一般人は毒を吐く。   作:百日紅 菫

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遅くなって本当にすみません。


鷹の希望は槍と白と金の乙女です。

セミの鳴き声が聞こえる。夏のジリジリとした太陽が、道を熱し、陽炎が立ち上る。

 

「よっ」

 

不意に肩を叩かれ振り向くと、自分の身長に合わせるように腰を曲げた比泉さんと五十音さんがいた。最初に訪れた時と同じ服の二人を見上げ、すぐに視線を落とす。

 

「……こんにちは」

「こんにちは。どしたの?」

「………」

 

心が安らぐような笑みを浮かべる五十音さんと目も合わせずに、歩く。目指す場所は、通い始めて一年になる道場、槍桜道場だ。

視界に広がるのはアスファルトの黒だけ。僕の心象を視界に映されているようで、とても気分が悪い。かといって、空を見上げるほどの気力もない。

一年前、お父さんに連れてこられた桜新町という、僕が住んでいる町の隣町。あの日から、週に一二回の頻度で通っている。母親がいない日、母親の機嫌がいい日。全ては母親によって決まっている。家事は僕とお父さんで分担しているが、どちらかが少しでも母親の機嫌を損ねれば容赦の無い叱責と暴力が待っている。お父さんがミスしているところは見たことが無いので、ほとんど僕のせいだけれど。

昨日は、小学校で日直の仕事や委員会の仕事が重なって帰りが遅くなってしまった。都合の悪いことにお父さんも残業で、結果晩御飯がいつもより一時間遅れてしまった。

その罰として与えられたのが、見えない場所に与えられた打撃痕だった。

 

「また光希さんに何かされたのか?」

「………」

 

無言を返す。ここ一年で、この町の人は僕が桜新町に来る前に何をされたか、僕の様子から察している。

ただ、母親に何かを言えば、その反撃が僕に来ることを知ってからは、ここで慰めてくれるようになった。それが、僕としては心苦しい。

 

「……大丈夫です。もう、慣れましたから」

 

本当なら、普段と変わらない様子でこの町に来たいんだけれど、僕はそこまで感情をうまくコントロールできない。その時々の感情が、そのまま外に出てしまう。

 

「そっか。…ことは、ヒメとアオ、あとは暇そうにしてる奴ら呼んできてくれ」

「あいあーい」

 

五十音さんが離れていくのを感じながら、道場に向かう。歩く際に揺れるランドセルが、服の下の痣に当たって、すごく痛い。だけど、慣れた痛みだ。

ここ一年、母親からの躾という名の暴力を振るわれ続け、痛みにはもう慣れたのだ。体の痛みは感じなくなって、あの家にいる間は、心が死んでいる。

 

「よっしゃ。行くぞ、真理」

「うわっ…」

 

いきなり抱えられ、なすすべなく比泉さんの肩の上に座らせられる。いわゆる肩車だ。

視点が代わり、地面が遠くなる。代わりに視界に映ったのは、桜新町のシンボルである七郷だ。詳しいことはわからないけれど、あれがあるからこの町には妖怪が集まるらしい、というのをお父さんから聞いたことがある。

 

「あの、どこに行くんですか?」

「ついてからのお楽しみだよ。ま、とりあえず行くぞー」

「おわっ」

 

そうして、肩車されたまま町を行く。この町の人たちは、いつきても笑顔で、楽しそうで、仲が良くて、羨ましい。うちとは大違いで、元気に歩き回ってる同い年の子たちに嫉妬してしまう。

 

「真理は頭がいいな」

「え?」

「ヒメとやってる槍術も筋がいいみたいだし」

「あ、あの、比泉さん?」

「あんだけ毎回ボコボコにされてるのに休まず来るしな」

「それは…」

 

いきなり褒められて、どう反応すればいいか分からない。

自分のことを頭がいいだなんて思ったことは無いし、槍術だって師範に手も足も出ないどころか瞬殺されている。ボコボコって言ったって、手加減されているから、母親からの暴力に比べればどうってことは無い。

当然の事を褒めるだなんて、本当にどうしたのだろうか。

 

「お、いたいた」

 

そう言って右手を振る比泉さんの視線を追って前を見ると、そこには師範を始め、七海さん、五十音さん、岸さん兄妹が、七と記された七郷の前で手を振っていた。

 

「遅いわよー」

「悪い悪い。んじゃあ上行くか」

「ほいほーい。真理ちゃんは秋名さんが連れてくんですかー?」

「流石に無理だなぁ。恭助、いけるか?」

「ああ、問題ない」

 

とんとん拍子で進んでいく会話を聞きながら、この人たちは一体何をするつもりなんだろうと首を捻る。

そして、訳が分からないまま、岸さんの背にしがみついて、七郷の巨大なしめ縄に降り立つ。いや、登り立つ、かな。

 

「いい天気ねー」

「あ、あれいるかちゃんじゃない?」

「本当だ。一緒にいるのは撫子さんかな」

「お、ミナカナだ。獅堂さん、また迎え遅れたっぽいな」

 

岸さんに下ろしてもらってから、しめ縄の端に立って町を眺める人たちを見る。ずっと過ごして見慣れている筈の町を、楽しそうに見ている。

……いいなぁ。

 

「どう?そろそろ町には慣れた?」

 

そう思っていると、輪の中から外れた師範が、腕を組んで隣に立っていた。

 

「…はい。皆さんよくしてくれますし、優しい人ばかりですし…」

「家の人とは違う、って?」

「そう、ですね。お父さん以外の人にここまで優しくしてもらったのは初めてでした」

「だから、うちの町と真理の家でのギャップが激しい、ってことね」

「…はい」

 

肉体的にも、精神的にも厳しく辛い家と、稽古の時は厳しいけれど、それ以外では皆が皆優しい桜新町。

最早比べることすら烏滸がましいほどに違い過ぎる。天と地すら近いと言える位かけ離れている。だからこそ、僕はこの町に馴染めない。心からこの町に染まることができないんだ。

 

「まあ、アタシ達にはアンタの辛さは分からないわ。アタシ達は親がいないけど、その分、町に、町の皆に育てられたからそういう悩みとは無縁だったしね」

 

親がいなくとも子は育つ。それが実現されている町は、かなり珍しいんじゃないだろうか。

 

「だから、アタシ達は、アタシ達に出来ることをしようと思うわけよ」

 

「え?」

 

師範の言葉に、思わず振り向く。

 

「アタシ達は、皆に育てられた。だから、アタシ達が、真理の皆になってあげる」

 

そう言って差し伸べられた手を見つめる。僕はこの手をとってもいいのだろうか。お父さんがまだ救われてない。家に帰ればまたあの地獄の日々が待っている。

この手を取れば、この町の優しさを享受できるのだろう。しかしそれは、あの家での生活との落差に、日々絶望することになるのでは。偽物の幸せを掴んで、一人虚しく歓喜に踊ることになるのでは。

そんな不安が、晴天を覆う雲のように押し寄せる。

でも。

 

「大丈夫。別に甘やかすために言ってるわけじゃないんだから」

 

五十音さんが苦笑しながら。

 

「そうそう。なんならヒメちゃんとの稽古の方が厳しいしね」

 

七海さんが屈託ない笑顔で。

 

「あはは、言えてる。それに、逃げることを心配してるなら全然気にしなくていいと思うよ?」

 

岸さんが優しく語り掛けて。

 

「そうだな。俺たちだって悪く言えば逃げてきた者だ」

 

岸さんのお兄さんが頷き。

 

「お前は十分頑張ったよ。これからも頑張らなきゃだろうけど、その羽休めのために、そんで、頑張れる力をつけるために、この町にくればいい。誰も咎めはしねぇよ」

 

比泉さんが目線の高さを合わせるようにしゃがんで、くしゃっと頭をなでる。

たったそれだけ。

されど、その言葉達が。

その笑顔が。

差し出された手が。

僕の心を溶かし、救ってくれたのは、未来永劫忘れることのない出来事になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______ああ、そうだった。あの暖かさを忘れるわけには、そして失うわけにはいかない。それに、最後にあの暖かさを感じたのはいつだっただろう。

 

過去の記憶を再生し、今までの自分を遡る。

 

そして見つけた。

 

 

金髪の彼女と、蒼髪の貴女。

そして、二人と出会った場所で関わった、喧しい奴ら。

 

鬱陶しい程に迫りくる彼らと、一緒にいるだけで安らぐ彼女たち。

 

あれら全てが、今の『俺』を構成している。

 

始まりは、あの町。

そして、未だ俺を育ててくれてるのは、関わる人間全てだ。

誰もかれもが、俺の成長につながっている。

 

ならば、また会いたいと思うのは、不自然なことではないはずだ。

 

 

『龍槍・希桜』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巧side

 

「鈴!下がれっ!」

「分かってるわよ!セシリア、出過ぎるんじゃなわよ!」

「承知しておりますわっ」

 

セカンド・シフトした福音と再接敵してから、数十分が経過した。

真理に斬られた片翼を回復させるように海上で停滞していた福音に、ラウラのレールガンで先制攻撃を加え、箒と鈴の前衛組、俺とシャルの中距離組、そして、高機動パッケージを纏ったセシリアと、高速移動ができないラウラを遠距離組へと配置して挑んだ戦い。この編成において重要なことは、ただひたすらにセシリアとラウラに福音の目を向けないことだ。

真理が残してくれた情報によると、セカンド・シフトした福音の単一能力は、ほぼ100%に近いエネルギーの回収だ。それが、福音の永久機関にも思えるエネルギーの源だった。

であれば、有効なのはエネルギーの回収をさせる前に倒すこと。もしくは、地道に少しずつ削っていくこと。

エネルギーの回収と言っても、それは銀の鐘や移動に使ったエネルギーの回収だ。回復している訳じゃあない。

そこで思いついたのが、俺たちの役割を完全に分けてしまうことだった。勿論、場合によっちゃあ近接戦闘を行うこともあるが、基本的には近・中・遠距離で役割分担している。

 

「シャル!」

「了解!」

 

箒と鈴が福音から離れた隙を狙って、俺とシャルがアサルトライフルの引き金を引く。合計六門の掃射による弾丸の嵐は、高速移動する福音にもある程度命中する。しかし、決定的な攻撃力には劣る。

そこで。

 

「セシリア!ラウラ!」

「いきますわよっ!」

「了解した!」

 

俺やシャルのさらに後ろにセシリアが、そして、福音へギリギリ攻撃が届く距離に固定砲台と化したラウラを配置し、超遠距離から福音を狙う。

俺たちの場合、真理のような反則的な反応速度を持っていない上、常に誰かが福音の動きを阻害しなくてはならない。箒と鈴が引き離されたら俺とシャルが、そしてセシリアとラウラが隙を見て遊撃する。そうでもしないと、あの銀の鐘の雨と、エネルギー収束砲、そして、真理が落とされた技によって瞬く間に全滅してしまう。

 

「こんのぉおお!」

 

鈴が分割した双天牙月を手に、衝撃砲を撃ち、牽制しながら福音へと迫る。その背後からは、箒が刺突によるビームで福音の動きを阻害していた。

つまるところ、これは持久戦なのだ。

被弾しないように、コンビを組んでローテーションを回して攻撃対象を分散させていく。それが俺たちにできる『最適解』だった。

 

「うぅりゃあぁぁぁあああ!」

 

福音の拳と鈴の青龍刀がぶつかり、衝撃波が生まれる。出撃時から感じていたが、鈴の気合の入りようが、みんなと違う気がする。

皆、思い人である一夏と、仲間である真理が落とされた事に、福音に対して、そして自分自身に対して怒りを感じているようだが、鈴はそれ以上に何かがあるように感じる。しかしそれは、不安を煽るようなものではなく、どこか安定感を持った強さだ。

 

「シャル、エネルギーは?」

「もう四分の一は使っちゃった」

「てことは、鈴は半分、箒はもっと食われてるか…」

 

この作戦の弱点は近接二人のエネルギー消費が、他と比べて激しいことだ。福音の動きを阻害してると言っても、福音の基本スペックは広域殲滅型にしてスピード特化の機体。そしてセカンド・シフトによる近・中・遠距離の強化に加え、基本性能の上昇、中でも悪質なのが、初速から三秒で音速近くまで加速することだ。

それを妨害するために、本体よりも移動の妨害を目的として弾丸をばら撒いているが、それでも並みの機体では追いつけない。

それゆえに、スピード用のオートクチュールを付けた甲龍と世界で唯一の第四世代機の紅椿という高速近接戦闘が可能な機体を操る鈴と箒に前線を任せたのだが、やはりその分エネルギーの消費が激しい。低燃費を売りとしている鈴のISでさえエネルギーをかなり消費している。やはり決定打を打てるISが紅椿だけなのが辛いな。

 

そして突如、機械音の悲鳴を上げながら、鈴と箒を振り切り福音が猛スピードでラウラがいる方向へと空を駆けていく。

クッソ、狙撃場所を逆算された!

 

「俺が行く!シャルはセシリアを守れ!」

「わ、わかった!」

 

鷹修羅の翼を模したウイングスラスターを全開にして、ラウラの元へ向かう。俺たちの中で確実に上位に入る強さをもつラウラだが、福音とは壊滅的に相性が悪い。シュヴァルツェア・レーゲンの一番の強みであるAICが、福音相手には通じないかもしれないからだ。

多大な集中力を必要とするAICでは、全IS中でも一二位を争うスピードを持つ福音を捉えられない。せめて囮がいれば活用できたかもしれないが、捉えたところで真理が落とされた攻撃の餌食になってしまう。

 

「逃げろラウラぁ!」

 

チャネルがあることも忘れて叫ぶ。

片側の翼が欠けているにも拘らず、福音は俺を引き離し、ラウラへと迫る。ラウラも移動してはいるんだろうが、俺らの中では遅い部類に入る。

クソッ、遠距離組と距離を離したことが裏目に出た。

誰か一人が落ちればそこから部隊が崩壊してしまう。そうなったら、一夏と真理が何のために体を張ったのか分からなく、そして、あいつらが残してくれたものを無駄にしてしまうことになる。

真理は、一人だったら逃げることもできた。それをしなかったのは、俺たち全員でかかれば、福音を倒せると判断したからだ。

 

「それすら…親友が託してくれたものすら、守れねぇのかよ!」

 

音速まで加速し、ソニックブームを生み出しながら、福音を追う。

歯を食いしばり、PICが作動してなお襲うGに耐え、白い軌跡を残す福音の背に縋りつく。そして遂に黒いIS、ラウラが見えた。

肩に増設したレールガンを量子変換しているようだが、あれではすぐに追いつかれてしまう。

 

「クッ、速すぎるッ…!」

 

海面付近に停滞していたため、上空へと逃れるラウラが舌打ちするが、しかし福音がラウラに追いつくことは無かった。

 

 

「な、んだ…?」

 

 

 

 

福音の左翼を、桜色の槍が貫いていた。

 

 

 

 

「槍…?」

 

 

まさか、と思いつく。

槍が刺さっている向きを見て、海面を見る。下から上に突き刺したような向きで刺さっているのであれば、当然飛来したのは海からということになる。

投擲。海。そして、槍。

そこから導き出される答えは…。

 

「兄様っ!?」

 

ラウラも同じ答えに辿り着いたのか、いつもの呼び方で真理を呼ぶ。

だが、ハイパーセンサーで海面付近を探っても人影すら見当たらない。だが、あの槍は絶対に真理が投げたものだ。それだけは間違いない。

色々気になるが、今は福音を相手にしなくては。

停止している福音を通り過ぎて、ラウラを抱えてシャルたちの元まで飛んでゆく。

 

「すまない」

「いや、相手はAI。狙撃場所を変えているとはいえ、逆算されることを作戦に組み込んでおくべきだった」

「終わったことだ。それより、これからどうする?」

「………」

 

これだけ戦っても、福音のエネルギーは半分削れたかどうか。やはり、箒だけでなく、一夏がいなきゃだめか。

高攻撃力の武装さえあれば、無いものねだりなんかしなくて済むのに…ッ。

 

「巧!ラウラも大丈夫?」

「ああ。だが…」

 

どうする。

福音は今槍を抜くために留まっているが、それも長くない。早く、早く立て直さないと…。

だが、鈴も箒もエネルギーは少ない。ラウラも今の無理な加速で無駄にエネルギーを使ってしまった。もはや最初に建てた作戦を行うことはできない。

お互いがお互いをかばい合いながらじゃあ福音には勝てない。

クソッ、全員の機体が全快の状態じゃなきゃ、勝てないのかよ…!

 

「巧…」

 

シャルが呼んでいるが、それどころじゃない。このままじゃ全滅だってありうる。情報があっても、指揮が俺じゃダメなのか…。

近接、遠距離、エネルギー量、速度、機体性能…。俺たちの情報と、福音の情報が頭の中でグルグルと廻る。

どうする、どうする、どうする。

真理はいない。一夏もいない。皆のエネルギーだって多くない。

 

「…勝てない…」

 

口をついて出た言葉が、脳内でリフレインする。

ダメだ、あの天使に勝てるイメージがまったく見えない。

そうこうしているうちに翼から槍を引き抜いた福音が、追いついた箒の刀と拳をぶつけあっていた。

二本の刀を操る箒を完璧に捌き、援護射撃を放つセシリアのレーザーさえ躱して見せる。その無駄のない動きに、勝てないというイメージが強くなる。

そして、とうとう。

否、来るべき時が来たというべきか、セシリアが福音の翼に捕まり、真理を落としたエネルギーの乱流に包み込まれ、海面へと落ちていく。

 

「セシリアッ!」

 

箒と格闘戦をしているところを狙っていたために、スコープを除いていたところを狙われたのだろう。一瞬で距離を詰めた福音は、一切の抵抗を許さずにセシリアを倒した。

海面に向かって一直線に落ちていくセシリアをシャルが追いかけ、巨大な水柱を上げた。

 

「く……ッソがぁぁあああ!!」

 

その光景に耐えきれず、機械腕を四本展開し、一夏を殺しかけたレールガンを四つ展開する。そして、ずっと持っていたマシンガンで牽制しながら、レールガンを撃つ。

撃ち終わったレールガンを量子変換し、即座に別の武器へ持ち替える。シャルのようにラピッド・スイッチはできないが、それでも展開速度はかなり早い方だ。その技量の全てを用いて、大小さまざまな弾丸を撒き散らす。

鷹修羅は、人間が扱いやすいようにハイパーセンサーを調整し、広い拡張領域に入れた武装を一度に多数展開するための複腕をイメージ・インターフェースで動かす機体だ。

そのコンセプトは、並列思考を用いて、単体または多数を相手取り、人間である限り必ずできる隙を最低限まで機体の補助で削った、人用ISなのだ。ハイパーセンサーは360度目を閉じても見えるように設計されているが、人間である以上、それを十全に扱うことは難しい。しかし、鷹修羅ならば、三つのモニターとしてハイパーセンサーを切り離して表示することで、可能な限りすべてを見渡すことができる。

しかし、鷹修羅に搭乗するにあたって必要なのは、高度な並列思考。会社内で最も高い数値を出した俺でさえ、鷹修羅の本来のスペックの六割も出せていなかった。

そもそも、第三世代機のイメージ・インタフェースを使用した兵器を二つも積んでること自体異例なのだ。しかも、直接戦闘とは関係のない機能が一つ、そして、その両方が並列思考を用いるという、異常に異常を重ねた前例のない機体が鷹修羅という機体なのだ。

そして今、その機能を全開放し、眼球の奥が締め付けられるような痛みを無視しながら、福音を追う。

 

「待てッ!」

 

背を向けつつ、その翼から落とす福音を狙い撃つ。今の俺の眼には、福音しか映っていない。

故に、周りが見えていなかった。

 

「鈴!」

「っ!?」

 

背中越しに聞こえた声に反応してモニターを確認すると、大量の銀の鐘に囲まれた鈴が、ギリギリのところで回避と迎撃を行っていた。

その光景に、言葉を失う。

 

セシリアが落とされ、シャルがそれを追って、無事かわからない。俺の独断専行で、今度は鈴が危険な目にあっている。

誰のせいだ?福音か?いや、決まっている。俺のせいだ。

シャルたちの言葉に甘えて皆を引き連れて、作戦も考えたのに、それを無駄にした挙句、勝手に暴走して皆を危険に晒している。一夏の傷も、真理が残したものも無駄にして、俺は一体、何をした?

 

「アタシは、大丈夫ッ!……箒!」

 

「あ……」

 

鈴の援護に向かおうとしていた箒の背後に、福音がいた。あの距離では、もうどうしようもない。

呆然とその光景を眺める。

それはまるで、映画のようで。

コマ送りのように、破れかけた福音の翼が箒を包みこもうと広がっていく。鈴が、ラウラが、何かを叫んでいるが、何も聞こえない。

そして、福音の翼で箒が見えなくなった。

 

 

 

と同時に、福音の体を撃ち抜かんとする一筋のレーザーが空を切り裂いていく。

 

 

 

「光…?」

 

 

 

 

 

「大丈夫か、箒」

 

 

 

 

 

白い騎士、織斑一夏が、復活した。

 

 

 

 

 

「一夏…?」

「おう。皆も無事か?」

 

どこか変わった白式を纏った一夏を見る。その体に傷は無く、どこからどう見ても無事であることが伺えた。

しかし、一夏の無事を素直に喜べない。だって、一夏の問いに、答えられないのだから。

だがそれも、杞憂に変わる。

ザザッ、というノイズとともに通信が入る。

 

『…き…える…?…僕は大丈夫だよ!セシリアも大事には至ってないみたい!』

『ふ、不覚を取りましたわ…』

 

その声に、ようやく心が安堵する。

 

「よう、巧。死にそうな顔してるけど、大丈夫か?」

「ああ、助かったよ…」

「おう。それで、どうする?」

「どうする、って言われても、俺じゃあ福音に勝てる作戦なんか…」

 

そう。一夏が無事なのはよかった。シャルとセシリアが無事だったことにも安心した。

だが、それは福音に勝てるということではない。問題は解決していない。

俺を含め、一夏以外はエネルギーが半分を切っているし、一夏も単一能力を使えばすぐにエネルギーが尽きる。そうでなくても、何故か大型スラスターが増設されているのだ。エネルギーなどあってないようなものだろう。

そして何より、あいつを倒すための作戦がない。

 

「いや、巧にしかできないさ」

「な、んで、そんなことが言えんだよ…」

「俺たちの中で、俺たちを一番うまく使えるのは、俺たちを一番よく知ってる巧だろ?」

 

一番、知っている?

 

「俺はまだ皆の心をわかってやれてない。特に女子はな。そんで、箒たちも、いつも一緒にいるけど仲がいい人って決まってるだろ?その点、巧は皆をわかってる。理解してる。だから、俺たちのリーダーは、お前なんだ」

 

「いや…でも、真理の方が…」

 

「大丈夫だ!俺たちを理解してるって点じゃあ、巧は真理より優れてる!俺が保証する!だから、巧の指揮で、俺たちを勝たせてくれ」

 

胸の奥が、熱くなる。

一夏が信じてくれてる。皆が信じてくれてる。そんな自分を、自分が信じてやれずにどうする。

俺には、皆を福音に勝たせてやれるだけの力があると信じ込め。

シャルを助ける時に、できていたことじゃないか。

 

「…わかった。少しだけ時間を稼いでくれ。絶対に勝つぞ」

「おう!」

 

笑顔で返事をして、みんなと連携を取る一夏。それを見つつ、頭を回転させる。複腕と『ホークアイ』を止め、作戦を練ることに集中する。

ただ、さっきまでフルで併用していたからか、頭がスッキリしている気がする。これなら…!

 

「決定打は一夏…となると、やっぱり当初の作戦を軸に、皆で囲っていく、か」

 

だが、やはり問題はエネルギーの量だ。せめて、全員のエネルギーが半分以上あれば…。

そう思っていた矢先に、光明が差す。

 

「巧!」

「箒か?」

「ああ、手を出せ!」

 

言われるがままに手を出し、その手が箒に握られた瞬間。金色の光に包まれたと思ったら、急激にエネルギーが回復し始めた。

 

「な、これは…!?」

「単一能力らしい。名は『絢爛舞踏』」

 

まだ専用機になって一日しか経ってないのに単一能力が発現したのか。いや、それは置いておこう。今は、エネルギーが回復したこと、そして、そのおかげで福音を倒す算段が付いたことを素直に喜んでおこう。

 

「助かった!皆には?」

「もうやった。巧が最後だ」

「了解。作戦を皆にも伝えるから、チャネルは開いといてくれ」

「わかった」

 

エネルギーの問題は無くなった。となれば、あとは俺の作戦に全てがかかっている。

だが、作戦は至ってシンプル。基本はさっきと変わらない。

 

「いいか!鈴とセシリア、箒と一夏、俺とシャルとラウラで組む。一夏と箒は俺たちが福音の隙を作ったら、エネルギーを全部使って叩っ斬れ!鈴とセシリアコンビは、セシリアを主体に鈴はセシリアの護衛。福音がセシリアに少しでも近づいたら全力で守れ。それ以外は二人とも遊撃。ただ全員そうだが、近接戦闘は禁止。一撃離脱に専念しろ。そして俺たちは、奴の機動力を削ぐ。シャルとラウラは銀の鐘の対処を優先しつつ、実弾で福音の本体を狙ってくれ」

「巧はどうするの?」

 

今度は失敗しない。

一夏と箒にはトドメを。鈴とセシリアは機動力を活かして遊撃。福音の機動力を削ぎつつ、エネルギーも削ってもらう。そしてシャルとラウラ。二人には本体を狙ってシールドエネルギーを削ってもらう。

そして、俺は。

 

「奴の翼を吹き飛ばす。準備の間は二人と同じように動くが、合図をしたら離れる。そのタイミングで、一夏と箒も準備してくれ」

「「了解!」」

 

二人の返事を聞いて飛ぼうとする。が、シャルがプライベートチャネルで不安そうな声で、こう聞いてきた。

 

「…大丈夫、なんだよね?」

 

その言葉は、暗に死ぬ気じゃないよね、という意味を含んでいた。

さっきまでの俺だったら、無言を返すしかなかっただろう。だけど今は、こう返す。

 

「当たり前だ。一夏が生きてる。真理だってきっと生きてる。そして何より、シャル、君が生きてる。昨日なったばかりとは言え、彼女を一人にするわけないだろ。…一緒に、帰ろう」

「!…うん!」

 

複腕とホークアイを展開し、実弾の銃を展開する。そして、視界の端に、58%という表示を確認する。

頭痛は無い。この調子なら、アレが発動できる。それまで、絶対に誰一人落とさねぇ。

 

最終ラウンド、開幕。


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