声の方向へと駆け出すのであった。
開始早々に地元を離れて父島に
ボッチの救済なるか?