それからというもの、ことりちゃんを観察してみていたけれど、何の成果も無し。結局無駄骨に終わった。いや勝手に期待した僕がバカだったって話なんだけど、それにしたってなんか変化あったっていいだろう?何も無くてはねぇ。
まぁ大した事でもないか。別段どうだっていいし。
それよりなにより彼女は、さして面白みの無い人間だったということだ。
端的に言い表そう。
──変えたい、変わりたい、そう願いながら変わる為に行動を起こしても、それを歪に隠し、成果が出るまで放っておく。
バカな女だ。それでは何の意味も無い。
まぁ、その空回りを見続けるのもいいかもしれないねぇ。
それにしても、彼女達は順調に練習を重ねているようだね。このまま行けば新入生歓迎会には人に見せられる程度にはなるだろう。しかし絵里や矢澤ちゃんは認めないと思うけれど。
はてさて、これからどうなることやら。僕は楽しみで愉しみで仕方ないよ、ホント。
まぁそれよりも優先すべき事柄はいくつもある。今が重要ってね。
「しかし、何故僕を呼んだかな絵里。急に呼び出して一体なんだい?」
そう、今僕は絵里に生徒会室に呼び出された。放課後、それも特に何もないが故に僕ら以外誰もいないけれど、ま、告白じゃなかろうさね。
「単刀直入に言うわ、榛那。
──私に協力して」
……は?
いきなり何言ってんだこの子。そう思う程に僕は困惑していた。至って真面目な表情の絵里、彼女ほどの人間が僕と彼女達の関係性というものを理解していない筈がない。だというのに何故、僕を選んだ。というか何がそこまでさせてるんだよ。追い詰められた?だめだ、全くわからない。
「へぇ、用件は理解したよ。けれど、けれどね。僕が彼女達に入れ込んでいるのは理解しているだろう?」
「わかっているわ。あなたが絶対に……あの子達に味方しないって事は」
「…………ほぉう、言うねぇ」
絵里は僕の瞳をじっくり見ながらそう言った。迷いなく、それが真実と言わんばかりに。
確かに事実だ。僕は彼女達に興味があるから好意的であるだけで、それが尽きれば切り捨てるだけ。絵里の発言は的を得ている。だがそれが君に味方する事へは、繋がらないよねぇ。
「どうすればいいか……わかっているあなただから頼んでいるのよ」
「君の大親友ののぞみんはどうしたんだい?」
「希は……あの子達に期待しているわ。そうなるように導く筈」
「よくわかっていらっしゃる。僕も概ね同意見だ。だが一つ訂正があるね」
そうだ、彼女が向ける視線はそれじゃない。彼女は、絢瀬絵里は東條希という女を理解していない。その間違いを僕が正そう。君は本当に何も分かっていない。
「希は彼女達に期待しているんじゃない……そうだと思っているのさ。彼女達こそが救世主だとね。それに、ギリシア神話におけるミューズってのは9人だ。つまるところ成功するんじゃないかな?9人に増える程にね。君は挫折する前に止めてあげたいらしいけど、もう無駄だと思うよ。諦めな」
「──ふざけないで!!」
あらら、エリチカ怒っちゃってる。まぁ当たり前か。否定するどころが努力を無駄だから諦めろと言っているワケだし。
「分かるでしょう榛那!あの子達じゃ救える筈がない、傷付くだけで終わってしまう!無意味だけじゃなくて無価値になるのよ!?」
ふむ、しかしねぇ……
「廃校はそんなに甘くない!現実はそんなに優しくない!奇跡なんてそう簡単には起きないのよ!だからこそあなたの力が必要なの!あなたなら、無意味であっても無価値にはならない選択肢を用意して、私たちがそれから正解に辿りつける筈──!!」
声を荒げてそういう絵里。正解に必死に辿りつこうというよりも、そうするのが正しいと言わんばかりだ。
なるほどなるほど。僕を買っているワケか。僕という人間の本質を突いた説得だ。
だがつまらない。
あまりにもつまらない。
圧倒的につまらない。
それは絢瀬絵里としての言葉か?それは生徒会長としての言葉か?それは一生徒としての言葉か?むちゃくちゃだよ、ホント。ゴッチャになりすぎて君の本音も分かりゃしない。
……ハッ、虫唾が走るね……
「それだけかい?」
凍り付く絵里。説得の失敗からかな?まぁいいや。僕はそろそろこの女の子に色々とぶつけてみようと思う。
前に希から、尋ねてもいないのに教えられた事もあるしねぇ。
「確かに僕という人間をよくわかっている。だからこそ言わせてもらうけどさ、それ誰のセリフだい?」
「誰って……っ!!」
「君かい?あるいは一生徒絢瀬絵里とか?それとも生徒会長絢瀬絵里かな?ま、いくらでも推測できるしいくらでも正解はあるんだろうね。さて、絵里。君の廃校阻止への執念は敬意を表する程に素晴らしい。それは誰もが認めよう。やたらと君に否定的な理事長でさえね」
口が止まらない。この感覚は久しぶりだ。考えるより早く口が動いて言葉を紡ぐ。不思議だね、コレ。
「前に希から事情は聞いたよ。君のお婆さんがここ出身であり、妹さんがここに入りたいっていうハナシだったよね。なればこそ姉であり、生徒会長である君が守りたいのも当然だ。でもホントに君かい?ソレは。ホントに君がやりたくて、君が心の底から望んだ事かい?いいや違うね、君に流れる絢瀬の血がそう"させているだけ"だろう?堅実な時代遅れの地味な策ばっかを。博打打たなきゃ何もならないって分かってるクセに。まっ、これは僕の意見だけど。他人が思ってるのはただ一つさ。"君の意志"ってヤツはないのかって事だって分かってるかな?使命感か脅迫概念にでも突き動かされてるつもりかい?だから否定されるんだよ。ハッ、くだらない。何の為の肉入りだ。それじゃ人形も同然じゃないか。全くバカらしい」
希曰く「えりちは余裕がなくなってきている」らしい。知らないけど。とりあえず憶測立てて色々言ってみた。
絵里の顔が怒り一色に染まり、歯を食いしばる音が聞こえる。瞳は険しく、僕に対して何かを言う前に、僕は更に言い放つ。
「僕を──この"私"を、蓮崎榛那を舐めるなよ絢瀬絵里……上辺だけ取り繕って、美しくも面白くもないんだよ……君さぁ!」
「榛那──!!!」
パチン、と音が破れる。頬に走る痛み。引っ叩かれたらしい。手が出る程に怒りは凄まじいみたいだ。絵里は言葉を吐こうにも吐けない。なぜなら彼女は僕がどういう人間かよくわかっている。感情の吐露は、僕にとっては甘い餌だ。だから言えない、だからどうしようもない。
……まぁ、煽ることしかできない僕も僕だけどねぇ。希程、絵里と仲良くないし。ソリは合わんね、いやホント。
僕には、私には絵里を救えない。希だけかな。それは友人として嘆かわしい事だ。
「……痛いじゃないかぁ、ったく。まあ僕は協力しない。それだけだよ、絵里」
「なんで、あなたはそうも否定出来るのよ……」
「だって僕、卒業さえ出来ればどうでもいいもん。興味があるのは、もちろん彼女達がどう対処するか……それだけだよ」
加えて言えば、君の行く末にもね、絵里。
「さてこれにてお暇させていただこうかな。じゃっ、また明日。翌朝には君に天啓が舞い降りることを期待しているよ」
ヒラヒラと手を振って僕は部屋を出て──帰ろうとした所で見慣れたお下げが見えた。あぁ、やっぱりいたか。全く君は、いつもそうやって隠れて、聞き耳を立てているよね、ホントさ。
「また盗み聴きかい?僕が言えたことじゃないけど、趣味が悪いねぇ……のぞみん」
「──はるちゃん」
希が壁に寄りかかっていた。
「……で、君の為すべきことはなんだろうね。絵里の味方かな、それとも彼女達の味方かな。僕にゃわからんね。君の選択が正しいのか、間違っているのか。というか、こんな所で何をしているのやら。やるべきは絵里を救ってあげることなんじゃないかな」
「今はその時じゃないし、ウチじゃなくて、穂乃果ちゃん達が救うんよ」
「はぁ……?」
何言ってんだコイツ……?僕は希の言葉が理解出来なかった。全く理解出来なかった。いやマジでわからん。なんだそれ。運命論者か君。そんなに変わり果てたのか?
「……なんだい、それ。予定調和とでも言うつもりかい。僕が断ったのも。君は全部知ってるっていうのか?」
「全部は知らないけれど、カードが教えてくれるんや」
「意味わかんないよ全く」
正直全く見当がつかない。というか訳がわからない。何がどうしてそう思ってそうなっているのか、僕には到底理解できない。
「……まあいいや。君の好きなようにすればいい。僕は僕の好きなようにやらせてもらうからね」
「はるちゃん、変わっちゃったね」
「君も随分変わっただろ、のぞみん」
"私"が"僕"に変わったのに、さしたる理由は特にない。おそらく希が"私"から"ウチ"に変わったのも、さしたる理由はないのだろう。まったく僕らは似たもの同士だ。
だから、あの時友達になれたんだろうか。
「しかし君は、本当に……彼女の味方かい?」
「さぁ?どうやろね」
実に食えない女だよホントさ。
ファーストライブまで、あと一週間も無い。
とてもとても、楽しみだ。
実はこれを書いている時に設定を忘れかけ、大変なことになりそうだったのはナイショ。