一般人は毒を吐く。   作:百日紅 菫

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青い春に自覚は生まれます。

翌日。朝っぱらから疲れた顔をしているクラスメイト達を視界の端に捉えながら、昨夜、更識先輩との会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「澵井の事情でしたっけ?俺の考えあってました?」

 

部屋に戻るなり、開口一番聞いてみた。だって気になってるのはそれだけだもん。

 

「ええ。澵井君の両親の会社を一人一人当たって、たった一人、証言してくれた人がいたわ。佐倉君の推理通りの証言をね。その証言を元に調べて、裏も取れたわ」

 

おお、ちょっと嬉しいな。ただ一つ気になるのはレールガンの威力情報をどうやって改竄したのか、って事なんだが。

俺の表情から察してくれたのか、更識先輩はまたもや資料らしき紙束を渡して来た。

ねぇ、情報漏洩とか大丈夫なの?

 

「……………」

 

やばい。理解できない。

プログラミングやらハッキングやらの専門知識が無いから、書かれている専門用語であろう言葉が全く理解できない。

それを察してか、更識先輩が解説して来た。

いや、有り難いんですけど、そんなに俺の顔って察しやすいですかねぇ?中学の時は表情無いねとか言われてたのに。

 

「簡単に言うと、元々レールガンの威力は織斑先生達が点検した通りの威力だったのよ。というかレールガンそのものには何も仕込まれていなかったわ」

 

レールガンそのものには。という事は___

 

「…仕込まれていたのは澵井の専用機、ですか」

「その通り。専用機、しかも第三世代機は目下開発中の実験機。例えIS学園といえどISの深層システムまでは検閲できないわ。そこに付け込まれた。システムの奥底にあったのは、現役時代の織斑先生の専用機『暮桜』の単一仕様にして織斑君の専用機『白式』の単一仕様、『零落白夜』を一度だけ再現するプログラム。ただ完全再現は出来なかったのね。自身のシールドエネルギーを置換する事は出来ても、相手のエネルギーを無効化する事までは出来なかった」

 

劣化版、零落白夜、か。

 

「そのプログラムの名前は『Only Once Fool』。日本語に訳すと、『一度きりの愚か者』ってとこね」

 

『一度きりの愚か者』か。全く持ってその通りだな。一度きりかどうかは分からんが。

 

「そのプログラムの発動条件は至って簡単」

「……レールガンを展開すること」

「厳密に言えば、レールガンを展開しISをロックオンすること。発動してしまえば止める事は出来ない。そういう意味でも『一度きり』ね」

「じゃあもしオルコットとの試合で使っていたら…」

「セシリアちゃんが織斑君と同じ目にあっていたでしょうね」

 

今までの説明でほとんど納得できたが、只一つ、納得というか疑問に思う点がある。

澵井の母親は、澵井がレールガンを使う初めての相手が織斑だと知っていたのか、知っていたとするならどうやって知ったのか。

澵井は親の力を自分の力だと思い込まされていた。同様に織斑に対する敵対心も、思い込まされたものだったのだろうか。

思い返すと、澵井の織斑に対する態度はどこか不自然ではあった。嫌いな筈なのに名前で呼び合い、嫌そうな顔をしながらも楽しそうな声を出したり、極めつけは織斑に過剰攻撃をした後だ。聞いた話ではかなり青ざめていたらしい。

 

「澵井の謹慎って一週間でしたっけ」

「?ええ、そうよ。それがどうしたの?」

「いや、面倒くさいことになりそうだなぁ、と」

 

澵井がもし謝れば。織斑のあの性格を考えれば。自ずと答えは出て来る。

 

「それは置いといて。澵井の母親はどうやってクラス代表決定戦を知って、どうやって織斑との試合でレールガンを使わせたんですか?入学して一週間じゃあ武装の入れ替えなんかは無理でしょうし」

「それについても調べはついているわ」

 

意外だ。そんな事まで調べがついているなら…。

そこまで考えて、止めた。

どうせバックには女性権利団体がついているんだ。政治的にも権力を持つ団体を逮捕したところですぐに釈放されるのは目に見えている。

 

「そもそも彼が企業でしていた訓練は対近接特化と対遠距離特化だけらしいのよ。つまり漏れていた情報はクラス代表決定戦の出場者ではなく、新入生のクラス構成と織斑君の専用機の情報」

 

そうか。それならば納得は出来る。

一組で目立つ人間といえば俺を含めて六人。担任にして世界最強と名高い織斑千冬。その弟、織斑一夏。天災、篠ノ之束の妹、篠ノ之箒。ISシェア世界一位の企業の跡取り息子、澵井巧。そして男にしてISを使える俺こと、佐倉真理。イギリス代表候補生にして、イギリスの名家オルコット家の息女、セシリア・オルコット。

そして月末に行われるクラス代表戦は各国のお偉いさんが来るでかいイベントだ。その為にクラス代表になりたがる人間はいるだろうが、代表候補生がいる状況では自薦することもないだろう。

だからといって、たった一クラスに纏められた、学園に三人しかいない男子を放置することもない、のだろう。

そうしてクラス代表に選ばれるのは他薦されるであろう織斑一夏、澵井巧。その2人を女尊男卑のオルコットが見逃す筈もなく、自薦する。

担任の織斑千冬がこの三人でクラス代表を争わせるのは目に見えている。そしてその方法がISによる決闘で行われる事も。

 

「よくそれを実行しましたね。そんな穴だらけの作戦、俺なら絶対に実行しませんけど」

「澵井君にレールガンを渡す際に、対織斑君用と伝えていたらしいわ。まぁそれだけじゃあセシリアちゃんに使わないとは限らないけれど、企業の方でまた別の装備を開発していたらしいし」

「まぁ三年間ありますからね。両方を潰すチャンスはいくらでもあるって訳ですか」

 

織斑と澵井が戦う時が、そのチャンス。模擬線や訓練も含めればそのチャンスは何十回とあるだろう。

 

「報告は以上よ。何か聞きたい事は?」

「そのなんとかっていうプログラムは一回きりなんでしょう?織斑と戦う度に毎回入れ直さなきゃいけないんですか?」

「いいえ。一回きりしか使えないのは、プログラムを作動させる鍵の方。企業が作成したレールガンは織斑先生達の検閲を通ったけど、その検閲の点検科目に無い箇所にプログラムを作動させる鍵があった。その容量が一回分なの」

 

ふーん。まぁ事情は大体理解した。

しかし、俺の推理があってるかどうかを聞きに戻って来たというのに、ほとんどの説明はプログラムの話だったな。専門的な話はよくわからん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、織斑君だ!」

 

俺を記憶の海から戻したのは、クラスの女子の声だった。まぁ知り合いじゃないんですけど。ちらっと織斑の顔を見たが元気そうだ。まぁ昨日も会ったから無事なのは知ってるけど。

すぐに女子に囲まれて見えなくなったが、織斑は笑顔を浮かべていた。それが張り付けているものかどうかは俺には判断できなかったが、少なくとも澵井との仲を問題視されないようにしているものだと感じた。

 

「おはよう、真理」

「はよ」

「今朝は大変だったぜ。罰則でグラウンド十周もさせられたからなぁ」

 

それはお前等が悪い。

にしても、どっちだ?こいつが澵井のことを敵視しているのかどうかで、今後の俺の苦労が想像できる。

 

「そういや巧は?今日も来てないのか?」

「…澵井は謹慎中だ。来るのは来週の月曜から」

「そうなのか?なんで?」

「お前を規定違反の威力を持つ武装で攻撃したからだよ」

 

なんだこいつ?何も知らされてないのか?というより、澵井のことどう思ってんだ?

 

「お前、澵井のことどう思ってんだ?」

「え?友達だろ?一昨日の最後の攻撃はびっくりしたけど、あれは俺が躱せなかったのも悪いしなぁ」

 

わかった。こいつはバカだ。そして俺はこいつと仲良くは絶対になれない。

つーか俺も変な聞き方したな。「澵井のことどう思ってる?」って…。ほら、周りの女子の目が輝き始めたよ。ごめんな、織斑。悪いとは思ってないけど。

そんなこんなでSHRが始まる。適当に聞き流していると、最後の最後で織斑先生に呼ばれた。いや、何もしてませんよ?

廊下に移動して、山田先生を後ろに控えさせた織斑先生が聞いて来た。

 

「更識から聞いたが、お前は澵井の事情について知っているらしいな」

「ええ、まあ。誰にも言うつもりはありませんよ。命が惜しいですし」

 

女性権利団体に楯つくようなマネはしない。死にたくないし。

山田先生が命って、みたいに苦笑してるけど、織斑先生は真面目な顔で頷いていた。

 

「分かっているなら良い。ただし、織斑にだけは言ってもいいぞ。無論、2人だけで話せる場所で、だがな」

「いや、面倒くさいんで言いませんけど…」

 

何故にわざわざあんな事を説明せにゃあかんのだ。長いしだるいし面倒くさい。しかし、織斑先生の目が話せ、って言ってるんですよね。そんな目をするくらいなら最初っから言えよ。

とりあえず先生達から解放された俺は教室に入ろうと振り返った。そしてある人物を見つけた………んだけど、別に声を掛けなくてもいいか。

 

「あ!真理。そういえばアンタ一組って言ってたわね」

「…おう。織斑に用事か?凰」

 

ツインテールを揺らしながら駆け寄ってきたのは、昨日知り合った迷子の凰鈴音だ。SHRにいなかったし、紹介も無かったという事は一組ではなかったんだろう。

 

「まあね。いる?」

「ああ。ほれ」

 

扉の前から、篠ノ之とオルコット、その他諸々の女子に囲まれている織斑を指差す。一番人気の男子が女子しかいない教室で一人になるとああなるのか。不憫な。

つーかなんの話をしてんだ?留学生やら中国やら聞こえるが…。凰の話か?

 

「その情報、古いよ」

 

何やってんだお前は。

気づけば凰は扉の端に背を預け、片膝を立てて腕を組み、恰好つけていた。織斑達の話を遮り、乱入している。

俺は巻き込まれないように、教室から遠く離れた男子トイレへと逃げ込んだ。

 

 

 

 

 

 

それから時間は過ぎ昼休み。食堂に行っても教室にいても居場所が無い俺は、売店でいくつかの惣菜パンなんかを買い込み、いつも練習をしている広場へと来ていた。教室からはかなり遠いが、静かでいいしベンチもある。中学に比べて昼休みの時間は長いし、リラックスできる時間もある。まさしくベストプレイス。この学園で唯一の心休まる場所だ。

 

「あ、やっぱりここにいた」

 

………こいつがいなけりゃな。

 

「何しに来たんだよお前は」

「それ前にも聞いたよ。いやぁ、一緒に食堂行こうと思ったら教室にいなかったからさ。とりあえずここかなぁって思って来てみました」

 

そう言って俺の隣に座るハミルトン。ここにはベンチが一つしかない上に大きさもそこまで大きい訳ではないので必然的に近くに座る事になる。警戒心がないんだろうか。

残り少ないパンを口に放り込み、ここに来る途中で買ったお茶の紙パックにストローを刺し、ズルズルと吸う。

 

「お前、昼飯は食ったの?」

「ううん、これから。ほら」

 

恐らく弁当を入れるであろう小さな鞄から、二つの惣菜パンといちごミルクを取り出してみせて来る。どうでもいいけど、俺いちごミルク嫌いなんだよね。

つーかどうすればいんだ、これ。俺は食い終わってるけど、まだ教室には戻れないし、こいつは今から昼飯だ。気まずいなぁ。

そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、もごもごと食べながらハミルトンは話し始めた。

 

「私さぁ、2組のクラス代表だったんだよね」

「へぇ」

「それでね、今日転入生が来たんだけど、代表代われって言って来たのよ」

 

知り合いの所業をこんな形で聞くなんて、というか凰、何してんだ。

 

「で?」

「専用機持ちだったし、私よりは可能性あるかなって思って代わっちゃった」

「ふーん。ならいいじゃん」

 

やっべ、眠くなって来た。どうでもいい話を聞いてると眠くなるよね。それに昨日の夜、『レ・ミゼラブル』の翻訳を終わらせたのが午前三時だったのもあるかも・

瞼が重い。ごめん、ちょっと…む……り………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティナside

 

「でね、って真理?」

 

お昼ご飯のパンを食べ終わって、いちごミルクを飲みながら真理に話しかけていると、肩に重みが。何かと思って見てみると……。

 

「ま、ままま真理!?」

「……すー…………すー………」

「……寝てる…」

 

私の肩に頭を乗せて、静かに寝息を立てていた。

そ、そんな恋人みたいな事を…!

周りに誰もいないのが幸いした。今、私の顔は真っ赤だろうから、誰にも見せられないよ…!

と、とりあえず今が午後の授業が始まる三十分前だから、あと十五分くらいしたら起こそう。い、いや別に、今の状況を少しでも長く、とか考えてないよ!?

動揺しちゃ駄目だ。真理を起こしちゃう。静かに、静かに過ごそう。

そんな私の決心を嘲笑うかのように、真理の頭が肩からずり落ちていく。

 

「あっ、ちょ」

 

気づいた時には、真理の頭は私の膝の上。俗にいう『膝枕』状態だ。

この状態であと十五分とか、私の心臓は耐えきれるのだろうか。いや、一周して頭は冷静になって来たから大丈夫。ただ…

 

「…くすぐったい…」

 

IS学園の制服は改造を許されているんだけど、私はめんどくさくてやってない。で、元々がミニスカートだから、太ももがでているんだよね。そこに真理の髪が当たっているから、すごくくすぐったい。

真理の少し長めの前髪をスッと払って、顔をのぞく。皆がフツメンとか言ってるけど、こうしてじっくり見てみると、肌はきめ細かくて奇麗だし、顔のパーツも整ってる。普通にかっこいい部類だと思う。それなのにフツメンって言われてるのは、目の下に出来た大きな隈と半開きの睨んでるのか眠いのか分からない目をしているからだろう。

私の膝の上で眠っている真理の頭を撫でると、寝ている筈の真理の口の端が僅かにだけど上がった。普段笑っている所を見た事が無いから、すっごく新鮮だ。

そして…

 

「…かわいい」

 

やばい、かわいい、超可愛い!普段あんなに捻くれてる真理が微笑みながら私の膝の上で寝てるとか可愛い過ぎ!

これがジャパニメーションファンが言う『ギャップ萌え』ってやつなのかしら?

変なテンションになりつつも、真理の寝顔を堪能し、気がつけば午後の授業十五分前になっていた。そろそろ起こさないと、私も真理も遅刻しちゃう。

 

「真理、真理。起きて、遅刻しちゃうよ」

 

肩を揺らしながら耳元で話しかけると、呻きながら細目を開ける。

 

「うぅん…?あぁ…わるい……寝ちゃった……………っ!?」

 

話の途中で寝てしまったことを謝りながら起きたのだが、今の状態に気づいたようだ。私の膝から飛び起きて、いつもは半開きの目をぱっちり開けて驚いている。あ、ちょっと吊り目だ。

驚きが声に出ないのか、ぱくぱくと口を開閉し私の顔と膝を交互に指差している。

 

「いやぁ、最初は肩だったんだけどいつの間にかずり落ちちゃって。起こすのも可哀想だったから、そのままにしてたんだ」

 

私が状況説明すると、真理は開いていた口を閉じ、空を仰いで呟いた。

 

「………起こしてくれよ……」

 

別に嫌じゃなかったし、むしろ嬉しかったし。私しか知らない真理が見れて、ちょっと生徒会長さんに勝った気分だよ。

 

「まぁまぁ。もうすぐ授業だし、そろそろ教室に戻ろっか」

「ああ、そうだな」

 

携帯で時間を確認した真理が頷いて立ち上がる。後ろから見てもやっぱりかっこいいと、不覚にも思ってしまう

。一夏や巧もかっこいいけど、やっぱり真理が一番……って、なに考えてるの!?

顔に手を当てると、頬が熱くなっているのを感じる。次いで顔を上げると、頭上にハテナマークでも浮かべてそうな真理が、首を傾げて見下げていた。

 

「い、行こうか!」

「お、おう…?」

 

恥ずかしくなった私は、真理の背中を押して、校舎へと向かった。

この気持ちの名前に気がつくのは、そう遠くない。

 

 

 

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

午後の授業に間に合い、帰りのSHRも終えた俺は、生徒会室へと来ていた。先日、生徒会への加入が決まったため、生徒会役員達への顔合わせの為だ。まあ更識先輩含めて三人しかいないらしいが。

生徒会室の扉を三回ノックし、「……どうぞ」という声が聞こえてから扉を開ける。

 

「失礼します。生徒会への加入が決まった佐倉です。顔合わせの為にきまし、た……」

 

部屋の中に入ってまず目に入ったものは、大量に積み重ねられた書類の束。今にも崩れ落ちそうな不安定さで机や棚の上など、至る所に積まれている。

そして次に目に入ったものは、奥の机に座る、疲労困憊の更識先輩と手前の二つの机に座る、眼鏡に三つ編みの女性と、どこかで見た事のある、こんな重い空気の中でものほほんとした雰囲気の少女だ。

帰ろう。

その言葉が脳裏を過った時には、全てが遅かった。

 

「良い所に来たわね!ほらこの席に座って!虚ちゃん!彼にも出来そうな書類を全部持って来て!」

 

疲労困憊のくせに、目にも止まらぬ速さで俺の目の前まで来たかと思うと、次の瞬間には空いた机に座らされ、目の前には大量の書類が積まれていた。

 

「ごめんなさいね。今は猫の手でも借りたい状況なので」

 

書類を置いたであろう眼鏡の先輩が苦笑しながら謝罪しつつ、俺にペンを持たせる。

ちょっと待って。顔合わせに来ただけなのに、この量はおかしくない?見た感じ五百枚はあるんだけど。

 

「あの、これは…」

「ごめんね。先週出された書類の提出が急遽明日までになっちゃってね。ただでさえアリーナの使用許可とか訓練機の貸し出し届けとかで忙しいのに、産休で休んだ先生の書類まで回ってきちゃって。この有様なのよ」

 

状況説明を求めたら言い切る前に説明された。しかも判子を押しながら。どんだけ切羽詰まってんだよ。とりあえずどうすればいいんだ?

 

「書類にサインをしてこの判子を押して提出日順に並べ直しといてちょうだい。その山は訓練機の貸し出し届けだから」

 

えぇ。並べ直すったって、この量を?しかもサインと判子を押して?

考えたって終わらない。とりあえず今はこの書類を片付ける事だけを考えよう。

 

 

 

 

その後、山が消えては現れ、ファイルを渡されては纏め直し、判子が押された書類をまとめるという作業をし続け、気づいた頃には夜の八時になっていた。

 

「はー……終わったぁ!」

 

更識先輩が手を組んで伸びをする。その姿を横目に、俺は小さくため息を吐いた。いやだって元々顔合わせだけのつもりだったんだよ?それがなんで、初日から四時間ぶっ続けの激務になるの?

とりあえず終わったんだし、さっさと練習して今日は寝よう。ハミルトンにも迷惑かけちまったし。

立ち上がって部屋を出ようとすると、目の前に紅茶の入ったカップが置かれた。

 

「お疲れさまでした。すみません、手伝わしてしまって」

「いえ…」

 

そういえばこの人の名前知らないな。あと、斜め前の机で突っ伏しているあの人も。

 

「私は布仏虚。あの娘は本音。私の妹です」

「はぁ……あ、佐倉真理です。更識先輩からの勧誘で生徒会に加入する事になりました。よろしくお願いします」

「ええ、よろしくお願いしますね」

 

礼儀正しい人だ。この学園では一番接しやすいかもしれない。お互い敬語で、先輩後輩で、近くもなく遠くもなく、お互いのパーソナルスペースに入らず、業務的な距離感。接しやすいというより、更識先輩やハミルトン、織斑のような鬱陶しさが無いから、気分的に楽なんだろう。

 

「じゃあ俺はそろそろ行きますね」

「ちょっと待ちなさい」

 

紅茶を飲み干してから立ち上がると、扇子を持った更識先輩が口元を隠してストップを掛けた。あ、紅茶はとても美味しかったです。

 

「行くって、槍の練習よね?」

「ええ、まあ」

 

更識先輩は扇子をパンッと開くと、そこに書いてある文字を見せながら言った。

え、何それ。その扇子どこで売ってんの?

まあそれは置いといて、達筆で書かれているその文字は、『挑戦状!』

 

「私と試合をしましょ。この前は途中で終わりにしちゃったし、佐倉君の実力には興味があるからね」

 

この人強いから嫌なんだよなぁ。まぁ、でも。

 

「いいですよ。お願いします」

「あら。受けてくれるなんて意外ね」

「そうですか?」

 

強い人と試合すんのは疲れるし面倒だけど、自分が強くなるのは嫌いじゃない。凡人の俺は十年掛けても師範に一撃も入れられないが、それでも強くはなった。更識先輩も強いんだろうが、ここで負けては師範やあの人達に面目が立たない。

そしてそれ以外にもう一つ、この試合をする理由がある。

 

「俺、白黒はっきりさせたいタイプなんですよね」

「…っ!」

 

え、なに?更識先輩がいきなり顔を赤くさせたかと思うと、椅子ごと後ろを向いて黙ってしまった。

 

「…えーっと…。あの、布仏先輩…」

 

どうしようもないので布仏先輩に助けを求めると、さっきまで突っ伏していた妹さんとため息を吐いていた。いや、吐きたいのはこっちなんですけど。

 

「落ちたね〜」

「落ちましたね」

 

そんな訳あるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………そんな訳……あるか。

 

 

 


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