後は違う意味での「聖地」巡礼です
「お、けっこう入ってるな」
「私たちほっといて働いてたんだから、それで稼いで無かったら怒るよ!」
「…………♪」
日本円の入金を確認してタケルは上機嫌な声を上げた。
戦闘などで獲得出来るのは魔貨。
アイテムなどの売買も基本的には魔貨で行われるこの『女神転生Ruina』において、日本円を獲得する仕組みは非ログイン時間にある。
ゲーム内設定として、非ログイン時間は表の職業で働いていたこととなり、その時間によって職業ごとに決められた日本円を獲得、廃人的な連続ログインが必ずしもプラスにならない仕様になっている。
ニートや学生などはお小遣い扱いなので、当然、日本円の収入は低く設定されているが、どの職業でも「現実でそんなに稼げりゃ苦労しないよ!」というくらい割のいい収入である。
タケルの場合はSEなので、現実と照らし合わせてしまうと軽く落ち込めるくらいの収入はある。
日本円はフレーバー的要素が強いため、攻略には必ずしも必要とはされ無いが、表の職業の転職や、乗り物の入手(改造には魔貨が必要となったりするが)、ホームの転居などには必要となるし、遠征などで電車に乗ったりする際や、中で食事を取ったりする場合にも必要となるため、極度に少ないと惨めな思いをする。
物価に関してはゲーム設定当時の日本の物価がほぼ正確に適用されている。
家賃などに関してはこの日本円から支払う必要は無い上に、食事を取らないことによるペナルティも無いため、惨めさを我慢すれば、文無しでも暮らしてはいける(周囲に「金さえ出せば手に入るもの」が溢れている状態で、金が使えないのは想像以上に惨めなものだ)。
表の職業レベルの上昇によって、収入は上がる。
表の職業レベルは非ログイン時間と中での職業関連スキルの使用に応じて上がるため、ログインをずっとしないで居れば上がるという訳ではない。
ちなみに現実ではあり得ないが、ニートでもレベルが上がれば収入は増える。
一方で日本円と魔貨の間にはシステムとしてはトレードが行われていないが、一方的な譲渡に近くなる取引は禁止されているものの、DDSオークションで「日本円でも可」と設定することが可能となっているため、廃人組の中にはこれを利用してなんとか日本円を確保している者も居る。
ちなみに、一人に付き一つのアカウントしか作成出来ないため、日本円獲得のために長期間ログインしないキャラを作成することは難しいが、『女神転生Ruina』に興味の無い親族、友人などの協力で抜け道的(大した金額になら無いアイテムを最初から高めの金額でオークションにかけ、親族、友人などに日本円で落札してもらうといった感じ、ただ、余りにも極端な場合、例えば傷薬一個に十万円とか、は「一方的な譲渡」と見做され警告を受ける)に日本円を獲得することは可能だ。
この辺りは運営でも苦慮しているが、長期間ログインしていなかったり、ログイン時間が短いことを理由にアカウント停止を行うということは難しく実質的に手の打ちようが無い状態だ(せいぜいが極度にログイン回数の少ないアカウントに、サービス枠の確保のためという名目で退会を促すメールを送付する程度しか出来ない)。
まあ、興味の無いことにそこまで協力してくれる者を確保することは難しいし、一回や二回ならともかく、何度もとなれば断られる率は高くなるため、最終的には問題にならない範囲に収まるであろうと考察されている。
ともあれ、日本円に関してはログイン、ログアウトを普通にしてプレイしていれば、それなりに入ってくるのだ。
フィーネたちの食事代くらいでは全く心配は要らない。
タケルが財布の中身を確認し、フィーネたちがウキウキとしている理由、それは違った意味での聖地「秋葉原」への遠征にある。
エリリからタケルとアキラにお誘いがかかり、この世界の秋葉原に興味があった二人も快諾。
日時を調整して、今日、現地集合することになっている。
東中野からだとJR一本で乗り換え無しなので楽だ。
東中野の駅で切符を買い、さほど待たずに電車に乗る。
フィーネたちはコンプに入っているが、秋葉原の改札を出たら外に出すことを約束させられている。
同じ車両にグレイ……ではなく造魔が乗っている。
誰も特に注目はせず、本人もヘッドホンで音楽を聴きながら文庫本を読んでいている。
表情は分かり辛いがリラックスしているようだ。
割と日常的に電車を使用しているらしい。
電気街口や中央改札はごちゃごちゃしているので、待ち合わせは昭和通り口、地下鉄で来ることになるエリリにとってもこちらの方が都合がいい。
二人がまだ来ていなかったので、キオスクで梅干し純を買う。
タケルはこの酸っぱさが好きなのだ。
改札を出るや否や外に出していたフィーネとムルルも欲しがったのであげたが、共に悶えている。
「なにこれ~! 甘くないじゃない!」
「…………!!」
「ん? ムルルは気に入ったのか? もう一個食べるか?」
「飲み物を要求するっ!」
「相変わらずにぎやかだな、お前ら」
アキラが合流、同じ電車に乗っていたのかもしれない。
フィーネにフルーツ牛乳を買って飲ませている内にエリリも到着。
三人で電気街の方へと歩く。
「まあ、噂には聞いてたが……」
「すごいねぇ……」
「ジャンク屋寄ってみたいな、ガンプとかあるんじゃね?」
吉祥寺や井の頭公園以上にプレイヤーが多い。
サマナーに同行しているピクシー同士がお喋りをして、サマナーたちが苦笑いしながらそれを見ている姿もある。
「取り敢えずは喫茶店に行こう! 事前に調べておいたの!」
エリリの先導で人と悪魔で混み合った歩道を進む。
人気のある店の前では中から人が溢れていて、人の通れる部分が減っているのだ。
サマナーの仲魔だけでなく、単独で来ている悪魔すら居る。
「うん、まあ、可能性はあるな、とは思ってた」
「客はほぼ全員プレイヤーだな……」
「来て見たかったんだ! でも一人じゃ入り辛いでしょ?」
「お帰りなさいませ、お席にご案内いたします」
「うわあ、ウェイトレスさん、全員シルキーだ!」
「……♪」
フィーネの言う通り、エリリの案内で到着したのは「シルキー喫茶」である。
衣擦れの音が聞こえるくらい、店内の客は大人しい。
男性サマナーが「なんとしても仲魔にしたい」と思いながらも、レベルの関係で高嶺の花となっているシルキー。
β勢を除くと仲魔にしている者は現状いない。
サマナー以外だと将来的なチャンスすら無い。
そのシルキーが店内に多数存在して働いているのだ。
店内の半数以上が常連客だというのも無理はない。
「やっぱり上品だねぇ、それでいて上位の悪魔ほど怖くないし」
上品な振る舞いをする悪魔は居るがその多くは高レベルの悪魔、威圧感やら実質的な脅威も半端ではない。
「β勢が戦闘強い悪魔で無くシルキー選んだヤツが多いのも分かる」
「まあ、アキバなら成立するよねぇ……土地自体のMAGも濃そうだし」
「あー、下手に溜め込んで異界化するより、適度に消費してもらった方が人間にもいいよな」
電化製品などに悪影響のあるグレムリンなども居るのだ。
シルキーにMAGを消費してもらった方がよっぽどいい。
「いってらっしゃいませ、お帰りをお待ちしております」
「……やってることはほぼメイド喫茶と同じなんだけど」
「やってるのがシルキーだと全然違うな」
「池袋だとまた違う悪魔がやってそうだねぇ」
「悪魔な執事?」
「妖精な執事もあるかも?」
喫茶店を後にして、今度は裏路地に入り込んでみる。
飲食店やジャンクショップ、合間によその町にもある様な普通の店もあったりする。
「この怪しさがアキバだよな」
「あ、アイコン出てる」
「コンプ系のショップっぽいな」
「おお、タケル、これいいんじゃね?」
「ジャンク品?」
「トンファー型コンプじゃねえか! これで殴れってか? 殴った結果がジャンクとしてココじゃね?」
「コンプも色々あるんだねぇ」
「あ、本も売ってる。あのすみません、アプリの改造とかの本はありますか?」
店員に話しかけるタケル。
「スキルは持ってるの?」
「はい、プログラミング持ってます」
「まだ、全然スキル上げてないみたいだね、じゃ、これかこれかな?」
「じゃ、これください」
「あー、こっちの支払いは魔貨ね。はい、確かに、袋とか居る?」
「いえ、鞄に入れるんでいいです」
「じゃ、まいどあり~」
鞄に買った本を入れ、店を後にする。
「なんだよ、トンファーコンプ買わなかったのかよ」
「いや、俺のスキル、ハードじゃなくてソフトだからね?」
「花瓶とトンファーで無敵だったのにwww」
「お前ら俺をネタキャラにしたいの?」
「大丈夫、すでにネタキャラだから!」
雑談しながら、更にアキバを散策。
「御徒町まで行けばミリ系偽装の武器・防具ショップあるんだけどな」
「アキラはそっちの方が趣味合うのありそうだな」
「私は武器はこの間のゲートボールスティックがあるから防具かな?」
「スポーツ寄りの見かけのだと小川町にありそうじゃね?」
「ヒーホー! 今、予約するとオリジナル予約特典が付くホー!」
マスコットキャラの様な顔をして看板を手にしたジャックフロストが、オタ向けショップで呼び込みをしている。
それをオタたちと共に真剣に聞いているのは……ネビロス?
「な、なんで!」
「らしいと言えばらしいけど!」
「みんな騒いでないし、もしかして常連?」
イベントなどと全く関係の無い状況で、高位の悪魔を見かけるという状況にタケルたちはテンパっているが、周囲は全く気にしていない。
「あー、なんかどっと疲れた」
「シルキーにもう一回癒されたい」
「下位の分霊だけどトールより強いよ、あれ」
「ちょっと怖かったー。タケル、まだ、あれとは喧嘩しちゃダメだからね!」
「分かってる! パトり必至だもんな、あれ、相手じゃ」
「そんなレベルで予約特典にマジになってるし」
「この世界、アリス居ないのかね?」
「あー、居なくて二次に走った?」
「なんて、酷いwww」
皆、疲れてしまったので、駅へと向かう。
帰りに寄ろうかと思っていた本の塔に寄る気力も無い。
「じゃ、お疲れさま」
「お疲れ~」
「お疲れさま、今度は経験値稼ぎで!」
コンプにフィーネとムルルを戻したタケルは、帰りの切符を買うため、券売機に並ぶのであった。
ちなみに毎回のサブタイトルは『女神転生Ⅱ』のBGM曲名なので、そろそろネタ切れです(;^ω^)
あと、「ニートの使用スキルってなんだ?」という点には突っ込まないでください(;´Д`)