一般人は毒を吐く。   作:百日紅 菫

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仲直りがあれば仲違いあり、です。

場所は生徒会室から移動し、剣道場。窓からは欠けた月が覗いていた。上弦の月と下弦の月ってあるらしいけど俺には分からんな。

準備運動を終え、物干竿を手に慣らす。試合をするのは一、二週間ぶりだ。しかも相手は生身でも学園、いや学生最強の更識先輩だ。手は抜けない、どころか気を抜いた瞬間に負ける可能性まである。

集中力を高めるための深呼吸をしたところで、更識先輩が得物を持って道場に入って来た。

 

「あ、先輩も槍を使うんですか?」

「まあね。この前は持久戦とセシリアちゃんとの試合を再現するためにあれだったけど、私の本気はこっちだからね」

 

槍使い相手は本当に久しぶりだ。最後に師範と試合をしたのが今年の初めだったから、大体四ヶ月ぶりくらいだ。

 

「さぁ、時間も遅いし、さっさとやりましょう」

 

この試合のルールは三つ。

制限時間は十分。夜も遅いからな。

どちらかが降参した時点で終了。

大けがをさせない限りは何でもあり。ここで言う大けがとは、骨折や流血だ。打撲や擦り傷はセーフ。

 

「では、始め!」

 

布仏先輩のかけ声で試合は始まった。しかし、両方とも動かない。

武道系の大会ではよく見られる光景だろう。相手の間合と自分の間合を測り、相手の隙を探す。じりじりと距離を調整し、初撃で決する為の一撃を放つ為の準備をする。尤も、初撃で決まる事なんて、相当の実力差が無い限り無理なのだが。

そうして生まれた短い沈黙を破って、更識先輩は突撃して来た。

鮮烈なその一撃は、俺の判断を一瞬鈍らせた。

 

「…くっ!」

 

物干竿の先を下げるように構えていた俺は、突き出して来た更識先輩の槍を上へと弾きとばすと、その勢いのまま回転させて、弾きとばした方とは逆の物干竿の先で顎を狙う。顎を上手く揺らせれば、脳震盪を起こせるからだ。外したときは只痛いだけの一撃だがな。

 

「うわっ!?」

 

首を傾けることで回避した先輩はバックステップで距離を取ると、クルクルと槍を右手で廻す。

 

「もー、危ないわね」

「いや、一撃で終わらせようと思いまして」

「当たれば一撃だったけどね。あまり舐めない方がいいわよ」

「舐めてませんよ。だから、本気で行きます」

 

今度はこちらから行く。

初撃を躱された後は大体乱打戦になる。ならば、姑息な策など無意味。例え相手が暗部の人間だろうと、槍を持って師範に敵う人間なんかいない。

真っ正面から突撃して、更識先輩に乱打戦の開幕を告げる一撃を叩き込んだ。

 

のだが、放った上段からの攻撃は空を切り、同時に後ろから鋭い突きが迫るのを肌で感じた。

切り下ろしの勢いをそのままに、棒高跳びの容量で物干竿を基点に跳んで躱す。…あぶねぇ。しかし、何をやったかは分かった。

古武術の歩法、抜き足を使っているのだろう。俺の呼吸に合わせて、抜き足を使い、俺の意識の外から攻撃を仕掛けて来た。古武術にも精通しているとは、暗部とか俺の護衛とかならこれ以上無いくらい安心できるが、試合になるとめちゃめちゃ厄介だな。

しかしそんな事を考えている暇もなく、空中にいる俺に向かって突きを放って来る。

 

「う…りゃっ!」

 

軸になっていた物干竿で突きの軌道をずらし、半回転して着地する。危なかった。回転してなかったら頭から落ちてた…。

それより切り替えろ。ここからが正念場だ。残り時間は、恐らく5分弱。その間に必ず決着は付ける。引き分けなんてつまらない。

この沈黙でさえ、今は惜しい。

 

「………」

「………」

 

残り5分の内の、数秒。春とはいえ、夜は涼しい。道場の床は冷たく、今も足の裏を伝ってその冷気を体に伝えて来ている。

全身に冷気が伝った瞬間、俺と更識先輩は同時に動いた。

 

「はぁぁぁああ!」

「らぁぁぁああ!」

 

最初の一撃は先程と違い、一撃で決める為のものでなく、二の攻撃三の攻撃を当てるための囮だ。しかしそれは更識先輩も一緒。

何度も木槍と物干竿がぶつかりあう。剣道場にガン、ゴンと無骨な音が鳴り響く。秒間三回は鳴っているであろうその音を聞く者は俺を含めて三人しかいない。そして、その三人は誰もが思っただろう。

願わくば、この音を聞き続けていたい、と。

しかし無情にも、音は消える。死に際に、一際輝く星の様に。

 

「………っ!」

「なっ……!」

 

乱打戦の末、両者の一振りがぶつかりあった瞬間、更識先輩の木槍は砕き折れ、俺の物干竿は中程からへし折れた。と同時に。

 

「そこまでっ!」

 

布仏先輩の鋭い声が響き渡る。時間切れ、なのだろう。

 

「はぁ…はぁ…」

「はぁ……ふぅ」

 

肩で息を整える。流石に強かった。師範程では無いにしろ、同年代の中では一二位を争う程に強かった。

だけど、勝てない訳では無いな。実力的には五分だと、そう思いたい。

 

「…やるわね、佐倉君」

「先輩も中々強いですね。同年代では、多分一番強いですよ」

「同年代?」

 

あ〜。失敗した。そういえばこの人、めっちゃ負けず嫌いだったわ〜。

いやでも、やっぱり一番強いのは師範だし、あの町には他にも強い人は大勢いるし。

 

「ええ、まあ」

「じゃあ一番強いのは誰なのよ?」

「うちの道場の師範です。俺、あの人に一撃も入れた事ないんです」

「……ふぅ〜ん?じゃあ私には勝てるって言うの?」

「………………頑張れば」

 

無言で殴り掛かって来た。布仏先輩に取り押さえられてたけど。

あんだけ戦り合ってのにまだそんなに動けるのか。元気良すぎだろ。

俺はというもの、久々の試合だったせいか、訓練が足りなかったのか、かなり疲れている。ベッドに寝転がったら、一瞬で眠ってしまいそうだ。

 

「それにしても、会長と互角とは…。佐倉君は本当に強いんですね」

「いえ。これくらいなら時間をかければ誰にでも出来ます。時間てのは、経験ですからね。経験時間が長ければ、それに基づく予測が出来る。幸い、更識先輩は更識流の色が濃いですからね。型にはまった技は対処が楽ですし」

 

師範が色々な技を知っていたおかげで、ある程度の流派なら対処はできる。使えはしないけど。

さて、腹も減ったし、帰るか。更識先輩も落ち着いたみたいだし、汗掻いたままじゃあ気持ち悪いしな。そんで早く寝る。あ〜、フランス語が出来るやついねぇかなぁ。やっぱりあの訳が合ってるか気になるし。ことはさん(・・・・・)がいれば確認してもらえるんだけどな。

いない人の事を考えても仕様がない。さぁ、早く帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………あ、物干竿どうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、クラス代表決定戦から一週間経ち、澵井が復帰する日になった。いやぁ、やばいね。なにがやばいって……

 

「今日から澵井君復帰するって!」

「一週間も何してたんだろうね?」

「きっと会社の方が忙しかったんだよ。次期社長だろうし」

 

クラスの連中が誰一人事情を知らずに澵井の心配をしているってことだ。

澵井がどんな風になって戻って来るかは知らんが、このクラスの状態を受け入れられるかどうかは分からん。まぁそこはどうでもいいんだ、俺にとっては。じゃあ何が問題って、澵井がこの教室に戻ってくる事そのものが問題なんだよ。

自分の意思じゃないとは言え、人一人を殺しかけた人間と殺されそうになった人間、中立の人間がいる教室。なんだそれ。そんな教室、普通じゃありえねぇよ。

そして、もし織斑と澵井が仲良くなった場合が、最もめんどくさい。2人に絡まれ、織斑に付きまとう2人に絡まれ、この教室から俺の安寧は消え失せるだろう。元から無いけど。そうなればこの学園において、誰にも絡まれずに済む場所は消える。

そんなことを考えている間に、噂の人物が来たようだ。

 

「あ!澵井君!大丈夫だった!?」

 

いつか聞いた台詞だな。

それよか、隣に座っている織斑が駆け寄っていく。やっぱりお前はそういう奴なんだな。

 

「巧!大丈夫だったのか?」

「……ああ。…織斑(・・)、話があるんだ。いいか?」

「?別にいいけど…、今からか?もうすぐHR始まるけど」

「もう織斑先生には許可を取った。一時間目に間に合えば大丈夫だそうだ」

 

2人は教室を出るために人ごみを掻き分けていく。いってらっさい。

 

「真理も、来てくれるか?」

 

………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちは屋上に来た。ところで、アニメとか漫画だと屋上とかで飯食ってたりするけど、普通の学校は屋上って鍵閉まってるよね。少なくとも、小中は屋上は立ち入り禁止だったよ。

 

「まずは、すまなかった」

「?なんで謝るんだ?」

「試合の最後で撃ったレールガンは、ISに乗っている人間をも殺す威力を持っていたんだ。俺は知らなかったとはいえ、織斑にそれを撃った。だから、すまない」

「いや、知らなかったなら巧に非は無いだろ」

 

俺たち三人のクラス序列は分かっている。一位に織斑、二位に澵井、最後が俺。この序列が何を示すかというと、発言力の大きさだ。簡単な話、俺が噂を流すより織斑が流した方が格段に信憑性が上がる、と言った話だ。

何を言いたいかというと、屋上に俺たちしかいない今、ここでの発言は本心からのモノだと言う事だ。

澵井が謝罪したのも本心から来たものなら、織斑の言葉も本心からのもの。澵井は非を認め、織斑は許した。

俺の想像する最も面倒くさい展開になりそうだ。

 

「それでも、だ。人一人を殺そうとした事に変わりはない。本当にすまなかった。お詫びと言っては何だが、俺に出来る事ならなんでもする。そんなことで俺の罪が消えるなんて思ってないが、せめてこれくらいはさせてくれ」

 

これが、澵井の本心か。今までの態度からは考えられない、誠実な謝罪。

 

「……わかった。じゃあ…」

 

織斑が言う事は分かっている。どうせ、

 

「俺と友達になってくれ」

 

だろ?

 

「…そんなんでいいのか?」

「ああ。というか、男子が三人しかいないんだから、友達がいないとキツいって。だから、俺の事は一夏って呼んでくれよ」

「……わかった。これからよろしくな、一夏」

 

はいはいオメデトウオメデトウ。で、俺はどうすれば良いの?お前等みたいな爽やか青春は肌に合わないんだ。今にも蕁麻疹が出そうだよ。

 

「…真理。お前に来てもらったのは説明をお願いしたいからだ。織斑先生に相談したとき、お前が一番事情を把握してるって言ってたからな」

 

チッ。鬼教師め、俺に丸投げしやがったな。

とりあえず、澵井の事情と『Only Once Fool』システムの話をして、早々に屋上から去る事にした。

ここで改めて友達認定されるとか、冗談じゃない。あの2人が友達だろうが親友だろうが、どんな関係になろうが知ったこっちゃ無いが、俺を巻き込むのだけは止めて欲しい。という訳で、俺の事はうやむやにして屋上を去るのがベストなのだ。

俺は2人を屋上に残し、階段を降りていく。一時間目まではあと五分。織斑先生が許可したのは朝のHRの欠席のみだ。一時間目に遅れようものなら、脳細胞を一つ残らず殺し潰す出席簿アタックが待っている。

結果、俺は一時間目に間に合ったのだが、織斑と澵井の2人はギリギリ間に合わず、出席簿アタックの餌食となった。2人は痛がっていたものの、2人仲良く席につき、授業が始まる。澵井が俺の横を通り過ぎるとき、ボソッと「ありがとう」と言っていたが、聞こえない振りをして授業に集中する。

澵井に対して俺は何もしていない。謹慎室の前で言った事は俺の勝手な、主観的な意見であり、澵井に感謝される事では無いのだ。あの小説風に言うなら、そう……

 

君が一人で勝手に助かっただけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は過ぎ、昼休み。いつものように、いつもの広場で飯を食う。さっき小耳に挟んだ話だと、来週にクラス代表戦というものをやるらしい。俺には関係無い話だな。それより、いい加減アイツはどうにかならないのか?

 

「やっほー、真理」

 

こいつだ。昼休みくらい一人にしてくれよ。

 

「…よぉ。って、お前も来たのかよ」

「なによ、来ちゃ悪いっての?」

 

うん、まあ、来て欲しくはないよね。

俺の前に現れた2人組、ハミルトンと凰は、なんと折りたたみ式の椅子を持ち寄ってこの広場へとやって来た。居据わる気満々か。

 

「あれ?2人はもう知り合いなの?」

「この前迷子になってるのを見た」

「迷子じゃないわよっ!」

「それよりお前等は?同じクラス?」

「うん。ついでに言うと、ルームメイトでもあるのよ」

 

ほぉ。物腰柔らかいハミルトンとさっぱりした性格の凰ね。2組の担任はさぞ喜ばしいだろうな。一組のような問題児ばかりでなくて。

というか、ここに連れて来るなよ。誰にも言ってないんだぞ。お前は勝手に来たけど。いや、更識先輩の差し金だったっけ?なら更識先輩も知っているのか。安息とは程遠い場所になってしまったなぁ、ここも。

 

「あれ?真理のケータイ鳴ってない?」

「ん、ああ」

 

脇に置いておいたケータイを掴み、通話ボタンを押す。スマホって地味に使いづらくね?それは置いといて、通話口を耳に近づけると、最近聞いた、落ち着いた声が聞こえて来た。

 

『佐倉君ですか?』

「はい。何かあったんですか?布仏先輩」

 

布仏先輩はどうやら焦っているようで、この前聞いたばかりの落ち着いた声が若干上擦っている。

 

『ええ、まぁ…。会長がそちらに行ってませんか?会長印が必要な書類が残っているのに部屋を抜け出したんです。そちらに行ってないかと思いまして』

「残念ですけど、来てませんね…………あ」

「あ」

 

来てないと言った傍から、茂みの中から出て来た更識先輩。

 

『どうかされました?』

「いました。捕まえた方がいいですか?」

『お願いできますか?直ぐに私も向かいますので』

「お願いします。場所は寮の裏の広場、って分かりますか?」

『ああ、あそこですね。分かりました。すぐに伺います』

 

電話が切れる、と同時に携帯をハミルトンに軽く投げ、更識先輩に突撃。

 

「ちょちょちょ!佐倉君待って!今の虚ちゃん!?いつの間に連絡先交換してたの!?」

「分かりました、待ちます。…貴女を捕まえてから」

 

更識先輩があからさまにホッとしたのもつかの間、俺は更識先輩の背後に回り腕を取る。腕を捻り上げて拘束し、完全に動きを封じる。

ふぅ、じゅりさんと撫子さんに色々教わっといて良かった。

 

「イタタタ!え、なにこれ。全然取れないんだけど?」

「当たり前じゃないですか。あ、連絡先については昨日交換しました。急ぎの用があるかもしれないとのことだったんで」

「えぇ…。あれ?私と佐倉君って連絡先交換したっけ?」

「交換はしてません。貴女が勝手に俺の携帯に連絡先を登録したんでしょ」

「あはは、そうだっけ?」

 

こんの狸会長め。痛い目見せてやる。

 

「ハミルトン、携帯取ってくれ」

「……え、あ、ああ、はい」

 

受け取った携帯の履歴から布仏先輩の番号をタップしコール音を聞く。2コールの後に先輩が出た。

 

『はい、布仏です』

「もしもし、佐倉です」

『どうかされましたか?もしかして、会長が逃げました?』

「いえ、更識先輩は捕まえました。布仏先輩にお願いがあって」

『はぁ…。私に出来る事であれば』

「縄かなにかを持って来て頂けませんか?」

「え」

『ああ、大丈夫です。既に持ってますから。直に着きますので待っていてください』

「わかりました」

 

通話を切ったあと、背筋を冷たい何かが撫でる。

_____なんであの人縄なんか持ってんの?

 

「更識先輩……」

「……なによ?」

「布仏先輩って怖いですね」

「…じゃあ私を」

「解放しません」

 

バカかこの人は。解放する訳無いだろう。もし今解放したら、布仏先輩が持っている縄の使い道が更識先輩から俺になってしまう。

そしてそこのチビと金髪。さっきから何をこそこそとしてんだ。この人と俺はなんの関係も…無くはないな。まぁでも、上司兼ルームメイトなだけでやましい事は何も無い。それどころか、代わってくれるならこの先輩に関わる全ての関係性を代わって欲しいまである。

 

「とりあえず後で説明するから、先に飯食っててくれ」

「わ、わかった…」

 

手元に残っていた弁当をぱくぱくと食べ始める2人。

 

「ちゃんと説明はしてあげるんだ。優しいのね」

「変な誤解されるのは嫌いですし、大して苦でもないですから。聞かれて困る事もありませんし」

「ふ〜ん……。ティナちゃんとはまだ会ってたんだね」

「会いたくて会ってる訳じゃないんですけどね」

 

むしろ避けているぐらいなんだけどなぁ。最近じゃあ遭遇率も下がっているが、それでも他クラスの奴と会う確率としては高いくらいだ。

そうこうしているうちに布仏先輩が現れた。右手に縄を持って。

 

「ありがとうございました、佐倉君。これから生徒会室でお茶でもどうです?」

「お言葉に甘えて、と言いたいんですが、あの2人に色々説明しなくちゃならないんで、また後日にお願いします」

「そうですか。では今日の放課後にでも」

「はい。頑張ってくださいね」

「ええ、本当にありがとうございました」

 

それだけ言って、布仏先輩は去っていった。簀巻きにされた更識先輩を引きずりながら。

あの人だけは怒らせちゃいかんな、と心に刻んだ瞬間でもあった。

それよりこいつ等に説明しなきゃな。ついでにこいつ等がここに来た理由も聞き出す。ハミルトンはともかく、凰がここに来るのは理由があったからだろう。

 

「さて、何が聞きたいんだ?」

 

こういうのは直球で聞くのが一番良い。変に遠回りした言い方をすると、勘違いやら誤解が生まれる恐れがあるからな。

 

「じゃ、じゃあ、生徒会長との関係は?結構親しそうだったけど」

「上司兼ルームメイト。この間生徒会に入ったからな」

「ええ!?真理、生徒会に入ったの!?」

 

この反応は想定内。というか聞いてくる事はこれだけだろう。この問答で俺が嘘を吐いても意味が無い事はハミルトンも分かっているだろうし。

なのでここからは俺が聞く番だ。

 

「じゃあ俺からも質問。何故凰を連れて来たんだ?」

 

多少は躊躇うと思って投げかけた質問だが、意外にも答えは直ぐに帰って来た。

 

「それが聞いてよ真理!」

 

聞く所によると、凰と織斑が中学二年の時にとある約束を交わしたそうだ。その内容は『私の料理が上手くなったら毎日私の酢豚を食べてくれる?』というもの。分かり辛いんだか分かり易いんだか、よくわからん約束をしたものだ。

そして先日、織斑がやらかした。

織斑のアリーナでの特訓が終わったあと、篠ノ之と織斑が同室であることを知ったらしい凰は、直後、2人の部屋まで赴き、あろうことか篠ノ之に部屋の交換を申し出たそうだ。しかし交渉の相手は織斑ハーレムの中でも古参で、かつ凰の前の幼馴染みの篠ノ之箒。そんな2人の交渉が会話だけで成立する筈も無く、話を聞かない凰に向かって、篠ノ之が竹刀を振り下ろしたそうだ。まぁしかし、流石は代表候補生というべきか、竹刀による一撃をISの部分展開によって防いだ凰は「今の、生身の人間だったら危ないよ」と言って篠ノ之を織斑の後ろに下げる事に成功したらしい。

ここまで聞いた俺の感想は、『どうでも良い』と『どっちもどっちだろ』の二つだけだった。

本題はここから。

篠ノ之を織斑の後ろに下げた凰は、中学時代の約束を覚えているかと聞いたそうだ。それに対する織斑の答えはこう。

 

「ああ、鈴の料理が上手くなったら毎日酢豚を______」

「それそれ!」

「_____奢ってくれるってやつか?」

 

……………やっぱりどっちもどっちだろう。正直、俺が聞いても勘違いしそうな台詞ではある。

凰の言葉は『毎日私のみそ汁を飲んでくれる?』ってやつのアレンジ版だ。ただ、毎日酢豚はキツいと思うぞ。

閑話休題。

織斑の覚え違いに怒った凰は、クラス代表戦でボコボコにしてやると言い捨て織斑の部屋を去って行き、昨日。

放課後、特訓中の織斑に謝るよう話をつけに行ったそうだ。いや、その時点でアホだろ。その約束の意味がバレたら、お前平常心でいられるの?それどころか特訓中は常に篠ノ之とオルコットが一緒にいると聞く。その2人も暴れだすと思うけど。

そして今に至る、と。

 

「……結局、愚痴吐きに来たってことでいいのか?」

「そうよ!」

「帰れ」

 

お前の、しかも織斑に関する愚痴を聞く義理は無い。この場を知っている人間がいるのは仕方が無いが、この場の安寧を壊すものがいれば容赦無く排除する所存です。

 

「今の話を聞く限りじゃ、どっちもどっちで、どちらか一方が責められるなんて話じゃなかった。お前の言葉の足りなさと織斑への理解の無さや織斑の常識力の無さが今回の話の原因だ」

「そこは良いのよ!アタシも悪いってのは分かってるんだから」

 

じゃあなんで怒ってるんだよ。反省の色が全く見られないぞ。

 

「怒ってる理由はそこじゃないの。昨日、アタシが一夏に会いに行ったとき、あいつアタシになんて言ったと思う!?」

「知らねーよ」

「あいつ、アタシに向かって、ひ……ひんにゅう…って」

 

あー……。

俺はハミルトンと目を合わせて、どうすれば良いのかと訴える。つーか女子のデリケートな部分に突っ込むなよ織斑。常識疑うわ。しかもそのしわ寄せが俺に来てるし。

ハミルトンも目に見えてオロオロしている。確かに君スタイル良いしね。「気にする事無いよ。胸が大きくたって走る時邪魔なだけだしさ」なんて言ってみろ。凰が切れて、IS使ってこの辺り一帯を更地に変えるくらいはしそうだ。

まずいな…、俺とハミルトンじゃあこの状況を打破するのは難しすぎる。

ここから教室に戻るのに十数分。五限目が始まるのは二十五分後。あと五分で、この場に最も相応しい言葉を見つけなければ…。いや、俺は一組、こいつ等は二組。教室に戻って後は放置でいいんじゃないか?ここでこいつを放置して行っても、大会で織斑がボコボコにされる程度の被害で済む。しかも俺に実害が無い。

よし、帰ろう。

そんな俺の安直な考えはハミルトンの殺気の籠った視線で中断される。ちっ。

 

「あー…気にすんな、とは言わねぇよ。お前の気持ちは分からんしな。だけど、それを俺に愚痴られても正直迷惑だ」

「ちょっと真理!」

 

仕様がねぇだろ。今この場で凰の悩みを解決するのは不可能な以上、怒りの矛先をきちんと定めさせ、尚且つ俺に飛び火しないようにするのが関の山だ。

 

「そうよね…」

「だから、織斑を叩き潰せ。完膚なきまでに叩き潰して、お前に二度とそんな事言えないようにしてやれ」

 

所詮織斑はIS初心者だ。オルコットに勝てそうになったのも、オルコットが油断していたという理由が大多数を占める。ならば、生身とはいえ篠ノ之の竹刀による一撃を防いだ凰には勝てる見込みはほとんど無い。初心者が油断を無くしたプロに勝てる道理はないからな。ビギナーズラックが無いとは言えないが、確率は1%以下だ。

織斑も織斑で訓練しているようだが、担当しているのはオルコットと篠ノ之。篠ノ之は言わずもがなだが、オルコットも遠距離一辺倒。近接一本の織斑に師事できる事は多くない。

これだけの条件を持ってしても勝てないというなら、それは単に凰の実力不足と言わざるを得ないが、今の凰の表情を見る限り大丈夫だろう。

 

「…そうね。真理、あんた良い事言うじゃない!」

「ま、納得してくれたならいい。あと、俺は協力しないからな。めんどくさいし」

「別に良いわよ」

 

とりあえず、話が纏まって良かった。こいつ等の問題から俺を引きはがす事も出来たし、万事解決だな。

 

「じゃ、話も纏まったみたいだし、そろそろ戻ろっか」

「え?ティナ、あんたの……いや、何でも無いわ」

 

凰とハミルトンの小さなやり取りが気になったが、俺には関係の無い事だと割り切って、俺たち三人は広場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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